
【学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑】
獄中の松村東氏を舟橋市長が刑事告発!
学校資産は「寄付」なのか「信託」なのか?
「不動産侵奪罪」は松村氏逆転攻勢のチャンス!?
7月中旬第1回公判=「舟橋市長終焉のXデー」が迫る?!
「学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑」の舞台である埼玉県川越市所在の理美容専門学校トータルビューティカレッジ川越。同校の前身校にあたる「坂戸理容美容専門学校」(旧・東京高等理容美容専門学校)土地建物の登記をめぐる「登記請求権請求事件」審尋が第7回を迎えるいっぽう、原告の松村東氏はさる2月11日、不動産侵奪罪容疑で西入間警察署に逮捕され、取り調べ中のまま現在に至っている。
そんななか、舟橋功一川越市長が獄中の松村東氏に対し名誉毀損で刑事告発した!舟橋市長が名誉毀損の対象としたのは、昨年3月に松村氏が自ら作成し、おもに川越市民に対し戸別配布した2編のチラシである。
「一言一句が、すべて事実無根……」
盗人猛々しいのはいうまでもないが、そこには法律家・舟橋氏の用意周到な計算がありありと伺える。本紙は「不動産侵奪罪」をめぐる驚くべき松村氏逆転攻勢の可能性と、攻防戦を張る松山・舟橋氏側の深層をさぐってみる。
なお読者にあらかじめお断りしておきたい。本文では法律の話題を扱っているため、一般的にはなじみの薄いであろう難解な法律の概念が部分的に含まれている。極力平易な表現を使用するよう努めたものの、この「学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑」に関心をお持ちの読者諸氏にもまた、注意して読み進めていただくことを切に希望する。いささかでも「読みにくさ」を感じられたならば、その責は全面的に本紙にある。
舟橋市長、獄中の松村東氏を名誉毀損で刑事告発!
松村氏が作成・配布した2枚の「チラシ」を標的に!
松村氏が問題のチラシ2編を配布した昨年3月といえば、「トータルビューティカレッジ川越」前校長(現校長は舟橋浩子。舟橋功一夫人であり松山千恵子氏の長女)である松山千恵子氏が、同校の前身である「坂戸理容美容専門学校」に対する所有権証明のチャンスを放棄し、松村東氏に対する「妨害物撤去等仮処分申立」を全面取り下げした、そのすぐ後のことだ。松村東氏は、事件を風化させないために同校の「学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑」を簡潔に説明したチラシを作成し、2回にわたり、おもに川越市民を対象として戸別に配布したのだ。
実を言えばこのチラシ、松村氏ひとりの手によるものではない。彼の口述を本紙社主が書き取り整理し、松村東氏と顔をつきあわせ、再三にわたる校正作業を通じて制作したものである。事件を風化させたくないという松村氏の熱い思いに、本紙社主が共鳴したがゆえの共同作業であった。したがって文章を練り、A4チラシという形態にまとめたのは本紙社主だが、その内容は完全に松村東氏のもの。松村氏は内容を再度確認した上で、自らの制作物として配布したのである。
紙幅の都合上ここで各チラシの全文を引用するわけにはいかないが、その要旨をまとめると次のようになる。
【第1回チラシ】 - タイトル「盗用されていた松村東の重要な公文書」
- 「学校乗っ取り」に際し松山・舟橋側は、昭和42年当時の栗原埼玉県知事と共謀し、先に松村東氏が厚生省に対し進達し却下された際の「養成施設指定申請」の書類の一部を盗用、乗っ取り工作に悪用した旨を主張。
- 「松山千恵子氏に対する学校設置認可は不存在」(土屋前知事交付)。また「昭和42年4月18日開校入学式以降より現在まで松村東氏と松山千恵子氏との設置者変更認可は不存在」(上田知事交付)を明記。
