行政調査新聞社 社主:松本州弘 埼玉県川越市

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【短期集中連載】
いま明かされる、県住川越笠幡団地をめぐる「約9億円の錬金術」!
第5回:森は森へ還せ!

 

最後の1筆

 本連載も終盤に近づいた。

 ここで「謎の空き地」を構成する5筆の土地のうち、最後の1筆について簡単に言及しておこう。地番「1679-3」……神田氏の親戚が地権者であった、376uの小さな土地である。

 88年(昭63年)、埼玉県は「謎の空き地」に建設する予定の県営住宅のレイアウトを作成した。「川越笠幡団地配置図」である。



<仮称・県住川越笠幡団地の「配置図」。作図日は「昭和63年11月16日」>
(クリックすると別ウインドウで拡大します)

 県がこの配置図を作成してからわずか6日後の11月22日、神田壽雄氏は親族が所有する「1679-3」を、自己所有地の一部と交換取引しているのだ。配置図の土地境界に自己の所有する土地の形状を合致させる形に調整し、土地買収価格をいっそう高め、自分の懐に入る補償金を増やしたとしか思えないではないか。

 事前に県側から建設計画の詳細内容(配置図)を入手し、自己利益の追求のために、十分に活用したというわけである。作図後まもない配置図を県から直ちに入手できたことには、あの「県の有力者」の関与を濃厚に示唆する。「有力者」もまた「公務員の守秘義務違反」を犯していたことに他ならないことは、この配置図が作図された6日後に、神田氏が速やかに親戚と土地交換している事実が、雄弁に物語っているではないか。

 この「1679-3」は他の4筆とともに郷土開発がまとめ、同社が県に売却したのは、これまで縷々説明してきたとおりである。

「マスタープラン」のその後

 笠幡の森にある5筆の土地……神田壽雄氏の土地を中心とした山林の一角を県に売却する「マスタープラン」は、89年(昭64年)2月13日、5筆をまとめた郷土開発から埼玉県が約9億円で購入することで完了した。郷土開発はまとめた山林を、売却前に無届けで宅地造成したことは、前回記したとおりである。

 元号が平成に改まり、5月からは「市道8113号線拡幅工事」が着工され、4ヶ月後の9月に完工した。工事請負業者は「土地コロガシ」に参画した、小沼土建であった。

「マスタープラン」実行時には川越市都市計画部の次長だった神田氏は、2年後の91年(平3年)、部長となった。3年後には企画財政部長に、さらに96年(平成8)には市長公室理事となり総合交通政策を担当するなど市の重職を歴任し、翌年(97年)3月末をもって退職した。

 1ヶ月半後の5月24日、神田氏は市の第三セクターである川越都市開発株式会社に専務取締役として就任。同社の実質的なトップとなった。

 03年(平成15年)4月27日には川越市議会議員選挙に無党派で出馬。3,269票を獲得し第7位で初当選を果たした……。

 そして2006年(平成18)の今日――。

 神田壽雄氏は川越市議会議員である。

 郷土開発の細谷金作社長は埼玉県住宅建物取引業協会会長、および埼玉県不動産政治連盟会長を務めている。

 神田氏の土地に対する県買い上げを保証したと思われる、あの「有力者」は昨年4月29日、瑞宝小綬章を叙勲した。

 約9億円という公金略取の舞台となった「謎の空き地」は、凍結された継続事業として今もなお、その無惨な姿をさらしている。

残された謎

 前回までの連載で、「謎の空き地」をめぐる全貌をほぼ描ききった。だが、まだ残された謎がいくつかある。

 まずは「カネの分配」だ。郷土開発は、いわば第三者の土地をまとめて県に売ったのだ。利益を地権者らにどう分配したのだろうか。

 本紙は「マスタープラン」の起案から、約9億円もの公金を略取するに至る過程のほぼすべてについて、膨大な資料とともに把握している。だが、略取した約9億円の分配がどのように行われたのか、については未詳である。土地を直接県に売却したのは郷土開発である。同社の細谷金作社長が、神田氏にいくら、他の地権者にいくら、そして計画のコントローラーである「有力者」にいくらずつ分配したのかは細谷金作氏本人こそが知り得る事実であり、われわれには知る由もない。その細谷氏は本紙の取材から逃げ回っており、事実上の取材拒否のまま現在に至っていることは、本連載第4回に記したとおりである。

