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日朝会談の陰で

朝鮮半島とロシアを結ぶ鉄道

 九月十七日に小泉純一郎と金正日の歴史的会談の翌日、わが国の新聞TVは拉致事件報道を中心に日朝会談の報道で埋め尽くされた。その日の新聞各紙の片隅に以下の記事が載っていたのをご覧になられただろうか。

「『韓国・北朝鮮 鉄道工事の軍事保障署名』
韓国と北朝鮮は十七日板門店で軍事実務会談を開き、朝鮮半島の南北を縦断する鉄道・道路の非武装地帯内での連結工事着工に関する軍事保障合意書に署名、交換した。合意内容は、南北管理区域の設定▽地雷除去作業▽鉄道・道路の連結作業▽作業の安全保障など六条三十八項目。合意書が同日発効したことで、十八日から軍事境界線の南北双方の非武装地帯での連結工事が着工される。」(『産経新聞』九月十八日朝刊)

 ここに書かれている通り、九月十八日には三八度線の非武装地帯に作業員が入り、幅二八〇メートルと幅二〇〇メートルの二本の巨大な通路建設の工事が開始された。一つは鉄道用、もう一本は道路用の通路だとされる。一気に始められたこの工事は、その作業状況を考えると、かなり以前から着々と準備が進められていたと推測される。

 これより一カ月近く前……八月末に極東ロシア、ウラジオストクを訪れた金正日は、プーチン(ロシア大統領)と会談を行ったが、その時の新聞記事を改めて読んでみよう。

 「『露大統領、金総書記と会談 南北正常化を支援 鉄道連結も推進』
【モスクワ23日=佐藤貴生】
ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正日総書記は二十三日、ロシア極東のウラジオストクで非公式首脳会談を行った。両首脳の会談は三年連続となり、主に経済協力について協議し、朝鮮半島を結ぶ南北縦貫鉄道とシベリア鉄道を連結する「ユーラシア鉄道構想」の具体化を詳細に検討した。
(中略)ユーラシア鉄道構想に関しては、南北縦貫鉄道のうち韓国側はほぼ完成しているが、北朝鮮側は建設資材不足などの理由で事業が進んでおらず、北朝鮮国内の鉄道整備の近代化やシベリア鉄道との連結に向けて具体的な支援策などが話し合われたもようだ。韓国の釜山から北朝鮮、ロシアを経て欧州へ至るユーラシア鉄道が開通すれば総延長一万四千キロで世界最長の鉄道となる。北東アジアから欧州まで、海路よりも早い約二週間で貨物を運べるようになり、大きな利益が見込まれている。会談後、大統領は記者団に対し『主に二国間、特に経済協力について話し合った。南北縦貫鉄道とシベリア鉄道の連結を進展させるために詳細に検討した』と述べた。両国を取り巻く政治情勢について話し合ったことも強調し、大統領はロシアが置かれている立場を、総書記は南北対話の現状を詳しく説明したという。」(『産経新聞』八月二四日朝刊)

 北朝鮮の鉄道開発計画は、わが国からの支援(補償)を前提としたものである。韓国から北朝鮮を経る「南北縦貫鉄道」と「シベリア鉄道」あるいは「旧満州鉄道」を繋ぎ、ユーラシア大陸奥地からの物資を日本海側に運ぶ。……この「ユーラシア鉄道構想」には、ロシアは諸手をあげて賛成しているし、北朝鮮にしても韓国にしても莫大な利益が見込まれるのだから、こんなありがたい話はない。しかし北朝鮮国内の工事費用は、困窮している北朝鮮には拠出できない。ロシアにしても国際金融資本にしても、そこに注ぎ込むカネはない。そこで、ロシア、韓国、北朝鮮、そして国際金融資本が一致して日本からカネを巻き上げようという動きがあり、それが結実して今回の日朝会談、それを受けての工事開始となったのだ。

 もちろん、まだ日本から北朝鮮支援、補償の具体的提案はない。

 だが、拉致問題について一定の解決さえつけば、日本が支援(補償)を行うことは間違いないと見込まれる。これを前提として北朝鮮は、繋ぎ資金を韓国政府や韓国財閥の「現代グループ」、さらには半島への資金提供に意欲的なわが国の団体(創価学会等)に負担させようという腹づもりなのだ。

