行政調査新聞社 社主:松本州弘 埼玉県川越市

行政調査新聞

ご挨拶

地方行政を読む

国内展望

海外展望

社会の片隅

噂の怪奇情報

特集

資料室

 

 


【学校乗っ取り=補助金不正受給疑惑】
松山千恵子氏、「乗っ取った学校」の所有権を「証明不能で放棄」!
政治力ある松山氏らのインチキ「学校法人」に目をつぶり
40年間続く、埼玉県最大の「補助金詐取事件」!

 まず、ことの顛末を簡単に述べてみよう。

  1. 松村東氏が『坂戸理容美容専門学校』校舎に、自分が同校の設置・設立人であることを明記した看板を立てた。
  2. 同校理事長兼校長を名乗る松山千恵子氏が「松村氏に看板をはずすよう、処分命令してくれ」と裁判所に訴えた。仮処分が確定。そこで松村氏は逆に訴えた。
  3. 「冗談じゃない。もともと私の土地にあった学校を勝手に壊したのは、あなた方ではないか!」
      すると仮処分は無効化。そして後日、松村氏の元に裁判所から通知が来た。
  4. 「仮処分事件は、平成19年3月5日取下げにより終了しました」……。


*    *    *

  さて。「看板をはずすか否か」に矮小化されたかに見える、この事件の本質とは何か。
松山千恵子氏らは、坂戸理容美容専門学校(現・トータルビューティカレッジ川越。旧・東京高等理容美容専門学校)に対する「所有権証明」を事実上、放棄したのである!

学校乗っ取り事件、いよいよ最終局面か!
松山千恵子氏、松村東氏に対する
「仮処分命令申立」を全面取り下げ!

 3月7日、理美容専門学校トータルビューティカレッジ川越の「真の設置・設立人」松村東氏のもとへ、さいたま地方裁判所川越支部より特別送達が届けられた。
  同封されていた書類は3枚。「当事者目録」の債権者欄にあるのは「準学校法人川越専門学園」の代表者・理事長である松山千恵子氏だ。いっぽうの「債務者」は松村東氏。

 そして「取下書」には、債権者代理人弁護士の署名捺印とともに、以下のような一文が記されている。

「上記当事者間の平成18年(ヨ)第72号看板撤去等仮処分命令申立事件につき、債権者は、申立ての全部を取り下げます」

 この「取り下げ行為」こそは、トータルビューティカレッジ川越・学校乗っ取り事件の「犯人」、松山千恵子氏らによる事実上の全面撤退というべきもの。舟橋市長に対する刑事告訴、そして「法人解散命令」が迫り来るなか、「学校乗っ取り事件」はいよいよ最終局面に突入した。

 ここで取り下げられた仮処分命令申立ての内容とは「看板撤去等」である。看板を立てたのは松村東氏。その経緯は後述するとして、この「取り下げ」が「看板」という小さな問題を対象としているのではないことは明らかだ。

 ある土地や建物に立てられた看板を「はずせ」と主張することができるのは普通、その土地か、建物の所有者だ。「これは私の土地であり建物だ。許可なく勝手に看板のような妨害物を立てられては困る。すぐに撤去してくれ」というわけである。このとき「はずせ」と主張する側に必要なのは、土地や建物が自分のものであることを証明すること。ここで一般的に登場すると考えられるのが、土地および建物の登記簿謄本であろう。

  事実、彼らはそうした。だがそれこそが、松山氏側にとっての「大きな墓穴」となったのだ。

悪の「松山・舟橋親子」に一矢報いるために
「看板」を立てた松村氏の「立証への確信」

 東武越生線坂戸駅北側、坂戸市中央図書館のはす向かいにある「準学校法人坂戸理容美容専門学校」。いまでこそ人の気配はないものの、現在川越市にある「トータルビューティカレッジ川越」は、つい一昨年前まで、この校舎を使用していた。

 校舎の建つ土地は坂戸市仲町975番。昭和41年、当時31歳の松村東氏は私財をなげうち、隣接する永源寺からこの土地を購入。そして個人運営の各種学校「東京高等理容美容専門学校」を設置した、まさにその土地である。