- 松村東氏が舟橋市長を名誉毀損罪で刑事告訴した事実を明記。
- 過去40年間の松村東氏自身の苦闘、思い、真相解明への願いと市民への理解の訴え。
【第2回チラシ】 - タイトル「政治家松山千恵子・舟橋功一の犯罪ついに暴露」
- 「盗用した公文書を楯に『乗っ取った学校』を『寄附行為』によるものと公然と詐称」「虚偽捏造した公文書で『準学校法人』を設立登記」等、学校乗っ取り疑惑のポイントを明記。
- 養成施設指定承認が得られず呆然とした松村氏が、埼玉県の手づるで松山千恵子氏と初会見。名義上の校長を信託するに至る経緯、さらに松村氏がでっち上げ強姦未遂事件(後に原告側誣告罪成立)で訴えられた際、嘘つき原告側の弁護士が舟橋功一氏であったことを明記。
- でっちあげ事件の余波で学校を放逐された松村氏に、かつて彼が学校を設置する際に片腕的存在として働いた小林稔氏が末期癌で入院の知らせ。死の床で小林氏が「学校乗っ取り」のすべてを告白し、涙ながらに謝罪した事実を明記。
- 「妨害物撤去等仮処分申立」の際、学校側が裁判所に提出した「土地・建物登記簿謄本」には公信力がなく、そもそも原本不実記載であることを主張。同登記簿謄本に記されている、学校土地建物の「松村氏による寄付」(=法人設立の際の寄附行為)など現実にはありえず、その証拠として法人登記の約1年後(昭和43年11月)を返済期日とした、建設業者と松村東氏との間に交わされた公正証書および完済を示した領収書が存在することを明記。
- 「妨害物撤去等仮処分申立」を学校側が全面取下げしたことにより、以後松山氏側は二度と坂戸理容美容専門学校の所有権を主張できなくなったことを、法的根拠にもとづき明記。
そして、各チラシの最後には「東京高等理容美容専門学校設置・設立人 松村東」と文章責任者名を明らかにし、著者への連絡先として彼の住所および電話番号をも堂々と併記している。
松村氏のチラシが初めて物語った、小林稔氏の「最期の言葉」
「病床に死を迎える小林氏は知る限りの告白をし、手を合わせて私に謝罪をしたのです」
2編のチラシには「学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑」の要旨が簡潔にまとめられている。当然ながら記されている内容の9割以上が、本紙がこれまで報じてきた内容と同様、公文書等の一次資料をもとにしている。何らかの「邪推」の産物では決してない。
さらに松村氏は、チラシ制作の過程においてはじめて、それまで語らなかった壮絶な新事実を口にした。それが「小林稔氏の最期の言葉」のエピソードだ。
後にでっちあげ事件として誣告罪が確定したとはいえ「強姦未遂」の噂は、彼を学校から放逐するのに決定的に作用した。昭和46年……学校開校から4年目、学校「理事会」は彼を理事の座から追放した(このときまで、彼は自分の学校が「準学校法人」であることを知らなかった。「個人設置・各種学校」であると信じていたのだ。詳しくは本紙既報記事参照)。松村氏のチラシから引用してみる。
<(中略)私はすべてを失いました。これも彼らが仕掛けた事件でした。学校の事務員であった小林稔氏が死の床にあり、しきりに私に会いたいと言っているとの伝言で病院に見舞いに行くと、小林氏は私の手を握り「黙っていて済まなかった」と、松山千恵子らの悪事の全てを告白するのでした。私の心に深くわだかまっていた松山千恵子らに対する根強い不信感を現実のものとした怒りと悲しみに全身の血が凍り付きました。病床に死を迎える小林氏は知る限りの告白をし、手を合わせて私に謝罪をしたのです>
(松村氏の第2回配布チラシより引用。原文ママ。敬称略)
