行政調査新聞社 社主:松本州弘 埼玉県川越市

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この欄は、わが国のどこかで起きた小さな小さな事件の問題点を取り上げるコーナーです。

プロジェクト×(バッテン)
「これは農民差別だ!」
三十年前の未完工事
杜撰な施工と膨大な利息に苦しむ農家の現実!!


「これは差別、人種差別といってやりたいぐらいひどい差別なんだ」

 本紙に投書を送ってきた川島町のある農家。取材の場で開口一番、記者に怒りをぶつけた。

「稲作奨励の時代に計画された工事が、だよ。当初五年で完工するってはずが三十年経ったって終わりゃしねえ。しかも設計図とは随分違う施工状況だ。工事がいつまで経っても終わらないおかげで、三十年分の利息が膨大になっちまった。その利息の一部を農家に押し付けるってのは、ずいぶん酷い話じゃないか。県や土地改良区、それから施工業者みんながグルになって、農家を犠牲にしようとしているんだ」


稲作奨励時代に構想され
減反政策時代に着工された工事

「県営かんがい排水事業」。食糧増産時代、稲作を奨励するために始められた大規模パイプライン構想である。直接の水源である近隣河川の不安定な水量による渇水問題、洪水時の水位上昇による排水不能問題を一挙に解決すべく、幹線から末端までの全用水路を管網方式でパイプライン化。同時に排水機場の新設改修により水害を防止する計画だ。

 この工事の一環に「支線管水路整備計画」がある。隣接河川からファームポンドにいったん貯水し、支線管にて各地域農家に水を圧送するという計画だ。

 川島北部と川島南部に対する支線管水路整備工事の発注者は川島町土地改良区(当時)。その対象地域は、川島北部が埼玉県比企郡川島町(旧小見野村)と埼玉県東松山市(旧野本村根岸)、南部が同じく川島町(旧中山、伊草、八ツ保、三保谷、出丸村)とされている。

 工事の予算は、四分の一を農家が負担することになっていた。内訳は50%が国、また25%を県が負担し、残る25%が農家負担であった。

 この大規模パイプライン構想が生まれたのは60年代。農家を取り巻く状況には、まだ食糧増産時代の残滓があった。

 昭和四二年(67年)、日本の人口が一億を超えたこの年、稲作において有史以来の豊作がもたらされ、翌年には「米の過剰問題」が初めて世を賑わした。やがて訪れる、豊かな時代への前触れであった。

 パイプライン構想はこのころ、次のようなタイムラインに沿って行われるはずだった。

「調査・計画:昭和44年〜昭和48年」「全体実施設計:昭和49年〜昭和50年」「工事期間:昭和51年〜昭和55年」。  

 工事の前段階である調査と計画が開始されたのは、政府が農家に対し、稲作から他作物への作付転換を推進する「稲作転換対策実施要綱」をまとめた、60年代の終わりのことである。
 実にこの調査計画期間において、国は増えに増えた米在庫問題を解消すべく、減反政策を本格導入(昭和46年)したのであった。

 二年の全体実施設計を経て、工事が着工されたのは昭和51年(76年)。このとき、工事期間は五年間のはずだった……。


三十年越しの未完成事業
設計図と異なる工事のツケは農家に

「ところがこの支線管水路整備工事はまだ終わっていないんだ。三十年以上も前の工事がね。農家負担額の利息、大変な金額なんだよ」。

 農家は憤る。

 本紙の手元には、三冊のリーフレットがある。「県営かんがい排水事業 川島北部・川島南部地区計画概要書」……どれもこの大規模パイプライン工事について概要を記したものだが、発行者が三冊とも異なっている。

 黄色に変色した最も古いリーフレットの発行者は「川島町土地改良区」。発行年月日は記載されていない。おそらくこれが、計画当初に作成された概要書と思われる。

 二冊目は昭和61年度作成のもので、発行者は「埼玉県川越土地改良事務所」。三冊目は平成9年作成、発行者は「埼玉県東松山農林振興センター土地改良部」となっている。

 最古のものと最新のものとを比較してみると、ファームポンドや揚水機場など用水計画や排水施設計画など、主要工事計画にはほとんど変更はない。工事計画当初の計画を几帳面に踏襲している。

「事業の概要」として付された前書きにある一文は、最古のものは「安定した近代的営農を実現するものである」とあり、また最新のものでは「営農の安定化を図るものである」と記され、時代の推移を感じさせる。

