IT全体主義国家への道
住民基本台帳ネット化に反対する
郵便受けに溢れるDMと個人情報流出
勤め先からの帰って自宅の郵便受けを見ると、様々なDM(ダイレクト・メール)が時に溢れるように届いているのは、わが国ではもはや日常の光景である。信販会社のパーソナル・クレジットの勧誘から、女性には有名百貨店のランチ優待付きバーゲンセール招待状、子供のある家庭には予備校や学習塾などの入校案内、さらに国際郵便などによる「あなたは当選されました!」等の甘言で小市民的な物欲・金欲を煽るサギまがい商法の魔の手をさしのべた手紙など、枚挙にいとまはなかろう。
しかし、こうしたDMを日々受け取るうち、ふと不安になることがないだろうか。「なぜ、うちの子どもの学齢がこの業者にわかるのだろうか」「サギ商法勧誘の国際郵便に使われる名簿に、なぜ自分の氏名と住所があるのか」と、普段は忘れていても時に考えることがあろう。そして、その謎ときは個人の範囲で洞察してみても果たすことができにくいので、結局ため息と共に再び忘却されていく。
DMによる大々的な個人宅向け宣伝が普及したのは、1970年末からである。この頃から銀行のオンライン・システムが本格的に普及して預金の出し入れや振込がキャッシュカードひとつで可能となり、クレジットカードも勤労者のみならず学生までが所持するようになっていた。
各種名簿が手作り・写植の印刷製本式のものから、コンピューター管理・作成へ移行していったのも、同じく1970年代末頃からだ。例えば学校法人の同窓会名簿がコンピューターシステムにかかるものへ、移行していった。各地に点在する年代の異なる同窓生の動向や寄付状況、さらには死亡情報までの管理に、これ以上便利なシステムはない。いままでアルバイトを動員するなど人の手を煩わさざるを得なかった大量の連絡郵便の宛名書きも、整理されたコンピューター内の名簿から直接シールに打ち出したり、封筒そのものに印字して省力化できるようになると共に、少人数のオペレーターによって容易に名簿管理や年度毎に発行する印刷名簿の更新が可能となった。
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このシステムは、住民の国民健康保険や学籍事務、各種の登録業務を担う地方自治体に採用され、名簿管理のコンピューター化は飛躍的に進展した。しかし、省力化や利便性の向上と裏腹に、個人情報流出の危険性というリスクをとてつもなく増大させることになったのである。
最近は、悪質な電話勧誘等を忌避して電話帳に個人宅番号を載せないケースが多いため、個人データのうちでは電話番号がまず貴重な一次情報となる。これを知るために、民間リサーチ会社(彼らは、DM発送者である金融会社等にそのデータを販売する)は、闇市場において学校におけるクラス別連絡網リスト、PTA会員名簿や社員・職員名簿、町内会名簿に至るまで買い取るようになった。この一次資料をもとに、電話による勧誘はもとより各種金融データ(信販会社や銀行からの借入、返済実績等)を組み合わせて、商業活動の対象とされる住民のランク付けや階層毎区分けが行われ、それに見合ったDMの発送・勧誘が行われる。例えば「このくらいの収入があるなら、このランクの融資勧誘でOKだ」「借入実績の回数から見れば、再び人生の節目に借金をするに違いない」等の判断に基づき、信販会社からの働きかけがされる訳だ。
更に、学校や病院、各種機関の職員に“謝礼”を提供するなど収賄まがいの個人データ収集までが行われた。特筆すべき出来事として、個別契約時に本人の健康状態から家族状況、就職先など最もまとまった情報を集積する保険会社の個人情報が漏洩する事件が相次いで起きたのも1980年代半ば以降のことだった。当該スタッフが関係した犯罪や事故として情報漏洩があったものは顕在化しやすかったが、その後、各種機関のコンピューターに侵入するハッキングが登場すると、情報の盗み出しや書換えといったこともほとんど発覚しないまま横行するようになった。
こうした情報漏洩のみならず、保険会社の内部では日常的に保険加入者の契約情報を始めとする個人情報を勧誘員がコンピューターで検索して把握し、他社やライバル勧誘員の顧客を奪うことまで横行したのだから、「個人情報の目的外使用」への組織的な踏み出しはこの業界が先駆けといえるかもしれない。