本紙はチラシ制作後、あらためて昨年9月号誌面にて小林氏の「最期の告白」について克明に報じた。その際、本紙は松村氏同行のもと、坂戸駅前の商店街とその周囲を取材し、小林稔氏の葬儀場等をも確認した。古くから商店街で商売を営む人々は、みな松村氏を知っていた。そして彼らは本紙記者の前で、若き日の松村東氏が坂戸に理美容専門学校を作った人物であることを、遠い昔を見つめるような目で述懐したのである。
「ここに書いてあることは一言一句、事実無根」(舟橋市長)
名誉毀損の論点は「公共の利害」「公益目的」「真実性」(刑法230条の2)
政治家の犯罪と補助金不正受給を物語る公文書の数々…松村氏には「立証可能」
公文書の束が歴然と示す、準学校法人東京高等理容美容専門学校(現・準学校法人川越専門学園)をめぐる「法人寄附行為の不可能」と、存在しない法人に対する、どう考えても合法的でない養成施設指定承認。のみならず、かつて松村東氏の片腕的存在であった小林氏が死の床に伏し、涙して松村東氏に告白した「乗っ取り」の全貌……。これらを簡潔かつ克明にしるした松村氏のチラシ2編に対し、舟橋市長は「まったくの事実無根である」とし、名誉毀損で川越警察署に刑事告発したのである。
「名誉毀損」とは、実にややこしい問題である。ここで少々、法律話におつきあいいただきたい。
刑法
第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
(公共の利害に関する場合の特例)
第230条の2 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。 |
現在の日本の法律のなかで、名誉を毀損する表現を規制している最も重要なものは、刑事では刑法230条、230条の2、民事では民法709条、710条。このうち刑法230条を見ると、「名誉毀損」が、いわゆる常識的に考えられているものとかなり違うものであることがわかる。
たとえば政治家など「公衆に知られている人物」の名誉を毀損した場合でも、また公然摘示された事実が公共的な関心事であっても、刑法230条では処罰の対象になる。それどころか同条を適用するかぎり、たとえば「政治家が賄賂をもらった」という事実の摘示も、それが「名誉を毀損」するものであれば罪となりうるのだ。しかも刑法230条の罪、摘示された「その事実の有無にかかわらず」成立してしまう……つまり「名誉を毀損する」表現であるならば、そこに書かれていることが本当でもウソでもどっちでも罪なのである。「政治家が賄賂をもらった」という記事がウソであればもちろんのこと、それが真実であっても名誉毀損で処罰される。というのも、真実では賄賂大好きな政治家であっても、そのことが世間に知られていないかぎりは、賄賂を受け取ることが知られれば名誉を毀損されることになるからだ。
そんな馬鹿な、と言うなかれ。これが刑法230条の要旨。罪に問われれば3年以下の懲役若しくは禁錮、または50万円以下の罰金刑を科せられる。
しかしこれでは、たとえば政治家・権力者の罪について何も報道できなくなってしまう。舟橋・松山ファミリーについて何一つ書くことさえできないまま、松村氏はやられっぱなしとなる。そのため今日、解釈論上より大きな意味をもっているのは刑法230条ではなく、同法230条の2となっている。
刑法230条の2第1項によれば、名誉を毀損する表現であっても、「それが公共の利害に関する事実に係るものであり(公共の利害)」「その目的がもっぱら公益を図るものであり(公益目的)」「当該事実が真実であれば(真実性)」処罰されない。そして処罰を免れるためにはこれら「公共の利害」「公益目的」「真実性」の3点を、いずれも被告人が立証しなければならないのである。とくに「真実性」を完全に立証することは通例、非常に困難な作業であることはいうまでもない。
こうみると一見、松村東氏に非常に分が悪いように思える。もし舟橋功一氏が弁護士資格を持つだけの私人であったなら、松村氏の立場はきわめて危ういものとなったかもしれない。
獄中で手も足も出ない老人に名誉毀損の刑事告発!
