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【学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑】
10月4日に予定されていた「口頭弁論」は延期!
松山氏側が提出した「答弁書にならない答弁書」
7年前の事件を蒸し返し、的はずれな「却下申立」
裁判所を「時間稼ぎ・嫌がらせ装置」に悪用する学校側のワンパターンぶり!
学校側の時間稼ぎ「答弁書」提出により
10月4日・第1回口頭弁論は延期!
10月4日に予定されていた、松村東氏を原告、準学校法人川越専門学園(以下、学校側)を被告とする「登記請求権請求事件」の口頭弁論。この日に予定されていた審尋に対し学校側は9月26日、さいたま地裁川越支部宛に「答弁書」を提出してきた。この答弁書提出により10月4日の口頭弁論は事実上の延期となった。
まずはその答弁書と、添付された「関連事項」の全文をここにご紹介する。
<答弁書全ページ・PDFファイル 約8.6MB>
2名の弁護士の連名による「答弁書になっていない答弁書」である。自分たちが作成した書類に彼らが何を書こうが基本的には自由だ。だが松村氏の主張と戦略、行動は現在、法律と公文書のみに従っている。幾人の弁護士が連名しようとも、公文書という物証を無効とし、法律を歪曲することはできない。
東京高等裁判所の3名の合議裁判官が「登記請求権の補正がなされている」として川越裁判所に戻した、松村氏の「真正な登記名義人の登記の回復」訴状。この訴えをもとに行われるはずだった口頭弁論に対し、いまから7年前の「立ち入り禁止事件」の話を蒸し返して来たのである。
「登記請求権請求事件」(平成19年(ワ)第294号 登記請求権請求事件)
口頭弁論までの流れ
ここで、「登記請求権請求事件」口頭弁論の期日が決定されたまでの過程を、裁判所と松村氏との文書のやりとりで振り返ってみる。
(各文書画像をクリックすると別ウインドウにて拡大表示します)
△5月3日 訴状提出
5月3日、松村氏は準学校法人川越専門学園を相手に、さいたま地裁川越支部に対し「登記請求権請求事件」を訴えた。
その趣旨は、トータルビューティカレッジ川越および坂戸理容美容専門学校の土地建物は松村東氏が所有するものだが、被告(川越専門学園)名義の登記が存在するため、所有権移転登記手続きをおこない真正な登記名義に回復せよ、というもの。訴訟物の価格は約1億3530万円。このほか印紙額が約43万円である。またこの登記請求権請求事件において、松村氏は判決を求めると同時に仮執行宣言をも求めている。
 
<松村氏の訴状>
△5月15日 さいたま地方裁判所川越支部より「補正命令」
松村氏が3日に提出した訴状に対し、さいたま地裁川越支部はその記述の一部に対し補正を求めてきた。これに対し松村氏は3日後の18日、さいたま地裁側の求めの通り補正すべき事実を記載した追加書類を提出した。

<さいたま地裁川越支部の「補正命令」>
△6月12日 訴状がいったん却下……「補正の不備」?
ところが6月12日、松村氏は再度、さいたま地裁側からの文書を受け取った。タイトルは「訴状却下命令」。書類を一瞥すればわかるとおり、松村氏が5月18日に提出した補正文書に対しさいたま地裁側は「これでは補正になっていない。こちらが要求した矛盾点に対する説明がなされていない」との理由から、松村氏による「登記請求権請求事件」訴えそのものを却下してきたのである。

<さいたま地裁川越支部の「訴状却下命令」>
△6月22日 即時抗告申立書を提出
激怒した松村氏は10日後、「即時抗告申立書」をさいたま地裁に提出。「抗告」とは日本の司法制度における不服申立ての一種であり、このケースでいえば「訴状却下命令」を下した「原裁判所」(さいたま地裁川越支部)の「上級裁判所」(東京高等裁判所)に対し、原裁判所の判決に対する不服を申立て、東京高裁による審理判断を仰ぐ手続きである。

<松村氏の「即時抗告申立書」>
△7月27日 東京高裁による「原訴状(さいたま地裁の却下)を却下する命令」
松村氏の即時抗告申立てから約1ヶ月を過ぎた7月27日、東京高裁の決定が下された。松村氏の訴状を「却下する」とした埼玉地裁側の命令そのもの(原訴状命令)を却下するというもの。簡単に言えば、東京高裁の裁判官3名が松村氏の訴状および補正文書を検討し「補正はきちんとなされている」と判断、さいたま地裁側に「却下を取り消し、松村氏の訴状通りにやり直せ」と命じたものだ。
