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瀋陽亡命事件の演出者たち
五月八日に中国の瀋陽日本総領事館で起きた北朝鮮人の亡命未遂事件は、その後世界中を賑わし、米上院の解放要求を受け入れた中国が五人をフィリピン経由で韓国に送り込み、とりあえず一件落着となった。韓国に着いた五人は「まず神に感謝」と発言したが、いったいこの五人の「日本総領事館駆け込み事件」の真相はどこにあったのだろうか?
瀋陽の背景
今回の「駆け込み事件」を作りだした遠因は瀋陽という都市にあった。
中国東北部・遼寧省にある瀋陽は、かつて満州国があった時代には奉天と呼ばれていた大都会である。ここには今回の事件を生み出す下地が少なくとも以下の三つ存在していた。
1:治安の乱れ……日本が支配していた旧満州時代には、瀋陽(奉天)は満州最大の重工業地域であり、その後の中国では中ソ対立時の最重要拠点であった。ところが中ソ蜜月時代、そして東西冷戦終結でその意味が徐々に失われていく。そして最終的に「改革解放経済」下で、重工業の中心は一気に南方に移っていった。ところが労働力だけは残され、それが大量リストラへと繋がり、最近では中国国内で最も労働争議が盛んな地域である。それは当然ながら政治闘争、反中央・反政府・反江沢民思想となり、この地域の治安の乱れに繋がっている。
2:流刑地……人民解放軍は七つの軍区と海軍・空軍・砲兵軍団から成り立っている。軍区はそれぞれ独立した機能を持っているが、とくに東北を掌握している「瀋陽軍区」(銭国粱司令官)は人民解放軍の歴史上、終始、北京中央とは別系統にあった。そしてまた、別系統であるがゆえに、この軍区は独立戦を起こせるほどの実力部隊でもある。この地域の軍事的意味が失われるにつれ、ここは反北京・反中央の思想家が流され送り込まれる「流刑地」の様相が高まっていく。現在では、中央政府の指導者、高官たちは瀋陽軍区を訪れることもなく、また訪れる場合でも事後報告となる。つまり訪れることを事前に発表することはない。事前に訪問計画が漏れれば殺されるという恐れがあるからだ。
3:親日的……東北三省を訪れた人なら理解できるだろうが、旧満州地域の人々は基本的には親日的である。かつての中国では日本語を学ぶ者も多かったが、日本のバブル経済崩壊後、中国は誰もが米国指向となった。語学を学ぶ者も、英語が多い。もちろんカネ儲け、カネ目当てで日本語を学ぶ者たちはまだまだいるが、日本文化を学ぼうなどという者は、今ではほとんどいない。ところが東北三省(旧満州)にはなお日本文化に対する憧れがある。誤解される表現かもしれないが、東北三省の人々の多くは日本人を畏敬していると言って良いだろう。
こうした三つの条件下で、瀋陽の日本総領事館には日本的微熱湯感覚が満ち溢れていた。
瀋陽には日本以外にも、米国・ロシア・韓国の総領事館がある。これらの領事館はすべて北朝鮮に対する情報収集・工作活動のための最先端基地の意味を持っており、優秀な職員を揃え、絶えず緊張の中にある。ところが日本総領事館は、在留日本人孤児対策や北朝鮮の日本人妻の里帰り問題などを扱う単なる折衝窓口でしかない。北京や上海、広州の日本大使館・領事館も特に優れているわけではないが、少なくとも緊張感は瀋陽より上だとされる。
駆け込み勃発
こうした状況下で北朝鮮からの亡命希望者が瀋陽の日本総領事館に逃げ込もうとした(逃げ込んだ)。
その瞬間、日本総領事館を護衛していた武警は直ちにこれを排除にかかり、一部は領事館の内部深くまで入り込んでいる。
武警(武装警察官)とは警察とは名ばかりで、その実体は瀋陽軍区に属する軍人である。彼らの思いは実に単純で、「日本の領事館に迷惑をかけてはならない」だけだ。恐らく彼ら武警は誰一人として「ウィーン条約」など知らなかったろう。領事館内部に入ってはいけない……などとは思わず、ただひたすら「日本のために」という圧倒的な思い、純粋な思いやりから、飛び込んだ五人を排除したのだ。日本総領事館の十三名のメンバーもまた、日常から彼ら武警の日本に対する畏敬の念を熟知している。だから彼らの行為を「親切な行為」と受け止め、その行為に何の疑念も持たなかった。
だが、この一部始終はビデオに収められ、写真にも撮られ、全世界に流されたのだ。
事件が起きた翌日(五月九日)、わが国外務省は東京と北京で「武装警官の立ち入りはウィーン条約違反である」との抗議を行った。ところがこれに対し、直ちに劉古昌外務次官補が「館内に入った二人がテロリストだった可能性がある」、「われわれに悪意はなく、日本側には何ら損害を与えていない」と詭弁で対応。さらに北京政府自身も「副領事の同意を得たあとで連れだした」等々、自己正当性を主張。最終的には孔泉・中国外務省報道局長が「日本側は基本的な事実を無視して中国に一連の理由のない非難と要求を掲げ、中国の国際名誉を損なった」と、日本を非難する態度に変わっていったのだ。
北京政府のこの対応は、いったい何なのか?
