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安岡正篤 記念館 (財)郷学研修所をめぐる疑惑 【その1】
埼玉県比企郡嵐山町・「安岡正篤記念館」をめぐる疑惑
国指定史跡「菅谷館跡」の一角にそびえる「謎の石柱」!
安岡正篤 氏の後裔らと県行政は
近代日本の精神的至宝を穢すのか??
さる16日、文部科学相の諮問機関である文化審議会は、比企郡嵐山町の国指定史跡「菅谷館跡」を含む比企地方一帯の中世の城館を、「比企城館跡群」として新たに史跡指定するよう文科省に答申した。
比企郡の国指定史跡には「菅谷館跡」(1973年指定)のほかに「吉見百穴」(1923年指定)がある。ここに同地方一帯に点在する県指定史跡とを加えた「史跡群」として、新たに指定されることになる。
鎌倉時代前期の豪族、畠山重忠氏の館だった「菅谷館跡」。約13万平方メートルにおよぶ広大な面積をもつ複郭式の平城である。
由緒ある貴重な史跡を国が責任をもって保護し管理するというのはすばらしいことであり、それ自体に異論があろうはずもない。だが本紙はここで「菅谷館跡」の敷地内に存在する、あるミステリアスな石柱をめぐる「違法行為」について指摘しておかねばならない。
国指定史跡の一角を不法占拠する「謎の石柱」の正体
国指定史跡「菅谷館跡」の一角……。そこに「謎の石柱」ともいうべき、不思議な重量建造物がそびえ立っていることを、どれほどの人々が知っているだろう。高さは地上4〜5メートル。軟弱な玉石土台の上に建設されたこの石柱がいつ、何者の手によって建てられたのかを知るものは多くはない。
問題の石柱は比較的近年に建てられたものと思われる。畠山氏ゆかりの歴史的モニュメントではない。現地近隣の在住者や散策を楽しむ人々に尋ねると「何でしょうね。管理者の表示も由来の掲示もない、不思議な石柱ですね……」と、近隣住民にもこの石柱の存在はまさにミステリー。だが「もし地震や老朽化で倒れでもしたら、人に危害を及ぼすことも予測されますね」と、中には怪訝な顔で石柱を見上げる人もいる。
その後、根気よく地域に関する文献や資料を調べ続けた結果、「謎の石柱」の正体が徐々に見えてきた。そして驚くべきことに、この石柱は国指定遺跡の「菅谷館跡」とはまったく関係のない、特定団体関係者の私物であることが判明したのである。
その特定団体とは「財団法人郷学研修所」(埼玉県比企郡嵐山町大字菅谷671)。わが国を代表する陽明学者・東洋思想家であり、日本近代史における精神的指導者でもあった故・安岡正篤 氏の「安岡正篤 記念館」や「成人研修会館」、また安岡正篤 氏ゆかりの金鶏神社、また日本農士学校の蔵書を公開する「恩賜文庫」などを擁する財団法人である。
本紙が財団関係者らに取材し判明したのは、まず「謎の石柱」の建設経緯である。昭和52年のある日の深夜、郷学研修所の関係者8〜10名と石材業者が、私物である石柱を夜陰に紛れるかのように「菅谷館跡」に、勝手に運び込んだ。国や県に何らの届け出も許可も得ずに、である。そして史跡に沿って流れる都幾川の河原から玉石を採取し、セメントで玉石を固め「石柱」の土台を造り、その土台の上に重量構造物である石柱を建立したのである。
