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「川越市公共工事の談合問題」ついに住民訴訟!
  市民10人が談合業者二十社に10億5500万円賠償請求!
  損害立証の泥沼に裁判長期化は必至
  実利を得るのは「弁護士オンブズマン」か?

(本記事は地方紙版「行政調査新聞」9月号掲載記事です)

 川越市の公共工事に伴う談合問題。本年五月二十日、市が談合業者二十社に指名停止三ヶ月の措置を講じたのは記憶に新しい。だが同市内の無職、杉山英夫さん(七六)ら市民十人は八月二十三日、談合があったことを認めた二十社を相手取り、市が被った損害十億五千五百万円を市に支払うよう求めた損害賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こした。最大の難関は損害立証にある。「勝訴しても原告に一円たりとも還元されない」住民訴訟。市民正義の貫徹だけが目的なのか、それとも……。


図1:住民訴訟に至るまでの経緯

◆平成9年4月1日
  |
  |原告住民十人が損害額の発生を主張する工事が行われた期間
  |(公取委の課徴金対象工事は平成10年5月9日〜平成13年5月8日)
  |
◆平成13年5月7日


◆平成14年

4月26日:公正取引委員会、川越市発注の土木工事・道路舗装工事の205事業の大半で談合を認定し、市内建設業者20社に対し独禁法違反による排除勧告。市内建設業者20社はこれを応諾

5月20日:川越市、市内建設業者20社に対し指名停止期間三ヶ月の措置

6月12日:市民10人(請求人)が川越市に住民監査請求の申し立て

6月14日:市監査委、公正取引委員会に電話照会

6月24日:舟橋川越市長、市監査委に上申書を提出

7月2日:市監査委、関係職員(総務部長・総務部次長・契約課長)への事情聴取
最高裁、公共工事の談合に関する住民監査請求期間に「期限なし」の初判例

7月9日:市監査委、請求人に対し証拠の提出および陳述の機会を与える

7月24日:市監査委、川越市長に対する措置請求の棄却を決定。監査請求人に対しこれを通知

8月23日:市民10人、さいたま地裁にて20社に対し10億5500万円を市に返還するよう求める住民訴訟

 この住民訴訟、原告市民十人はいわば「市に代わって業者にお仕置き」という立場だ。「川越市は十億五千五百万円の損害を被ったにもかかわらず、市民による監査請求を門前払いした。したがって何もしない市に代わり、われわれが談合業者二十社から市の損害額を奪回する」という、何とも奇特な主旨である。

 まず原告市民の主張を見てみよう。

 原告市民十人は、今回の住民訴訟に先立つ六月十二日、川越市監査委員に「川越市長に対する措置請求書」を提出(川監委収第43号住民監査請求事件)。そのなかで市民側はこう主張する。

平成14年4月26日、公正取引委員会は、川越市発注の土木工事・道路舗装工事の205事業の大半で談合があったと認定し、建設業者20社に独占禁止法違反で排除勧告を行った。

入札参加業者間に公正な競争が確保されていたならば、契約金額は実際の価格より10%以上は低くなっていたはずである。

すなわち二十社は、談合という共同不法行為を通じて、契約金額を不当に吊り上げて、契約金額を負担した川越市に対し、上記差額に相当する十億五千五百万円の損害を与えた。

 にもかかわらず「舟橋市長が損害賠償請求権の行使を怠っている」としたのが「住民監査請求」のあらましである。

 これに対し同十四日、監査委員は公正取引委員会に電話照会。公取委の回答は「違反事実が落札価格にどう影響したかは調査の対象ではない。また損害額も算定していない」。また二十四日には舟橋市長が上申書を提出した。

 監査委員は七月二日に市関係職員(総務部長・総務部次長・契約課長)に事情聴取し、さらに請求人である市民側にも同月九日、「証拠の提出及び陳述の機会」を設けた。
 このとき出席した六名の請求人は、新たな証拠を何一つ提出しなかったのである。