 つぎに、この県住計画=県住川越笠幡団地建設計画は国庫補助対象事業だったのかどうか、という点である。国庫補助対象事業であるなら、凍結以後現在まで何の進展もないこの計画について、県はどのように会計監査院の調査を回避したのだろうか。

 公共県営住宅建設事業は必ずといっていいほど国庫補助対象事業である点だ。新規の用地取得費や住宅建設費の出所は県債や国庫補助であるのが普通だ。

 国の補助を受けた事業は、過程の一部始終を国に報告する公的義務を課せられる。事業の開始日、完了日、決算の報告などを、必ず報告しなければならないのである。

「謎の空き地」に関して本紙が問うた7項目の質問に対し、県は「事業名称が仮称『県住川越笠幡団地』」であること、「現在凍結中の継続事業」であること以外は「資料の不備等でわかりません」と述べた。事業起案日も進捗も、今後の見通しすら「わかりません。本当にわからないのです」と、困惑したように繰り返すのみだった。

 だが、この「仮称・県住川越笠幡団地」に国庫補助はついているのか否かを訊くと、県は「ついていない」と回答したのである。

 実に奇妙ではないか。あれほど「資料がないのでまったくわからない」を繰り返した県が、全国どこの県営住宅建設計画にもつくはずの国庫補助の有無に対しては「この計画にはついていない」と明言するのである。

 国庫補助対象事業が凍結し長らく遅延しているのであれば当然、会計監査院の調査対象となる。県は会計監査院の介入があった時点で、この事業に関係する書類一式を提出し、なおかつ提出書類の控えを保存していなければならない。会計監査院に対し「資料不備でわかりません」が通用するはずはないのである。

 あるいはこの建設計画を、国庫補助対象事業としない形で進めた、とでも言うのだろうか。あの「有力者」の計らいによって……。

「県の有力者」は、村上貞夫・元県住宅都市部長

 本連載第3回にて本紙は、自分の山林を処分したがっていた神田壽雄氏(当時・川越市経済部次長)に対し、氏の土地一帯を県営住宅地として買い上げる計画を立案し、実行の指揮役となった「埼玉県庁内の有力者」の存在を示唆した。

 正確に言えば、謎の空き地をめぐる「県の有力者」は一人ではなかった。県庁には本紙が把握するだけでも2人の、埼玉県政に大きな権力を持つ人物が存在した。

 昭和62年度の1年を県住宅都市部長として勤め、昭和63年7月15日付けで元川越市助役となった村上貞夫氏、そして県における村上氏の後任として住宅都市部長に座したC氏である。

「マスタープラン」実行に際し、彼らはいわば「メイン・コントローラーとサブ・コントローラー」の関係にあった。メインは村上貞夫氏、その役割は計画の起案から始まり、「マスタープラン」全体の流れを組み立て時間割を作成し、さらに川越市の助役に転じてからは、「謎の空き地」に対する川越市の公式見解をふくめ、市の姿勢をコントロールする側に回ったのだ。

 サブ・コントローラーであるC氏の役割は、メインである村上氏の「重責」に較べればはるかに小さいものといえよう。C氏に課せられた最大の任務は……いうまでもない。郷土開発が無許可で更地にした市街化調整区域の土地5筆を、「土地について調査することなしに」、ただ買い上げることであった。C氏は前部長の指示を忠実に履行したというわけである。

 ここで、村上貞夫氏の動きを加えた、あらたな<時系列表>をご覧いただきたい。

 87年(昭62年)4月1日。「謎の空き地」をめぐる2人の主要人物に異動があった。川越市役所では、環境衛生部環境整理第一課長であった神田壽雄氏が経済部次長のポストに座った。いっぽう県庁舎では、県川越土木事務所長等の要職を歴任した村上氏が県住宅都市部長の椅子に座した。村上氏が就任した県住宅都市部とは、まさに「県住川越笠幡団地」を所轄する部署である。村上氏が翌年7月15日付けで元川越市助役になったのは先に述べたとおりだ。

 村上氏の動きは実に無駄がない。「市道8113号線拡幅」の要望書提出は「マスタープラン」の開始点。つまりマスタープランそのものは、86年(昭61年)後半〜年末にかけて、神田氏と村上氏とのあいだで謀議・立案されたと考えられる。つまり計画を立案し、その初手として昭和61年度中に要望書が駆け込み的に提出された1週間後の4月1日、村上氏は「マスタープラン掌握部署」である県住宅都市部の部長となったのである。