東京高裁によれば却下取り消しの理由は、「請求の趣旨および請求の原因について、他と識別できる程度に訴訟物を特定するのに必要な記載がなされており、本件訴状(登記請求権請求事件の訴状)と抗告時に提出した書面との請求の基礎の同一性に関しては、係争土地建物についての所有権移転登記請求権であることからしてその同一性があると認められる」とのこと。「登記請求権請求事件」は正当な訴えとして、東京高裁から川越(さいたま地裁川越支部)に戻されたわけである。
 
<東京高等裁判所の「原訴状却下命令」>
些細な紆余曲折を経たものの、重要なことは松村氏の訴状……すなわち「真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続きをせよ」というテーマそのものはまったく動じていないことである。もしさいたま地裁側が「補正の要あり」と判断しなかったのなら、この訴状はそのまま通っていたものだ。補正命令をめぐるやりとりで時間を無駄にしたものの、最終的に東京高裁が下した命令は、松村氏の訴状に書かれた請求の趣旨どおりに事を進めよ、ということに他ならない。
松村氏の請求の趣旨とは、繰り返すまでもなく。「トータルビューディカレッジ川越」およびその前身である「坂戸理容美容専門学校」の土地建物について、正規の所有者である松村東氏に登記を戻す……つまり「真正な登記の回復」である。この申立てについて「理由があるから、原命令(訴状却下命令)を取り消す」というのが東京高裁の決定。このことはくり返し強調しておくべきだろう。
「請求の基礎の同一性が認められる」(東京高裁)
「答弁書になっていない答弁書」を出した学校側は
東京高裁にイチャモンをつけるのか?
ここでもう一度、学校側から提出された答弁書をご覧いただきたい。「本案前の申立」第2項には、学校側が却下を求める理由として「目的物について、請求の趣旨と、請求の原因が齟齬している」とある。
だが東京高裁の決定では「抗告人が抗告の際に提出した上記書面によれば、請求の趣旨及び請求の原因について、他と識別できる程度に訴訟物を特定するのに必要な記載がなされており、本件訴状と上記書面との請求の基礎の同一性に関しては、係争土地建物についての所有権移転登記手続き請求権であることからしてその同一性が認められるのであって……」とある。つまり学校側のいう「齟齬」について東京高裁は「齟齬はない。同一性が認められる」と判断したわけである。
こうなると学校側の答弁書とは、もはや東京高裁の判断に対するイチャモンのレベルだろう。そしてこの答弁書の「関連事項」には、平成12年……7年前の「立入禁止等請求事件」の判決文が延々と添えられている。松村氏が当時の坂戸理容美容専門学校校舎に、学校側に無断で立ち入りしたことをめぐり、学校側が原告となり松村東氏を訴えた事件である。判決は答弁書関連事項のとおり「立ち入ってはならない」というもの。
「関連事項」が示す事件の概要については書類画像をごらんいただくとして、記憶しておいていただきたいのはこの事件、情報公開条例施行前のことである。平成19年のいま現在でこそ、松村氏は松山・舟橋親子の「学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑」の全体像をありありと示す、饒舌な数々の公文書を保有している。だがこの時点では、添付された関連事項に記載されている「原告の主張」および「当裁判所の判断」に示されている事項について、物証をもって反論することが不可能だった。
たとえば「当裁判所の判断」(3)を見ていただきたい。
<被告は、昭和42年ごろ、原告設立について、財産的基礎を築くなど主導的に活動したが、厚生省環境衛生局長から『申請書提出前に厚生大臣指定施設である旨を記載した虚偽広告を配布して生徒募集を行った行為は教育機関の設立者としては適当であると認めがたい』等の理由で理容師養成施設および美容師養成施設の指定申請を却下された。その後現理事の松山が代表者となって申請した結果、同年10月4日、原告(本紙註:坂戸理容美容専門学校)を設立することができた>
とある。
「虚偽広告を配布して生徒募集を行った行為は教育機関の設立者としては適当であると認めがたい等の理由で」……とはもちろん、事実ではない。少なくとも松村氏はそのような生徒募集を行っていない。だがその事実をどうやって証明するのか。
「却下されたときの理由が実は○○だった」という事実そのものさえ、彼は知らなかった。昭和42年2月末、彼が厚生省から受け取ったのはハガキの却下通知1枚。そこには、却下の理由は書かれていなかった。だからこそ、彼は「なぜ却下されたのだ?」と呻吟した。開校を1ヶ月後に控えた彼はパニック状態。結局、同年3月、松山氏側の術中にはまってしまうことになる。