だが舟橋氏は地方自治体の首長、すなわち「公人」である。いっぽう松村東氏の論拠は、一にも二にも開示請求の結果、公開された公文書である。「真実性」をはかるなら、公文書は第一級の担保となろう。そして公文書の記録から、存在し得ない法人に対しどうして旧厚生省は養成施設指定承認をおろしたのかという事実、「準学校法人」としての同校のミステリアスかつ違法性の高い設立過程に対し、一つの強力な推測……真実への推測が生じる。それが舟橋市長の義母・松山千恵子氏(同校元校長・元厚生政務次官)と旧厚生省との間に存在したであろうパイプを示唆したとして、何の不思議があろうか。
松村氏は昭和45年当時、O親子より「でっちあげ強姦未遂」で訴えられた。だがこのとき松村氏は「準学校法人東京高等理容美容専門学校」の理事。ならば同校理事長・松山千恵子氏の娘婿である舟橋功一弁護士は、なぜ「学校側」の松村氏を弁護しなかったのか。なぜ、後に誣告罪が成立した嘘つき親子の弁護を引き受けたのか。そして誣告であっても、ありもしない「強姦未遂」という言葉が教育現場に与えるインパクトの強さから、松村氏は自ら作り上げた学校から、わずか数年で完全に放逐される結果となった。学校側としては、首尾良く松村氏を追い出すことに成功したのである。ならば「でっちあげ強姦未遂」と松村氏「理事解任」との間に、何らかの因果関係があったのでは、と考えるのは、むしろ当然ではあるまいか。
かつての仕事仲間が死の床で告白した言葉(乗っ取りの全貌)……。臨終供述は一般に高度の信用性があるとされている。小林稔氏の言葉を松村氏が真実と受け取ったのは、何よりそれが小林氏のダイイング・メッセージに等しいものだったからだ。
「事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪には該当しない」とされている(最高裁昭和44年6月25日判決)。
刑法によれば、原告である舟橋市長に立証責任はない。被告である松村氏にのみ立証責任がある。しかしながら、舟橋功一氏も松山千恵子氏も過去ないし現在において公人であり、その行為は「公共の利害」に直結している。また同専門学校は、過去40年間一度も合法的存在であったはずはないと思われるにもかかわらず、現在においてもなお埼玉県の補助金を受給し続けている。このことを告発するのは、「公益目的」に合致しているはずだ。
74歳の老いた一市民(しかも学校側に言わせれば「校舎建物と土地を寄付してくれた」はずの恩人)を獄中に追いやり、手も足も出ない状態であることを承知しつつの名誉毀損告発。卑怯にもほどがある。これが市長のやることか。
だが事態を感情的に見れば本質を見誤る。舟橋氏が松村東氏のチラシを「一言一句、すべて事実無根」と主張するには、相応の理由がある。この理由については本文後半で考えてみたい。
また未確認の噂レベルの話だが、松村氏が逮捕されてしばらく後、市長周囲から「ほら見ろ。松村が捕まってから何の動きもないじゃないか。結局ぜんぶ嘘だったんだ。松村の支援者もみんなガセネタでだまされていたんだ」などと吹聴する輩まで現れたという。とんでもない話である。「学校乗っ取り・補助金不正疑惑」追及の第一人者が拘束されていれば、追及の頻度は多少落ちるだろう。しかしながら学校乗っ取り疑惑の「疑惑たるゆえん」はいささかも揺らぐことはなく、疑惑を払拭する新たな事実など何一つ現れていないではないか。仮に松村東氏が不動産侵奪罪で有罪となろうとも、市長ファミリーによる「稀代の犯罪疑惑」は、いっこうに変わらないのである。変わらない以上、本紙もまた追及の手をゆるめることは決してない。
同時進行する2つの事件
「登記請求権請求事件」と「不動産侵奪罪容疑」
その焦点はどちらも同じ……学校の「所有権問題」に帰結
本紙のこれまでの報道をご覧の読者ならば現在、松村東氏をめぐり2つの事件が錯綜していることはご存じであろう。旧坂戸理容美容専門学校(前・東京高等理容美容専門学校)の土地建物に関する所有権をめぐる争いである「登記請求権請求事件」と、旧・坂戸理容美容専門学校校舎に松村東氏が立ち入ったこと等を起因とする「不動産侵奪罪容疑」である。
