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厚顔無恥も甚だしい、映画監督・山田洋次の北朝鮮との合作映画企画

国民的人気映画だった『男はつらいよ』シリーズで知られる「国民的」映画監督・山田洋次氏が北朝鮮(本紙はあえて「民主主義人民共和国」の国名を使用しない。理由は周知の通り。どこに民主があるというのか)と合作映画の準備を進めている事は、すでに本年9月頃にもメディアで報じられた。

山田洋次氏は2年前、2000年9月に北朝鮮で行なわれた平壌映画祭に参加するために北朝鮮を訪問した際、同国映画芸術部門から「日朝合作映画を」と持ちかけられた。今年2月、山田氏が書いた北朝鮮・平壌を舞台にした同国人民の恋愛物語のプロット(あらすじ)を、プロデューサーが同国へ届け、来春の撮影開始に向けて具体的な交渉に入っているという。

山田洋次氏は「日朝間は暗い話が多いけど、まずいっしょに仕事をして信頼関係をつくっていきたい。映画人同士が友人になることから始められれば」などと話し、また、一部、有識者なども「その後に拉致問題が浮上し、日朝合作を進めてきた山田監督にはタイミングが悪く不幸なことだが、こうした民間レベルの文化交流が国交正常化への掛け橋になれば」という主旨のコメントをマスコミに発表している。

さて、以下の三点を確認しておこう。

第一は、現在、連日報道されている北朝鮮の国家犯罪は、既に世間の知るように25年前に発生しているという事実。

第二に、この重大な問題の解決は本来的な意味での外交問題とは異なり、日本の一般人を突如拉致した北朝鮮への世界各国の態度を示す経過の途中にあるという事実。

第三、に北朝鮮に「民間レベル」など存在せず、また自由な表現を選択の自由の上で実行する立場を前提とする意味で通常使われるべき「映画人」という概念なども存在しない点。

山田洋次氏の画策する「日朝合作映画」の企画は、金正日体制と「手を組む」こと以外の何物でもない。それを「違う」というのならば、東京大学出身の山田氏は日本の最高学府に学びながら、厚顔無恥極まる国辱的映画人というべきだろう。

山田洋次氏にとって北朝鮮は「自分の映画を礼賛してくれている国家」という利己心と自己顕示欲を満了させてくれる存在であり、その前では、現行の拉致問題も、金正日による人民迫害、虐殺行為に対する善悪の判断すら思考停止しているのである。山田洋次氏がどれだけ崇高な映画人で、どれだけ文化的価値のある映画を演出したのか知らないが、拉致問題が顕現するはるか以前から、飢餓や難民問題からも独裁軍事国家として世界的に問題視されていた北朝鮮との合作映画製作などを、本気で考えるような人間が人情喜劇演出の名手とは笑うに笑えない喜劇ではないか。

「映画」が政治的な洗脳メディアとして多用されている北朝鮮から依頼され「貧しいながらも平壌で恋愛を育む若者の物語」の映画化を、よりにもよって既に世界的な問題として発覚した拉致問題紛糾の最中においても進行するなどという行為は、映画人以前の次元の問題で、人間として問題意識と倫理観に甚だしく欠ける犯罪的行為といっていい。

映画史においては、かつてドイツのナチスでヒトラーに罷護された女優出身の映画監督レニ・リ−フェンシュタールが、独裁体制を美化する国策映画に加担したことで現在に至るまで議論の的になっている。彼女も、やはり今回の山田洋次氏同様に、政治的背景とは関係なく芸術として取り組んだという主旨の発言をしていた。

ナチス・ヒトラーの演説を記録したフィルムには、壮大な舞台美術のようなセットで熱狂的にスピーチするヒトラーの姿が映されているが、この美術的効果はすべて人身掌握=大衆操作を目的に作られたものだった。つまり、映画による洗脳である。

リーフェンシュタールは、それが政治的であることを承知していた。それにもかかわらず、彼女が、ヒトラ−とナチス・ドイツの勢力を誇示するPR映画を手掛けたのは、彼女自身の一種の選民意識を刺激したからだろう。国家が全面的に支援する映画製作は、予算的条件や制限が加えられる個人や民間の映画製作では及ばない、映画人としての悦楽があるに違いない。「国家プロジェクト規模の映画を、私が指揮している」という覇権欲が彼女を動かしてもいたといえるだろう。

