
【短期集中連載】
いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる
「約9億円の錬金術」!
第二回:神田壽雄川越市議という人物
老練な「新人議員」
昨年の初夏、本紙に一通の投書が寄せられた。市民の代表たる者に相応しからぬ神田市議の行状を告発したものだった。
川越市議会で最大人数を擁する会派、啓政会に所属する議席10番の神田壽雄市議は、03年(平成15年)4月27日の川越市議選にて3,269票を獲得し、第7位で初当選した無党派の市議である。
議員としては新人だが、神田氏は市行政を知り尽くしたプロの行政マンであった。長らく川越市職員を勤めた神田氏は、議員に選出されるまでに経済部長などの幹部要職を歴任してきた人物なのである。
投書の指摘で眼を引いたのは、神田壽雄市議の土地売買に関する告発だった。氏が所有する、ほとんど値の付かない市街化調整区域の土地2筆(川越市大字笠幡字笠丹草1843番地および1857-1番地。合計9,322uの山林)を、島村工業(株)に買い上げてもらった、というのである。「島村工業」といえば、埼玉県建設産業団体連合会の会長である島村治作氏が代表取締役を務める、県下有数の建設業者であり、紛う方なき公共工事請負業者である。
本紙はピンと来た。この投書は真実を述べている……。市行政幹部転じて市議会議員となった神田壽雄氏と、有力指名参加業者である島村工業とのあいだに漂うのは「癒着」の匂いだった。
本紙は慎重に調査を進めた。その結果、確かに昨年(平成17年)1月、島村工業は神田氏が所有する、先に示した土地2筆を買収している事実が判明した。新人議員だがベテラン行政マンだった神田氏は、市街化調整区域の自己所有地に下水道が引けることを、行政に口利きし確認してから売却に及んだのである。
公職にある人物は業者に対し、必要以上の接近を厳に慎まねばならないのは当然だ。現職市議と市指名参加業者との馴れ合いなど、反市民的行為以外の何物でもない。だが神田市議にとって島村工業とは、行政情報を与えるかわりに安価な市街化調整区域の土地を高値で買い取ってくれる、便利な存在とでも言うのだろうか。
(後に本紙は神田市議本人から、「神田家と島村家が親戚関係にある」ため、この土地売買が成立した、という説明を書面で得た。親戚同士なら、議員と指名参加業者の間であっても、不都合な土地の売買を行っても良い……と彼は理解しているらしい。「我田引水」が神田市議の十八番であることは、本連載で徐々に明らかにしていく)。
本紙はこれまで、数名の川越市議について取り上げてきた。「是は是、非は非」の立場から、無能な議員に対しては職務怠慢と思える姿勢を糾弾し、あるいは市民に資すべく日夜活動する市議に対しては、たとえ本紙とは立場や考え方が異なろうとも、大いに評価してきた。一部の若手議員に対しては、その情熱と生硬さとをほほえましく見てきた。そうしたなか、神田壽雄市議はどちらかといえば目立たない存在といえた。
だが、投書の指摘する土地売買の事実に対し調査する過程で、神田壽雄市議の存在がにわかに「要注意人物」としてクローズアップしてきたのである。
当「インターネット行政調査新聞」ウェブサイトから本紙編集部に送られてきた数通の電子メールの投書は、神田氏が笠幡地域に所有する「別の土地売買」を示唆していた。おそらくは笠幡の住民からと思われる投書の内容は、いまから20年近く前……バブル経済最盛期に行われたとおぼしき、極めてダークな土地取引の地権者として、神田氏の名が明記されていた。
本連載第1回で取り上げた「謎の空き地」こそ、ダーク取引の舞台である。
古い話だ。だがバブル期といえば、神田氏がまだ川越市の要職に座していた時期である。本紙は深く静かに調査を開始した。収集した資料は相当量に達した。それら資料に丹念に眼を走らせながら、「謎の空き地」の失われた過去をひとつずつ紐解いていく作業には、膨大な労力と時間を要した。
そうしてようやく、「謎の空き地」の全貌が見えてきた。それは、市街化調整区域の一角を約9億円に化けさせる錬金術……狭いエリアをめぐる、だが明らかに「悪」と呼ぶにしかるべき行為の連鎖であった。オオタカやミミズクの巣は奪われ、職権乱用、公務員の背任(守秘義務違反)、公金横領、行政と業者の癒着、宅建業法違反など、あらゆる汚職が「謎の空き地」に溶解していたのである。