 


「監査結果」は論理的に正当
 公取委、談合業者二十社を刑事告発せず

 川越市監査委員は七月二十四日、監査結果を請求人に通知した。

 その要旨は「1:措置請求書にある工事件数、受注総額については、公正取引委員会が発表した数値であり、市としては特定することができない」「2:入札における落札決定は、予定価格と最低制限価格の範囲内で最も低い価格を提示した者を落札者としているもので、施工上からは全ての落札価格が適正な価格の範囲と言える。従って、損害額(率)を算定することは不可能」「3:契約金額は実際の価格より10%以上は低くなっているはずというのは証拠なき推測」、そして舟橋市長の対応については「4:市に損害があること、そしてその金額が明白に証明された場合は、これに対処する方法を検討する」としている。

 この監査結果を不服とした市民十人は八月二十三日、住民訴訟を提起。住民訴訟の出訴期間は監査結果の通知があった日から30日以内になされねばならないからである。

 ここで興味深いのは、市民十人が錦の御旗とする「排除勧告に際し公取委が発表した数字」(工事件数と受注総額)である。公取委は、二十社が平成九年四月一日から平成十三年五月七日までの間、川越市発注の土木・道路舗装工事の競争入札で土木工事百三十八件(受注総額約八十七億円)、舗装工事六十七件(同約十八億五千万円)、計二百五件(契約総額約百五億五千万円)の工事の大半で談合を成立したと推定。

 だが公取委は「排除勧告は違反事実を立証するための行為であり、それがどのように入札価格(落札価格)に影響を受けたかについては調査の対象とはしていない。従って、損害額についても算定していない」のである。

 公正取引委員会は、排除勧告を受けた二十社すべてが違法行為を認め排除勧告を応諾したため、違法行為を犯した事業の受注金額に応じた課徴金を各社に課す。

 監査委員が電話照会した際、公取委は課徴金対象工事の調査には一年ほどかかるとしている。

「課徴金納付命令の対象工事を特定するため現在調査中であり、回答できない」。

 なお、公取委が調査する課徴金対象工事とは、平成十年五月九日〜平成十三年五月八日までの期間に行われた工事なのだ。

 談合とは言うまでもなく、刑法第九十六条の三(1・2)に違反するれっきとした犯罪行為である。

 だが公正取引委員会は今回の川越市談合問題で、談合業者二十社を刑事告発していないのである。


「排除勧告の応諾」はすなわち損害賠償に相当
 談合とは業者を決める行為であり、金額を決める行為ではない

 川越市内に本社または営業所を持つ二十社は公取委の排除勧告を受け、すでにこれを応諾している。

「公取委の排除勧告を応諾した」ということはすなわち「談合を認めた」ということに他ならない。応諾すれば地方自治体による指名停止等の措置が必然的に控えている。つまり「排除勧告の応諾」それ自体がすでに損害賠償なのである。

「そもそも談合とは業者を決める行為であり、金額を決める行為ではない。金額を談合で決めたという確たる証拠があればわれわれもきちんと対応する。しかし事実ではなく証拠も提示されないのだ。金額決定に関与していないのに、この上何ゆえに損害賠償を請求されなければならないのか」……こうした建設業者の声は、川越市が実施する現行の入札システムそのものの問題点をあらためて浮き彫りにする。



金融機関の融資姿勢、最低制限価格の公表…
 問題は、ダンピングを生み出す構造

 本紙は過去二回にわたって、川越市が現在行っている入札方法に関する問題点を詳細に論じてきた。

 川越市は現在、予定価格と最低制限価格の両方を公表している。

 健全な入札競争とは、各業者が持てる能力を発揮して、予定価格から少しずつ下げ競うことである。だが川越市は予定価格のみならず、「失格ぎりぎりの下限価格」すなわち予定価格から三十%を引いた最低制限価格をも公表している。