樺太の資源を考える

 話題はガラリと変わる。
 樺太という島をご存じだろう。現在ではサハリンと呼ばれている。

 もともとこの島には、数としては僅かではあるが、アイヌ、ギリアーク、オロック等といった先住民が暮らしていた。だが江戸時代初期にはすでに日本人が相当数入り込み、またロシア人等もやってきていたらしい。文化五年(一八〇八年)、文化六年(一八〇九年)に幕府の命令で樺太を探検した間宮林蔵は、樺太が大陸から完全に独立した島であることを発見、これが世界に伝えられ、大陸との間にある海峡は「間宮海峡」と名づけられた。
 
 この後、ロシア(帝政ロシア)は樺太を「流刑島」として活用。重罪の人々がこの地に送られるようになった。一八九〇年(明治二三年)にこの島を訪れたチェーホフはこの流刑島を「真の地獄」と呼んだと伝えられる。

 日露戦争で日本が勝利し、樺太の南半分が日本の領土となった。その直後に起きた一九〇五年革命で、ロシア皇帝ニコラス二世は樺太の流刑を止め、ここを開拓地と位置づけた。樺太に眠る天然資源……とくに石油がカネになると判断したのだ。
 
 樺太の石油に目をつけたのは帝政ロシアだけではない。日本もこの石油に注目し、三菱鉱業傘下の北辰会が油田開発を行った。その後大正六年(一九一七年)にロシア革命が勃発、翌大正七年には日本がシベリア出兵を宣言する。極東ソビエト行政府を設置して樺太の独自運営を行おうとするソ連に対し、大正九年、シベリアに出兵していた日本軍十万の軍勢が北樺太に侵攻。ここにソ連から独立する白ロシア政府サハリン自治州が設立される。三菱系の北辰会は石油採掘のために莫大な資金と人的投入を行い、大正九年から大正十四年までの六年間に毎年十万トンの石油を日本に送ったと記録される。

 大正十四年(一九二五年)、革命後の混乱期を経て国家が落ちついたソ連と日本との間で国交が回復。このとき調印された基本条約(北京条約)により樺太の北半分はソ連のものとなり、南樺太が日本の領土とされた。しかし、北辰会が開発・整備した北樺太の産油施設は「北樺太石油会社」(社長は日本人)として残り、その権利の半分は日本のものだった。

 昭和四年(一九二九年)の世界大恐慌と、その直後に始められたソ連の五カ年計画により、日ソ関係は悪化する。昭和七年の満州国建国で関係はますます悪くなって行く。そして昭和十三年の張鼓峰事件、昭和十四年のノモンハン事件へと繋がる。ノモンハンでは日本軍はソ連の機械化部隊に惨敗してしまう。
 
 ノモンハン事件が起きた年の八月、ヒトラーのナチス・ドイツはソ連との間に「独ソ不可侵条約」を結ぶ。そしてその翌月、ナチスによるポーランド侵攻が開始され、第二次世界大戦が勃発した。

 ソ連は対ナチス用に戦力の多くを投入し、極東に戦力を置く余裕がない。また日本も中国大陸から南方を目指しているから、ソ連との緊張状態を続けたくない。こうした両者の思惑から、昭和十五年(一九四〇年)、「日ソ中立条約」が締結された。この結果、連合国を相手に戦争を開始した日本にとってソ連だけは非交戦国となったのである。

 ドイツが降伏し、日本の敗戦がほぼ決定的となった昭和二〇年七月十七日、ドイツのベルリン郊外にあるポツダムに米英ソの首脳が集まった。この会談はチャーチル(英首相)の呼びかけで行われたもので、基本的にはドイツ、イタリア降伏後のヨーロッパの戦後処理の打ち合せだった。が、トルーマン(米大統領)としては対日本戦の終結を急いでいた。最終局面での日本の予想外の抵抗に焦れ、米国としてはソ連の参戦を要求したのだ。
 
 ここでスターリンは「八月十五日にソ連が対日戦に参戦する」と約束する。この日の日記にトルーマンは「(ソ連が参戦するから)これでジャップ(日本)は終わりだ」と喜びを綴っている。
 