「学校乗っ取り」の詳細な経緯は本紙過去号をご覧いただくとして、ここではとりあえず昭和42年2月から3月にかけて、当時厚生政務次官を辞めたばかりの松山千恵子氏らが、

* 松村氏の個人設置・各種学校に対し旧厚生省の「養成施設指定申請」を却下するよう工作したこと

* 困り果てた松村氏に対し「名義を貸した」松山氏が、実はその裏で同校の「準学校法人」化計画を進めていたこと

を思い出していただきたい。そして「準学校法人」化工作に際し、松村東氏の申請書類を勝手に盗用し、松村東氏が建てた学校(建物・校舎とも)を、法人設立に必要な「寄附行為」の「資産」にしてしまった……。このことも、あわせてご確認いただきたい。
「東京高等理容美容専門学校」の一切を私財で作り上げた松村東氏。開校直前になって養成施設指定申請の却下、という信じがたい事態に陥ったものの、「3年たったら(校長の座を)お返しいたします」という言葉を信じ、松山氏に暫定的に名義を借ることで、辛くも開校日である昭和42年4月18日を迎えたはずだった。

「当面は松山氏が校長つとめる」と騙されつづけ、教員兼「実質的校長」として誠実に働いていた松村氏。だが昭和46年(71年)、彼に対しありもしない「強姦事件」がでっちあげられ(後に反訴で誣告罪が成立し松村氏無罪。原告側弁護士は舟橋功一氏)、松村氏は学校から放逐された。松村氏はこのとき「理事解任」という形で学校を追い出されたことで、同校が個人運営・各種学校ではなく、知らないうちに「準学校法人」にされていたことを知る。

 だが、ことの経緯がわからない。なぜ「準学校法人」になっているのか。自分はなぜ「法人理事」であり「解任」されたのか……。元厚生政務次官という松山千恵子氏と、弁護士であり元埼玉県議でもあった舟橋功一・現川越市長。「政治の松山・法律の舟橋」の手にかかれば、いくら若くして蓄財した青年実業家といえども、当時30代前半の松村東氏を騙すことなど赤子の手をひねるようなものだったはずだ。
「準学校法人」化の謎が松村氏にとって明らかになったのは、でっちあげ強姦事件から30年も待たねばならなかった。平成13年(01年)に施行された「情報公開条例」により、これまで一般市民の目には触れることがなかった公文書が、情報開示請求によって公開されることになったからだ。

 松村氏が「養成施設指定申請」に使用した書類が、松山千恵子氏らが「法人登記」に使用した公文書から、続々と発見された。明らかな盗用だった。彼が個人運営・各種学校として作り上げた「東京高等理容美容専門学校」は、勝手に法人の資産として「寄附」されていたのだ。つまり松山氏らに学校を「盗まれた」のである。
  彼は埼玉県の土屋前知事、上田現知事から「松村氏と松山氏の間の、設置者の変更認可は一切存在しない」証明を得た。乗っ取りは、疑いのないものとなった。「準学校法人」は、インチキに設立されたものだった。

 そこで彼は昨年の夏、自分の所有権を主張するため、ある行為に出たのである。それが「坂戸理容美容専門学校」の建物に、看板を立てることだった……。
  本紙は松村氏に尋ねた。「なぜ昨年(平成18年)になって、看板を立てたのか。松村氏は『乗っ取られた』ことを、もっと前から主張していたではないか。どうして『それ以前』ではなく、昨年だったのか?」

 松村氏の答えはシンプルだ。「もちろん以前から私には確信がありました。しかし去年の夏になって、私はあの学校が『盗用された』ものであることを、100%立証できる段階になったのです」

「学校乗っ取り事件」とは、彼の妄想でも、「舟橋憎し」の陰謀論でも、結論ありきの牽強付会な推論でもない。血のにじむような作業の蓄積を経て、松村氏がおびただしい公文書から確認した「真実」だ。公文書の束と法律に、思いこみなど入る余地はない。

