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国家再生に光ある政治を望む
今日、21世紀を端緒として「聖域なき構造改革」を叫び、これを推進するにあたって、国民も痛みを分かち合う必然を自民党小泉首相は説く。
何を今さらと言いたいが、今日までこの国をボロボロに食い散らかした政治家・官僚共による無駄
な時間と空間の中で、働きづめに働き続けた国民という大衆に対して、国家の目的・方向かくあるべきを明確に指導した金玉
の大きい政治家はいなかった。
だから小泉首相の国民に飛ばした檄は新鮮に受け止められはしたが、なんてことはない、だらしない国家運営をしてきた政治家・官僚共の後始末の「付け」を国家総動員で「払わせる」号令をかけただけのことなのだ。
この国の民が民族的に固有しているはずの勤労・勤勉の努力、あるいは歴史的に積み上げてきた道義・道徳・美風良俗。「日本人」という固有名詞がかつて所持していた、生き生きとした誇り高い民の名。……この国を支えきたった国民のこうした意識、文化を長年月にわたって意識的に抜き去った戦後政治体制は、これらをすべて死語とさせてしまった。それでもなお、現代日本人の意識下には、形よき国家像、姿よき日本人を希求する思いがある。その希求的飢えに悶える民族の渇きを癒す大政治家としての手腕を小泉首相に期待するには荷が重過ぎよう。それどころか「オラ達の既得権益を守るベェー」とする、国民主権者の存在など目に入れぬ
賎しい抵抗勢力共が、小泉首相の足を引っ張るために跋扈している状況なのだ。となると、現在の凍土(ツンドラ)状況を溶かす太陽が如き、それでいて政治屋共をキャンとも言わせない大政治家の出現は、いまの政治家連中を視るに極めてお寒い限りだ。
ゆりかごから墓場まで、国民ひとり一人の人生を決定付けるのは国家だ。国の運営、国の進路を明確に国民に示すのが政治であって、手っ取りばやく言えば、政治家による「情熱・責任感・目測」の三点がわが国の行方を定めるのである。わたし達、そして子供たちの未来は、何処へ流されていくのだろうか、わが国の現状を見るにつけ実に不安だ。
小泉首相の「聖域なき構造改革」に向けた気概は評価する。だが、戦後既に半世紀を過ぎた今に至って「聖域なき構造改革」を声高に叫ばなければならない状況に追いやったものはそもそも何だったのだろうか。戦後半世紀にわたる自民党一党支配の悪因悪果
の結論であり、わが国を破産寸前の国家に堕としめたものも自民党政府である。戦後から今日に至るまで、国家再生に向けての国民意識が奈辺に置かれてきたのか。そしてまた小泉政権はそれをどう捉えているのか。
縄文の古代から連綿と蓄積されてきた高度な精神史を剥奪され、戦中史、そしてさらに重要な戦中史に連結する部分の戦前史の全角度的史的考察を全面
否定された日本の国民大衆。そのうえ外圧によってこれらが否定され、さらに進歩的思想人と自称するエイリアン達による侵略的自虐思想教育を押し付けられた国民大衆。自民党支配によるわが国の政治はその防波堤たる役にも立たず、それどころか屈辱的外圧を容認する政治姿勢に終始してきた。
ことに外交たるやは終始一貫頭を下げ続け、下げ続けたその頭を未だに殴られ続け、ならばと腹を立てることすら忘却した屈辱外交に現(うつつ)を抜かして恥じない国に堕としめてしまった。これまで堕としめた愚は総て自民党政治の責任に帰着するのだ。
国家としてのプライドを放棄した政治を敷き、舐められ、集(たか)られ、裏切られてもなお揉み手して今日を支えてきたこの国の政治体質。こうした政治により半世紀にわたる服従を強いた代償として、国民はソドムとゴモラ的快楽に慣れ、溺れて、もはや民族的誇りへの回帰は至難な状況を迎えている。これを本来あるべき姿勢に向かわせることこそ国家的事業なのだ。
政治体制に対して良し悪しを判別し、それによって連帯する、抵抗する、抗議する、いわゆる革命的起爆性運動量
の欠如した日本人。怒りを失った、政治を動かす方向指示器を取り上げられた今の国民大衆に、小泉首相の訴える政官財と共に分かち合う痛みなどには耐えきれまい。既にインフレ政策を期待する声を上げている手合いもいるのだ。民族凋落の戦後史に生きた、それらを視つめ通
した大人達なら、政治に向けた怒りが少しなりともあり、それがガス抜きとなって未だしもである。だが、正史の流れを中断され、代わって自虐史の徹底的洗礼を受けた現代青少年女子群の哀しみを、政治は些かも理解せずに放置したままだ。未来への指針なき国家に生きる若者達の体内に充満する、政治悪が注入したメタンガスを抜く術は、彼らには無く、自らのガスに火を放つ若者は歯止めなく暴走する。
既に晩きに過ぎた小泉政治革命だが、小泉純一郎が自民党を称する以上、手始めに党内に棲息する国益犯す害虫共の清掃のみならず、官僚やその天下り機関等、清掃しなければならないものが山ほどあることを明確にしてほしい。
閉鎖的各省庁官僚集団が省益・個人益として財政投融資資金に群がり、それを貪り喰らう特殊法人・公益法人と下部機関等、ここを桃源郷として、族議員、退官元官僚共が国民の税を既に400兆円にもわたって喰い潰して来たのである。こうした、回収なき赤字を増長して恥じなき族議員、元官僚共による国賊的行為を放置してはならないし、徹底的解体作業無くしては国民は納得しない。
こうした現実に手を付けぬ限りにおいては、小泉首相の「聖域なき構造改革」は、政治家の常なる打ち上げ花火に終わるのだ。
ともかく、腐った自民党長期政権を内側から覆す闘士として国民の総意を背負った小泉首相だ。公言した真の政治改革を断行するべく命を賭けて働いてほしい。
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