「予定どおり昭和55年で工事か完了しなかった時点で、農家はこの負担金について問題提起すべきだったんだ。だが農家ってのはほら、みんな素朴だろう。誰も言い出さないまま、いつのまにかうやむやになってしまったんだ」

平成13年度川島町土地改良区賦課金について
1:北部地区組合員の賦課金(10a当たり) (単位円)
費目 平成13年度 平成12年度 比較
組合費
\4,000
\4,000
かんがい排水事業施設維持管理費賦課金
\800
\800
北部かんがい排水事業工事費賦課金
\10,785
\10,630
\155
かん排完成施設水使用賦課金
\1,929
\1,595
合計
\17,514
\17,025
 
2:南部地区組合員の賦課金(10a当たり) (単位円)
費目
平成13年度
平成12年度
比較
組合費
\4,000
\4,000
かんがい排水事業施設維持管理費賦課金
\800
\800
南部かんがい排水事業工事費賦課金
\18,085
\17,055
\1,070
かん排完成施設水使用賦課金
\1,929
\1,595
合計
\24,814
\23,450


農業基盤整備資金償還予定表 (南部地区)  単位;円
年度
払込期日
利息
元金
合計
10a当たり返済額
借入金残高
H13 H14.1.14
\78,598,971
\103,336,699
\181,935,670
\18,210
\1,871,109,998
H14 H15.1.14
\79,273,534
\113,376,761
\192,650,295
\19,280
\1,757,733,235
H15 H16.1.14
\73,055,411
\122,704,026
\374,585,965
\19,590
\1,635,029,209
H16 H17.1.14
\66,537,182
\124,252,015
\190,789,197
\19,100
\1,510,777,194
H17 H18.1.14
\60,185,295
\129,829,120
\190,014,415
\19,020
\1,380,948,074
H18 H19.1.14
\53,770,590
\127,672,792
\380,803,612
\18,160
\1,253,275,282
H19 H20.1.14
\47,560,815
\119,011,226
\166,572,041
\16,670
\1,134,264,056
H20 H21.1.14
\41,981,168
\115,944,512
\157,925,680
\15,810
\1,018,319,544
H21 H22.1.14
\36,670,422
\111,069,668
\147,740,090
\14,790
\907,249,878
H22 H23.1.14
\31,748,760
\104,817,599
\136,566,359
\13,670
\802,432,277
H23 H24.1.14
\27,308,150
\99,094,967
\126,403,117
\12,650
\703,337,310
H24 H25.1.14
\23,232,891
\93,504,828
\116,737,719
\11,690
\509,832,482
H25 H26.1.14
\19,427,890
\88,429,438
\107,857,328
\10,800
\521,403,044
H26 H27.1.14
\15,885,987
\81,995,361
\97,881,348
\9,800
\439,407,683
H27 H28.1.14
\12,680,327
\75,265,178
\87,945,505
\8,810
\384,142,505
H28 H29.1.14
\9,953,692
\70,194,607
\80,148,299
\8,030
\293,947,898
H29 H30.1.14
\7,617,119
\64,535,868
\72,152,987
\7,230
\229,412,030
H30 H31.1.14
\5,636,141
\59,557,988
\65,194,129
\6,530
\169,854,042
H31 H32.1.14
\3,902,160
\49,985,753
\53,887,913
\5,400
\119,868,289
H32 H33.1.14
\2,593,609
\40,545,282
\43,138,891
\4,320
\79,323,007
H33 H34.1.14
\1,610,391
\32,247,855
\33,858,246
\3,390
\47,075,152
H34 H35.1.14
\916,045
\23,758,553
\24,674,598
\2,470
\23,316,599
H35 H36.1.14
\451,192
\15,557,014
\16,008,206
\1,610
\7,759,585
H36 H37.1.14
\153,460
\7,759,585
\7,913,045
\800
\0
合計 \700,751,202 \1,974,446,695 \2,675,197,897  

※10a当たり返済額の試算条件

1:利息減税を見込まず
2:平成13年度の賦課対象面積99.930aにて算出しています。



農業基盤整備資金の利息減免額について
年度
北部地区(556.8ha)
南部地区(1,008.1ha)
平成7年度
\5,195,861
\12,004,420
\17,200,281
平成8年度
\4,908,783
\11,643,760
\16,552,543
平成9年度
\4,435,297
\10,830,776
\15,266,073
平成10年度
\3,987,844
\10,101,726
\14,089,570
平成11年度
\3,476,273
\9,224,872
\12,701,145
平成12年度
\3,158,008
\8,503,622
\11,661,630