 そして本紙もまた、彼自身の半生を取り戻す作業を約2年半、目撃しつづけてきた。

学校沿革

何者かが計画的に盗み、再び元に戻した「看板」
「犯人は学校関係者」の可能性を否定できず
西入間警察が刑事事件として捜査中

 坂戸理容美容専門学校が建っている松村氏の土地……。そこにはかつて、彼が建てた学校があった。「でっちあげ強姦事件」の余波で彼自身が「準学校法人」から追放された後の昭和53年、松山氏らは松村氏が作った校舎を勝手に壊し、学校の名称を変更した別の校舎を建てた。それが、いまも坂戸駅前通りに面する同校の姿である。

 昨年7月20日。松村氏は意を決し、同校の鉄の門扉と入り口ガラスドア、そして壁面に4枚の看板を立てた。「この学校は、本当は私のものだ」と、彼自身が間違いなく立証できることを確信したからこその行為だった。

 看板を立ててから2週間以上たった8月6日のことである。学校を通りがかった松村氏は驚いた。看板がないのだ。看板は、単に立てかけてあったものではない。門扉に金属でしっかり固定された、かなり大きなものだった。それを何者かが工具らしきものを使って、丸ごと持ち去ったのだ。

 松村氏はその足ですぐに西入間警察署へ向かい、盗難届を提出。ちょうど昼前のことであった。届け出はすんなり受け付けられた(西入間警察第3204号)。だが警察がいくら調べても、指紋が出てこないのである。看板の窃盗が酔っぱらいなどのいたずらではなく、「工具を用意しつつ手袋等で指紋を隠すなど、用意周到かつ計画的に持ち去ったのは確実」なことは明らかだった。

 ところが、である。数日後に再び松村氏が学校の前を通りがかると、何と看板が元に戻されているではないか。このときも警察が現場を念入りに調べたのだが、やはり指紋は検出されなかった。犯人は看板を持ち去ったときと同様、証拠を残さないよう注意を払いながら、看板を元の位置に戻したわけである。

 看板は元に戻ったものの、犯人は依然としてわからない。窃盗事件、つまり刑事事件として警察が受理し、捜査が進行しているそのさなかに、松山千恵子氏側はこの看板をターゲットとして、行動に出たのである。

松山千恵子氏の「妨害物撤去等仮処分命令申立」
「所有権」の疎明方法は公信力なき「登記簿謄本」のみ!

 松山氏らの行動とは、裁判所が松村東氏に「妨害物=看板」の撤去命令を下すよう、さいたま地方裁判所に訴え出たことである。

 72歳の現在も、実業家として日々の生活に追われる松村氏。その多忙ゆえにふと目を離したすきに、松山氏側の弁護士は「仮の地位を定める仮処分命令申立書」を作成し、昨年9月29日にさいたま地裁がこれを受理。松村氏は審尋のため、裁判所の呼び出し通知書を受け取る羽目に至った。10月5日のことだった。

「仮の地位を定める仮処分命令申立書」における「債権者」は松山千恵子氏。「債務者」である松村東氏に対し「看板=『妨害物件」のすべてを撤去せよ」とし、さらに「無断で学校に立ち入るな」との趣旨が記されていた。また、松山氏側は坂戸理容美容専門学校の「土地及び建物の所有権を有している」とし、この「保全すべき権利関係」を明らかにする「疎明方法」として、9点の文書や写真を添えていた。

 そのうちいくつかは情報公開条例施行以前、「間違った戦い方」で孤軍奮闘していた松村氏の、惨敗の記録である。こうしたものを同校の「所有権保全の疎明」に添付すること自体、松山氏らの卑怯さが如実に現れている。

 だが、しかし。添付された疎明方法のうち「土地と建物の所有権」に関するものは、土地・建物の登記簿謄本だけだったのだ。言い換えれば登記簿謄本以外に、松村氏側が「坂戸理容美容専門学校の土地と校舎」の所有権を主張できるものが、ないのである。

  不動産の登記簿謄本には「公信力」がない。公信力とは「正規の手続きを踏んで売買契約を結び、支払いも終わっているような場合、なにか不都合なことが起こったとしても、訴訟を起こして自分の正当な所有権を勝ち取ることができる力」を意味する。日本の民法では、不動産登記に公信力を認めていない(動産には認められている)。

