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アジア戦略の重要性
再生を賭けた第二次安倍内閣だったが、組閣八日後に早くも農水相が辞任。参院選神奈川区から当選した自民党の小林温が辞職するなど、臨時国会を前に痛烈なパンチを浴びている。こうした状況下、安倍内閣総辞職が近いのではとの観測も流れ、わが国全体が浮き足立っているようにも感じられる。しかし、国内の低レベルの足の掬いあいを余所に、世界はいま激動の真っ只中にある。とくに東アジアを俯瞰すると、日本の未来に関わる重大な出来事が続発している。誰もが顔を顰めたくなるような、マスコミ主導の下品な国内政治分析はさておき、今日の日本を取り巻く状況を見つめ直してみよう。
●風雲急を告げる北朝鮮情勢
北朝鮮の外務省報道官は9月3日、ジュネーブで開かれた米朝作業部会で、米朝両国が年内の核計画の完全申告や核施設の無能力化で合意したことに関し、「米国がテロ支援国家指定解除を行うことになった」と述べた。ところが同日、米国のヒル国務次官補は、「指定解除は北朝鮮が今後、非核化にどのように取り組むかにかかっている」と語り、米国が指定解除に同意したとする北朝鮮の発表を否定。いったいどちらが真実なのか、わが国の首相官邸も官房長官も苛立ちを隠せなかった。
ところが9月4日になると、ヒル次官補は、「米国は、2月からテロ支援国家指定解除を行うについての内部検討作業を進めてきたこと」さらに、「北朝鮮の非核化進展により間もなく明確な立場を決定する考えであること」を明らかにしたのだ。
米朝間の水面下の交渉は、予想を遥かに越えて進展していると考えて間違いない。この交渉の結果、近い将来、朝鮮半島は北朝鮮主導で統一される方向に向かっていると考えられる。南北統一を保障するのが米国である。
だが、この形は中国にとって最悪のものである。中国としては、たとえ何が起ころうと、断固としてこれを拒否する意思を持っている。
かつて1994年の北朝鮮核開発危機の折りに、カーター元大統領が米特使として訪朝。金日成は米朝枠組みに合意し、韓国の金泳三大統領との「南北会談」を了承した。だが、金泳三訪朝直前に金日成は急逝してしまった(1994年7月4日)。金日成の死に中国が関与したという噂は、かなりの信憑性をもって語られている。
金正日総書記はこの事実を厳正に受け止め、以来13年間、中国を刺激するような「対米関係正常化」を断念してきたのだ。
金正日がその方針変更に打って出たのは、日本に小泉純一郎政権が誕生したところからだった。日本人拉致問題を認めることにより、米国との水面下交渉を復活させるという賭けに出た。折りしも、中国が江沢民体制から胡錦涛体制に変わったこともあり、その隙に乗じて一気に対米関係修復に踏み切り、その最後の成果を盧武鉉(韓国大統領)謁見で仕上げようと目論んだと思われる。
8月10日の産経新聞一面トップ記事で、米主導の朝鮮半島安定化構想を中国が極度に警戒していること、そして中国の政治戦略機関が対日接近を模索していることが報じられた。
核保有国を宣言した北朝鮮が、韓国と一体化して中国の支配から脱するという図は、中国にとっては絶対に認められないものなのだ。平壌政権に対するさまざまな戦術、工作を中国側が行うことは当然である。そうした戦術の一つに、日本との戦略的共闘があり得る。朝日新聞のような、中国に媚びを売るだけの左系新聞ではなく、右派的な産経新聞に中国政治戦略機関が接触してきたことに意味がある。
産経新聞の記事は、明らかに「南北首脳会談開催」に対する中国政府の意思である。1994年の金日成急逝に匹敵する圧力をかけたと推測しても良いだろう。