 また公共工事は現在、平成五年から各地方自治体で導入された一般競争入札によるものが多い。

 予定価格、最低制限価格ともに公表された上での一般競争入札の結果、入札価格は最低制限価格に集中し、はなはだしきは最低制限価格を下回る札を入れる業者さえ現れる事態となった。

「予定価格、最低制限価格の両方を公表した上での一般競争入札」。これは明らかに過当競争を促進させ、不当廉売(ダンピング)を惹起する。

 ダンピングはなぜ起きるのか。要因のひとつに金融機関の融資姿勢が挙げられる。融資に当たって金融機関は、受注残高の確認を行う。このため、つなぎ融資が欠かせない建設業者は採算性を度外視しても受注に走らざるを得ないのだ。民間建設市場の低迷と公共投資の減少で、もともと建設業界の受注競争は激化している。そこに競争性向上を目指す自治体の入札制度改革。「底無し」といわれる極端な低価格での受注競争にあって、ダンピング防止のために低入札価格調査制度が導入される始末。

 業者はいうまでもなく企業であり、企業の理念に赤字は存在しない。また業者とて納税者であり、われわれと同じ市民なのだ。

図2:市の損害額が算定できない理由



「台所感覚の正義感」を振りかざすオンブズマン住民は
「落札業者の損害額」を考えたことがあるのか

 曖昧な「公正価格」よりずっと明らかなのが「落札業者の損害額」だ。

 「予定価格、最低制限価格の両方を公表した上での一般競争入札」が不当廉売の温床となり、健全な競争社会の到来を妨げる大きな要因であることは、これまで過去号にて本紙が詳述してきたとおりである。

 ダンピングの弊害。何度強調しても強調しすぎることはない。

 ダンピングが横行し業者が適正な利益をあげられないような状況が膠着すれば市経済そのものが低迷する。悪質工事が蔓延し、下請け業者が塗炭の苦しみを味わう。市政への信頼は失墜し、川越市民全員にとって「談合による差額」をはるかに超えた、大損害となることは陽を見るより明らかである。

「オンブズマン」を自認する住民の目的が「市民正義の追求」ならば。

 川越市が実施する「予定価格、最低制限価格の両方を公表した上での一般競争入札」という愚策に対し、次のように要求することもできるはずだ。

 市民を守り公共の利益に供すべき川越市政が、ほかならぬ市内建設業者のあいだに極端な低価格での受注競争を激化させている。
 その最大の理由は、川越市が最低制限価格を「あらかじめ公表していること」にある。
 したがって川越市は、最低制限価格が公表されなかった場合の健全な入札競争における「業者が得るべき適切な利潤」を加味した「公正価格」を調査し、最低制限価格とこの公正価格との差額を「落札業者の損害額」として、当該落札業者に支払うべきである……。



土曜会裁判にみる、困難を極める損害立証
 怪しげな損害論の初陳述まで四年以上

図3:旧土曜会住民訴訟の経緯

昭和48年
 埼玉県で活動する大手建設会社の親睦組織、「土曜会」が発足

平成3年5月
 公取委、土曜会加盟業者に対する、談合疑惑の立入調査

平成3年6月
 土曜会(加盟66社)解散

平成4年5月
 公取委、63社に対して排除勧告
(平成4年(勧)第16号事件)
 加盟66社は総額約十億円の課徴金を支払う

平成4年6月25日
 「埼玉土曜会談合疑惑を追及する埼玉市民の会」(以下「住民」)による住民監査請求
 
平成4年7月15日
 県監査委員会、住民による監査請求を却下
 公取委が認定した談合は平成3年6月まで。既に一年が経過済みのため却下(一年ルール)


平成4年8月14日
 土曜会に対し住民訴訟(浦和地裁)

 原告側 土曜会談合疑惑を追求する市民の会
 代表 岩木英二(上福岡市議)他61名
 弁護士 角南俊輔、大川隆司
 被告側 畑和・前知事、鹿島建設、西松建設など63社