 なぜなら日本の登記制度では、登記官には、申請された登記の内容が「真実の権利関係を反映しているかどうか」、あるいは「以前の所有権移転に不正はなかったか」を審査する権限がないのだ。このことを知っておくのは重要だ。不動産売買で言われる、「登記簿を見ただけで不動産を買っても、その所有権を必ず取得できるとは限らない」というのも、ひとえに登記簿に公信力を認められていないためだ。

「坂戸理容美容専門学校」のうち校舎は昭和53年、それまで同じ場所に存在していた松村氏の「東京高等理容美容専門学校」校舎を、松村氏に無断で破壊し新たに建て直されたもの。ではその「場所」=つまり「土地」の登記簿の所有権事項には、何と書かれているのか。

 この土地が「準学校法人坂戸理容美容専門学校」へ所有権移転した原因として、そこには「昭和42年11月22日寄付」と明記されているのだ。

 これこそ松山千恵子氏側が掘った「大きな墓穴」であり、松村氏の勝利を決定づける反証なのだ。

松村東氏と建設業者間の「公正証書」と「領収書」こそ
学校法人が絶対に成立し得ない「決定的証拠」

 この「寄付」とは、先述したとおり松山氏が、同校の前身である個人設置・各種学校「東京高等理容美容専門学校」に対し、準学校法人化工作を進めた際の「寄附行為」として、松村氏の土地を勝手に資産として添付したことを意味するからだ。

 法人設立には「寄附行為」(根本規則。社団の「定款」に相当)が必要。そして寄附行為には「資産」が必要である。つまり資産なくして法人成立なし。何の資産も持たない松山氏らが法人を設立するには、「寄附行為に添付」するために、松村氏の土地と建物=資産を「盗用」するしかなかったのだ。

 さらに同校が「準学校法人」として開校日するには、開校日(昭42年4月18日)前に法人が成立していなければならない。

 だが知事による「寄附行為認可」は同年9月11日。法人成立日におよんでは10月4日である。

 こうした事実だけを取り上げても同校に対する法人認可が無効であることは明らかなのだが、松村氏はさらに「東京高等理容美容専門学校」が学校法人として決して成立し得ないことを、明快に証明する文書を持っている。

 昭和41年、「東京高等理容美容専門学校」の建設に携わった建築業者・松本建設(株)との間に取り交わされた「公正証書」と、昭和43年に松本建設側が発行した「領収書」がそれだ。すでに本紙過去号にて既報ずみだが、あらためてこの2つの文書をここで取り上げておく必要がある。この2文書こそ、松山千恵子氏らの「所有権主張」をたたき潰す、最高の破壊力を持っているからだ。

トータルビューティカレッジ川越トータルビューティカレッジ川越

<松村氏と松本建設との間に交わされた「公正証書」と「領収書」。松山千恵子氏側が提出した登記簿謄本を木っ端みじんにする、公信力を持つ書類だ。領収書の日付は、昭和43年11月30日まで松村氏の学校に「負債」があったことを示している。負債があれば寄付はできない。したがって「準学校法人」認可は無効である。>

 

  松本建設が同校校舎建設契約を結んだのは昭和41年8月末。11月25日には完成した建物に対し、埼玉県が学校校舎として適合していることを確認している(この「確認通知書」も松山氏らに盗用されたことが判明した)。

 開校(昭42・4・18)の2ヶ月後、松村氏と松本建設との間に建設費の「残金」に関する公正証書を作成した。

 建設業者は、竣工した建築物に対し「瑕疵担保責任」が生じる。「新しい建物の調子をみる期間」だ。そのため建設代金は竣工と同時に全額支払わず、この「保証期間」がすぎてから完済する。

 昭和42年6月29日に作成された「債務弁済抵当権設定契約公正証書」には、「債権者松本建設株式会社、債務者松村東」と記され、旧東京高等理容美容専門学校の建物に関する建築費の未払い金、約400万円を債務とし期日(翌年11月30日)までに弁済すること、と明記されている。

 この公正証書、松山氏らが所有権の主張に持ち出した登記簿謄本とは、その信用性においてレベルがまったく違う。先にも記したとおり登記簿謄本には公信力がない。これに対し、公証人が作成した法律行為や権利に関する証書である「公正証書」は、公信力をもつのだ。