 氏が部長を務めた1年の間に、土地コロガシが進行した。何度も繰り返すが、土地コロガシは『その土地が確実に売れることが約束され』ていて初めて可能である。

 何と言っても計画全体のメイン・コントローラーが、中枢に座っているのである。土地を転がす方にも心強いはずだ。さらに言えば、市街化調整区域(山林)の「使用目的不明」のままの転売に対し、埼玉銀行(現りそな)、芙蓉総合リース等の大手金融機関が、抵当権設定による資金融資に応じている不可解な事実も、「買い取り計画の中枢部署にメイン・コントローラーがいる」ことに、その理由を求めることができるのかもしれない。

 土地コロガシが一通り終わり、年度末である88年(昭63年)3月30日、川越市が「市道8113号線拡幅工事」に対する用地取得および補償が完了すると同時に、村上氏は県住宅都市部長を退任。年度が替わり7月15日からは、こんどは川越市に助役として移籍しているのだ。ここにおいて村上貞夫氏は、神田氏の上司となったのである。

村上元川越市助役は「市は知らなかった」

「マスタープラン」は、「県が土地を取得するまでの過程から川越市を排除する」ことを方針として盛り込んでいた。だが、いくら国や県が土地を買収する際には地権者との「個別交渉・個別補償」が原則であるとはいえ、「川越市内に存在する市街化調整区域の山林」を所轄するのは川越市である。

 県住宅建設課は本紙にこのように回答している。

「こうした県営住宅用地を買い上げる場合、該当する市町村から打診があるのが普通。県独自に取得を検討する時も、地元自治体に問い合わせを行う」。

 だが川越市はこの県住建設計画を「まったく知らなかった」と述べた。

(県住建設反対を陳情した川鶴団地の住民を前に、県から川越市助役に就任したばかりの村上川越市助役は、白々しく「川越市が関知していない」と語っている)

 88年(昭和 63 年)の秋深まったある日の朝。静かな森に突然、尋常ではない轟音が響きだした。伐採するノコギリの音、次々とやってくる工事車両。やがて木々は無惨に倒され、ショベルカーが容赦なく土を掘り返し根を抜いた、

 土地は根絶やしにされただけではなかった。出入りしたダンプカーは100台以上を数えた。伐採した木や伐根した大きな根を運びだし、そのかわりに明らかに他の建築現場から持ってきたと思われるコンクリート塊等の建設ゴミ、いわゆる「ガラ」を運び込んでは、盛り土にまぜて埋めていた……。

 思いあまった地域住民は、工事現場の責任者に詰め寄った。あなたたちは何者か。いったいなぜ、この森でこんな工事をやっているのだ?

 現場責任者は「郷土開発」を名乗り「ここに県営住宅が建つんです」と答えたという。つまり地域住民はこの工事が県営住宅建設を目的としていることを、県や市からではなく工事の現場監督から初めて聞いた、というのである。

 前年である87年(昭62年)、政府が超短期土地転売に対し100%ちかい重税を課したことは、「マスタープラン」には織り込みずみだったと思われる。郷土開発が「税逃れ」のために市街化調整区域である当該エリアを、無届けで宅地造成したことは前述の通りだ。

 だがこのとき、オオタカやアオミミズクなどが棲息する自然豊かな森林で、周辺住民に親しまれてきた同地での建設計画が住民の反対を招くことは予測されていたはずなのだ。そのため県住建設計画は、まったく住民に告知されないまま進められてきた。

 総有的財産である森林を、地域住民に何の断りも、告知すらないまま勝手に宅地として造成しはじめた異常事態に、住民たちは怒った。当然である。だが地域住民らが川越市に陳情した際、市は「(県住が建てられる計画そのものを)知らなかった」と述べたのである。

 繰り返すがこのとき、村上貞夫氏は川越市の助役だったのだ。助役といえば「副市長」の立場。その村上氏が、つい一年前の住宅都市部長時代に自ら直接計画を統括した県住計画を、市民の前で「知らなかった」と述べたのである。

 村上氏が市民の前で述べた、この「知らなかった」という発言の重大さは特筆大書に値する。なぜならこの発言こそ、川越市が本当に県住建設計画から除外されていたことを、まざまざと明示する言質だからである。もし川越市が計画を把握していたのであれば、たとえ助役といえども、このような発言はできるはずがないのだ。