南北首脳会談が公表されたのは8月8日、南北合意書の締結日付は8月5日だ。中国はこの時点で何らかの行動に出た。その表面的な表れが産経新聞10日朝刊であり、ウラでは別な戦術が働いたと推測できる。
8月18日になると、韓国と北朝鮮は「南北首脳会談を10月2〜4日に延期」することで合意したと発表した。
会談の延期は、北朝鮮側から一方的に通告されたものだった。その理由は、8月初旬からの豪雨による大洪水によるものと説明されている。しかし、まったく同時期に平壌で行われた大アリラン祭は、予定通り開催された。つまり洪水は単なる口実に過ぎないことは、誰の目にも明らかなのだ。
明らかに中国政府が南北会談を拒否、延期させた。いや正確に言えば、中国・胡錦涛政権は、米国が担保する北朝鮮主導の南北統一を受け入れることができないと北朝鮮に迫り、金正日も無碍に北京を刺激しない道を選んだと考えられる。
さらに8月27日、『朝鮮日報』(韓国紙)は、海外に出ていた長男、金正男が6月から平壌の「朝鮮労働党組織指導部に在籍している」と報じている。金正男は、いわば北京の紐付きの存在。彼が平壌にいるということは、金正日が中国の思惑を受け入れざるを得なかった現実を示している。
だが一方で、中朝国境地帯では異常な緊張が漲っている。中国・丹東近辺では、北朝鮮が国境一帯に鉄条網の敷設作業を行っているのだ。中国政府は以前から、米主導による半島統一は断固として拒否する、最悪の場合には平壌侵攻もあり得ると公言してきた。北朝鮮はその恐怖を現実のものと考えている。
南北首脳会談は、とりあえず延期された。そして恐らく、再度の延期、あるいは無期限延期、中止といったプログラムもあり得るだろう。だが、平壌が北京に屈服したとなれば、アジアにおける米国の威信は総崩れとなる。それは想像を絶するほどの崩壊現象を見せるだろう。8月1日に米ミネアポリスで道路橋が崩落したとき、メディアは「米国の崩壊」と報じたが、まさに「崩れ落ちるはずのない超大国が一瞬に崩れる」さまが現出する可能性が高い。
そうした状況を考えれば、安倍晋三が唱える「戦後レジームからの脱却」という言葉が重大な意味を持つことがわかってくる。
●アジア戦略の重要性
内閣改造の直前の8月下旬に、安倍首相はインドネシア、インド、マレーシアを歴訪。インド国会では、「強いインドは日本の利益、強い日本はインドの利益」と演説。インドのシン首相が来年に訪日するまでに、日印2国間の安保協力に関する報告を纏めることで合意した。
安倍晋三が「日・米・印・豪との安保連携強化」を呼びかけたことに対し、中国のメディアは猛反発。「中国を孤立させようとするメッセージ」「時代遅れ」と批判。党機関紙『人民日報』の傘下にある『環境時報』は2日連続で安倍の対インド外交を批判するなど、日本のアジア外交に異常なまでに反応している。
さらに8月25日、日本はASEAN(東南アジア諸国連合)との経済連携協定(EPA)の締結に合意。ASEANからの輸入額90%分の物品税を撤廃することになった(来年4月以降に発効の見通し)。これにより日本は、通商戦略上の大きな転機を迎えることになった。
じつはASEANとの経済連携協定(EPA)は、すでに中国、韓国が先行して実施しており、日本がやっと追いついたことになる。なぜ日本が遅れをとっていたのか。それは日本がWTO(世界貿易機構)の枠組み維持に期待を持っていたからに過ぎない。
戦後の世界経済体制は、世界銀行とIMFを両輪とするWTO体制にあった。それは単純に言えば、米ドルを国際基軸通貨とすることを前提として成り立っていた。
しかし米ドルの凋落とともに、WTOの新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)が先行き不透明に陥り、米ドル一極支配の体制が崩壊しつつあるのだ。つまり世界経済では、「戦後レジームからの脱却」が起きているのである。