表をごらんいただきたい。学校(旧坂戸理容美容専門学校)の土地および建物の所有権をめぐる争いは、大別して2つのラウンドに分けることができる。
第1ラウンドは学校側の「妨害物撤去等仮処分申立事件」から「保全異議事件」に至るまでである。
ここで注意すべき点は、学校側の「妨害物撤去等仮処分申立」はいったん認められ、仮処分が決定していたことである。にもかかわらずその2ヶ月後、学校側は申立てを全面取下げした。「訴えの取下げ」とは、「審判の要求自体を撤回し、訴訟係属を遡及的に消滅させる」(民事訴訟法262条1項)。したがって、松山千恵子氏の「攻撃防御方法の提出、証拠調べ、判決等もその効力を失う」のである。ここでいう「攻撃防御方法」の「攻撃」とは、松村氏による所有権主張手段であり、「防御」とは松村氏の主張から、松山氏側が自分たちの所有権を守ることを意味する。取下げ前に提出した証拠も効力を失う。わかりやすく言えば「裁判所による仮処分命令は消え、その命令を決定した審判も、その判決を導き出した証拠も、証拠を提出したことも、一切が『なかったこと』になる」のだ。
ここで第2ラウンドが開幕する。昨年5月、松村東氏は学校の土地建物に関する登記を自らの名義に戻すよう「登記請求権請求」をさいたま地裁に訴えたのである。
旧坂戸理容美容専門学校の土地・建物の所有権をめぐるこれまでの争い
第1ラウンド(平成18年9月〜平成19年3月)
【妨害物撤去等仮処分申立事件→保全異議事件】
(原告・準学校法人川越専門学園 被告・松村東)
平成18年(06年)
- 7月20日 松村氏、旧・坂戸理容美容専門学校校舎に、同校が自らの所有物である旨を記載した看板を設置
- 9月29日 同校理事長兼校長を名乗る松山千恵子氏(学校側)が「松村氏に看板をはずすよう処分命令してくれ」と裁判所に訴える(「妨害物撤去等仮処分命令申立」平成18年(ヨ)第72号)。
※11月30日 松村東氏、舟橋市長を名誉毀損で刑事告発
平成19年(07年)
- 1月18日 「妨害物撤去等仮処分命令申立」仮処分決定。
- 1月25日 松村氏、仮処分決定に対し「保全異議申立書」を提出。
(平成19年(モ)第3008号「保全異議事件」)
「クリーンハンドの原則」により、先の仮処分決定が無効化。
- 1月30日 学校の所有権を争うべく「保全異議事件」がスタート。
さいたま地裁、上田知事・松山千恵子氏・舟橋市長らへの各40分間の審尋を含む、第1回審尋期日を2007年3月6日に決定。
- 3月5日 松山氏側「妨害物撤去等仮処分命令申立」を急遽、全面取り下げ。
(3月6日は「保全異議事件」第1回審尋予定であった)
このため後続した「保全異議事件」も自動的に終了。
第2ラウンド(平成19年5月〜現在)
【登記請求権請求事件】
(原告・松村東 被告・準学校法人川越専門学園)
平成19年(07年)
- 5月3日〜7月末 松村氏、学校の登記を自らに戻すよう「登記請求権請求」をさいたま地裁に訴える。
紆余曲折を経て7月27日、「登記請求権請求事件」(平成19年(ワ)第294号)が確定。第1回審尋期日(10・4)が決定。
- 9月26日 松山氏側(学校側)、登記請求権請求事件に際し「答弁書」を提出。
- 10月4日 登記請求権請求事件 第1回審尋。
※10月19日 松村氏に対する名誉毀損で舟橋市長が書類送検。
- 11月8日 登記請求権請求事件 第2回審尋。
平成20年(08年)
※ 2月11日 松村東氏、不動産侵奪罪容疑で逮捕。
- 2月14日 登記請求権請求事件 第3回審尋(以後現在まで原告不在)。
- 3月17日 登記請求権請求事件 第4回審尋。
- 4月24日 登記請求権請求事件 第5回審尋。
- 5月26日 登記請求権請求事件 第6回審尋。 |
松村東氏は本当に「不動産侵奪罪」を犯したのか?