 そしてこの公正証書に記されたとおり、翌年11月30日に松村氏は松本建設に対し、建設費用代金365万円を支払っているのである。つまり同校の「寄附行為認可」時(昭42・9・11)および法人成立日(同年10・4)には、負債があってはならない「寄附行為の資産」に、実は365万円の負債があったことを、この2文書は何より明快かつ雄弁に示している。しかも「昭和42年における365万円」である。当時、私立大学の年間授業料は約12万円、大卒初任給が約4万円。非常に大きな金額だったことに異論はあるまい。こんな巨額の負債を抱えた物件を資産として添付した「法人寄附行為」への認可など、合法的にはあり得ないことだ。

 簡単に言えばこの2つの書類だけで、「準学校法人東京高等理容美容専門学校」に端を発する、「準学校法人川越専門学園」(現・トータルビューティカレッジ川越の運営母体)は、40年前の設立時点から完全にアウトなのだ。

松山氏の「仮処分命令申立」に対し
松村氏「保全異議申立」で応酬
「クリーンハンドの原則」で仮処分命令が無効に!

「そもそも債権者は、本件のような仮処分命令を申し立てる資格があるのだろうか」……。松村氏は債権者・松山千恵子氏の仮処分命令申立に対する「答弁書」の冒頭に、そう記している。

 松山氏側は看板を「妨害物」と呼んでいる。だがそもそも、松村東氏の土地(学校敷地)にあった校舎(東京高等理容美容専門学校)を断りもなく壊し、学校名を変えた上で別の校舎を建てたのは、松山千恵子氏ではないのか。妨害物とは、坂戸理容美容専門学校の校舎そのものである……松村氏はこう反論した。

 松村氏は同校土地登記簿に記載された土地所有権移転の理由を一蹴した。登記簿に公信力はないことをはじめ、「寄付」などした覚えもせず、そもそも寄附行為を必要とした「法人設立認可」そのものが無効であることを準備書面にまとめた。さらに看板が何者かに盗まれた経緯を添え、こう釘を刺した。

(看板を)「何者が持ち去ったのかは不明であるが、準学校法人川越専門学校の関係者の可能性もある。債務者は西入間警察署長に対して8月6日に告訴し、同告訴は受理されている(西入間警察第3204号)。本件はこのような経過の中で申し立てられているのであり、それゆえクリーンハンドの原則を厳格に適用し、債権者の申立てを却下することが求められているのである」……。

"クリーンハンドの原則"とは、「自ら法を尊重するものだけが法の尊重を要求することができる」ことを意味する法諺(ほうげん←ルビ)(法律に関する格言)である。簡単に言えば「自分のことを棚に上げて他人の行動をとやかくいうな」ということだ。
  松村氏はこの準備書面に加え、すべて公文書から構成された17点にわたる「疎明方法と添付書類」を用意。もちろん先に挙げた公正証書と領収書も添付した。そして松山氏側の「所有権=保全すべき権利関係」に対する「保全異議申立書」を、さいたま地裁に提出したのである。さいたま地裁は「平成19年(モ)第3008号保全異議事件」として、松村氏の申立てを受け付けた。

 興味深いのは、昨年9月に出された松山氏の「仮処分命令申立」と、松村氏の「保全異議申立」が、ともにさいたま地裁に提出され受理されたことである。こうした場合、先の「仮処分命令申立」は無効となる。さらに松村氏は、「保全」の内容……つまり「学校の実際の所有者が松山氏である」という主張に異議を申し立てたため、「保全異議申立」においては、先の仮処分命令申立にあった「債権者=松山千恵子氏」「債務者=松村東氏」の対立構図が、事実上逆転してしまったのである。

 松村氏の反撃が始まった。彼はさいたま地裁に対し「債権者主張の準学校法人は存在しない」ことを証明するため、上田清司埼玉県知事、舟橋功一川越市長を相手に「審尋等申出書」を作成、尋問事項を列挙した書類とともにこれを地裁に提出した。
  さいたま地裁はこの申出書を受け付け、審尋の日を今年3月6日に決定。松村氏に書面で連絡してきたのである。

松村氏の反撃にしっぽを巻き、逃げまどう松山千恵子氏
自ら出した「仮処分命令申立」を急遽、全面取り下げ!

