行政調査新聞社 社主:松本州弘 埼玉県川越市

行政調査新聞

ご挨拶

地方行政を読む

国内展望

海外展望

社会の片隅

噂の怪奇情報

特集

資料室

 

 


【学校乗っ取り=補助金不正受給疑惑】
「川越専門学園は県に補助金を返還する」!
「5千万円払うから二度と文句を言うな!」
松村東氏に松山千恵子氏側が示した
驚くべき「犯罪表明=和解条項の骨子案」の全文を公開!!

(本記事は、地方紙版行政調査新聞2007年5月号に掲載したものです)

 

「何のことはない。彼らは、自分たちの『罪』をはっきり認めているじゃないか!」

 本紙記者ならずとも絶句する「和解条項の骨子案」文書が、松山氏側弁護士より松村氏に提示されていた――。この衝撃的な書面について、「学校乗っ取り=補助金不正受給事件」に関心をお持ちの読者諸氏にお伝えする前に、もういちど「妨害物等撤去仮処分命令申立事件」の顛末を振り返っておきたい。

松山氏による「訴えの取下げ」が意味するのは
学校に対する「所有権主張の完全放棄」

 いよいよ大詰めを迎えた「学校乗っ取り事件」――。3月5日、松山千恵子氏が松村東氏を相手に訴えた「妨害物撤去等仮処分命令申立て」を自ら全面的に取り下げたのは既報のとおりである。

昨年9月末、松山氏側は松村東氏が坂戸理容美容専門学校校舎に掲示した、松村氏所有を訴える複数枚の看板を「妨害物」とし、「妨害物撤去等仮処分」をさいたま地裁川越支部に申立て。今年の1月18日、松山氏らの申立がいったんは認められ、「妨害物撤去等仮処分事件」はこの日に終局。松村氏は看板を撤去した。

だが松山氏側の申立ての根拠とは、学校の土地建物に対する所有権である。松山氏側に所有権はない、と松村東氏は反撃を開始。「私の土地に私が建てた学校校舎を断りもなく勝手に取り壊し、別の校舎を建て不法占拠しているのは、あなた方の方ではないのか」と、保全異議申立で対抗した。そして松山氏側弁護士との日程の調整により、上田埼玉県知事、松山千恵子氏、舟橋市長らをそれぞれ40分間審尋する日程(3月6日)までが決定していたのである。

ところがその前日、松山氏は突如として「妨害物撤去等仮処分申立の全面取り下げ」を、口頭ではなく書面にて裁判所に通知。「基本事件」(妨害物撤去等仮処分申立)が終局を迎え、後続する「保全異議事件」がすでに裁判所の俎上に乗っていた。だが審尋の日を迎える前に、松山氏側はそそくさと、自分たちの訴えた事件を取り下げたのだ。

事件の流れからすれば、最初に「妨害物撤去等仮処分申立事件」があり、これに対抗するための保全異議申立事件となる。最初の事件(基本事件)が全面取り下げになれば、後続する保全異議事件も終了する。

 時系列に書き出してみよう。

平成18年

  • 9・29 - 松山千恵子氏側、「妨害物撤去等仮処分命令申立」(「仮の地位を定める仮処分申立」)をさいたま地裁川越支部に提出(平成18年(ヨ)第72号)。

平成19年

  • 1・18 - 【「妨害物撤去等仮処分命令」終局日】松山氏らの仮処分申立てを裁判所が認容し、仮処分を命じる裁判。松村氏、疎明方法に添付する公文書の一部が準備間に合わず、結果的に敗訴。松村氏、坂戸理容美容専門学校に掲げていた看板を自らはずす。
  • 1・25 - 松村氏、松山氏に対する「保全異議申立書」を裁判所に提出(平成19年(モ)第3008号)。疎明方法として、先の18日までに準備できなかったおびただしい公文書類を添付。
  • 1・30 - 裁判所、保全異議事件の審尋期日を3月6日午前10時30分に決定。
  • 3・5 - 松山千恵子氏、「妨害物撤去等仮処分命令申立」を急遽全面取り下げ。これにより係属する保全異議事件も終了。
    (3・6 - 保全異議事件に関する審尋が行われる予定だった日)