 支線管水路整備工事は年度ごとの巡回工事として今日に至っている。施工業者は地区ごとに入札方式で決定。本紙が取材した農家の地域で、ファームポンドから水を圧送する支線管工事が開始されたのは、ほんの数年前だという。

「工事が始まってみて驚いた。水ってのは高いところから低いところに流れるだろう。赤ん坊だってわかる理屈だ。ところがわれわれ農家が末端管から実際に水を取り出す蛇口は、工事対象地域の最も低いところに取り付けられたんだ。つまりわれわれは、低いところにある蛇口から、わざわざ水を高いところへ送らなくちゃならない。こういう杜撰な工事をやりはじめたんだよ」

 計画当初から三十年以上を経たこの「県営かんがい排水事業」、国は平成十一年度で予算を打ち切り、未完工部分は県費単独事業として続行されることとなった。発注者である土地改良区は地方自治体に準じる形で、独立して建設業者に工事を発注。指名業者は五社、落札者は川島地区の場合、利根川建設(川島町大字正直595)と島村工業(川島町大字牛ヶ谷戸489)である。

「『こんな馬鹿な工事があるか』ってね、工事の青写真を土地改良区に要求したんだよ。こっちもそれまでは図面を見たことがなかったからね。実際に青写真を見て驚いた。現実に行われている、もうすでに半分終わっている工事と設計とはだいぶ違う。土地改良区はこの杜撰な工事に対して、監督不十分なんだ。説明不足、工事もでたらめ。その皺寄せが来るのはわれわれ農家じゃないか」

 このような農家の声に対し、土地改良区の松本保典区長は答える。

「現場立会いの上で決めています。もちろん説明会を開いて、です。当日たまたま都合の悪い方もいらっしゃるとは思いますが、基本的にはきちんと説明しています」。

 確かに、この農家の地区は平成13年8月に「支線管水路整備計画説明会」が持たれてはいる。だがそもそも建設事業計画を地元住民に説明する場合、行政側は何度も説明会を開き、反対派の住民と喧々諤々の話し合いを持つのが普通だ。一度の説明会で「納得していただいているはず」と認識するあたり、工事の監督不十分さと共通するものがある。

 本紙が取材した地域の工事を担当したのは、島村工業であるという。

「低い地所の農家は喜んでいるよ。なんたって蛇口から水が出るんだからね。だが高い地所の農家はどうか。給水設備を自腹で購入しなけりゃならないんだ。だから農家同士の深刻な離反さえ起きているのが現実なんだ。それもこれも根本的な原因は工事の杜撰さにあるってのに、土地改良区も施工業者も、誰も責任をとろうとしない。挙句に膨大な農家負担分利息を背負わされているんだ」

 このパイプライン構想「県営かんがい排水事業」は大規模計画である。川島北部と川島南部に対する支線管水路整備工事は未完だが、では県下のほかの地域についてはどうなのか。

「吉見町、大里郡、行田市なんてのは三十年前に終わっている工事だよ。問題は、なぜ川島だけが三十年も延ばされてきたのか、ってことだ。農家を……はっきり言えば騙して、工事を延ばしに延ばしてきたんだ。で、ようやく工事が始まったかと思えば、設計図と違う、意味のない工事だ。農家を馬鹿にし切っているんだ。県も土地改良区も施工業者である島村工業も。みんなグルで、犠牲になるのは百姓だ。最初に『差別だ』って言ったのは、そういうことなんだよ」

 インタビューを終える直前、本紙の胸に熱いものがこみ上げてきた。

 取材に応じた農家が憤懣やるかたない表情で、こうつぶやくのを聴いたからだ。

「これじゃ跡を継ぐ人間もいねえ。この工事のお陰で、ウチは、家庭崩壊したんだ」


県、土地改良区、そして施工業者
農家に負担をかけず、直ちに工事をやりなおせ

 農家に非はない。非があるとすれば、純朴に過ぎたことである。明日の営農を信じて、日本の台所を支えるべく三十年の長きにわたり、無言で労働しつづけたことである。

 だからこそ農家は日本の宝なのだ。

 埼玉県、土地改良区、そして施工業者である利根川建設と島村工業。三十年も待ちつづけた挙句、突貫工事による意味のない施工で誤魔化され、膨大な負担金利息だけが残された農家の嗚咽が聞こえるか。

 言い訳は無用。直ちに工事をやり直せ。設計図と異なる杜撰極まりない施工の責任は四者すべてにある。

 いったん着目した以上、本紙はこの問題を鋭意注視する。調査は現在も続行中である。

 本紙の警告を無視するならば、必ずや諸君らの後日の禍となるであろう。

 

 

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