 ここで、本記事の冒頭に戻る。審尋期日を前日に控えた3月5日、突如として松山千恵子氏は自分から申し出た「仮処分命令申立」を、全面的に取り下げたのである。
「看板をはずせ」と自分から言い出し、いざ土地・校舎の所有権に対する主張の根拠があやしくなると、逃げまどうイヌのように「申し出を全面取り下げ」た……そうとしか思えない、実にみっともない行動に出たのだ。

 仮処分申立の全面取り下げとは何を意味するのか。「看板をどうするのか」という小さな問題ではない。松山千恵子氏は自分が主張した「学校の所有権」を証明するせっかくのチャンスから逃げたと同時に、「所有権者・松村東」と大書された学校沿革の「看板」を、そのまま掲示しておいていい……いや「所有権者は松村氏なのだから、お好きなように看板を掛けてください」と、認めたに等しいのである。

 通常、同じ裁判所で「申立」と「異議」が同時進行した場合、最初の「申立」は債権者の同意がなければ取り下げることはできなくなる。「途中で下りても債権者に不利益を与えない」と裁判所が認定した場合にのみ、取り下げが認められる。
  仮処分申立が取り消された……つまり「基礎事件」が取り消されたため、保全異議申立も意味をなさなくなる。せっかく決められた審尋期日を前に、審尋の場そのものが消滅したのだ。

 松村氏の不利益といえば、「準学校法人川越専門学園が40年前の設立時点から完全に非合法」であることを、第三者立ち会いのもので上田知事、舟橋市長の面前でしっかり確認する機会を逸したことだろう。だが仮処分申立が取り下げられたところで、確たる事実が消えるわけではない。

こんな「学校法人」を認可する県知事の責任重大!
「トータルビューティカレッジ川越乗っ取り問題」こそ
40年続く埼玉県最大の「補助金詐取事件」だ!

 現在、厚生労働省が支給する厚生労働科学研究費補助金(科研費)詐欺事件が世間をにぎわせている。厚労省の補助金をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は3月9日、同省技官で埼玉県保健医療部長に出向中の中村健二(49)、医療機器販売会社「マルクインターナショナル」(三重県四日市市)元社長・小坂浩彰(54。本名・博幸)、同社員・梶浦裕高(43)の3容疑者を詐欺容疑で逮捕したことは、全国紙をはじめマスコミ既報のとおり。

 この事件、容疑者の一人である小坂が北朝鮮支援のNPO「レインボーブリッヂ」事務局長であり、テレビ等にたびたび出演してきたことも話題の中心だ。だがこの事件でなにより驚いたのは、「トータルビューティカレッジ川越乗っ取り問題」の責任の一端を担うべき立場にある県職員(埼玉県保健医療部長)が、約210万円という「小さな」金額の、しかも5〜6年前の補助金詐欺で逮捕されたことがひとつ。そして「埼玉県保健医療部長」のポストと厚労省との関係だ。

 経緯の詳細は本紙過去記事を参照していただくとして、松山氏らのインチキ「準学校法人」が、法人設立認可の半年前に、どうして「養成施設指定承認」を旧厚生省から得られたのか、という謎に対する一つの答えを、図らずも今回の科研費詐欺事件が示唆していると思われるのだ。

 松山千恵子氏側は当時、単に法人を名乗っていただけの、偽の「準学校法人」に対する養成施設指定申請を県に提出し(昭42・2・20)、翌日に県は厚労省に進達(同年2・21)、一ヶ月半後に承認された「ことになっている」。ただし松山氏側の申請には、県による収受印も、厚生省への発送印もなく、決裁欄は空欄という、およそ正式な公文書とはいえない記録、はっきり言えば「紙切れ」しか残されていない。「準学校法人」が知事の認可を得て、登記が完了したのはそれから半年後なのだ。

「理美容養成施設」指定申請は県経由で厚生省へ進達されるものだが、県庁内で所轄するのは当時の環境衛生課。現在の埼玉県保健医療部生活衛生課である。この部署のトップ……つまり保健医療部長を「厚労省からの出向」が担当しているという事実、そして松山千恵子氏が元厚生政務次官であったという事実が、「旧厚生省・埼玉県・舟橋市長ファミリー」による、大いなる犯罪の構図を浮上させる。