わが国マスコミはその真意がわからず、ただ日中双方の政府レベルの発表を垂れ流しただけで、国民大衆は欲求不満になってしまった。――東北三省あるいは瀋陽軍区のことを理解していれば、北京政府の思いは簡単に理解できたろう。
わが国政府は武警の立ち入りを「ウィーン条約第三一条違反」と非難したのだ。万一、北京中央が日本側の非難を正当なものと評価したら、武警を処罰しなければならない。だが、中央が瀋陽軍区関係者を一人でも処罰しようものなら、この地域は一気に反江沢民、反中央で燃え上がり、最悪の場合には独立運動すら起きかねない。それだけの実力が瀋陽軍区にはあるのだ。
まして今秋の中国共産党大会の人事すら未決定で流動的な状況にある現在、わずかな揉め事も江沢民政権にとっては命取りになる。
こうした状況下では、北京政府は瀋陽軍区の行為を正当化しなければならず、日本に抗議することが必然だった。
人道的解決
領事館に駆け込み、当局に拘束されていた五人がフィリピン経由で韓国に亡命することが決まったのは、事件勃発から二週間が過ぎた五月二二日だった。その夜、川口順子外相は記者会見で以下のように語った。
「これまで中国側に対し、五人への人道的要請が満たされることが最優先だと申し入れており、今回の中国側の決定に当たって、わが国の立場が配慮されたと考える」。
しかし、川口外相のこの発言を正当なものだと評価した人間は、はたして一人でもいただろうか。恐らくいなかったろう。
五月八日の事件以来、日本の対応が国際的に報道されたのは翌日の「ウィーン条約違反」という抗議だけだった。日中間の問題でありながら日本の立場など国際的には一切無視され続けた。
事件から四日後の五月十二日、米『ワシントン・ポスト』紙に「中国で拒否された亡命」という社説が掲載された。以降、米世論、国際世論はこの社説に導かれる。その内容は概略以下の通りである。
1・ビデオテープの内容からも、中国武警が領事館不可侵の国際法に違反しているのは明白であり、日本が怒るのは当然。
2・世界で最も苛酷な独裁者(金正日)によってもたらされた飢えと残虐から逃れようとする者の亡命を拒否するのは問題である。
3・中国がWTO(世界貿易機関)に加盟した以上、そのルールに従うべきであり、難民条約を無視するわけにはいかない。
4・日本も米国も含め西側諸国は今後、中国に対し、総領事館や大使館周辺で発生する事件には武警を使わず国連機関のオフィスを利用するようはっきりと求める必要がある。
こうした論調は米英を中心に世界的に広まり(広められ)、米上院での「五人を即時解放」との決議に繋がった。決議案は民主党のE・ケネディ議員と共和党のS・ブラウンバック議員ら、超党派の共同提案という形で提出され、その決議文前文には「幼児を含む五人を日本の総領事館から引きずり出したのは明らかなウィーン条約違反である」と記され、中国政府に対し「難民の身元を確認したうえでこれを保護し、亡命を訴える機会を提供すべきだ」と要求した。
こうして事件は、一方の当事者である日本を無視して解決に向かったのである。
韓国の策謀?