彼らはこの石柱を財団法人郷学研修所の「象徴」と位置付けた。そして以後、この石柱を「本丸」と称し、郷学研修所責任者を筆頭に酒を供え「二拝二拍手一拝」などの宗教神事を、年始、年末、新嘗祭の都度執り行ってきた……。すなわち研修所関係者らは、国指定史跡の一角を不法に占拠し、違法建造物を据え、長年にわたり宗教的儀式の場として常習的に活用してきたことが明らかになった。また郷学研修所関係者の集団が列をなし「不思議な石柱」を参拝、集合写真を撮影している様子が近隣住民に目撃されている。
石柱=郷学研修所関係者による「文化財保護法違反」
郷学研修所関係者らは、なぜ石柱を「菅谷館跡」に建立したのか……。それは石柱のある場所が、もともと安岡正篤 氏の私塾「金鶏学院」および「日本農士学校」、そして「金鶏神社」の所在地だったからだ。これらの私塾を運営する母体は「財団法人金鶏学院」であった。
だが敗戦直後の昭和21年、GHQの勅令により「財団法人金鶏学院」は解散を命ぜられ、財団の資産であった同地は国有財産となった。しかしこの年の11月、金鶏学院および日本農士学校の卒業生からなる同窓会「全国川薪会」(以下、川薪会)が、「この地に金鶏神社が存在した証を残したい」との理由から、元神社の鳥居木材を角柱に加工して同地に木柱を建てた。こうした川薪会メンバーの心情は理解し得るものだが、その行為とは「国有財産である土地に無届けで勝手に木柱を建立した」ことである。なお、現在の「財団法人郷学研修所」関係者の多くが川薪会会員でもある。
この木柱を含む土地は昭和24年、国有財産払い下げの対象となった。だが川薪会は資金不足から、土地所有権を得ることができなかった。結局、埼玉県が土地保有者となり、昭和26年から約13年間、「県立興農研修所」が設立、運営されていた。
同地、すなわち菅谷館跡が国指定史跡に定められたのは昭和48年。このときから、木柱は「公有地に無許可で建てられた違法建造物」から、「文化財保護法に違反する建造物」へと、その性格が変わったのである。
のち昭和52年、木柱は現在の石柱に建て替えられた。先に述べたとおり、郷学研修所関係者(川薪会関係者)らは役所の休日をねらい、夜陰に隠れて突貫工事を行ったのだ。後に埼玉県の所轄職員がこの事実を知り、郷学研修所の関係者に対し「安岡正篤 氏を師事し、人の道を学ぶ人々に闇討ちにあった」と憤激、石柱の建立が違法行為であることを通達したという。だが石柱を突貫的に建立した関係者らのあいだでは「建ててしまえぱ事実が優先する」と、違法行為を正当化する話も交わされていたという。
昭和59年11月、「金鶏神社奉賛会」が結成される。そして文化財保護法を犯し建立した重量構造物「不思議な石柱」の場所を本丸と呼称し、宗教神事行為や郷学研修所の行事に利用し、同財団の「象徴」と位置づけ、現在も利用しつづけている。
文化庁の「比企城館跡群」指定は
埼玉県が働きかけた「文化財保護法違反」の隠蔽画策なのか?
関係者の違法を黙認する財団法人郷学研修所に
公益法人の資格なし!