こうした状況下、内閣改造に踏み切る前に、安倍晋三がインド〜東南アジアを歴訪したことには重大な意味を持つ。
間もなく国会では、民主党・小沢一郎が拒否姿勢を見せている「テロ特措法」の審議が開始される。インド洋に展開する日本の補給艦がどうなるか――。参院選では論議されることのなかった最重要問題に関し、審議されることになるのだ。
インド洋に展開する日本の自衛隊補給艦に対し、「日本が米国に提供する無料ガソリン・スタンド」と表現する無責任メディアもある。また保守層のなかにも、「6カ国協議を含め、あらゆる国際戦略上、日本は米国追随国家であるから、米国の要望に沿って補給艦を派遣することが正しい」といった、本末転倒の意見を語る者もいる。日本の自衛艦がインド洋に存在する意味をまったく理解していないのだ。
台湾海峡からマラッカ海峡を経てインド洋に至る海廊は、戦前戦後を通してずっと、わが国の生命線なのだ。現在、世界の全貿易量の約4分の1超がこの海域を通過している。また、世界の原油の半分がこの海域を通過する。さらに日本の全貿易量の4割がこの海廊を通過している。そしてこの海域には海賊船が多発し、年間百数十件の事件が起きている。2005年3月には日本船が襲撃され、拉致事件も発生。沿岸諸国の巡視艇の他、日本からも海上保安庁の巡視艇が哨戒を行ってもいる。
高速道路上をパトカーが走ればスピード違反車がなくなり、赤色灯を回しながら町を巡回すれば犯罪が消えるように、軍艦が存在することは驚くほどの効果を発揮する。戦後の日本に生きる人々は忘れ去っているが、この海域では今から66年前に、当時世界最大、最強とされた英国戦艦を日本海軍の航空機が沈めており、日本海軍の名を世界に轟かせた歴史がある。この周辺の人々には、いまなお語り草として残された歴史である。日本の自衛艦は、世界の軍人が驚嘆したことなのだが、敗戦後も戦中と同じ日章旗を掲げて航行している。その自衛艦がインド洋に存在する意義は、日本に対する圧倒的な信頼感となっている。その事実を認識する必要がある。
11月1日で期限切れとなる「テロ特措法」について9月6日、シーファー駐日米大使は「テロとの戦いで日本が極めて重要で独特な役割を果たしていることを認識してほしい。日本が撤退すれば他の国にしわ寄せが来る」と述べ、日本のインド洋での給油活動継続のため民主党の歩み寄りに期待を示した。自民・公明両党は7日、民主党との協議を念頭に、テロ特措法プロジェクト・チームを立ち上げると発表している。
安倍晋三が掲げた「戦後レジームからの脱却」という論点は、公務員制度改革に危機感を覚えた官僚と、利害を同じくする官公労、そして朝日新聞を中心とするマスコミに葬り去られた。肝心の論点が論争されることはなく、今なお下劣な倒閣運動が展開されている。
安倍のインドネシア、インド、マレーシア歴訪、そしてASEANとの経済連携協定締結は、外交面での「脱戦後体制」であり、テロ特措法延長では微妙な舵取りが求められている。半島情勢を真摯に分析し、米中の狭間で日本が何をすべきかを真に考えたとき、わが国内政を本当に変革すべきことに思い至るはずだ。だがそのためには、五五年体制に胡坐をかき、自分の権益だけしか考えない官僚組織を敵に回した内乱、革命をも覚悟する必要がある。
米国の失権、中国の崩落、半島の統一……。東アジアに今後、どんな嵐が吹き荒れるのかは予測することが難しい。いずれにしても激動がやってくることは間違いない――いや、激動は、すでに起き始めているのだ。
個人の立場にあっても、この事実を真剣に受け止め、ご自身が動ける範囲で最大の努力をなすべきときと考える。評論家や傍観者が許された時代は終わったのだ。■
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