 松村氏側弁護士の不手際のため、松村氏の所有権を示す証拠書類(疎明方法)の一部が不備のまま、氏は「妨害物撤去等仮処分」の裁判に臨まざるを得なかった。このため1月18日、いったんは仮処分が決定してしまう。

40分間の「審尋」に恐れをなし
直前逃亡した松山千恵子氏ら

 だがその一週間後、松村氏は「使えない弁護士」を事実上解任し、自ら保全異議申立を裁判所に訴えた。このとき、18日には準備できなかった公文書をはじめとする、大量の証拠書類を同時に追加提出したのである。この日に提出した証拠書類の中には、松山千恵子氏らが主張する「所有権」を一発でひっくり返す公文書……旧・東京高等理容美容専門学校の「法人登記日」の約1年後の期日に支払うべき、学校建物の建築費の残額に関する公正証書と、実際に完済された領収書も含まれていた。

 この「公正証書と領収書」は、松山氏らが所有権の証拠として提出した土地および建物登記簿謄本より、「公信力」という点ではるかに強力なもの(登記簿謄本には公信力がない)。松山・舟橋親子がうそぶいてきた「松村さん、寄附したんでしょ?」の「寄附行為」が絶対に不可能なこと(法人資産に負債は不可)を裏付ける証拠であることは、これまで本紙が再三にわたりお伝えしたとおりである。寄附なければ資産なし。資産なければ「法人」認可は無効。この無効な法人に対し県は40年間も補助金を不正支給し続け、「無効であることを知りながら」いまだに支給しているのが、上田埼玉県知事である。

 そのため、3月6日の審尋期日には「学校乗っ取り犯」である松山・舟橋親子のほかに、上田知事に対しても40分間の審尋時間が設けられていた。

 彼ら=松山氏らは、松村東氏が追加提出した証拠書類を眼にし「直前になって」逃げたのである。彼らにしてみれば当然だったのかもしれない。公正証書や領収証、昭和41年当時の学校建物に関する「検査済証」が審尋の場に登場すれば、松山氏側が主張する「寄付」も「所有権」も、すべてが打ち砕かれるからである。だから松山氏側の誰一人として、自ら進んで「3月6日の審尋で『学校乗っ取り疑惑』に決着をつけましょう」などとは、口が裂けても言えなかったはずなのだ。

 松山氏側は「妨害物撤去等仮処分」の終局(1月18日)後、審尋期日の一日前(3月5日)に急遽、「取下書」なる書面により、この事件の「全面取下げ」を裁判所に通知した。

 だが、法律に詳しい方なら「訴えの取下げ」がどのような意味を持つかご存じだろう。
「訴えの取下げ」とは、「審判の要求自体を撤回し、訴訟係属を遡及的に消滅させる」(民事訴訟法262条1項)。したがって、松山千恵子氏の「攻撃防御方法の提出、証拠調べ、判決等もその効力を失う」のである。ここでいう「攻撃防御方法」の「攻撃」とは、松村氏による所有権主張手段であり、「防御」とは松村氏の主張から、松山氏側が自分たちの所有権を守ることを意味する。取下げ前に提出した証拠も効力を失う。わかりやすく言えば「裁判所による仮処分命令は消え、その命令を決定した審判も、その判決を導き出した証拠も、証拠を提出したことも、一切が『なかったこと』になる」

 さらに「終局判決があった後に訴えを取り下げた場合、再訴できない」(同262条2項)。つまりこの「全面取下げ」は終局日(1月18日)以降に行われた(3月5日)ため、松山千恵子氏は二度と同一の訴えを起こすことができなくなるのだ。