本紙が財団法人郷学研修所に問い合わせたところ、財団側はこの石柱を「川薪会が建てて維持してきたもので、財団の持ち物というわけではない」と、まるで日本農士学校などの同窓生らが勝手にやってきたこと、といわんばかりの回答を述べた。だが先に述べたとおり全国川薪会の会員と郷学研修所職員は重複しており、また川薪会の連絡先には「安岡正篤 記念館内」とある。両者が無関係であるはずがない。
そうかと思えば、「あの石柱の存在が文化財保護法違反であることを認識しているのか」という本紙の問いに対し、郷学研修所側はGHQの接収をめぐる歴史的経緯を縷々述べては正当化を試みようとする。川薪会会員の行為を擁護する姿勢を強く打ち出すのである。
郷学研修所の副理事長である荒井桂氏に対し「もともと『日本農士学校』『金鶏学院』があった場所だからという理由と、国指定史跡である菅谷館跡の土地使用権とは別の話ではないのか」と問うと、驚いたことに「そうなんですか」ととぼける、財団法人トップの認識不足とは思えない……いや、はっきりいえば確信犯的な反応さえ示したのである。
この荒井桂副理事長、実は平成10年まで元・埼玉県教育委員会教育長。金鶏学院卒業生をはじめとする川薪会会員とは、その出自をまったく異にする。「文化財保護法」や「土地使用権」について知らないはずがないどころか、バリバリの行政マンだった人物である。
今年7月、「埼玉県比企郡嵐山町菅谷館跡私物建造物の占拠」と題された匿名の告発文書が文化庁長官官房政策課文化芸術振興係に送付された。文化庁はただちにこの告発文書をFAXで埼玉県生涯学習文化財課宛に送った。これを受けて8月、埼玉県教育局の小柳部長らが郷学研修所を訪問。荒井桂副理事長らと面会した。このとき荒井副理事長は「小柳部長は旧知の間柄」と、同席した他の理事らに紹介。ともに埼玉県の教育行政という場での、いわば「同僚」だったのだ。
違法行為を犯した側と、違法の有無を監督する行政側のトップがもともと「同僚」だと、どうなるか。いうまでもないだろう。9月、小柳部長は荒井副理事長に対し、菅谷館跡に違法建立された石柱=重量構造物を「埼玉県の預り物とする」ことを通知した、というのである。石柱の「真の所有者」が誰であれ、遺失物では決してない。そして郷学研修所が主催する集会などで、この石柱(彼らは「本丸」と呼ぶ)はこれまで十分に活用されてきたのである。
荒井副理事長は小柳部長に対し、石柱をめぐる歴史的経緯と関係者らの心情を述べ、昭和史の記念碑にしたい、との意向を述べたと証言。そして本紙に対しては「県が文化財保護法により何らかの有権的解釈を示してくれば、その指示に従わざるを得ない」と、あえて「有権的解釈」(社会における最終的判断権者――最高裁や所管官庁等がとる解釈)などという言葉を用いて自らの考えを述べた。
「有権的解釈」が示されなければ、国指定史跡の一部を不法占拠しても「金鶏学園ゆかりの石柱なのだから許される」とでも考えているのだろうか?これが教育行政トップを務めた、財団法人郷学研修所副理事長・荒井氏の見解、というわけである。
近代日本の精神的至宝ともいえる、かの安岡正篤 氏を拝する財団法人郷学研修所……。高い倫理を保持し社会に模範を示さなければならない存在であると同時に、「公益に寄与する」ことで税法上等の特権を与えられた公益法人が、文化財保護法違反を承知の上で、国指定史跡に私物を建立し(あるいは財団関係者による私物建立を黙認・正当化し)、長年にわたり不法に占拠し続けていることが問題なのだ。そしてこの事実がひとたび指摘されると、財団トップと教育行政側トップとが密約し、「行政側の預かり物」などと意味不明な措置を講じることで、文化財保護法違反を隠蔽しようと画策するなど、到底許されることではない。かつて「GHQに土地を接収された」経緯があるとはいえ、現在の国指定史跡「菅谷館跡」の一角を不法占拠する行為を正当化できるはずがない。
だが郷学研修所の「問題点」はこの石柱をめぐる「文化財保護法違反」だけではなかった。本紙が調査すればするほど、疑わしい点が浮上するのである。本紙地方紙版12月号は、研修所の「アスベスト問題」から公金横領疑惑まで、同財団をめぐる疑惑を一挙に公開する。いたずらに暴露するのではない。安岡正篤 氏を記念する公益法人に、その安岡氏の後裔がトップに座し、収益事業を行っているという構造それ自体が、すでに不正の温床たる十分な条件を備えているためだ。それは近代日本の精神的リーダーであり、わが国の誇るべき思想家であった安岡正篤 氏の業績を著しく毀損することに他ならない、と信じるがゆえである。■
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