
【短期集中連載】
いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!
第一回:「謎の空き地」を追え!
忘れられた「謎の空き地」

川越市大字笠幡から川鶴三丁目に向かう、大字笠幡字中新町。「市民の森」と名付けられた緑豊かなエリアの一角に、不思議な空き地がある。
空き地の沿道には「県有地につき関係者以外の方の立入りは御遠慮ください 埼玉県」と書かれた小さな看板と、隅に小さな墓標が一つ。それ以外はなにもない。
土地を囲む木杭と鉄線は立ち入る隙を与えず、日曜の午後などに空き地でよく見かける、キャッチボールをする少年たちのような、無邪気な闖入者の姿さえ見えない。
県はここで、農業に関係する特殊な実験でもやっているのだろうか。あるいは近隣の住民たちが寝静まった満月の夜、どこからともなくやってきた黒ずくめの男たちが、何やら得体の知れない儀式でも行っているのだろうか……。そんな想像すらかき立てられる。
上空から見ると、北側に並ぶ住宅と較べ、空き地はかなりの面積を持つ。ちょうど一棟のビルがまるまる収まる空間だ。周囲の豊かな緑が無惨にも直角に切り取られた様子に、この空き地を作った者の、自然に対する無神経さを通り越した、悪意さえも感じる。
長い間、ここは空き地のままだった。若い世代に、この空き地がどうして生まれたのかを知るものは少ない。
いや、年配の方にとっても同様であろう。この空き地は、 1988 年(昭和 63 年)の秋深まる頃、何の前触れもなく「突如として」出現したからである。近隣の住民に何の説明もないまま突然、宅建業者(付近住民が業者名を問うと「郷土開発」と名乗った)がやって来て、いきなり森林の伐採を始めたのである。わずかな期間にダンプカー 100 余台が騒々しく出入りした。そして何かの図面に基づいたかのように森を直線で切り取り、美しい山林の一角から、あらゆる自然の営みを消し去ったのだ。
オオタカという猛禽類がいる。「絶滅の危険が増大している種」<絶滅危惧 II 類(VU)>として、国内希少野生動植物種に指定されている、タカ科に属する貴重な鳥だ。オオタカは日本全国の平地から山地の森林で繁殖する。平地林にも生活するオオタカを人間の生活と切り離した形で保護することは非常に困難であるため、人間と共存する方法を積極的に模索構築しなければ、この鳥はたちまち絶滅種と化してしまう。埼玉圏央道が、オオタカの営巣地に極めて神経を使いつつ進められているのは県民ならご存じかもしれない。
現在でこそ、その営巣地は埼玉県内に 108ヶ所(平成15年)を数え、県全体の約 60 %の地域に分布している。だが 10 年前の営巣地の数は、この半分を下回っていた。オオタカが絶滅の危機を辛くも脱しつつあるのは、ひとえに郷土の自然を愛する人々の懸命な努力の結果である。
この「不思議な空き地」とその周囲の森でも、オオタカが巣を作りミミズクが啼いていた。そのため「空き地」を作った者たちは、自らの計画が周辺住民に発覚すれば、自然保護の観点から猛反対を招くことを、あらかじめ十分に予測していたのであった。
計画は慎重に進められた。「彼ら」には、自然への畏敬など微塵もなかった。頭の中心にあったのは、ひたすら「カネ」だった。
案の定、県営住宅建設計画そのものは地域住民の反対運動により凍結した。だが「空き地」を作った者たちにとって、建設計画の成否は問題ではなかった。彼らはすでに、膨大な利益を得ていたからである。
先に示した看板の通り、この空き地は現在、県の所有地である。だが本紙の調べに対し、県はこの空き地をめぐる謎の計画について、ほとんど何一つ「わからない。知らない」と困惑した。県が「知っている」のは、この計画の名称が「仮称『県住川越笠幡団地』」であり、そして「現在は凍結しているが継続中の県営住宅建設計画」ということだけである。計画をめぐるさまざまなデータ……計画がいつ起案されたのか、地権者に対しいつ買収意図を伝えたのか、川越市との調整はどのように行われたのかを問うた本紙に対し、県は「知りません、本当にわからないのです」をオウム返しに繰り返すばかりなのだ。
われわれはなぜ、この問題をいま取り上げるのか
17年も昔の話を、なぜ本紙はいまここで取り上げるのか。もういちど、冒頭に掲げた衛星写真を凝視してほしい。そして本紙の内なる思いに、しばしおつきあい願ければ幸いである。
この写真が示しているのは、沿道を通り過ぎる人間の視点からは、絶対に見ることができない「空き地」と、その周囲の姿だ。それはオオタカの視点、いや「神の視点」と言うべきかもしれない。