 繰り返すが昭和42年当時、公文書とは一般市民の眼には決して触れない秘密文書扱い。約30年後に「情報公開条例」が施行されるなど、誰も思いもしなかった時代である。「権力の犯罪」は、いまよりずっと容易に実行できたのだ。
 

松山氏側が「所有権証明放棄」したいまこそ
埼玉県は直ちに「トータルビューティカレッジ川越」への
「法人解散命令」を実行しなければならない

 川越市の理美容専門学校「トータルビューティカレッジ川越」の運営母体である「準学校法人川越専門学園」は、過去40年間、一度も合法的な存在ではなかった。法人認可が違法(私立学校法第25条違反)であったことは、松村氏の「公正証書」と「領収書」で、誰の目にも明らかだ。

「準学校法人川越専門学園」登記簿には、解散の事由のひとつに「埼玉県知事の解散命令」があげられている。現在、同校に対する法人認可、あるいは認可取り消しの権限を持つのは、上田県知事だ。

補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律 (財務通則)

第二十九条 偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
2 前項の場合において、情を知つて交付又は融通をした者も、また同項と同様とする。
第三十三条 前条の規定は、国又は地方公共団体には、適用しない。
2 国又は地方公共団体において第二十九条から第三十一条までの違反行為があつたときは、その行為をした各省各庁の長その他の職員又は地方公共団体の長その他の職員に対し、各本条の刑を科する。

 詳細はここでは割愛するが、上田知事は同校の法人認可が「適法とは認めがたい」ことを知っている。知りつつも同校に対し補助金を支給し続け今日に至っている。「トータルビューティカレッジ川越」はその前身である「東京高等理容美容専門学校・坂戸理容美容専門学校」時代へさかのぼること40年間、210万円の科技費詐欺とは比較にならない総額の税金を、県は補助金として不正支給し続け、同校もまた不正支給し続けてきたのだ。

 上田知事は未だ、同校に対し法人解散命令を出していない。ならば違法認可を知りつつ、その認可を「取り消さないこと自体」が、特別職公務員による違法行為である。不正であると「知りつつ」補助金を支給していることこそが、現知事がいまでも継続し実行している、犯罪に相当する行為なのだ。

「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」第33条2項によれば、知事以外の関係職員も刑罰の対象となる。具体的には、以下の職員らが同法同条に抵触すると考えられる。

  • 埼玉県知事(法人認可・解散権限をもつ)
  • 埼玉県総務部長・総務部文書課調整幹・総務部学事課課長(学校設置認可関係)
  • 埼玉県保健医療部長(理美容養成施設指定申請関係)

 そして忘れてはならないのは、いうまでもなく「華麗なる政治家一族」の松山千恵子氏、そして娘婿の舟橋功一川越市長だ。松村氏の「公正証書」等にしっぽを巻いて逃げ回る松山氏と、昨年9月議会中に「市長・弁護士」併記署名で松村氏に対する誹謗中傷文書をまき散らし、名誉毀損により現在、刑事告訴されている舟橋市長……。その醜悪さ、みっともなさを見るにつけ、学校乗っ取りを「権力の犯罪」と言うよりも、むしろ「権力を乱用したせこい連中の犯罪」と呼ぶべきではないか、という気さえしてくる。

 どれほどの政治家家系に生まれようとも、どれほどの権力を持とうとも、一介の青年が作った学校を乗っ取り、その後の半生に塗炭の苦しみを与えていい理由など、どこにもない。松山・舟橋親子こそ「最低最悪の卑しい連中」ではないのか。

 今回、舟橋ファミリーの「せこさ」は大きな墓穴を掘った。それが「看板撤去等仮処分命令申立事件」の顛末だ。松村東氏は彼らの「全面取り下げ」に力を得て、今日も孤軍奮闘している。自らの苦渋の半生にもう一度、光を求めて。■

 

行政調査新聞社 社主:松本州弘 埼玉県川越市
著作権は行政調査新聞社またはその情報提供者に属します。
Copyright 2001-2007: Gyousei Chosa Shimbun.
All Right Reserved.
 本紙へのメールはこちらをクリックしてください。