 しかも、彼らはご丁寧に「口頭ではなく、『取下書』という書面にて」取下げを通知したのだ。

 重要なことなので繰り返す。松山千恵子氏の「妨害物撤去等仮処分申立」とは、「坂戸理容美容専門学校の土地も建物もわたしのもの」という所有権主張が前提にあり、その上で「だから看板を撤去しなさい」と訴えていることである。そして1月18日、この訴えは裁判で確定した。にもかかわらず3月5日に訴えそのものを全面的に「取下げる」ということは、1月18日の判決も消滅(過去にさかのぼって消滅)し、松山氏らの「攻撃防御方法」の拠り所であった「所有権の主張」も効力を失うのである。そして全面取下げにより、その後に継続していた「保全異議事件」、つまり松山氏らが自己の所有権を正当に主張できるはずのチャンスを、みすみす捨てた……いや、直前になってその場からすたこら逃げだしたのである。

松山氏の自称「代理人・弁護士」を名乗る2名の人物が繰り返す
「強要・脅迫まがいの行為」

 その前日逃亡を「所有権主張の完全放棄」と見なさずに、何と考えればいいのか……。そう考えた松村東氏は、松山氏らの「全面取下げ」からしばらく息を潜めた。正確には3週間。すなわち妨害物撤去等仮処分申立の「債権者」であった準学校法人川越専門学園(現・トータルビューティカレッジ川越、旧坂戸理容美容専門学校・東京高等理容美容専門学校の運営主体。理事長は松山千恵子氏)の解散手続きが進行しているのかどうかを、じっと待ったのである。

 松山氏側が学校所有権主張を放棄すれば、それは自動的に松村東氏が所有権を有することに帰着する。トータルビューティカレッジ川越の運営母体である「準学校法人川越専門学園」は、もともと「寄付された」として松村氏の資産をだまし取り設立した、インチキ法人なのだ。このインチキ法人の資産として登記されている、学校の土地建物という松村氏の財産は、松村氏に返還されなければならない。

 3月5日の全面取下げにより存立の根拠を失った「準学校法人川越専門学園」。資産の所有権を証明できない「法人」は解散しなければならない。これは取下げ日からそれぞれ、「主たる事務所」(川越市新宿町・トータルビューティカレッジ川越)の所在地においては2週間以内、「従たる事務所」(坂戸市仲町・坂戸理容美容専門学校)の所在地においては3週間の期限内に行われなければならない。具体的には、松山千恵子氏が代表者理事長としてこの期限内に理事会および評議委員会を開き、事実関係をあきらかにし、「解散および清算人登記」を行わねばならないのだ。なお、「清算人登記」には都道府県知事の認可が必要となる。

 全面取下げから1ヶ月半以上たった4月24日、松村氏はあらかじめファックスにより事前に通知した上で、トータルビューティカレッジ川越を訪れた。だが校舎は内部から施錠されており、松村氏が校舎に立ち入ることはできなかった。松村氏はその足で川越警察署に赴き、これまでのいきさつと学校内に立ち入れない旨を説明した。松村氏は後で知ったことなのだが、松村氏の話の一部始終を聞いた川越警察署の刑事2名は、松村氏が帰宅した後、同校を視察したという。

 松村東氏が「松山千恵子氏の代理人・弁護士」を自称する、2名の人物からの奇妙な郵便書面(配達証明つき内容証明郵便)を受け取ったのは、その翌々日であった。

 文書は「仮処分申立を取り下げたのは、坂戸市仲町の校舎(坂戸理容美容専門学校を指す)への妨害物を撤去する目的が達成されたため」であると、1月18日の仮処分決定により松村氏がいったん看板をすべて撤去したことに触れつつ、「貴殿の『無効』の主張は貴殿独自の見解」と述べている。また彼らの仮処分申立てが取り下げられた後、松村氏が新たに設置した看板については、またしても「学校校舎に対する所有権、占有権を害しているので即刻不法占拠を解け」と要求しているのだ。