平成4年11月9日
 土曜会裁判第1回 口頭弁論
 公取委の調査資料の提出を要求
 総額60億円の損害賠償を求める
 被告側は原告側の請求そのものに正当な理由がないと主張


平成5年3月2日
 大塚裁判長は原告、被告に対して双方のすべての主張を裁判所に提出するよう要請


平成5年5月11日
 浦和地裁は原告側の資料提供を公取委に求める文書送付嘱託を受け入れる
 大塚裁判長は和解の道も検討してはどうかとの意向を示す


平成5年8月30日
 公取委は「談合認定資料」を地裁に送付
 原告団はこれを公表


平成5年9月8日
 土曜会裁判第4回 口頭弁論
 公取委が提供した資料で埼玉県が損害を被ったといえるかどうか、さらに損害額の認定は困難


平成5年10月29日
 市民の会、ゼネコン鹿島建設、他2社に要請文を渡す
 会杜側は課徴金を払っているのに談合はないと主張し反省はないとの見解を示す


平成5年12月7日
 原告側は工事対象を落札10億以上に絞る
 この結果26社、対象工事19件、損害賠償額44億円

平成6年2月8日
 原告に対して「県を被告から外し訴訟に参加させたら」と裁判長語る
 上記については県は訴訟参加は妥当ではない
 被告側は談合行為が実行されていたことを認定してない
 受注予定者を決めるなど認定したに過ぎない

平成6年9月13日
 前畑知事の責任を追及、談合の事実を知っていた県に対しては工事の設計書、予定価格などの公開を要求


平成8年5月23日
 埼玉県、原告側が要求していた県の設計図書の開示について資料を示す

平成8年10月7日
 土曜会裁判第20回 口頭弁論
 原告が損害論の総論を初めて陳述
 第二十三号準備書面および甲第六十一号証の一を裁判所に提出


平成11年7月5日
 土曜会裁判第35回 口頭弁論 地裁星野雅紀裁判長
 争点は原告側の監査請求が有効期間内に行われたかの判断
 原告側は「住民が談合の事実を知り得たのは被告の建設会杜が公取委の排除勧告を受けた92年5月。監査請求は翌月に行われており適法」と主張
 被告側は「報道で談合の事実を知り得ており有効期間内を過ぎて請求されている」との主張


平成12年3月14日
 浦和地裁、住民の訴えを門前払い判決にて却下
 「一年ルール」を根拠に住民の訴訟は要件を満たしてない
 すなわち監査請求は不適法


平成13年4月27日
 東京高裁「訴訟不適法」
 浦和地裁の門前払い判決を支示し住民側の訴訟を棄却
 住民側は最高裁に上告する方針


平成14年6月5日 関連記事
 大型焼却炉を巡る談合事件で、住民が公取委に事件記録を開示することを求めた裁判は一審を覆し、公取委が敗訴。「損害賠償を請求しているに過ぎない住民らは『利害関係人』にあたらない」と判示。企業秘密保持義務の規定空文化を阻止し、開示許可を違法とした


平成14年7月2日 関連記事
 最高裁、談合関連の住民監査請求に「一年ルール」は適用されず、との初判断

 オンブズマン住民の主張する「公正価格」がいかに曖昧な憶測かを示す記事がある。旧埼玉土曜会の談合問題における損害立証の困難さを報じた、平成十年三月十一日の日刊建設工業新聞より「住民訴訟・険しい損害立証への道」を引用する。
「(中略)原告は旧埼玉土曜会事件前後の落札状況から、損害額を推定し損害立証する。ただ、原告の思惑とは異なり、土曜会関連の入札結果表と事件後の入札結果表には顕著な開きがなく、損害立証方法の柱が揺らぎつつある。(中略)従って『正当に競争原理が働けば予定価格と最低制限価格の中間で落札される』との根拠で、予定価格の10%を損害額と算定した主張にも、微妙なずれが生じることになってきた。(中略)損害論立証の道は険しそうだ。」