我が国では情報管理へのIT化が急速に普及した割には、個人のプライバシー情報保護のためのシステム構築がないがしろにされ、事実上の無法が横行してきたのである。ここ20年以上にわたって、日本人が日常生活で見られる光景の一部として慣らされてきた自宅郵便受けに溢れるDMの背景には、以上のような事情と経過があったことを多くの国民は振り返ってみたことがないだろう。自分自身の情報が仮に漏洩しているとしても、身に危険が迫ったり犯罪に巻き込まれるなどの事態をほとんど自覚した経験がないため(実は危険スレスレの事態に至っていても、気がつかないという例が多い)、個人情報流出が横行している状況に何ら危機感を持たないのが、日本における実態である。
しかし、政府によって住民基本台帳ネットワークシステムの運用が開始されることしの8月5日以降、日本における個人情報流出し放題の状況は、真にひとりひとりの国民にとって抜き差しならない危険を孕むようになる。先回りして結論を言えば、この日以降、我が国の政府は民間と地方自治体において系統化されて整理された個人情報、それに流出した情報を何の労もなく一手に把握することが可能になり、あわせて税務当局、警察、その他の取締機関が収集した情報を組み合わせて個々の住民の生活動向の全般を手にとるように認識し、場合によってはそれをコントロールする手段を得ることになるからだ。
言わば、人類史上のどんな独裁者や全体主義国家ですらも実現できなかった全一的な住民支配を可能にする「IT全体主義国家」への道に、日本が踏み出すのである。
11桁登録番号が個人支配の決め手
「住民基本台帳ネットワークシステムの導入に係る『住民基本台帳法の一部を改正する法律』が平成11年8月12日に成立し、8月18日に公布されました。
今回の改正は、各種行政の基礎であり、住民の居住関係を公的に証明する住民基本台帳のネットワーク化を図り、本人確認情報(氏名・住所・性別・生年月日の4情報、住民票コード及び付随情報)により、全国共通の本人確認ができる仕組みを構築しようとするものです。
この住民基本台帳ネットワークシステムを導入することにより、高度情報化社会に対応して、
1:住民基本台帳事務の効率化
◎住民票の写しの広域交付
◎転入転出の特例
2:国の機関等(16省庁92事務)への本人情報の提供
3:住民基本台帳カード(ICカード)の活用
など、住民負担の軽減・住民サービスの向上、国・地方を通じた行政改革を図ることが可能となります」
政府は、旧自治省行政局長名の「改正住民基本台帳法の成立について」との文書で、住民基本台帳ネットワーク化の趣旨をこう説明している。
しかし、これを読んでみて、どこに「住民負担の軽減・住民サービスの向上」が見られるというのであろうか。「住民票の写しの広域交付」を住民本人が受けるケースなんて、どういう立場の者であろうと直面することはほとんどない。要するに、よその自治体窓口において他の自治体地区に居住地を置く者の住民票をしばしばとるものとして予想されるのは、司法関係や弁護士、それに捜査機関の人間くらいだ。「転入転出の特例」とは、引っ越したら新居住地の自治体に届けるだけで、「転出届がいらなくなる」ということだけの意味である。
そして、実は目玉とされているのが、「住民基本台帳カード(ICカード)の活用」である。これは市区町村が希望者に発行するカードでこれを持てば他自治体で住民票発行が受けられるだけでなく、その記憶容量(8000字以上)を生かして「連携カード」化させ他の行政機関サービスを受けられたり、将来的には「ICマネー」(クレジットカード/キャッシュカード、高速道路料金・鉄道料金自動支払等への使用可)への応用まで展望して、「1枚のカードであらゆる日常生活に対応可能なITシステムとし、利便性を限りなく広げる」ものと宣伝されている(「あくまで検討であり、当面はこのような活用はしない」とされている)。
しかし、これこそ裏を返せば、個人の全生活を1枚のカードシステムに集約し、これを把握しようとするものに絶好の手段を与えることに他ならない。そして、これを全一的に把握するカギとなるのが、国民全員に対して自治体から通知される個人毎の11桁の登録番号なのである。この単一のコードナンバーにより、システムを支配するものは個人のあらゆる情報を整理・集約し、収集していくことが可能になるのだ。