橋頭堡
事実の全体像が複雑で大きく、しかも遠い過去と現在とがまたがっている場合、どこから説明すればいいのかわからなくなることがある。
これからお伝えする「市道8113号線」の話は、本連載が明らかにしようとしている全貌の、いわば序章にあたる。
だが、「序章」と言い切ってしまうには注意が必要だ。この「市道8113号線拡幅工事」が、本当に序章に過ぎないのか、あるいは、実は序章ではなく、計画の大枠を時間的に決定づける「タイムキーパー的な役割」を果たしていたのか……本連載を最後までお読みいただいた後で、読者諸氏がお考えいただければ幸いである。
画像が見づらくて恐縮だが、「謎の空き地」の左側部分を南に伸びているのが「市道8113号線」だ。まっすぐ南へ向かえば、さざんか通りにある神田壽雄氏宅のすぐ側に抜ける道路である。つまり神田氏宅から、画像左上……北側にみえる川鶴団地に抜ける道が、この「市道8113号線」だ。
1987年(昭62年)3月23日、当時の川越市長である川合喜一宛に、ある「要望書」が提出された。

<要望書:川越市大字笠幡地内の道路等の整備方について>
(クリックで拡大します)
要望書には、こう書かれている。
要望書
要旨 川越市大字笠幡地内の道路等の整備(拡幅)方について
貴職におかれましては、川越市勢発展のため日夜御尽力を賜り深く感謝申し上げます。
特に、当地域の道路をはじめとする生活環境の整備につきましては、特段の御配慮の中で近年着々と充実されつつあり、誠に御同慶にたえないところであります。
さて、市の最西部に位置する当地域もかつては静かな田園地帯でありましたが、近年急激に宅地化が進み、その生活環境も著しく変貌しつつあります。特に、車両交通量の増加はすさまじいものがあり渋滞を回避せんがための車両がいたるところに入り込んでくる状況にあります。
このときに当り、……において長期展望を踏まえて検討した結果、当面別紙箇所の道路等の整備をご要望申し上げることにいたしました。
御当局において、御採択の暁には、万難を排して尽力する所存でありますので、何卒右事情御賢察の上是非とも実現のはこびとなりますよう連著をもって御要望申し上げます。
昭和六十二年三月二十三日
…… …………
…… …………
…… …………
…… …………
川越市長 川合喜一 殿 |
署名欄の伏せ字には、「協栄自治会」「本町自治会」「新町自治会」「芳地戸自治会」の各自治会長の名が入る。また末尾に付された日付から、この要望書が前年度末に駆け込み的に提出されたことが想像できる。
「市の最西部に位置する当地域も…車両交通量の増加はすさまじいものがあり、…長期展望を踏まえて検討した結果、当面別紙箇所の道路等の整備を御要望申し上げることといたしました」としているが、川越市内で車両交通増加により道路拡幅等の整備事業がより切望される地域など、他にいくらでもあるはずだ。
先に述べたとおり、要望書の署名は黒塗りされているものの、4自治会の各会長が署名した形となっている。この要望書だけをみれば、各自治会が存在するエリアの住民らが道路の拡幅を切望したため、住民の声を取りまとめ、自治会長らが要望書として陳情した……そう読める。要望書は、地域住民の切なる願いを反映した文書、というわけである。
だが「要望書」の提出以前に、この市道に関係する「有力地主」が公的な立場で、川越市道路建設課課長とすでにこの拡幅事業について打ち合わせを行っていたとしたら、どうだろう。
「有力地主」……神田壽雄氏は当時、川越市経済部次長だったのだ。
2年5ヶ月という「上演時間」
要望書の提出日付は昭和62年3月23日であるが、行政の年度末ぎりぎりの時期で、翌月の4月からが次年度(62年度)となる。であるから当該要望書は、駆け込み的要望書ということになる。
川越市の道路建設課長は「神田氏とワンセット」と庁内で呼ばれていた関根常次課長である。関根課長は待ってましたとばかりに、当該要望書を取り上げた。
この要望書が提出された次年度、「市道8113号線拡幅事業」はすぐさま公共事業として具体化される。ただちに川越市道路建設課による内部検討が開始され、予算の確保、用地の確定、関係住民への計画説明、買収用地の測量、買収地等保証物件調査、税務協議……と急ピッチで事はすすみ、要望書が提出されたほぼ一年後である1988年(昭63年)3月30日、川越市による「市道8113号線改良事業に係るすべての用地取得および補償」が完了するのである。