 土曜会住民訴訟における原告住民側の推定被害額は六十六億円。その根拠は「公正価格は予定価格と最低制限価格の中間値、すなわち予定価格の一〇%」である。

 今回の談合業者二十社に対する住民訴訟における原告の主張「公正な競争が確保されていたならば、落札価格すなわち契約金額は実際の価格よりも一〇%以上は低くなっていたはず」とは異なるケースではあるが、猖獗を極める損害立証困難さの一例として、「原告が初めて損害論について陳述を行った」時点までの、土曜会住民訴訟の流れをざっと俯瞰してみることにする。

 平成三年に解散した旧埼玉土曜会。この旧埼玉土曜会を相手に住民訴訟が提訴されたのは平成四年である。平成十二年の「門前払い」判決に至るまで、問題点として大きくクローズアップしたのが損害立証であった。

 原告の損害論は、今回の川越市談合業者二十社に対する住民訴訟と同様、「談合により約一〇%、落札価格が不当につり上げられた。県民税を使う公共事業のため、間接的に埼玉県民が損害を被った」とするものだ。だが今回の住民訴訟同様、なぜ一〇%なのか、についての原告側の論拠は薄弱であった。

 情報量の絶対的な不足が、曖昧な数値算出の域を出なかった理由でもあろう。

 裁判の第一局面が始まった。

 原告はまず、裁判所(浦和地裁)に対して初公判から文書送付嘱託を求めた。裁判所は平成五年五月に、八月までの期限で談合認定資料の提出を公取委に提出要請した。

 だが公取委から送られてきた文書は課徴金対象工事一覧表と納付命令書、土曜会会員名簿、土曜会役員の供述調書、土曜会会議のメモ的文書や救済実績表のおもに四種類。公取委が談合業者クロとの判定を下した根拠資料の一部ではあったが、この資料は土曜会組織の仕組みなどを示したものであった。

 原告が求めている「不当につり上げられた価格」を説明し得る判断材料ではなかった。つまり、談合の「実態論」についての書証ではあるが、損害論を実証する書証になり得なかったわけだ。
 今回の住民訴訟と同様、公取委の調査スタンスは「違反事実を立証するための行為」であり、落札価格や談合による損害額は調査対象ではないからだ。

 ここからが、いわば土曜会裁判の第二局面となった。

 つまり、原告の焦点が文書送付嘱託から入札の実態把握に移行したのだ。換言すれば、対象工事が入札予定価格と最低制限価格のどのあたりで落札されたかという、落札価格の分布に視点が移ったのである。

 今回の住民訴訟における川越市の入札方法とは異なり、旧埼玉土曜会による談合事件では予定価格は公開されていなかった。

 そのため原告市民側は、資料請求を求めて埼王県に入札予定価格・最低制限価格の公開を求める情報公開請求を提出。

 ところが埼玉県は非公開処分を決定した。そこで原告は裁判所にこの処分の取り消しを求め、今度は埼玉県自身を相手に住民訴訟を起こしたのだ。原告はこちらの裁判で情報収集して、本番の土曜会裁判を乗り切るスタンスに切り替えた。それ以降、土曜会裁判はこの住民訴訟と並行して裁判の審理が進むことになる。

 埼玉県に対する情報公開裁判で大きな動きが出たのは平成八年五月。埼玉県が、原告の求めていた資料の一部「工事設計図書」の提示を承諾したのである。この資料は(公開されていなかった)入札予定価格を知るうえで欠かせない資料であり、またこの種の資料が公にさらされた初の事例となった。

 原告に渡された工事設計図書は、土曜会裁判で現在係争中の一九件のうち下水道工事等一八件(昭和六十三年から平成元年にかけて県が発注)。段ポール箱二箱になんなんとする、部分的に墨塗りされた資料の判読分析は、建築の素人である原告住民側にはきわめて困難なものであった。