 村上氏は市の立場……「知っているはずのない川越市の立場」を代弁したのである。川越市庁舎の中でこの計画を知っていたのは、間違いなく村上助役と神田経済部次長の2人だけであった。「市は知らなかった」と発言することで、村上元助役は「マスタープラン」から川越市を除外したことを、自ら証明してしまったのである。

 いっぽう県の地域住民への対応は、高圧的ですらあったという。対応した村上氏の部下……先述した「サブ・コントローラー」C氏とその部下らは、「県が決めたことだから」と、横柄かつ強圧的な態度で地域住民を一蹴。反発を買うこの姿勢がやがて、地域住民の「県住建設反対運動」を惹起したのである。

村上氏はなぜ県住都市部長から川越市助役になったのか

 村上氏は「マスタープラン」の時間割に沿って、まずは土地コロガシが中心となった87年(昭62年)を県住宅都市部長のポストに座り、県が「川越笠幡団地配置図」を作成し郷土開発が県へ5筆の土地を売却した88年(昭63年)からは、川越市助役となった。県側の有力者としてマスタープランを起案し具体的な実行計画を立てた村上氏は、プランの後半部分では川越市に移り、「市は知らなかった」と、自ら計画したプランから川越市を排除したことへの、いわば補強作業を行っているのである。

 村上氏のこの2年間の動きには無駄がない……というか、何か「出来過ぎている」感すら否めないのは本紙だけではあるまい。

 実際、取材の過程で「村上氏を県住宅都市部長から川越市助役に異動させたのではないか」とおぼしき、ある「川越市の大物」の存在が浮上してきたことは事実だ。畑和元埼玉県知事と昵懇の間柄であったというこの「大物」は在野の、いわば財界人であり、川越市政史に詳しい方であれば、ひょっとしたら見当がつくと思われる。

 この「大物」について、本紙はこれ以上の言及は控える。陰謀論に陥る愚は避けねばならないからだ。ただ村上氏の「県から川越市助役への軌跡」には、より上位である「大物」の意志が介在していた可能性を示唆するにとどめておく。本紙はここで、中央から地方自治体に至る、権力が介在するあらゆる場や局面に底通する、ある印象的な言葉を書き添えるのみである。

「この世界は、見たままの世界ではないのです」(ゴードン・トーマス、作家)

これは「犯罪」であり、彼らは「犯罪者」だ

「マスタープラン」とその実行を、本紙は公務員による、公務員でなければなしえない「犯罪」と呼ぶ。これが犯罪でなければ一体何だというのか。したがって村上貞夫氏も神田壽雄氏も、細谷金作氏も「犯罪者」だ……というのが、調査を終えた本紙の確たる認識である。

 そして県住川越笠幡団地建設計画は凍結中の継続事業。そこに時効などは存在しない。

「犯罪者」は、公職に就いていてはならない。当然である。

 最後に、この県住建設計画で暗躍した3名の人物に対しての、本紙の見解を述べる。

【神田壽雄氏は直ちに川越市会議員を辞職すべきだ】

 神田壽雄氏は直ちに川越市会議員を辞職せねばならない。この人物に、市民の選良である資格はゼロであると、自信をもって本紙は明言する。

 神田氏の公金着服体質は、県住建設計画への山林売却における一連の行為にとどまらない。神田氏は川越市役所退職後の97年(平9年)5月24日、市の第三セクターである川越都市開発株式会社に専務取締役(実質的なトップ)として就任した。だが氏は早くも就任初年にして交際費341万円を使い込み、ゴルフやスナック遊びにふけっていたのである。

 この問題は平成十三年十二月の川越市議会で取り上げられ、神田氏就任時期の交際費が、他の年度と比べて段違いな高額に達していたことが暴露された事実もある。

  昨年1月。市議会議員である神田氏は再び、自ら所有する市街化調整区域の土地2筆(川越市大字笠幡字笠丹草1843番地および1857-1番地。合計9,322uの山林)を売却した。売却先は島村工業(株)。埼玉県建設産業団体連合会会長の島村治作氏が同社代表取締役会長である。

 同社には神田氏の子息が在職している、という人々もいる。だがもはや、本紙にはこの噂を調査する必要さえない。

 神田氏が川越市職員時代の上司であった村上貞夫元助役も、同社に天下りした経過がある。「神田〜村上〜島村工業」のラインは、われわれ市民の知らないところで、確実かつ濃厚に存在し機能しているのだ。

「親族」である公共事業受注企業から、自身のみならず上司、家族までにわたる利益供与を得た神田寿雄氏の存在と行為は、川越市という行政機関における「公金着服」と「企業との癒着」に集約される。