五月十七日に東京で開かれた「世界の中の日中関係」と題された討論会で、蔡文中・中国国際友好連絡会副秘書長はこんな意見を述べた。
「(瀋陽事件は)中国国内、香港などの報道から判断すると、日中両国に波風を引き起こしたいと考えた韓国の民間団体のある人がつくり上げた策謀だと思う」。
こうした考えは北京政府も持っているようで、『人民日報』は読売新聞の記事などを引用しながら、事件は韓国のNGO(非政府組織)と通信社が一体となって仕掛けた陰謀だと断定している。
今回の「総領事館駆け込み=亡命未遂事件」は、その前日から亡命希望一家五人の状況がビデオだけではなくスチール写真にまで撮られていた。この事実からもわかる通り、たしかに仕組まれ、仕掛けられていた可能性は否定できない。撮影したのは日本の共同通信社と韓国の聨合ニュース。韓国政府が絡んでいるといった見方はまったく無いが、背景に年末に大統領選を控えた韓国政界の策謀を指摘する情報通もいる。
ご存じの通り韓国の金大中大統領は南北対話を重視し「太陽政策」を押し進めてきた。だが残念ながら太陽政策は現在のところ不調で、力づくで北朝鮮を崩壊に向かわせる、いわゆる米ブッシュ式「北風政策」が採られようとしている。こうしたなか、年末には韓国大統領選が行われるのだが、政権党の民主党は四月末に大統領候補として廬武玄(金偏に玄=ノ・ムヒョン)を選出した。野党ハンナラ党は前総裁の李会昌(イ・ヘチャン)を候補に選出、韓国大統領選は事実上、廬VS李の一騎討ちとなる。無名の廬が大統領候補となった背景は、何といっても南北融和・太陽政策を推進する金大中の英断である。ところが韓国政界最大の苦労人で、現在は議席も失っている廬候補の人気は異常に高く、左派勢力ばかりか、韓国民に根強い「反米」勢力を総ざらいしそうな勢いなのだ。
廬候補を叩くには、太陽政策の行く末に不安を投じれば良い――。日本の総領事館への駆け込みと、国際政治力を背景に韓国への亡命を図る。これが瀋陽事件の真相だといった見方は、そうした意味で存在している。たしかにこの説には納得できる部分もある。だが、今回の事件の本質はさらに巨視的な観点から見えてくるのではないだろうか。
演出者たち
フィリピン経由で韓国に渡った北朝鮮亡命者キム・グァンチョン氏一家五人を代表し、キム・グァンチョン氏の弟キム・ソングク氏(二六歳)はこう語った。「まず、神様に感謝したい。次に脱出を助けてくれた人々に感謝したい」――。
「まず、神様に感謝したい」というひと言はわが国マスコミの一部で大きく報道された。「朝日新聞」などは一面トップの大見出しがこのひと言だった。
支援者でもNGOでもない。まず、神なのだ。この言葉の奥に、今回の瀋陽事件の〔演出者〕が見えてくる。
キム一家が言う「神」とは何か。それはキリスト教系の神である。
米国にはまさに言葉通り「星の数ほど」のキリスト教新興宗教がある。「第三の波」とか「カリスマ運動」といった文化潮流ともされる新興宗教団で、〔癒し〕〔異言〕〔リバイバル〕といったキーワードを持つ。最近ではわが国でも「癒し系」という言葉が盛んに使われ、そこに同時に懐古調、リバイバル調といったものが付随していることが多い。これらはすべて、新興キリスト教勢力によるもので、半島系の「牧師」が君臨している。こうした新興キリスト教勢力は最終的には「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」に収斂するのではないかと想像される。
北朝鮮亡命者のキム一家が感謝した「神」とは、そんな神なのだ。
実際、在米韓国・朝鮮人のかなりの数がキリスト教系新興宗教団体に加入しており、こうした無数の、不統一のさまざまな団体が、北朝鮮亡命者の支援組織となっている。