平成12年以前の松村東氏が持ち得た情報は、極めて限定的なものだったのだ。昭和42年当時の却下の理由を、平成12年の時点では当の本人が知らなかったのだ。虚偽広告の配布など断じて行っていない……確かなことは、彼の記憶だけだった。
では、この却下理由が虚偽であることをどう証明できたのか。
それは平成13年以降に施行された情報公開条例にもとづく公文書開示請求で、却下通知書類が公開されたからである。
<却下通知書類画像はこちらをご覧ください>
「認めがたい等の理由で」の「等」の1文字で省略されている「他の理由」を見れば、この「却下」という厚生省の判断そのものが疑惑に満ちたものとなる。他の理由には「役員給、評議員給等法人運営費が総予算に占める額が大きすぎる」と書かれているのである。
「法人運営費」……。これまで再三にわたり述べてきたとおり、松村氏は「個人運営・各種学校」として養成施設指定申請を提出したのだ。その申請に対し旧厚生省環境衛生局長は「法人として却下」してきたのだ。
この却下書類を初めて見た松村氏は、現厚労省を訪問。そして応対した同省職員から「(却下理由については)当時、埼玉県と電話でやりとりしてそのようにしたようだ」との証言を得た。何のことはない。厚生省は却下理由を何とか捏造するために県と電話でやりとりし、その結果ひねりだしたアイディアが、この却下理由なのである。繰り返すが松村氏がこの事実を知ったのは平成15年のこと。平成12年の「立ち入り禁止事件」当時は、調べようにもその手段さえなかった。
「当裁判所の判断」(4)には、裁判所の辛辣な言葉が書かれている。理事会をめぐる松村氏の証言に対し、「これに反する被告の法廷供述は信用しない」……。松村氏はこのとき、理事会議事録を持っていなかった。だから松村氏および田中慶次郎氏(県から送り込まれた事務長)の2名が「欠席理事」として、署名欄にゴム印しか捺されていないことも知らなかった。古い記憶だけを頼りに証言した内容が、裁判所にとって信用に値しなかったとしても不思議ではない。
松村氏が乗っ取りを確信したのは、本紙既報のとおり小林稔氏の最期の証言。衝撃的な事実が語られ、自らの経験に照らし合わせその真実性を納得して凍りつき、激怒した。疑惑は確信に変わった。だがそのとき、松村氏は小林氏の言葉を物証で証明する何物も持ち合わせていなかったのだ。疑惑が生じたさまざまな出来事に対する自らの確たる記憶、小林氏の衝撃の証言。だがそれを証明できない苛立ちと、半生を奪われた悲しみ……。経験した人間でなければ推し量ることもできない激情が彼をとらえたとしても、誰がそれを責められようか。
「争い勝つための答弁書」ではく、単なる時間稼ぎ
そこで彼は学校側の了解を得ることなく、坂戸理容美容専門学校校舎内に複数回立ち入った。そして学校側から訴えられ、負けた。
この「関連事項」は、そのことを意味している。つまりこの7年前の判決が示しているのは、立ち入り禁止事件のことだけなのである。松村氏の訴状(登記請求権請求事件)の趣旨には何の関係もない書類だ。学校側の答弁書には、「被告名義の登記が存在することは認め、その余は、争う」とある。
「その余」とは、松村氏の訴状によれば「原告(松村氏)は被告(川越専門学園)に対し、本件土地及び建物の所有権に基づき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続きを行うことを請求する」という部分を指している。要するに学校側は「所有権登記は正しいものであり、移転登記はしない・争う」というのである。その争点はいうまでもなく、所有権そのものにある。
ならば「妨害物撤去等仮処分事件」(看板事件)に後続した「保全異議申立事件」がはじまっていた最中、審尋期日の前日に、なぜ「看板事件」そのものを全面取り下げしたのか。学校側にとっては、保全異議申立事件の審尋の場こそ、十分に自らの所有権を主張し証明するチャンス……「うるさい松村東」を徹底的にやっつけ、黙らせ、「所有権は川越専門学園にあり」と高らかに凱歌を奏することができる、またとないチャンスだったはずなのだ。なぜ、審尋の前日になって逃げたのか?逃げ(全面取下げ)れば、民事再訴禁止。ふたたび松村氏が自らの所有を訴える看板を学校校舎に建てても、二度と同じ訴えはできない。「再攻撃された場合の防御手段」をみすみす捨ててまで、なぜ取り下げしたのか?逃げたのか?