これまで、各種の個人情報は、それぞれ異なるコードナンバーで掌握する機関毎に整理されてきた。運転免許証登録、住居・土地の所有登記、医療機関の個人カルテ、各種のクラブ会員データなどは、各機関・団体・企業それぞれ別個のシステムとして、連携せずに機能してきたのである。これが、日本において前述したように個人情報保護方策がまったくおざなりの下でもリスクの分散につながり、他の情報から類推して簡単に別の分野の情報を掌握することの障害になっていたのである。 ところが、「全国共通の本人確認のための統一コードナンバー」が導入されれば、行政機関の手続きから開始されて個人が係わるあらゆる取引において、このコードナンバーが使用されるようになる。現に、個人の登録番号制度(背番号制度)を導入してきた韓国では、レンタルビデオ店の貸出や酒類の購入の際、本人確認のため番号提示が求められている(名目は、未成年者の割り出し等)。
この実態から考えれば、例えばポルノビデオの借り出しについても警察などがその気になれば、個人がどんな嗜好でどのようなタイトルのものを視聴したかまでを把握することが可能である。最近、警察の性犯罪捜査においては捜査段階でレンタルビデオ店の会員カードを押収し、重要参考人(容疑者)のビデオ借り出し歴まで調査していることを鑑みれば、きわめて現実性のある問題だ。
このように連携カードへの発展をともなうICカードシステムの導入は、個人の心のひだの内側まで政府機関が踏み込んでいくことを容易にしていくのである。また、この間に政府が進めてきた各種の国民監視システムの整備とリンクさせて考えれば、国民にとって恐るべき将来の社会像が現出されていく。
街、道路などあらゆる場所での情報や盗聴とリンクして
国民総監視体制へ
「住基ネットが目指しているのは、一つの番号の下に年金や運転免許といったさまざまな情報を集約する“国民名簿”をつくることとしか思えません。
さらに、この番号の利用が広がることで、図書館でどんな本を借りたか、親戚に難病患者がいるかどうか、どこの駅の改札をいつ通ったかなど、個人情報がすべて記録され、一つの番号の下に過去の人生がすべて整理されてしまいます。
自治体には、納税や介護、医療保険など住民の個人情報が集約されます。その情報が、ネットワーク化されることで漏洩する危険が高まります」
住民基本台帳ネット化にいちはやく懸念の声をあげた杉並区長の山田宏氏は、『週刊金曜日』昨年6月1日付号のインタビューでこう述べている。自治体が蓄積した個人情報の集約をネット化によって把握できることで、政府はボタン一つでこれらを基本データとして容易に名寄せして使用し、これに様々な収集情報を蓄積していくことが可能になる。
日本においてこのシステムの危険性を世界のどの国よりも高めているのは、1990年代以降に急速に整備された様々な国民監視システムの導入である。
例えば、最初に目立つ形で導入され、犯罪捜査にも公然と使用されるようになったのが主要幹線道路や自動車専用道の要所に設置されたNシステムである。スピード違反自動取締装置の技術を応用したこのシステムは、24時間稼働しながら設置された道路上を通過する全車輌のナンバーと前部座席に乗車している人物を撮影記録し続けている。車輌ナンバーの照会さえすれば、このシステムによりどんな人物が何時頃、どこをどういう経路で通過したか確認することが可能である。これと同様のものは、ITS高度道路システムであるし、「渋滞解消につながる」とのふれこみで高速道路料金の自動支払いシステムとして導入されつつあるETCについても、同じ役割を果たし得る。ETCはおまけにクレジットカード・リンクであることから、個人金融情報までつなぐことになる。
さらに駅地下道や主要交差点から始まって、「犯罪多発地帯」とみなした繁華街にまで設置が広がりつつある監視カメラ網は、近年のコンピューター顔認識技術の急速な進歩により、個人のあらゆる行動を捜査機関が掌握することを可能とする(現在、重要機関における最新のコンピューター・オートロックシステムの解錠コードは、そこに出入りするスタッフの顔面骨格その他の特徴の登録画像である)。この話を聞くと「大げさ過ぎる」「そこまで神経質になることはない」という者もいるが、それでは主要駅地下道の天井付近、交差点信号の上部、繁華街の看板のあふれる街路の建物の二階と三階部分の中間部の壁面や、電柱の上などに注意を払ってほしい。いまや「こんなところにもあるのか」と思うほど、多数の監視カメラを発見することができる。特に顕著なのが、新宿の歌舞伎町繁華街とラブホテル街だ。「通り魔的犯罪に対応するため」との理由で導入された監視カメラシステムは、誰もが持つ人には知られたくない行動について、捜査側が把握していく決定的な手段となっている。