「不法領得の意思」こそが犯罪成立要件のポイント
だが松村氏の認識からすれば「坂戸理容美容専門学校」土地建物は
松山千恵子氏への「信託財産」ではなかったのか?
いっぽうの「不動産侵奪罪」容疑。不動産侵奪の「侵奪」とは「不法領得の意思をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すこと」を意味する。また他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の懲役に処すると定められている(刑法第235条の2)。
さらにいえば侵奪とは物理的行為をともなう。そのため無断登記など、占有を物理的ではなく法的に奪取する行為は不動産侵奪罪ではない。他人の土地の周囲に、半永久的であり容易に除去できないコンクリートブロック塀を設置して、資材置場として利用する行為は侵奪に当たるとされる(最高裁昭和42年11月2日判決)。しかし他人の土地に、たとえば無断で排水口を設置しても、それが一時利用の目的であって原状回復が容易であり、損害も皆無に等しい場合は侵奪に当たらないとされる(大阪高裁昭和40年12月17日判決)。
設置されている境界標を越境して土地を自分のものとすれば、これは不動産侵奪罪成立。ただしここに大きなポイントがある。「不法領得の意思」があるかないか、である。境界標の越境が不動産侵奪罪となるのは、越境した土地が自分の土地ではなく他人の土地であることを知っていること(不法領得の意思)が犯罪の成立要件なのだ。したがって「自分の土地であると信じている」場合には、不動産侵奪罪は成立しないのである。
侵奪の有無は、不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定の意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定されるべきである。
翻って松村東氏のケースはどうか。彼がしたことといえば、旧坂戸理容美容専門学校校舎に、自分が学校の所有者である看板を立てたこと。そして松山・舟橋氏側に無断で同校舎内に立ち入ったことである。看板については「妨害物撤去等仮処分命令申立」を松山氏側が全面取下げしている。しかも一度仮処分が決定してからの全面取下げであるため、再訴禁止となる。松山氏側は以後二度と、松村氏の「看板設置行為」に対し、同様の訴えを起こすことはできないのである。
そして、ここからが肝心なところだ。彼が校舎に立ち入ったことに「不法領得の意思」(他人のものと知りつつ不法に占有しようとする意思)はあったのか?あるとは到底思えないのだ。
むろん松村氏は旧坂戸理容美容専門学校校舎が、松山・舟橋氏側による建設物であることは知っていたはず。だがそこには昭和42年3月中旬、すなわち開校直前に、旧東京高等理容美容専門学校の運営を一時的に松山千恵子氏に信託した、という事実が先行しているではないか。
「信託」とは、たとえばA(委託者)が自分の財産を信頼できる他人B(受託者)に譲渡し、Bはこの財産を運用・管理することで、得られる利益をC(受益者)に与えるよう、Bと取り決めることである。通例、C(受益者)はA(委託者)と同一か、あるいは包含関係にある。
松村氏と松山千恵子氏との関係が信託関係の枠組みにあるならば、委託者であり受益者である松村東氏が、「受託者である松山氏側から不法占有」するために、自らの信託財産を「侵奪」するはずがないではないか。
埼玉県の指導により、養成施設指定承認がおりると信じて疑わなかった昭和42年2月の松村氏。だが厚生省は松村氏の申請を却下した。4月開校を目前にすでに学生募集を始めており、入学希望者も続々と集まりつつあった当時、松村氏は学校を何とか開校したい一心から県に相談。県は某県会議員を仲介役とし、松村東氏を、厚生政務次官を辞めたばかりの松山千恵子氏に手引きした。「有力者」が代表となって再申請すれば養成施設指定承認がおりる、との県の「指導」に従ったのである。
松村東氏は松山千恵子氏に事情を説明。松山氏は「3年経ったら(校長の座を)お返しいたします」との言葉とともに、松村氏の依頼を了承した……。これは「信託宣言による信託」に相当する。この時点で東京高等理容美容専門学校の運営に際し、松村東氏は委託者、松山千恵子氏は受託者、そして学校の土地建物は信託財産となったはずである。また松村氏は受益者でもある。
しかしその裏で松山千恵子氏らは、某県会議員の手引きで松村東氏を知る以前、すでに2月上旬より同校の「乗っ取り準備」を着々と進めていた、否定しがたい形跡が多数発見されているのは本紙のこれまでの報道のとおりだ。
学校の土地建物は、「寄付」なのか「信託」なのか?