 この一文をもって見ても、彼らの論理が破綻していることがおわかりだろう。本紙が先に述べたとおり、訴訟係属(裁判所の判決手続の対象となっている状態の事件=妨害物撤去等仮処分事件)は遡及的(過去にさかのぼって)に消滅し、またこの判決を導き出したあらゆるもの(当事者の攻撃防御方法の提出、証拠調べ)、さらには判決そのものも効力を失うのである。また判決(終局日)は1月18日であり、取下げは3月5日。終局日以後の取下げであるため、再び同一の訴えを行うことはできないのだ。

自ら直前逃亡を図った松山氏よ
悔しかったら松村東氏を再訴してみろ!

 面白いのが、現在(3月5日以後)、松村氏が坂戸理容美容専門学校に新たに設置した「国際松村総合大学」の大きな看板である。「坂戸理容美容専門学校」に、自らの姓を冠した「国際大学」の看板を取り付ける松村氏独特のセンスには本紙も驚いたが、問題は松山氏の「代理人・弁護士を自称する2名の人物」が連名で、この看板をはずすように要求していることだ。

 終局日以後の取下げは「再訴禁止」である。ならば何故、松山氏側はすでに開始していた「保全異議事件」の審尋の日に、自らの所有権、自らの正当性を堂々と主張しなかったのだろうか。直前逃亡しておいて、いまさらこんな要求が通用するはずがないことは明らかだ。民事訴訟法の演習問題でも多用される基礎さえわからない「弁護士」とは、いったい何者なのか。「仮処分命令」→「保全異議事件」を一貫して担当したのは、松山千恵子氏側の代理人である小川修弁護士。だが先の「回答書」の署名にある2名の人物が、「小川弁護士より松山千恵子氏の代理人を引き継いだ」旨の通知は、彼らから松村氏に対して一切なされていない。したがって松村氏にとってはこの両名が、本当に弁護士なのかどうかもわからない……そんな状態で、このような破綻しきった文書を、配達証明つき内容証明郵便で送りつけてきたのである。再訴できないからこその「嫌がらせ文書」と言うよりほかはない。

松村氏が証拠書類に提出した「松山氏の犯罪表明」
松山氏側弁護士から提示された「和解条項の骨子案」

 松村氏にこみ上げてきたのは怒りというより嗤いだった。氏は直感した。「保全異議申立」の証拠書類として追加提出した「あの文書」を、この2名の自称「代理人・弁護士」は見ていないのだ……。というのも、松村氏は証拠書類一式の中に「乙第53号証」として、ある1通の、核爆弾のような文書を挿入していたからである。

 昨年の「仮処分申立」が係争中であったころ、松山氏側弁護士(小川弁護士)から、松村氏側弁護士(後に事実上解任)を経由してそっと渡された、1ページ半の文書……「乙第53号証」とは、あろうことか、松山千恵子氏側から提示された「和解条項の骨子案」だったのだ。

 松村氏は「代理人・弁護士を自称する2名」に対し「さいたま地方裁判所川越支部にある『保全事件記録一式』を必ず確認しなさい」と記したシンプルな通知書を送った。本来ならそれで十分なはずだからだ。弁護士が「保全事件記録一式」に添付された松村氏側の膨大な証拠書類をつぶさにみれば、色を失うことは必至と思われたからである。

 ところが、である。「2名の自称代理人弁護士」は、またしても配達証明つき内容証明郵便で、2度目の「嫌がらせ文書」を送付してきたのである。

 いわく「『認容』とは松山千恵子氏の主張が認められたことを指し、松村氏の権利が認められたことではない。仮処分申立を取り下げたからといって松村氏の権利を認めたわけではない。川越校舎(トータルビューティカレッジ川越)への立ち入りを禁じ、坂戸市の土地建物(坂戸理容美容専門学校)の占有を解け」という……前回の「嫌がらせ文書」をほぼ同様の内容が記されている。