今回の瀋陽事件の際に、わが国マスコミの多くが、遼寧省・吉林省などに北朝鮮からの亡命希望難民が三十万人〜五十万人も存在すると報道していた。実数は不明だが、消息通によると「北朝鮮に強制送還される例も多いので、実数は十二万〜十五万人」といったところらしい。こうした亡命希望難民を支えているのが、新興キリスト教団体に加入している在米韓国・朝鮮人なのだ。
遼寧省瀋陽の日本総領事館に駆け込み、その一部始終をビデオとスチール写真に収めて全世界に公表する――。この計画は間違いなく彼ら(無数のキリスト教系団体)によって作成され実行に移された。彼らをこうした運動に引き込んだのは、純粋な民族愛だと確信する。そして彼らの運動を可能にしたのは潤沢な資金であり、その資金の提供者は米国そのものである。
つまり世界中のマスコミが大騒ぎをした今回の瀋陽亡命未遂事件の真の演出者は米国政府ということになる。
国家崩壊
冷静に現在の世界情勢を眺めてみよう。
米国を操る国際金融資本は、明らかに本丸(最終目標)を支那大陸に定めた。膨大な経済圏としての支那大陸、そして無尽蔵の資源が眠っているとされるアジア内陸に向けて、いよいよ外堀を攻撃しはじめた。その両脇腹を鋭い爪が目指している。アフガン、パキスタン、インド、そしてベトナムのカムラン湾。その反対側には北朝鮮がある。
ブッシュ大統領は北朝鮮を「悪の枢軸」と名指し、この国が自由主義経済を受け入れグローバリズムの枠組みに加入しない限り、攻撃し殲滅させることを宣言した。ブッシュは北朝鮮の国家そのものを敵視していない。金正日王朝崩壊だけを求めているのだ。
最終的には北朝鮮に対する物理的攻撃(空爆等)を視野に入れている。いや視野に入れるどころか、いつでも空爆可能な状況を作り上げている。だが、費用対効果の面から考えれば、北爆が最善の手段だとは思われない。さらに、北爆すれば日本が火の海になることは必然である。いかに小泉首相の同意を得られたからと言って、仮にも同盟国である日本が再度原爆の脅威に晒されることは、避けられるのであれば避けたい。
では、北朝鮮・金正日王朝が自壊するまで黙って待っているのか。そんな余裕は、ない。
ここで思い出されるのが、十数年前の東欧諸国の崩壊である。
ソ連が共産主義国家を「実験の終焉」と定義した直後、共産圏の東欧諸国は緩やかに自由主義化していくものと考えられた。それが雪崩のように崩壊していった理由は何であったか。
難民である。
祖国を捨てて隣国へと流れ込む無数の流民・難民が、国家の信用を失墜させ国家の基盤を失わせ、瞬く間に国家を崩壊に導いてしまった。
難民を生み出すこと。しかも膨大な難民の存在を世界中に知らしめること。――それだけで北朝鮮・金正日王朝崩壊が可能になる。空爆より廉価で確実な方法なのだ。
北朝鮮の実態を暴いたドイツ人医師ノベルト・フォラツェン博士(『北朝鮮を知りすぎた医者』の著者)は今回の日韓共催ワールドカップの期間中に、中国にいる北朝鮮難民一五〇〇人を大型船などで韓国に送り込むという計画を発表している。博士はこう語る。「金正日政権を転覆させるくらいの北朝鮮人を韓国に連れて行きたい。救出作戦は一回ではなく何回もさまざまな船を使い、繰り返して行う」。
じっさい、もし一万人ほどの北朝鮮難民が韓国に雪崩込めば、韓国経済は崩壊するが、同時に国際圧力の高まりも含め、北朝鮮・金正日王朝は崩壊するだろう。難民は韓国だけに限らずわが国にも流れ込む可能性は高く、そうなった時、わが国政府はどんな対応を見せるのだろうか。
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