簡単なことだ。学校側は、所有権の証明ができないからである。正確に言えば登記簿謄本以外の証明手段がないのである。登記簿謄本に公信力なし。これに対し松村東氏は自らの所有権を証明する書類の束を持っている。みな平成13年以降に彼が丹念に集めた公文書だ。
資産所有権を証明できない法人は解散しなければならず、登記を真正な状態……つまり松村氏を所有権者とするよう回復しなければならない。これが松村氏の「訴状」の趣旨である。
その趣旨に対するこの答弁書は「争い、勝つ」ためのものではない。10月4日に予定されていた第1回口頭弁論を遅らせ、時間稼ぎをするためのものでなければ、いったい何なのか。
答弁書の提出で口頭弁論を「逃げる」ことができるのは1回のみ。彼らはそのチケットを使った。まだ期日こそ未定だが、2度目の口頭弁論は不可避であろう。彼らはどう出るのか。裁判所を舞台にどんな「まやかし」を演じるのか。それは、人間とはどこまで醜悪になれるのか、を見届けることでもある。■
【読者投稿】 「市民」様より
市職員ら「川越市は答えられる立場に無い」の一点張り
読者の「市民」様から投稿を頂戴した。投稿に先立ち「市民」様は川越市に対し、この「学校乗っ取り・補助金不正受給疑惑」について質問している。まずは投書をご覧いただき、最後に本紙のコメントを付す。
舟橋功一市長等の疑惑に対する川越市(市長確認済)の解答
市長が埼玉県の補助金を搾取したとされる事件で関係者として裁判に発展した事をどうおもうのか。
市長(一族)が学校を乗っ取ったとする事件で裁判にまで発展したのは市政として恥ずべき事ではないのか。
市長が学校乗っ取り事件について、市議会各会派長に配布した文章は、市長が弁護士時代に担当した事件の内容公開であり、それは弁護士法の守秘義務に違反しないのか、ましてや事実と違う内容を公開したのであれば許されるような事ではないのではないか。
行政調査新聞に公開された市長(一族側)からの和解案を作った弁護士は川越市と顧問弁護契約を交わしている弁護士と同一弁護士であり不正に受給されたと言われる補助金を県に返還すると提案していたが、それが事実であれば、行政側から支給される補助金は全て原資は税金であるのだから、川越市にも違法行為として報告するべき事件であり、弁護士会では懲戒にも相当する利益相反行為にならないのか。
上記の他、数項、談合疑惑や任意団体との交際について、個人の問題では無く川越行政にも関わる問題である事を前提に弁護士市長も交えての回答を依頼した。
回答は、何度確認しても
「川越市は答える立場に無い」 もしくは 「川越市は答えられる立場に無い」だけである。
行政調査新聞社 松本州弘社主様
興味深く その後のご活躍も拝見させていただいております。
川越市に質問をしたところ、珍しく川越市から簡単明瞭で、相変わらず無責任な返答が返ってきましたので、上記ご連絡させていただきました。
あの市長も閲覧回答しているのですから、回答は上記程度のものでしょうね。
「恥ずかしくて答えられない」と、意地悪でなく読み違えてしまうのは私だけでは無いと思います。
今後、何らかの責任を市長が取る事になった場合は、何も行動を起こさなかった市議や市の幹部にも道義的責任はあると思いますが、松本社主はどのようにお考えになるのか是非お聞きしたいところであります。
(「市民」様からのご投稿。9月29日) |
ご投稿ありがとうございます。
道義的責任もさることながら、市職員には舟橋市長を告発する義務があると思います。昨年9月議会の最中、舟橋市長が「市長・弁護士」の2つの肩書きを付記し、市議会各会派長に配布した文章に対し、松村東氏は刑事告訴し受理されています。
いうまでもなく名誉毀損罪とは、刑法230条に規定される犯罪であります。市職員が「市長が議会中に一個人を誹謗中傷している(と思われる)文書を配布している」事実を知ったなら、松村東氏が刑事告訴する以前に市職員こそが市長を告発すべきであります。各会派リーダーに堂々と配布していれば、議会事務局職員等が知らないはずはありません。
刑事訴訟法239条には「官吏または公吏は、職務を行うことにより犯罪があると思料する時は、告発をしなければならない」と規定されています。
「市長」とは個人ではなく、機関であります。市職員は、川越市の首長かつ独任制の執行機関である「市長」を守っているのではなく、舟橋功一氏個人を守っているのだ……。こうした声が非常に多いのは事実であります。また本紙も市行政の姿勢を見るにつけ、そう感じざるを得ません。
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