11桁の登録番号による個人基本データとリンクさせてこうした監視システムの情報を蓄積すれば、捜査当局がいかなる個人でもその生活行動の全体像をほぼ完全に把握することが可能になる。もちろん、彼らにとって都合の悪い情報を把握している人物、政府等にとっての反対派の監視と工作にはうってつけだ。反体制派の幹部の個人生活上の弱点に目をつけて、転向工作に活用するのは警察や公安当局の常套手段である。また、「暴力団対策法」に基づいて実施されている、各地の任侠団体及び構成員に対する監視や情報収集も画期的に強化され、今後、これら構成員・関係者の間で何かある度に「別件逮捕」が頻発していくことが容易に予想できる。警察にとっては、構成員のみならず接触している他の市民の情報もリンクすることによっていくらでもこれら任侠者を逮捕するに足る容疑内容を、事実情報の蓄積でつくりあげることができる。やがて、こうしたアウトロー的集団の存在の余地が無くなるところまで、事態が進展する可能性は十分に考えられる。
以上に加えて、ごく最近に成立し発動している通信傍受法(盗聴法)による電話やEメール通信の監視が、監視対象者の言動まで把握することを可能にしており、まさに住基ネット化の実現が国民総監視システムを完成の域に押し上げることになる。
濫用が防げぬ日本的システム
導入諸外国よりいっそう危険な体制へ
もちろん現在、政府が名目上住基ネット化を実施する目的においてみるなら、いままであげてきた行政機関による利用の危険性にかかる問題は「濫用」にあたるものだ。総務省は、国民、自治体向け説明資料「住民基本台帳ネットワークシステムにおける個人情報の保護」の<3.外部からの侵入と内部の不正利用の防止>の項で以下のような説明をしている。
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外部からの侵入の防止
@専用回線の利用、ファイアウォール・IDS(侵入検知装置)の設置により、不正侵入を防ぎます。
A通信を行う際には、データを暗号化します。また、通信相手のコンピュータの正当性を確認してから通信を行うことにより、通信相手のなりすましを防止します。
B万が一の場合は、『緊急時対応計画』に基づき、ネットワークの運営を停止するなど、個人情報保護を最優先した運営を行います。
内部の不正利用の防止
@地方公共団体・指定情報処理機関・本人確認情報の受領者(行政機関)のシステム操作者に守秘義務を課し、刑罰を加重します。(通常は1年以下の懲役または3万円以下の罰金→2年以下の懲役または100万円以下の罰金)
また、委託業者が秘密を漏らした場合も、同じ刑罰が科せられます。
A地方公共団体・指定情報処理機関・本人確認情報の受領者(行政機関)において、操作者用ICカードやパスワードによる厳格な確認を行い、正当なシステム操作者だけがコンピュータを操作できるようにします。また、システム操作者ごとに住基ネットが保有するデータへ接続できる範囲を限定します。
Bコンピュータの使用記録を保存し、定期的な監査を行うことにより、いつ、だれが、コンピュータを使用したのか、追跡調査ができるようにします。
C全国で地方公共団体・指定情報処理機関・本人確認情報の受領者(行政機関)のシステム操作者のセキュリティ研修会を実施します
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「守秘義務」「違反刑罰の加重」があるから、不正利用があり得ないというのだが、問題は「地方公共団体・指定情報処理機関・本人確認情報の受ナ領者(行政機関)のシステム操作者」において個人情報は手にとるように把握しうることである。「システム操作者」が対象となる住民のプライバシーを覗き見して“丸裸”にすることが可能なことは、本質的に妨げられない。民主主義社会において、他人の生活を全一的に把握し得るような行政機関スタッフが存在することは、それだけでひとりひとりの主権者、住民を貶め、個人としてのアイデンティティーに脅威を与えることにならざるを得ない。
加えて、人間の生命を直接的に損ずるような重大犯罪の結果が出ないかぎり、何ら捜査・取締が発動され得ない日本における国民保護のセキュリティーシステムの欠陥が、法律にどんな字義上の「刑罰」「罰則規定」を設けても不正や故意・未必の犯罪行為を抑止できないようにしているという問題がある。