 原告住民側が初めて損害論の総論を陳述したのは、住民訴訟提訴より実に四年以上を経た平成八年十月七日、土曜会裁判の第二十回公判の場であった。

 このとき原告住民側は損害立証の論旨として、第二十三号準備書面および甲第六十一号証を裁判所に提出した。準備書面は損害立証を三つの視点から説明し、また甲号証は平成三年三月三十日に行われた衆議院商工委員会の議事録と雑誌の記事から構成されていた。
 損害論の総論陳述までの、かくも長き歳月。

 だがこの損害論自体が怪しげなものであることを報じたのが、先にあげた日刊建設工業新聞の記事である。

「原告の思惑とは異なり、土曜会関連の入札結果表と事件後の入札結果表には顕著な開きがなく、損害立証方法の柱が揺らぎつつある」……。

 土曜会裁判はこの後、浦和地裁による平成十二年三月十四日の劇的な「門前払い判決」(そもそもこの住民訴訟は「一年ルール」要件を満たしてないため不適法)によりその幕を閉じたかに見えた。

 しかしこの裁判は本年七月、ふたたび劇的な瞬間を迎えることとなる。最高裁判所第三小法廷は別件の談合事件に絡む住民訴訟の判決にて、談合関連の住民監査請求には「一年ルール」は適用されないとする、「談合追及期限なし」の初判断を下したのだ。最高裁はこの初判断で、監査請求を退けていた自治体に見直しを迫り、実質審理による談合の責任追及の門戸を広げたのである。

 土曜会裁判に、また新たな長期戦の可能性が生じてきた。



沼田市における住民監査請求・住民訴訟事例との類似
 裁判が長引けば長引くほど得をするのは誰なのか


 今回の川越市民による住民訴訟と類似したケースは埼玉土曜会裁判だけではない。一例として群馬県沼田市において平成九年に端を発し、現在もなお継続している住民訴訟の例を挙げてみよう。先に示した「図1・これまでの経緯」と比較参照していただきたい。

図4:群馬県沼田市における住民訴訟の事例

平成9年12月16日 公正取引委員会勧告

  群馬県沼田市発注の建設工事の受注予定者の決定行為に関し、沼田市所在の土木工事業者59名、建設工事業者27名及び舗装工事業者32名に排除勧告。

  群馬県沼田土木事務所発注の建設工事の受注予定者の決定行為に関し、沼田市及び利根郡所在の土木工事業者71名及び舗装工事業者16名に排除勧告。


平成10年1月27日
住民グループが監査請求書を提出(県に対しても監査請求を提出)

平成10年3月26日
監査請求に対し棄却の決定。請求人に通知(県も棄却)

平成10年4月21日
住民訴訟

工事を受注した上位4社を相手取り、県と沼田市に約12億円の損害賠償を求める訴えを、また知事と沼田市長に対し、損害賠償を求めないことは違法であることを確認する行政訴訟を起こした。
(上位4社は全体の1/3近くを受注し、談合の中心的役割を果たしており、損害を連帯して支払う義務ありとする)

平成14年現在、継続中

 
 平成十年四月の住民訴訟が現在に至るまで継続中であることが、この問題を一朝一夕に解決することができないことを如実に示している。



勝訴しても原告に一円たりとも還元されない奇妙な裁判
 その弁護士費用は誰が払うのだ?

 机上の憶測、曖昧な推定に基づいた監査請求が却下され、その挙句の住民訴訟。まっとうな市民感覚でいえば、憶測や推定に終始するその薄弱な論拠を云々するよりもむしろ「何のために、そんな馬鹿げたことを」という疑問が否応なしに首をもたげる。

 この住民訴訟、何より「訴えを起こした側」には一円たりとて還元されることのない訴訟、何の得もない訴訟なのだ。その動機はと問えば、「一部住民」は不正行為を許さない正義感と答えるであろう。机上の憶測だけで監査請求する「住民」の度し難き戦略には大いに疑問があるものの、いわゆる「市民正義」の息吹に偽りはないと本紙は信じたい。