「空き地」は木々の生い茂る山林の一角にあり、市街地に隣接している。舗装された市街地と森林の緑とが、あざやかな濃淡を描いている。「市街化調整区域」という無味乾燥な行政用語が、生き生きとした色彩と手触りで、匂い立つように眼前に迫ってくる。そして、このわずか数百メートル四方の小さな地域にさえ、市街地という「俗」の領域と、天然所与の状態そのままの「聖」の領域とが互いを侵さぬよう、長きにわたり隔てられてきたことが、歴然とわかるはずだ。
それは代々この地に住み、代を継いで自然へ畏敬をはらい続けた無数の人々の、英知の賜物である。だが、直角に切り取られた森林の一角が痛々しい。無惨で、悲しく、可哀想だ。この「空き地」にもかつて木々が濃い緑をなし、鳥たちが歌い、生の営みを繰り広げていたのだ。
「何者か」が突如として森を切り取り、木々を根絶やしにしたのである。
本紙は、何も小学校の教科書よろしく「自然を大切にしよう」と主張しているのではない。「自然を大切に」という言葉には、傲慢ささえ感じる。自然を、文明から保護すべき対象としか捉えられないとしたら、寂しいことである。
英語で「自然保護区域」を意味するサンクチュアリーには、「殿堂」、「聖なる祭壇」という意味もある。中世ヨーロッパにおいては、法律の及ばなかった教会をこう呼んだ。法とは世俗であり、教会とは聖なる場であった。世俗から逃げ延びた人々がサンクチュアリーに足を踏み入れた瞬間に感じるのは、神の加護と同時に、聖域を聖域たらしめる、名状しがたい不可侵性だった。
われわれ日本人は、自然を畏怖する。自然神崇拝が浸透しているわが国と、一神教に裏打ちされた西欧中世の世界とは、ともに「聖域」に対し、底通する感性がある。これはむしろ「不可侵性と宗教的禁忌」をめぐる、人類に普遍的な感受性なのかもしれない。
人口増加による市街地化の拡大は、時代の趨勢である。それ自体に善悪を問うても意味がない。だがわれわれは、快適な市民生活と豊かな自然との共存を図るためのさまざまな「制度」を、試行錯誤を繰り返しつつも発案してきた。われわれは文明がなし崩し的に自然を侵してゆくのを、手を拱いて見るに甘んじていたわけでは決してなかった。
むろん文化的生活のために、やむなく自然を浸食せざるを得ないことは十分にあり得る。だが抗しがたい開発の波間にあってもなお、行政は「市街化調整区域」(市街化を抑制する地域)を厳格に定めることにより、郷土における「聖なる領域」をかたくなに守ってきた。それは郷土を愛する人々に支えられた行政の、自然への愛情と畏敬を表す独特の表現でもある。
「公」と「私」と「公共性」
「土地」には地権者がおり、地番がある。商取引も可能だ。売れば、売った相手に土地の所有権が移る。
堅苦しい話で恐縮だが、われわれの社会で「ものを所有する」とは、どういうことを意味するのか。
一つは、「所有権と可処分権は等置」(持っているものは、意のままにできる)であること……つまり「これはわたしのケーキである、だからどう処分するかはわたしが決められる」というものだ。
もうひとつは、「『所有』とは、必ずしも物理的な所有を意味しない」……つまり、 酒造を経営する A 氏の酒蔵を B 氏がすべて買ったからといって、大量の一升ビンを残らず B 氏のところに持って行く必要はない。「物体」はどこにあってもいいのである。
「近代的所有概念」の大きな特徴とは、この二点にある。現代社会の「所有」とは、この近代的所有概念に基づいている。
だが、所有する「もの」が、「人間の身体」と「土地」を指す場合、この近代的所有概念はたちまち崩れる。両者ともに「公共性」を持つからである。
「私」(プライベート)の領域からは外れるものの、「公」(国家)が担うべきものでもないというような、いわば「公」と「私」の中間的位置にあるのが「公共性」の意義といえよう。
脳死した人間の身体は、もはやその人にとって「可処分」ではない。必ず他者がその生命維持装置のスイッチを切らねばならない時がくるのだが、ここにおいて議論される「生命の尊厳」とは、公共的な議題である。スイッチを切る人間の、命に対する個人的価値観などではない。命に対する価値観が薄いからといって簡単にスイッチを切れば殺人である。また、国が「切れ」と命令できるものでもない。
「土地」にも、公共性が浮上してくる。なぜなら土地とは人間が生産したものではないからである。最初からそこにあった、というだけで、十分に公共的性格を持つのである。