一昨年の雪印乳業集団食中毒事件や昨年秋のBSE問題の顕在化、それに最近の中国製「やせ薬」による死亡・健康被害事件などで露呈したように、日本では警察と検察以外に十分に組織された取締機関を持たず、例えば先進諸国では一般的になっているような各分野における捜査・取締機関(重大事故発生の要因を追及して航空・運輸企業の手抜きによる事故発生を取り締まる連邦交通安全局、国内外で流通する食品の安全監視を行う調査・取締機構、詐欺商法発見・取締のための公正取引監視機構など)が設置されていない。ちなみに、この度改められたとはいえ、雪印問題が発生した際、日本の厚生労働省の食品安全監視担当者は本省にたった1名しかいなかったのに対して、米国厚生省は地方出先機関を含めて3000人以上の監視・取締体制をとっていた。法律規制の字義上の問題だけ整えても、その捜査・取締は警察任せで、警察も一般の刑事犯罪でアップアップなのだから、規制や内部チェックが進むはずがない。
いくら「不正利用の防止」を叫んでも、もっともそれを狙うであろう警察や公安調査庁という機関から完全に独立した捜査・取締機関が存在しない限り、まったくの空文にすぎない。では、仮に住基ネットの不正利用を監視するための独立行政機構を設置すれば、問題が解決するのであろうか。既に「国民総背番号制」を導入した国々の実態を見れば、「否」といわざるを得ないことが明らかだ。
例えばスウェーデンでは、導入時期が第二次世界大戦直後の1946年と早期に背番号コード(PIN)システムを実施して、徹底した個人情報の公的管理を行ってきた。これが濫用されることを防ぐために、「国はプライバシーに触れる個人情報収集をしないこと」を定めると共に「民間企業等が独自に個人情報を収集することの禁止(必要な場合は、公的機関からサービスを受け、提供記録がつけられる)」が法的に位置づけられ、独立行政機関であるデータ検査院が個人からの苦情処理にあたると共に定期的に巡回検査を行っている。世界で最も早期に導入しただけに、その個人情報保護と濫用防止のためのシステムも、一番きびしいものとなっていると評価されている。しかし、ここでも濫用が完全に防げていない。
平成8年に来日して埼玉県で講演したスウェーデンのデータ検査院長は、次のように述べた。
「スウェーデンは、共通番号制を世界に先駆けて導入したが、多くの国民は、これを後悔している。それは、気づかないうちに、我々を腐敗させ、多くの人のプライバシーに対する脅威となった制度であり、日本に導入することはお薦めしない。共通番号制は危険であり、これによって銀行口座番号、通信販売会社の顧客番号を含む殆ど全ての記録を見る鍵が得られるので、それにより他人の金に手をつけたり、困らせたり、他人のアイデンティティを盗むことができる。共通番号制の乱用に関して、データ検査院には多くの苦情が寄せられているため、企業や組織には、共通番号制を個人ファイルを開けるマスターキーとして使用しないよう勧告し、具体的には保険会社には、二〇〇〇年以降、顧客番号として共通番号を使用することを禁止した」
(埼玉県発行『個人情報保護に関する埼玉提言』平成8年3月、ここでは関西学院大学法政学会編『法と政治』第51巻第1号の平松毅論文「住民基本台帳ネットワークシステムの成立」に依った)
もともとスウェーデンにおいても、共通番号による「総背番号制」を導入した背景には「高福祉高負担」といわれるスウェーデン型福祉社会の建設をめざすにあたり、個々の国民による高額な納税の忌避や福祉制度の悪用(不正受給等)を防止するため、国民の所得や生活基本条件を把握することが目的としてあった。
他方、この背景には、北欧白人国家としてのアイデンティティーを守るための、恐るべき「優生人種理論」があったことも最近、露呈し始めている。スウェーデンについては、左翼系学者・評論家らによって「高齢化社会の到来に直面する日本もめざすべきモデル」とさんざん賛美されてきたのだが、実は身体障害者や精神障害者の症歴カルテや家系調査齒アなどを国家が管理し、「優生学的見地」から不妊手術を強制して将来的にその「遺伝経路」を抹殺し家系を絶っていく方策が、戦後から1990年代まで密かに実行されていたのである。この政策は、かのナチス・ドイツで1930年代から実施されたアーリア人種優遇策及び障害者「安楽死」政策と同じ基盤に立つもので、今日の感覚から見て恐るべき障害者・人種差別政策といえる。