 彼らは「保全事件記録」を確認した、としている。その上で「認容」という言葉の、あまりに分かり切った意味について、まるで松村氏が誤解しているかのような的はずれな講釈を垂れている。そして相変わらず「占有を解いて撤去せよ」と、馬鹿の一つ覚えのようなフレーズを繰り返している。

 彼らが配達証明つき内容証明郵便、という日常的でない方法により、このような「回答書」を2度も送るのは、先にも記したとおり「同一内容による再訴が不可能」だからである。内容証明郵便の書式に従った、形式張った「嫌がらせ文書」により、蒸し返しのイチャモンをつける以外に打つ手がないのだ。これは文書の署名にある「段・磯部」の両弁護士による、「強要・脅迫」の疑いのある行為である。そもそも、なぜ昨年より一貫して松山氏側代理人をつとめてきた小川弁護士が、この「嫌がらせ文書」には登場しないのであろうか。事実関係を正確に知っている弁護士ならば、こんな「強要・脅迫」に相当しかねない回答書を書くはずがないからだ。

 だが、この文書にはもっと重要な箇所、注目すべき箇所がある。彼らが「保全事件記録を確認した」(下線傍点)と明言している部分だ。つまり彼らは、松村氏が仕込んだ「乙第53号証」爆弾文書、「和解条項の骨子案」にも、目を通したはずなのだ。にもかかわらず彼らが「インネン」をつけているのは「認容」という言葉のみ。「和解条項の骨子案」については何も触れていない。「不知」でも「争う」でもない。沈黙しているのだ。

松山氏側が「和解条項骨子案」で認めた「犯罪」!
約40年の補助金不正受給を認め、
「川越専門学園は、県からの補助金を返還する」!

 ではここで、松山千恵子氏側から松村東氏に提示された「和解条項の骨子案」全文を公開する。この「骨子案」が提示されてきたのは昨年の暮れ。松村氏はこの文書を、先の看板事件仮処分命令に対抗する「保全異議申立」の際、証拠物件として裁判所に提出していた。そして松山氏側が3月5日、仮処分命令申立を全面取り下げ……つまり「保全異議申立の基礎事件」が終了したため、ようやくいまこの「和解骨子案」を公開できる状況に至ったわけである。

仮処分命令申立事件に後続した保全異議事件にて松村氏が証拠物件として提出した「乙第53号証」文書=<和解条項の骨子(案)>。

(各文書の画像をクリックすると別ウインドウに拡大表示します)

 タイトルはそのものずばり「和解条項の骨子(案)」。あくまで「案」とされており、またこの和解骨子が松山千恵子氏本人の意向を100%反映しているものかどうかは定かではない。だが「代理人」である弁護士が、依頼人の同意なく勝手にこのような和解案を松村氏側に提示することは考えられない。そういう意味で、これは松山千恵子氏本人の手よる文面ではないにせよ、本人の意向が濃厚に反映されているものと見なすべきであろう。いずれにせよ「松山千恵子氏側が提示したもの」なのだ。

 全8項目にならぶ「和解条項骨子案」、なかでも第6条が衝撃をもって迫ってくる。そこには「6 準学校法人川越専門学園は、過去に埼玉県から受給した補助金を返還する」と記されているではないか。彼らは「補助金を約40年間、不正受給してきたこと」を、ここで事実上認めているのである!

 そうでなければ、なぜ返還する必要があるのだ?