ごく一般的な話として、市街地に住宅用の土地を買うとする。家を建てて暮らし、将来、たとえば三世代住宅が必要になったら土地ごと売り払う……というのなら、「近代的所有概念」が働いているように見える。だが商業地を購入したからといって、どんな「合法的商売」でもできると思ったら大間違いだ。学習塾や病院が建ち並ぶ地域にアダルトビデオ店を開いたら、たちまち近隣と衝突が起き、結果的に店をたたまねばならなくなる。合法性という「公」の領域と、職業選択の自由という「私」の領域の中間には、確実に「公共性」が存在していることはいうまでもない。
公共性にとっての理想状態は「必ずしも積極的な賛成を得られるわけではないものの、異議申立てがない」ことと考えられる。
森林は「総有的」な財産
翻って問題の森林と「謎の空き地」を見てみよう。
森林とは、市街地や商業地よりもさらに公共性が高いのである。市街化調整区域により守られた森林という「天然所与の状態」=自然は、いわばその地域に住む人々が、それぞれ享受できる財産である。「その地域に住む人々」とは、組織ではないものの、通常は緩やかな地域共同体とも呼べるものを形成しているはずである。したがって森林とは、法学上の「総有」に倣って「総有的な存在」と呼んでも、ここでは差し支えないと本紙は考えている。
「謎の空き地」の左側、山林を南に抜けているのは、家屋一件分の幅に相当する広い道路だ。市街地の中心を北に抜ける交通量の多い道路と、森林を南に貫通する道路との幅が、ほぼ同じ幅であることがわかるだろう。
この妙に幅が広い山林縦断道路「市道8113号線」は、もともと2.7mの狭い道だった。だが土地神話バブルの真っ最中である 1989年(平成元年)の夏に、この道路は不相応に拡幅されている。そして実を言えば、この山林道路の拡幅工事に至る経過と、県営住宅建設計画とは、ワンセットの関係にあった。道路拡幅工事の際には、道路の地下に上水道までもが引かれていた……。上水道は、県営住宅建設計画の必要条件であることはいうまでもない。
拡幅された道路と、市街化調整区域に生まれた空き地=山林の元所有者(地権者)は、どちらも同じ人物である。言い方を変えよう。その人物はまず、元の道路が拡幅される必要な部分の自己所有地を、市に買い取らせ、川越市はそこより「市道8113号線」の拡幅工事を開始した。
そして道路拡幅により自分が所有している山林の地価をつり上げ、周辺住民に一片の断りさえなく造成した上で、県に買い取らせたのである。道路の拡幅は土地(山林)の価値を高めた。折しもバブルの最中である。「土地は絶対に下がらない」という神話的熱狂が、日本中に充満していた時代だった。道路の拡幅で、 1平方メートルあたり9,700円程度だった山林の価格は、最終的には11倍にもふくれあがったのである。
1988年(昭和63年)に市に売却した拡幅ずみ道路の価格は、物件補償費と合わせて約 2,517万円。しかしその大部分を手にした元地権者にとって、これは「錬金術」の幕開けに過ぎなかった。この地権者は短期間に山林の「土地転がし」を重ね、翌年である1988年(平成元年)、山林の一角を 1平方メートルあたり104,000円で県に売却したのである。土地の総面積は約8,400平方メートル。すなわち公金を使って、8億7千6百万円をまんまと県からせしめたのだ。
「うまいことをやるもんだ」と感心する方もいらっしゃるに違いない。「時代が味方したのだ」とバブルを回顧するかたもいらっしゃるだろう。
だが、この元地権者が現・川越市会議員であるのみならず、「土地売却」当時は川越市の幹部職員であったら、どうか。山林の土地転がしから県への売却に至る過程で、「埼玉県不動産政治連盟会長・埼玉県宅地建物取引業協会会長」が、明らかな不正取引に参画していたとしたら……。
第一回連載の最後に、「謎の空き地」を作った者たちの実名を明かそう。
謎の空き地の「地権者」は、現川越市議会議員(山林売却当時は川越市経済部次長)の神田壽雄氏。この「公共の利益に供する市職員、転じて川越市会議員」には、公共性の何たるやも理解せず、また自然への畏敬さえ微塵もない。
「土地転がし」のまとめ役を果たしたのは郷土開発(株)の代表、細谷金作氏、そしてこの「錬金術」の全体図を描いたキーパーソンとおぼしき人物に、元川越市助役であり、県住宅都市部長でもあった村上貞夫氏が浮上する。
本紙はこれから数回に分け「短期集中連載」の形で、彼らの悪事を暴露する。あの「謎の空き地」……市街化調整区域をめぐる道路拡幅と県営住宅用地の取得への過程には、職権乱用、公務員の背任(守秘義務違反)、公金横領、行政と業者の癒着、宅建業法違反など、どれ一つを見ても重大な犯罪疑惑が、重層的に積み重なっているのだ。
(つづく)
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