舟橋市長が松村氏の主張を「一言一句、事実無根」とする真の理由は
松村氏の「寄付」という一点を、絶対に崩すわけにはいかないからだ
さて。こうしてみると「東京高等理容美容専門学校校舎」は、松村東氏から松山千恵子氏に信託された「信託財産」であると考えられる。それは松山氏が同校を「準学校法人化」しても、本質的には同じ。法人化は松山氏による「信託財産の運用方法」のひとつの形であり、あくまでその利益を受け取るべき者(受益者)は、松村東氏である。
昭和54年、松山氏側は「東京高等理容美容専門学校校舎」を松村東氏に無断で壊し、かわりに坂戸理容美容専門学校校舎を新築した。これも、信託財産の運用の一方法。受託者(松山千恵子氏)が受益者(松村東氏)のために、信託目的に従って信託財産の管理運用を行っていることになる。
この信託契約、終了しないかぎり現在の「準学校法人川越専門学園」にまで通じている。つまり松村東氏の主張(個人運営・各種学校としての設置から、松山千恵子氏への一時的「校長」依頼まで)を真実とすれば、両者のあいだに信託が成立し、したがって現在の「トータルビューティカレッジ川越」もまた、松村氏の資産となってしまう。
問題は松村東氏と松山千恵子氏との関係に、信託の枠組みが形成されているかどうか、である。言い換えればもし東京高等理容美容専門学校の土地建物が、松山・舟橋氏側の主張のとおり「松村氏が法人設立決議(昭和42・2・7)において、法人設立代表者である松山千恵子氏に寄付したもの」であるならば、この信託の枠組みは消滅する。
東京高等理容美容専門学校校舎に対する埼玉県の「確認通知書」(昭41・11・25)、「検査済証」(昭42・4・17)をはじめ、公文書は同校校舎が松村東氏を建築主としていたことを明確に示している。また昭和41年12月、同校は当時の坂戸町長・清水包治氏までもが列席し落成式を行っている。どう考えても、昭和41年末の時点で学校資産は松村東氏のものであったことは疑いようがない。
学校の土地についても同様だ。昭和42年1月5日、当時の坂戸町長・清水包治氏は、土地の売却主(永源寺住職・山崎禅明氏)に対し、「埼玉県入間郡坂戸町仲町975番地」(坂戸理容美容専門学校所在地)の土地が「東京高等理容美容専門学校が所有する土地であること」を証明しているのだ。
<清水坂戸町長(当時)が、学校土地の前所有者である宗教法人永源寺の山崎禅明氏に対し、当該土地が「東京高等理容美容専門学校」の所有であることを証明した公文書>
しかし昭和42年2月、謎の「法人設立決議」が行われたことになり、「法人設立代表者」を名乗る松山千恵子氏が2つの申請書を県知事に提出している。一つは「寄附行為認可申請」、もうひとつは「学校設置認可申請」である(昭42・2・12)。法人認可は学校開校(昭和42・4・18)の約半年後(昭42・9・11)。設立登記はさらにその1ヶ月後(昭42・10・4)である。
法人とは寄附行為によって設立される。だが松山氏側には寄附行為に添付する資産が存在しなかった。しかし実際に「準学校法人・東京高等理容美容専門学校」は昭和42年9月に法人認可されている。
ならばその「資産」はどこからやってきたのか?いうまでもなく松村氏からである。
松村氏の主張を現実に即してわかりやすくトレースすれば、学校資産は松山千恵子氏に信託したもの。いっぽう松山・舟橋氏側からすれば、学校資産は松村東氏が「法人設立代表者・松山千恵子氏」に寄付したもの、ということになる。
7月15日、松村東氏の「不動産侵奪罪」第1回公判
いよいよ逃げられない松山・舟橋ファミリー!裁かれるのはどちらか?