 だが、彼らを突き動かしているのは本当に「市民の正義感」だけなのだろうか。

 ただでさえ長期化が必至の住民訴訟である。判決の暁には原告住民の高齢者は存命していない可能性も大いにあるはずだ。一円も己の利益にならない争いを数年も、場合によっては十数年も遂行しなければならず、判決時には原告が生きているかもわからない裁判。その動機に「市民正義」をあげられても、額面どおりに受け取るのは難しい。

 ここで、本紙はマスコミが何故かまったく問題にしない「明白な事実」を以下に指摘する。

 六月十二日、措置請求書提出に監査事務所を訪れたのは市民二人と佐々木弁護士。彼らは、提出の前日に慣例的に行われる「請求が通るかどうかの事前打診」もなく、当日いきなり監査事務所に現れたのである。

 住民訴訟の原告は住民十人である。

 だが彼らの背後には、「相談役」として別の一群の人々が存在する。埼玉市民オンブズマン・ネットワークの佐々木新一弁護士をはじめとする九名の、ものものしい弁護団だ。なお佐々木弁護士は埼玉東部法律事務所の代表者であり、自由法曹団埼玉支部長でもある。

 およそ「訴訟」や「裁判沙汰」には弁護士がつきものだ。だが弁護士に依頼するとなると、多額の出費を覚悟せねばならないのは世の常識である。

 今回の住民訴訟。長引けば長引くほど弁護士費用がかかる。十億五千五百万円の賠償請求裁判に「勝訴」した場合、その巨額な報酬額は推して知るべしであろう。

「談合による損害額は五〜一〇%を認める判例がある。契約額の一〇%をペナルティとして課している自治体もあり、請求に踏み切った」とは佐々木弁護士の言である(毎日新聞記事より)。
 繰り返すがこの住民訴訟、原告住民には一円たりとて還元されることのない訴訟なのだ。だが巨額のカネが動く。時間がかかる。費用がかさむ。弁護士の費用と報酬は誰がどこから払うのか。 
 地方自治法第二百四十二条の2には、こうある。

7:(中略)訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む)した場合において、弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる。

 今回の住民訴訟における「訴訟を提起した者」は、いうまでもなく「一部住民」である。つまり今回の住民訴訟に当てはめれば、原告側である「一部住民」が勝訴した場合、弁護士費用の「報酬額の範囲内で相当と認められる額」を、川越市に請求することができる、というのである。

 弁護士にとって「一部住民」とは、ともすると巨額の報酬が見込める仕事を与えてくれる「良きお客さん」のはずだ。市民自らの正義感で立ち上がり訴える「住民訴訟」が、弁護士にとってまことに都合のよいものであることは想像に難くない。

 また当然、訴えられた川越市内の建設業社二十社も弁護士を雇ってこの訴訟に立ち向かわざるを得ない。仮に監査請求が「門前払い」されたとしても、それは弁護士にとってすなわち時間を浪費することなく「カネにならない仕事」に見切りをつけられることでもある。あるいは勝算(報酬)の可能性があれば住民訴訟に踏み切る。敗訴しても弁護士自身が身銭を切るわけではない。損はないのだ。

 それゆえ弁護士が、正義感あふれる「一部市民・住民」をして監査請求や住民訴訟の提訴に向けるべく、その相談役となり、あるいは弁護士として直接的に関与する事態が多発したとて、何ら不思議ではない状況がそこにある。

 すでに述べたように本年七月二日、最高裁判所は談合関連の住民監査請求にいわゆる「一年ルール」は適用されないとの初判断を示し、それまで住民側が敗訴してきた愛知・富山、三重県の住民訴訟における一、二審判決を覆した。

 これはあくまで「談合追及に期限なし」との初判例であり、訴えの内容そのものに触れているものではない。だがこの初判例のおかげで、原告住民に関与する弁護士の「商売」はますますの活況を呈するであろう。