共通番号制は個人情報の管理のみならず、弱者切り捨てを効率的かつ徹底的に進める道具として、機能したのである。表面的に“バラ色の福祉社会”に見えたスウェーデンも、時にドイツ人を含む北欧系白人種が陥る「強い人種、民族だけが優遇され、その純粋な血統を受け継ぐべき」との人種差別史観で支配されていたのであり、その制度的裏付けになっていたのが共通番号制だったのだ。
国民生活と情報の全一的管理と掌握を目的に導入された制度における個人情報データの濫用は、どんな監視・取締機関を設けても本質的に防ぎうるものではない。国家そのものが、濫用への自らの衝動を制御しえないからだ。結局、一つの番号であらゆる個人情報を管理することは、管理・支配する側にとってこの上なく便利だが、管理される国民の側にはその番号一つであらゆる情報が検索されてしまうのであるから、不都合この上ない制度と言わざるを得ないものなのだ。制度の導入そのものが、プライバシーと人権そのものの喪失、といっても過言ではない。前述のように日本ではスウェーデンのような濫用防止のための独立行政機関を創設することすらないのだから、国民にとっていっそう危険なものであることは、いわずもがなである。
まして、前掲の総務省資料にある「外部からの侵入の防止」の項に書かれたきわめて楽観的な措置によって、高度化したコンピューター・ハッカーたちの侵入やデータ盗み出しが阻止しえないこともまた、明白だ。それは、世界で最もセキュリティーが効かされていたはずである米国防総省のマザー・コンピューターに英国の16歳のハッカーが侵入し得た事実が、雄弁に物語っている。
全体主義的管理が徹底されながら
外部からの侵入には脆弱な国家に
韓国では、1997(平成9)年に住民登録番号制度を悪用した驚くべき事件が起きた。北朝鮮から亡命してきた市民の住民登録番号を、北側諜報機関がつきとめてそこから住居、職場などを特定させ、刺客を放ってソウル市内のアパートの前で暗殺することに成功したのである。韓国当局の調べによれば、この事件には北側に買収された警察関係者も絡んでいた。
韓国では、1968(昭和43)年より全国民に生年月日と居住地を組み合わせて12桁の登録番号を付ける「住民登録番号制度」が導入され(現在、番号は13桁に変更)、二年後には18歳以上の住民に対する住民登録証の発行制度を確立。1980(昭和55)年からは登録証の常時携行義務を課した。韓国の住民登録簿(住民基本台帳)には、氏名、生年月日、居住地の他、指紋まで含む141項目が記載されており、朝鮮半島が南北に分断されていることによる安全保障面での方策上から当局の住民管理・監視を容易にしてきた。導入された年が青瓦台の大統領官邸に対する北朝鮮潜伏部隊による襲撃作戦が敢行された年であることは、韓国内に潜入した北側分子摘発を狙っていることを象徴的に示すものといえる。
しかし、先の亡命市民暗殺事件は、国民と国家に脅威を与える相手側にかえって不当な侵入と市民殺害を行うための便宜を与えた点で、韓国内に大きな衝撃を広げた。民主化が進展したこともあって、韓国ではこの事件を機に住民登録番号制度への反対運動が強まっており、1999(平成11)年に韓国政府が新たに導入しようとした住民登録証のICカード化が断念されることにつながった。
行政情報のネット化は、それに伴うリスク、とりわけハッキングへの防止策を常に最新の技術で進展させる取り組みがされない下では、その社会の正常な運営の妨害を試みる者(敵対する国家の政府、テロリスト、オウム真理教のような狂信集団等)によって情報の盗み取りや書換え、「時限爆弾」的に作用する「ウィルス」システムの植え込み等の攻撃の脅威に晒される。この攻撃によって影響を受ける範囲は、ネット化が大規模になればなるほど、限りなく大きなものになっていく。
これが何ら杞憂でないことは、近年、我が国の各省庁のホームページ上に中国大陸からのハッカーによる書換えや、ウィルスの植え込みが大々的に行われたことでも明らかだろう。そして、住基ネットの実施は、こうした国外の勢力からの攻撃の脅威が個人のレベルまで振りかかってくることを意味する。諸外国の政府が、我が国内に存在する好ましからぬ人物やグループ、その家族に関する情報を収集するためシステムにハッキングをすることは、十分に考えられるし、このために正体不明の連中による日本国内在住市民の誘拐や暗殺といった事態の発生も予測しうる。そうしたくなる連中もまた国外に確実に存在するのだし、本紙が繰り返し予想される@内幕を報道してきた「世田谷一家4人惨殺事件」が今後我が国で起こりうる外国勢力による暗殺事件の多発を暗示している。