公文書による松村氏の「真実の立証」に「モンスターファミリー」はどう立ち向かうのか?
ここで「寄附行為の不可能性」を証明する公文書として、これまで本紙も再三にわたり報じてきた、松村東氏と東京の建設会社・松本建設との間に取り交わされた「公正証書」(「債務弁済抵当権設定契約公正証書」)と「領収書」が登場する。
法人設立に必要な資産には、負債があってはならない。ところが公正証書には「債権者松本建設株式会社、債務者松村東」と明記され、旧東京高等理容美容専門学校校舎に関する建築費の未払い金、約400万円を債務とし期日までに弁済することを記している。この公正証書が作成されたのは昭和42年6月29日……。「準学校法人」東京高等理容美容専門学校の開校日の約2ヶ月後である。
そして昭和43年11月30日に松本建設が発行した領収書には、松村氏による残金総額365万円の完済が明記されている。こうした松村東氏の保全措置の事実を、松山・舟橋ファミリーは掌握していなかったからこそ、松村氏から「学校を寄付された」と、法人設立を偽装してまで言いつのるのである。よしんば松村氏が、万一、学校資産を「寄付しよう」と決意していたとしても、昭和43年11月末までは寄付など不可能だったのだ。
言い換えれば、もし松山・舟橋側がこの「公正証書」と「領収書」の存在を知っていたのなら、昭和42年2月時点で法人化への偽装工作など行わなかっただろう。未払い金が完済し終わった昭和43年末以後、でっちあげ強姦事件により松村氏を学校から放逐しつつ、法人化工作を進め、あらためて厚生省より養成施設指定承認を得たであろう。「でっちあげ強姦事件」で学校の評判が危機に瀕したため、「松村氏の個人設置・各種学校」を脱却し、運営体制の刷新をはかるために学校法人化した……などもっともらしい言い訳をも用意することができたはずだ。
真実は一つである。松山・舟橋氏側は、以上の偽証をもって学校乗っ取りと指摘を受けるゆえんなのである。
本紙はかつて、松村東氏が不動産侵奪罪で逮捕されたことについて「松村氏の拙速な判断」と、氏を非難したことがある。だが松村氏は不動産業を営む実業家だ。坂戸理容美容専門学校校舎に立ち入ることについて、彼は不動産のプロとして自分の行為が「不動産侵奪罪にはあたらない」ことを、誰よりも熟知していたはずなのだ。
ならば、逃亡の恐れのない74歳の老人を逮捕した西入間警察署こそが、拙速に過ぎたのではなかろうか。そして彼は侵奪罪について否認し続けている。当然である。松村氏は、学校校舎が自分の資産であることを信じており、「不法領得の意思」など皆無だからだ。そして現在、その土地所有権を自分自身に戻すための「登記請求権請求事件」がまさに行われている最中なのだ。
来る7月15日、不動産侵奪罪をめぐる第1回公判が行われる予定である。裁判がどれほど長引くかは予想できない。ただ「侵奪ではない」と司法が判断せざるを得ない場合、はたして学校資産は誰のものとなるのか。もし「松村東氏に属する」との判断が下されれば、われわれは松山・舟橋ファミリーの「稀代の犯罪行為」が白日の下に晒されるのを目撃することになる。
松村東氏の「不動産侵奪罪」裁判。それは松村氏にとって、はたして呪詛(curse)か恩恵(grace)か。■
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