だが、リーフェンシュタールの映画がすべての要因ではないにせよ、彼女がナチスと組んで作り上げた大衆を倒錯させる映像が、その後暴走したナチスの狂気を補強した一面であったことは否定できない。

今回の山田洋次氏による日朝合作映画企画の背景にも、山田氏の「国家に選ばれた映画監督」という選民思想があるのではないか。

以下に、山田氏の特権意識を窺わせる興味深いエピソードを紹介しよう。

1994年初夏。あるボランティアの文化交流団体がフランスのパリで日本の縁日を再現するというイベントを開催した。当時の日仏文化交流企画の一環として財団法人や民間団体の協賛で実現したもので、国際的評価も高くイベントは成功を収めた。

その準備中、準備委員会スタッフのひとりが「パリに寅さんの提灯を持って行くというのはどうだろう」と提案した。縁日といえば、まさしく「寅次郎」が露天商を営む場である。イベントは日本式の露天商や大道芸人がパリのバスチーユ広場に軒を連ねるという趣向であった。そこに露天商の代名詞「寅さん」の提灯が下がるとなれば風情も増しておもしろいというわけだ。

当時の委員会ボランティア・スタッフの中に映画関係の仕事をする者がいた。彼は委員会の総意を得て、山田洋次氏に直接電話で交渉したのである。

最初「それは、ありがたいし、おもしろい企画ですね」と同調していた山田氏であったが、それが有料だと知って声色を豹変させた。

その文化交流イベントは完全なボランティアの運営であり、資金の補完のために提灯1個につき1万円から2万円の寄付という形で参加者を募っていたものだった。参加者は自分が出した提灯には好きな名前をつけることができ、有名な芸術家も一般会社員も学生も区別なく、趣旨に賛同する参加者は等しくこの方法でイベント開催資金の一部を協賛したのである。

これは、なにもこのイベント用に編み出された資金調達方法ではない。古来より日本の祭、縁日は「奉賀金」の名目で地元民が、各自相応の金を持ち寄ることで成り立っている。イベントの提灯はそれに倣ったものであり、誰もそれを高額だと異を唱える人もいなかったという。実際、これらの企画は日仏両国の文化庁レベルで認可された上で実行されたものであり法外ではあり得ない。

ところが、山田洋次氏はその時の電話で「提灯1個いくらなんて、カネが絡むような話は、君、困るよ」と言い放ち「そういう話は松竹の宣伝部の仕事だから、そちらに電話してください」と告げた挙句に「第一、パリでそんなことをやっても(寅さんの)宣伝効果はないし」と早々に話を切り上げたのである。

委員会スタッフは「これまで、まさしくテキヤの主人公・寅さん映画で利益を得て地位を築いた人間が、奉賀金の概念も知らずに、まるでこちらが押し売りみたいな対応とは信じられない。山田洋次は、人情を売り物にするだけのまったくの偽者だ」と激怒、失望した。気の荒いテキヤの数人などは「とんでもねえ話だ。俺が山田を殺してやる」などと息巻いたという。

その後、委員会スタッフは山田洋次氏宛てに手紙を送り、今一度主旨の説明をした上で、山田氏の視野狭窄と非常識に対する抗議の意を伝えた。勿論、イベントに賛意を示す示さないは個人の自由である。しかし、ろくにイベント要旨も聞かないうちに「カネを払う」ことだけに態度を硬化させ拒否したその理由は、始めは「ありがたい」と反応したことも併せて裏返せば「寅次郎の名前は使わせてやってもいいが、カネを取るなら断る」ということである。それもビジネスライクな性格だったといえばそれまでのことだが、学生の飲み代程度の奉賀金を頑強に拒否した山田氏に委員会スタッフが怒るのも「人情として」無理はないではないか。

山田洋次氏からは直筆の葉書が届き、そこには「著作権法の不当な取り決めにより、監督が一存で著作物を扱えない」などという主旨の言い訳が記されていたという。

しかし、山田洋次氏は「寅さんシリーズ」の原作者であり、脚本家であり、監督であり、さらには製作会社である松竹の重鎮でもある。原著作権者にして権限者だ。

念のためにスタッフが松竹宣伝部に問い合わせたところ「山田監督がOKならば、すべてOKですよ」と回答されたという。

山田洋次氏は「カネを取られる」という一点だけに懸念を肥大させ、それを回避するためには、自分自身が権限者でありながら「著作権法」などという大義を不用意に持ち出して「利益にならない話」から逃げたのである。