繰り返すが、わずか一年のうちに、である。「有力地主であり市経済部次長」の神田氏は、市の予算をつぎ込んだ道路拡幅により、少なくない補償金を手にした。言うまでもなく「市道8113号線」は市街化調整区域にあり、容易に「売れる土地」ではない。
本紙はこれまで神田壽雄氏に数回の質問状を送り、神田氏は図表を用いた丁寧な書式の回答をその都度寄せている。一連の質問状と回答書とは、本紙と神田氏間のいわゆる「対話記録」というべきものだが、ここで神田氏が述べている同市道拡幅工事に関する「事実」を、以下に列挙してみる。
<工事期間の点ですが、本事業は、関係地主が少なく地主の了解がスムーズに行われたこと、また、予算面においても、好景気であった当時と現在とは事情が大幅に異なっていたことなどから、比較的短期間で完成したものと思われます。>(2005年9月9日の回答書)
< 市道8113号線改良事業に係る川越市の用地取得総面積は約1,190u(川越市の用地取得総額は約1,150万円)で、そのうち約3分の1の約450uは、私名義の土地であったものです。>(2005年11月27日の回答書)
「……と思われます」という表現に白々しさを感じるのは本紙だけではあるまい。拡幅を誰よりも「切望」した最も有力な「関係地主」とは、神田氏自身ではなかったのか。
この「市道8113号線改良事業」ひとつを見ても、市の幹部職員としてははなはだ問題とされるべき事実である。自らが補償を受けた事業に対し、まるで他人事のような説明をする神田氏は、まさにプロの行政マンの面目躍如である。
実際に拡幅工事が着工されたのは、翌年である1989年(平成1)の5月。4ヶ月で道路拡幅工事は完工し、2.7メートルの幅だった「市道8113号線」は、9月には幅6.8メートルの道路として生まれ変わったのである。なお、この拡幅工事の請負業者は小沼土建(株)。本連載をお読みになる上で、これからたびたび眼にする業者だ。
「要望書の提出」から「拡幅工事完工」までの時間は約2年5ヶ月。そしてこの市道に隣接する山林の一部が「謎の空き地」と化すまでの一切の経緯は、すべてこの「2年5ヶ月」の中で完了しているのだ。
本紙は強い疑念を抱く。1987年(昭62年)3月23日、すなわち「要望書が提出されたときから、2年5ヶ月後に拡幅工事が完工する」というのは、あらかじめ「ある目的」のために作られたプロットではなかったのか。
その「目的」とは、この市道に隣接する山林の一角を……あの「謎の空き地」=県営住宅用地として指定させることであった。土地に隣接する「市道8113号線」の幅が2.7メートルというのでは、狭すぎるのだ。
なぜなら、如何に県庁において強い権力を持つ人物を味方に付けたとしても、県住宅都市部(以下、「県住」)がこの土地を、県住予定地の目的地として購入するための唯一の材料となるのは、目的地に通じる太い道路であり、絶対に必要欠くべからざるものであった。
太い道路が備わっていなければ話にならないのだ。従ってあの山林の一角を県営住宅用地として県に買い取らせるにはまず、何としても道路の拡幅を実行しなければならなかった……より具体的に言えば、拡幅事業を確定させさえすればよかった。川越市の要職にあるものなら、「要望書」の提出から川越市が拡幅事業を確定し、諸々の案件を処理して用地を買収、そして着工〜完工に至るまでの時間は「読めていた」はずなのだ。つまり、「目的」を達成するための時間割は、2年5ヶ月の枠の中で構成すればよいのである。
次回は、本紙と神田氏との「対話記録」のなかで、神田氏が証言した「ある事実」がまったくの嘘であることを明らかにしつつ、この一連の「錬金術劇」で重要な役割を果たす、次なる登場人物を紹介したい。まさに「悪評が服を着て歩いている」ようなこの人物がなした行為に、怒り心頭に発する方も多いに違いない。
神田議員と、現在「埼玉県宅地建物取引業協会」会長である細谷金作氏との、黒いつながりを述べたい。
(つづく)
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