最高裁判例は「和解のすすめ」
 結局、実利を得るのは双方の弁護士

 なぜなら最高裁判例がすすめるのは再審議であり、具体的には訴訟をめぐる双方の「和解」であるからだ。「一年過ぎたら門前払い」より「和解」する方向で再審議せよ、と言っているのに等しいと考えられるのだ。

(土曜会裁判では、すでに平成五年の時点で浦和地裁・大塚裁判長が「和解の道も検討してはどうか」との意向を示していた)

 もちろん、現実に建設業者二十社の代表たちと住民グループが一堂に会し和解協議を行うことは非現実的に過ぎる。実際には「双方の弁護士間での話し合い」となるはずだ。

 だがその場合、「落札業者を決定しただけで落札金額を決定したわけではない」談合業者側が、訴状どおり一〇%の差額(十億五千五百万円相当)の支払いにそのまま応じるとは考えにくい。それゆえ実際には一〜二%のレベルで和解が成立するだろうとの予測も十分に可能である。

「腐敗防止の特効薬」といわれる住民訴訟。だがそれは、弁護士なくしては機能しない特効薬でもある。今回、住民訴訟を起こした「市民・住民」にも弁護士が「相談役」として背後に控えている。この訴訟を担当する弁護士が誰であるかは、さしたる問題ではない。問題なのは「訴えを起こした側」には一円たりとて還元されることのない訴訟にあって、実利をむさぼることができるのは「訴訟で商売する」弁護士だけだ、という事実である。

「正義感に燃える一部市民による行動」と「その行動をサポートする法の専門家」などという、一見綺麗に見える「市民正義を貫くたたかい」。だがそれをしっかりカネに換えている人々がいることを忘れては、全体像は見えてこない。カネなくしては誰も動かない、というのはあまりにも当たり前の話ではないか。

 弁護士費用の敗訴者負担制度が導入されれば、住民訴訟の原告になろうとする奇特な人間はまずいなくなる。なぜなら勝訴しても一円たりとも還元されない原告住民が、敗訴したときには巨額の債務を負わされることになるからだ。

 この制度、住民訴訟の乱発を確実に防止する。

 そして「弁護士費用の敗訴者負担制度は住民訴訟を骨抜きにする法の改悪」という声が、「市民派」とほかならぬ法曹界から強く聞こえてくるのもむべなるかな。
 滑稽であり、皮肉でもある。

 本紙は不思議である。なぜ今まで誰も「特定非営利活動(NPO)法人」であるはずの「市民オンブズマン」に、法律問題を商売とする弁護士が密接に癒着している構造の問題点を指摘しないのか。弁護士が自ら原告になるわけにはいかぬ。だが市民正義に火をつければ利益が見込める……。まるで「きれい事がカネになる」といわんばかりの「一部市民と弁護士との共生関係」。それが行政を混乱に陥れ健全な産業の育成を阻む可能性はない、と誰が断言できよう。

 本紙は建設業界を弁護しているのではない。「市民対業者」という、俗耳に入りやすい二項対立そのものに疑問を呈しているのである。

 われわれの前に明らかなのは、業者も市民であり、納税者であるというあたりまえの事実だ。排除勧告応諾・指名停止による売上減に「損害賠償」の支払いが加わったならば、それは必然的に納税額の下落を意味する。市経済の低迷要因になりうる。あるいは仮に和解協議が長期化し最終的に一〜二%の和解金に帰結し、弁護士だけが実利を得る姿を見たとき、われわれ市民は本当に「血税を取り戻した」と言えるのか。

 そこに不正や欺瞞が存するならば。

 人々の眼を欺き甘い汁を吸う不逞な輩が存在するならば。

 本紙行政調査新聞は、国家権力であろうと市民団体であろうと、そして無論、建設業界であろうと徹底的に追及し真実を暴き出す。「真のジャーナリズム」なくして、本紙の存在意義はない。

 本紙は、この問題の行く末を鋭意注視している。

 

 

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