以上が、当時のイベント関係者の証言から得たエピソードだが、なるほど今回の日朝合作映画企画をなんらの疑問も感じずに実行する山田洋次氏の人となりが窺える話ではないか。

ある映画関係者は「人情映画で知られる山田洋次は、実は東大出のインテリ意識が強い。寅さんシリーズでの各地ロケの根回しなども、山田の功績というよりは、若い頃にテキヤ経験もあったといわれる渥美清さんの人脈で始まったといわれます。山田洋次は、頭の計算ができる人だから、どういう人物像をどういう話で映画にすれば、客が感動するかを知っている。いわゆる個性派俳優の中には、山田監督のそういうインテリ臭は鼻持ちならないと、陰で嫌う人もいましたから」と語る。

この他にも山田洋次氏の「非人情家」ぶりを示すエピソードが映画業界関係者から得られたが、物証に乏しいのでここでは割愛する。

映画製作現場の詳細は個人裁量の問題であるから批判するべきものでもないだろうが、「寅さん」の国民的、世界的知名度の上昇に比例して「ミニ独裁者」たる地位を築いた山田洋次氏が、現在の拉致問題の抱える政治的な難題と、拉致被害者当人また家族の心情を一顧だにせず、同じく「ミニ独裁者」たる金正日と同調して、北朝鮮国策映画に熱意を燃やす様は、国辱的であり倫理的にも破綻しているではないか。一方では『学校』などという映画で、如何にも人間の本質を問うかのポーズを見せる山田洋次監督という人物は、あまりにも幼稚な世界観でしか北朝鮮の国家犯罪を捉えていない。

拉致を金正日自身が認める以前から、日本国内では北朝鮮による一連の拉致疑惑は確信的に報じられていたではないか。自分の映画を褒めちぎる独裁者に簡単に洗脳されて、北朝鮮の依頼から端を発した合作映画に嬉々として立ち回るなど、独善の極みではないか。

この企画が進行する背後には、山田洋次の無知、浅薄な思考回路とは違う特別な何かがあるのだろうか。

先のボランティア・イベントで、日本の文化共有という認識から出された「寅さん」の名を冠した提灯をという依頼も「宣伝効果がない」と一蹴するような人間が、文化交流のために北朝鮮と組んで映画を作るなどとは奇妙な話ではないか。

当時を知る前出のボランティア・スタッフは「個人的感情で言わせてもらえば、山田氏はなんらかの利益構造が背後になければ動くような人間じゃありませんよ。拉致被害者や国際世論よりも、いま話題の北朝鮮との映画製作で自分の商品価値があがることを考えているんじゃないですか」と語る。

もしも、これが「誰もやったことがない映画製作」という動機による一種のパフォーマンス効果を意識下においた行動ならば、日本国内における北朝鮮諸問題の現状に鑑みれば、山田洋次氏は「反国民的」映画監督ということになるのではないだろうか。

仮にもこれまで「国民的支持」を得てきた同氏だけに、氏の企画発動に違和感を感じても、批判や怪訝を持ちにくいという国民感情もあるかもしれない。また、映画というメディア自体の社会的、経済的認知が低い日本では、今回の日朝合作映画企画問題は、追及するに足るニュースとして見られていないという側面もあろう。だが、北朝鮮の実情からは、山田氏がコメントするような「一緒に仕事をして信頼関係を作る」「映画人同士が友人となるところから始める」などという稚拙な認識による楽観は許されるものではない。

北朝鮮の映画界とは即ち金正日と北朝鮮独裁軍事国家のPR機関であり、そこに従事、関連する北朝鮮映画人も、それが自発的であろうが強いられた立場であろうが、結果的に国家犯罪を支える一部であることに変わりがないのである。北朝鮮の映画人と友人になる、とは金正日と友人になるという宣言と同義ではないか。第一、映画監督として北朝鮮と信頼を築いて、山田氏は何をしようというのだ。それを以て、行方不明の拉致被害者でも帰国させられるとでもいうのだろうか。

マスコミは、山田洋次氏の日朝合作映画企画に対して、政治的、社会的また拉致被害者と家族への配慮という人道的な見地からも再分析、調査の上、厳しく論及すべきではないだろうか。

 

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