 このとき採用された『ポツダム宣言』は全十三項から成り、そこには「天皇制の廃止を必ずしも意味しない」という一項も存在していた。
 
 だが、翌七月十八日、事態は急変する。秘かに英国・カナダ等の協力を得て研究・開発していた原爆が完成したとの報せをトルーマンは手にしたのだ。

 ポツダム会談以前に、米英露の三国はヤルタ会談によって日本の領土割譲を話し合っていた(当時の米大統領はルーズベルト)。ヤルタ会談の内容は、連合国の共同綱領となっていた「大西洋憲章」の領土不拡大原則を破るものであったが、三国首脳にとって日本に対して正義を貫く意識など毛頭なかった。

 原爆完成の報を手にして、トルーマンの態度が変わった。ソ連の参戦を待たずに日本を降伏させることができる! そしてそれは、ヤルタ会談の決定……日本を連合国が分割支配する……を無視できるものなのだ。
 
 いっぽう日本は、六月末には宮中勢力によって終戦工作が本格化していた。六月二二日には天皇陛下自らが終戦への努力を求め、これを受けて鈴木内閣は終戦の仲介をソ連に依頼しようとしていた。東郷(茂徳)外相、佐藤(尚武)駐ソ大使らが必死にソ連を口説くが敵は動く気配を見せない。七月十二日、天皇は国體の存続だけを条件に無条件降伏を呑むと決断、近衛文麿を特使としてモスクワに派遣させるが、スターリンもモロトフ外相もポツダムに向けて出発した後だった。

 七月二六日、トルーマンは『ポツダム宣言』の一項を修正して各国に発表、同時に日本にもこれを打電する。そこでは前の宣言にあった天皇制についての保証は消えていた。この前日、七月二五日にトルーマンは原爆投下の命令書にサインしている。目標は広島・小倉・新潟・長崎の四市に選定されていた。

 そして八月六日、広島に初めての原爆が投下された。

 すでに日本は敗戦を認め、連合国の一員であるソ連に何度となく戦争終結の仲介を依頼していた。だが、ヤルタ、ポツダム会談を経て対日戦線に参加することで日本の領土を割譲(千島列島、樺太全域、その他の諸島)してもらえると考えていたスターリンは、日本側との会見を拒否して、ヨーロッパ戦線にいた軍を東方に移動させ、八月十五日参戦の準備を着々と進めていた。
 
 そこに米軍による原爆投下が起きたのである。
 
 ……ソ連の仲介を待たずに日本が無条件降伏するかもしれない。
 
 スターリンは焦った。何としても対日戦に参戦しなければならない。八月八日の深夜十一時にモロトフ外相が駐ソ大使館を訪れ、佐藤大使に日ソ中立条約の廃棄と対日宣戦を通告。翌九日早朝、ソ連軍は怒濤のように満州、南樺太に進撃を開始したのだ。

 ソ連の対日戦参戦は条約破棄から宣戦布告に至る期間を考えても国際法上違反である。戦争終結の仲介を一カ月以上も前から依頼していることを考えると、道義的にも極めて問題である。……もっとも、この国に道義を求めても仕方のないことではあるが。
 
 ただし、この経緯を眺めても、国後・択捉・歯舞・色丹の北方四島どころか南樺太もまた「わが国固有の領土である」と言って良いと思われる。
 
 だが現実には、樺太全島はサハリン州として、現在はロシアの領土となっている。

 大正末期から昭和にかけて、日本はサハリンの石油を手にしていた。
 
 戦後の昭和四八年(一九七三年)の石油ショックで、またサハリンの石油、天然ガスが注目されるようになった。だがこの当時、サハリンの石油、ガスの埋蔵量が膨大であることはわかったものの、一年の大半が凍りつくオホーツクの海底に眠る資源を掘り出すことは至難の技と考えられた。しかも米ソ東西冷戦が戦わされている間、千島列島からサハリンに至るこの地域は戦略上最も重要な地域で、すべての島に基地があったほどだ。
 
 だが、東西冷戦が終結し、この地域に出入りすることが簡単になってきた。そして同時に、科学技術の進歩がこの地域の地下資源を容易に採掘できるようにした。

 こうしてサハリンの石油・天然ガス資源開発プロジェクトが始動することになった。サハリン全域を六区域に分けたこのプロジェクトは、まず「サハリン1」「サハリン2」の二箇所からスタートし、平成十一年(一九九九年)から原油生産、天然ガス生産を開始している。ロシア・サハリン州が中心となって行っているものだが、もちろん日本も大規模な協力体制を作り上げている。
 