 この「補助金問題」に関しては、先行する「第4条」がセットになっている。「4 松村東は、準学校法人川越専門学園が埼玉県から補助金を受給していることにつき、一切の法的問題がなく適法であることを確認する」とある。

 いうまでもなく補助金不正受給、または県による補助金不正支給の問題は、もはや松村氏個人の意志とは関係ないところにある。かつてインチキな設立をベースとする学校法人を「認可」した埼玉県、そのインチキ学校法人に対し過去40年間も補助金を不正支給してきたことを「知りながら」、いまだに支給し続けている上田埼玉県知事の「犯罪」である。松村氏に対し「確認する」と要求する……つまり松村氏が「補助金問題について今後口にしない」と決めたところで、もはやどうにもならない状況にまで事態は及んでいる。

 彼らは血迷ったのか。というよりこの「和解条項骨子案」に反映されているのは、「法人名を変えて何事もなかったかのように、今後もつつがなく学校経営を続けていきたい」という切なる懇願だろう。そしてこの馬鹿げた懇願を松村氏が聞き入れることと引き替えに、彼らは第8条にて5000万円の和解金を提示しているのである。

 学校乗っ取り事件の当事者とは松村東氏と、準学校法人川越専門学園の理事長の松山千恵子氏である。だがここではご丁寧に現川越市長であり、松山氏の娘婿である弁護士「舟橋功一」氏の名が登場しているのだ。乗っ取りをめぐる一連の事件に舟橋市長が濃厚に関与していたことを、あらためて確認させてくれる。

松山千恵子・舟橋功一親子の「正体」ここに極まれり!
全財産を乗っ取られ、40年間の苦しみを味わった松村氏に
謝罪の言葉をひとかけらも示さない「最悪最低の人間性」

 犯罪行為=40年にわたる補助金不正受給を「チャラ」にするから、もう異議申立をしないでくれ。そのかわり5000万円を払う……。昨年の仮処分命令申立事件が係争中のときに、松山・舟橋親子側から提示された「和解条項骨子案」の主旨がこれである。

「第6条」さえなければ。この骨子案全体は「松村東というわけのわからない男がうちの学校に文句をつけている。うるさくて仕方ない。5000万円払ってやるから、もう黙ってくれ」と言わんばかりだ。だが「第6条」で彼らは明記した……。「過去、埼玉県から受けた補助金は返還しなければならない」ことは、松山・舟橋親子が身に染みてわかっていることなのだ。

 そしてこの「和解条項骨子案」は、松山・舟橋親子の人間性をこれでもかと露呈している。松村東氏が青春を費やして設置した学校を簒奪し、以後40年のあいだ彼に塗炭の苦しみを与え続けてきたことに対し、たった一片の謝罪の言葉すら、この骨子案には記されていないのである。

 そもそも「和解」云々以前に松山・舟橋親子は、松村東氏に対しきちんと謝罪すべきではないか。謝罪があってはじめて「では示談にするか、和解に応じるかどうか」という選択があり、そして和解と決まって初めて、そのための骨子案の作成という段階を経るのではないか。いきなり「5000万払うから、こちらの言い分を全部認め、問題は『なかったことにしろ』」では、あまりに失礼千万という以外に言葉が見つからない。

 松村氏はこの和解案を「顔を洗って出直さねばなるまい」と一蹴し、「和解条項の骨子(案)に対する回答」を、「乙第54号証」として、やはり裁判所に証拠物件として提出している。

現在、松村東氏は次なる劇的なステップを迎えつつある。彼を照らす光はますます強まる一方だ。

 松山・舟橋親子の「学校」は、もはや終わりなのだ。この政治家親子による稀代の犯罪は終幕を迎えつつある。それが当然の結末だ。他人の資産を奪いその人生を苦難のどん底にたたき落とし、そのいっぽうで自分たちは権力にふんぞり返り栄耀栄華を享受する……こんなことがいつまでも続くはずがないのだ。

 読者諸氏は、姑息に姑息を上塗りしつつ終焉を迎える彼らの惨めな姿を今後、目の当たりにするであろう。■


行政調査新聞社 社主:松本州弘 埼玉県川越市
著作権は行政調査新聞社またはその情報提供者に属します。
Copyright 2001-2007: Gyousei Chosa Shimbun.
All Right Reserved.
 本紙へのメールはこちらをクリックしてください。