 川越市議会は、神田壽雄氏がいる場ではないのだ。繰り返す。直ちに川越市議会を辞職すべきである。

【細谷金作・郷土開発社長は埼玉県宅地建物取引業協会会長を辞職せよ】

 細谷金作氏はこの県住建設計画において、「国土利用計画法による届出義務違反」「都市計画法違反」「宅地建物取引主任者の重要事項説明違反」を犯したことが、ほぼ明白である。さらに協会会員業者に対し、県の郷土開発との間に取り交わされた「土地買収明細書」をめぐり、「自署名ではない」「県に売った覚えなどない」と虚偽の発言を繰り返した。細谷金作氏は埼玉県宅地建物取引業協会の会長などまったくふさわしくない、まぎれもない「悪徳業者」であると本紙は確信している。

 直ちに埼玉県宅地建物取引業協会会長を辞任すべきである。会長の椅子は、細谷金作氏の座る場では断じてない。

【村上貞夫元川越市助役について】

 県営住宅建設計画の策定や執行を統括する立場にあった村上貞夫氏。氏は県現職幹部時代の83年(昭58年)、島村工業から現在の居宅敷地の提供を受けた経緯があるとの投書が本紙に寄せられたことは、本連載第2回冒頭に記したとおりである。

 確かに、島村治作氏の土地を村上氏が購入した経緯は存在する。

 県の重職にあるものが県の指名業者の土地を購入し、そこに家を建てるということそのものが、許されぬ業者と公務員の癒着を物語っている。

 また同社が埼玉県建産連会長である島村治作氏が代表取締役会長を勤め、神田壽雄氏の親戚であることは神田氏自身が認めている。

 県下有数の建設業者である島村工業は同時に、県の入札参加指名業者の代表格というべき企業である。こうした業者と密接な関係を結ぶことは、それだけで県幹部であった村上氏の、公務員としての倫理が厳しく問われる問題といえる。

 平成8年には、市下水道施設工事の入札時に、業者への入札価格の漏洩に村上氏が関与しいている、との強い疑惑が浮上した。

 これは村上氏による、業者に対する公職者としての「最後のご奉公」ということになる。

 その村上氏は、同年に川越市助役を退任後、何と島村工業に天下りしているのである。

 昨年4月29日、村上貞夫氏は瑞宝小綬章を叙勲された。公務等に長年にわたり従事し成績を上げた人物に対し叙せられる「瑞宝章」は、村上貞夫氏が受けてはならないものであると、本件を精査した本紙は確信している。と同時に、現在も継続事業である「県住川越笠幡団地」の真相を明らかにし、しかるべき責任をとらねばならないことは言うまでもない。

県はもう、誰一人望まない「県住」を建てるな
森は森に還し、緑豊かな公園にせよ!

 埼玉県は、現在も継続事業である「県住川越笠幡団地」のこれまでの経緯を精査し、さらに今後の事業予定等を明確にした上で、市民に対し合理的かつ透明性ある説明を行わねばならない。

「県住川越笠幡団地」とは、地域住民の誰一人も望まなかった建設計画であった。建設計画の中心であったとおぼしき村上・神田の両氏でさえ、この県住建設計画の目的を「市街化調整区域の県への売却」と定めていたであろうことは、本紙が縷々説明してきたとおりである。換言すれば、建設計画に乗じて公金約9億を略取したのではなく、約9億の公金を略取するためにこそ、建設計画を立案し実行に移した疑いが極めて濃厚なのである。

「県住川越笠幡団地」を、地域住民は誰も望んでいないことを埼玉県はしっかり認識すべきである。豊かな自然を無惨に切り取られ、約20年以上も無目的に放置された建設予定地は、元の状態へと復元するのが何より望ましいことは、地域の住民の一致した希望であろう。あるいは緑豊かな公園として、オオタカやミミズクたちと市民がともに生活する場として、あの土地を生まれ変わらせなければならない。

(つづく)

巻末資料
- 神田壽雄市議、村上貞夫元助役をめぐる「悪の軌跡」

おわび:

 本文中、一部不適切な記述がありましたことを深くお詫び申し上げます。
(×畑和前川越市長 → ○畑和元埼玉県知事。現在は訂正してあります)
  誤字脱字、表記ミス等につきましては見つけ次第、その都度訂正しております。読者諸氏のご理解を賜りたく存じます。

 

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