住基ネットは、国内においては国民・住民に対する全一的、全体主義的な監視・管理体制を徹底させると同時に、その巨大化したネットワークはかえって日本社会に敵対する勢力への攻撃の糸口、とりわけやっかいな個々の市民に対する干渉や攻撃の手段を与えてしまう。そうした意味で、犯罪や不正な侵入を防ぎとめるシステムを無くした外部から見て脆弱な国家になってしまうのである。
そして、ここで特に指摘しておきたいことがある。全世界にコンピューター通信や電話回線、無線通信の傍受・盗聴網を広げ、その持てる組織力の全てを挙げて各国のあらゆる情報を収集している国家が日本の懐にまで手を延ばしている。軍事衛星による傍受を含めたエシュロンによる大々的な盗聴システムを構築した米国である。彼らが我が国政府の首脳部による電話や電子通信を傍受し、日米貿易交渉にその情報を活用したことが問題になったのは記憶に新しいところだ。
米国が構築したこのシステムは、コンピューターの本質的な特性である「膨大な個別情報の識別・整理能力」と「スピード」を全面的に生かした国家目的追求のための世界で最も効率的なシステムといえる。情報にアクセスするキーさえ得れば、米国のこのシステムが日本に居住する個々人の生活まで、大量的かつ個別的に介入することには何ら困難が存在しない。「まさか」と考える向きには、家庭に普及したコンピューターで世界中の億単位に存在する回線を検索し、地球上に存在するどんなホームページにでも数十秒〜数分以内にアクセスできるようになっていることを鑑みてみればよい。今後、個人のスキャンダル情報に至るまで、米国は手にとるように日本の状況を観察しうることだろう。そうすれば、安全保障問題から経済問題、個々の市民生活上の問題(労使対立などの雇用事案や世論形成、治安問題等)に至るまで、日本は米国の思うままに動かされていくこととなる。
住民基本台帳ネットワークは、廃止するほかない
住基ネットの実施を目前にした現在、東京都でも杉並区の他、国分寺市がこれに反対を表明し不参加を決め、他の地方都市でもそうした動きが認められる。実施延期を要求した自治体や地方議会に至っては、80近くにのぼった。
いずれも理由にしているのは、「本システムは平成11年の法改正成立時、当時の小渕首相が『個人情報保護法の成立が実施の前提』としていたのに、それが不成立である」等ということだ。先般、政府より提出された個人情報保護法案は「マスコミ規制につながる」と反発を受けて引っ込められる体たらくな内容のものだったが、仮に個人情報保護に厳重な刑罰(既に住民基本台帳法改正法でも盛り込まれてはいる)を課すような法律が成立したとしても、前述したように我が国においては屋上屋を重ねるようなもので、体制的に実効性を担保するものではない。
むしろ、ほんのわずかな利便性を理由に「安全なシステムなら」と住基ネット化を受け入れていくなら、結局、制度を半世紀以上前から導入しながら問題を解決しえないスウェーデンの例を見るまでもなく、個人情報は様々なレベルで濫用され、個人に対する国家の支配力が増すと共に犯罪者、テロリスト、国外からの攻撃勢力が直接市民個人をも攻撃する手段を得ていくことになるのは、火を見るより明らかだ。
人類は、限りなく利便性を追求してきた。システムの集約には様々な手続きの簡素化、スピード化などの魅力が含まれている。しかし、時に技術や知見の進歩は、誤った方向へ枝を伸ばすことがある。核兵器や生物・化学兵器の開発と実用化がそれであったといえるし、人間のクローン化技術の進展も場合によってはそうなる危険性がある。コンピューターシステムの発展の上にのった住民基本台帳のネットワーク化、それに基づく国民・住民への総背番号制の導入は、正に誤った方向に枝を伸ばすことである。
いまや未曾有の規模で世界におけるコンピューターネットワークが広がった。ここには、先に指摘したような多様かつ重大なリスクも存在している。このリスクを分散するには、個人情報を含む重要情報の系統を分散させ、リンクさせないことが肝心である。いかなる理由を唱えようと、住民基本台帳ネットワーク化には反対である。仮に実施されたとしても、廃止こそ人権の尊重と我が国の真の安全のための道であることを、訴えつづけていかなければならない。
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