 たとえば、現時点で活動している「サハリン2」の場合、出資はダッチ=シェルが五五%、三井が二五%、三菱が二〇%となっている。埋蔵量が莫大だがまだ開発段階にある「サハリン1」は、エクソン・モービルが三〇%、サハリン石油開発(日本)が三〇%、残りはインド国営のガス会社と二つのロシア企業である。悪名高い鈴木宗男が絡んでいることは今さら説明の要はないだろう。

 サハリンの地下資源は、日本、韓国、台湾の三カ国を市場として考えられている。
 
 その最も大きな顧客となるのは、東京電力だと誰もが考えていた。
 
 ところが、サハリンの天然ガスの売り込みに対し、東電は購入の意思がないことを伝えたのである。……原発が豊富な電力提供を行っている現在、天然ガスを購入する必要はない、というわけだ。
 
 ところが今年八月になって、突如として原発での問題が発生しはじめた。最初は自主点検結果の虚偽記載といった単純なものであったが、次々と明らかにされる体制不備から九月二日には東電のトップが総退陣。さらに、ひび割れなどが見つかり、わが国の原子力発電そのものが見直しを迫られる状況にまでになっている。
 
 そしてこの事態は当然のことながら、サハリンの天然ガスに追い風となる。
 
 だが……。
 
 こうした流れは、本当に自然のものなのだろうか。


ロシアの埋蔵石油

 ロシアの原油生産量はじつは一九九〇年(平成二年)をピークに毎年微減している。このことから、やがてロシアも石油輸入国の仲間入りをするのでは、といった観測が流れたりしたが、実際はそうではない。カスピ海沿岸はともかく、ウラル以東には膨大量の石油・天然ガスが眠っているのだ。そのなかでも中央アジア、カフカス地方からタジキスタン国境周辺には注目が集まっている。ただし、埋蔵量が最も大きいとされる極東シベリア開発はまだ始まったばかりである。
 
 前述のようにサハリン(樺太)の資源採掘はすでに開始されている。ハバロフスクやウラジオストクの石油・天然ガスに対しても熱い眼差しが注がれ、今年(平成十四年)にはハバロフスク州に日本政府が一億ドル(約百二十億円)の投資を行う予定があると発表している。だが、シベリアの凍土の下には世界最大の石油埋蔵があると考えられており、最近の科学技術はその採掘をも可能にしている。

 中央アジアやシベリア、極東ロシアに眠る膨大量の石油……。
 
 その消費国は韓国、中国、台湾、そして日本だと考えられる。
 
 カスピ海周辺やウラル以西の資源はヨーロッパ側に流れていくだろうが、この地域の石油は日本海側に出すのが当然となる。それもウラジオストクではなく、不凍港を持つ豆満江、釜山港となるのが必然だ。
 
 今春、プリコフスキー(ロシア政府極東連邦管区大統領全権大使)は「シベリア鉄道」と「朝鮮半島南北縦貫鉄道」を連結するのに必要な概算工費を二〇億ドルと見込んでいると発表た。しかしこの二〇億ドルの拠出については、南北朝鮮もロシアも相互に確認を行っていない。……つまり、韓国も北朝鮮もロシアも、このカネを出すつもりは当初からまったく無いのである。

 小泉=金正日会談は、森喜朗がお膳立てをして田中均(外務省アジア太平洋局長)が作成したと考えられていた。だがその深奥部に、ロシアや韓国、あるいは米国の一部勢力が介在したことは間違いない。

 そしてさらに、ある種の「不安」が生まれてくる。
 
 中央アジアからロシア極東にかけての石油を消費する国は、日本を筆頭に韓国、台湾等である。だがこれらの国は今、中東から安定した石油供給を受けており、ロシア産の石油を購入する状態にはない。あるいはまた、ロシア産の石油を手に入れるために努力をしたり資金を提供したりする気もない。……中東から、安定した石油供給がある限りは……。

 もし、中東からの石油がストップしたらどうするのか?

 米軍によるイラク空爆が現実のものとなり、それをきっかけに中東が大混乱を起こした途端、日本も韓国も一気に石油不足に陥る。それは経済的に見ても、かつてのオイルショック時より遙かに大きな打撃となるだろう。
 
 米露が戦略的に一致した場合、イラク空爆は現実のものとなり得る。それは「イラク制裁」という名で行われる極東戦略なのだ。

 

 

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