参考までに
1.なぜ、延岡市は「岡富・古川地区」と「多々良地域」を区画整理するのか
玉野コンサルによるこの区画整理事業の真の理由は、これらの両地域を通過する都市計画道路の存在にある。
都市計画道路の周辺を一体的に区画整理すれば、@道路補助金 A用地買収の省略など、行政側に都合のよい状況が生まれるからである。そのために、まず、市街化区域である岡富・古川地区を都市基盤整備の名の下に区画整理を決定する。それを受けて隣接する無人の山林(多々良地域)を市街化区域に編入し、区画整理を決定するという手順を踏む。
市当局は「都市計画道路が決定されており、道路、公園などと一体的に整備する区画整理事業の導入が求められていた」と新聞発表するが、求めているのは住民や市民ではない。
求めているのは、都市計画道路の事業主である宮崎県・土木部であり、延岡市・都市建設部であり、そして、土地値上がりに利を見出す一部住民とこれに与する地元議員である。
2.なぜ岡富・古川地区を「盛土」するのか
盛土する真の理由は、道路一体型区画整理の要件を満たすためである。当地域を通過し、山地側へ上る「都市計画道路」は、遥かに高く盛土される。その道路に、地区内道路をスムーズに接続するには、地区全体を盛土せざるを得ないのである。本来は、都市計画道路は高架式にすべきだが、それでは、道路一体型の区画整理ができない。
3.住民不在で推進された「岡富・古川区画整理事業」
延岡市は、自治会役員等からなる「区画整理推進委員会」を結成する。委員長には、山林や田畑を所有する区長が就任し、地元議員が委員会に名を連ね、反対住民の説得にあたる。
市当局は、私的利益のため、必死に協力する委員長と事を進める。 一般住民には全く情報を与えず、形式的な事業説明の後、都市計画審議会に持ち込む。 情報不足の住民は、「区画整理では多額の金が支払われる」との流言を信じ、成り行きに従う。この事業決定は行政手続きを踏んでいるが、住民不在。決して、民主的手続きは踏まれていない。
4.民間企業では、中止される「岡富・古川区画整理事業」
市長は、行政運営の方針として、民間の「経営感覚の導入」を掲げておられる。
企業経営で、まず排除すべきは、有害事業であり、無駄事業である。経営トップが、その決断をせず、成り行きに従うなら、いかなる経営改革(社員の意識改革、顧客協働の商品開発、財務体質の強化など)を進めようとも、企業は倒産する。
「岡富・古川区画整理事業」を安全向上事業に位置づけ、事業を正当化する市長の行政運営は、最も経営感覚を欠いている。これでは、いかなる市政改革(職員の意識改革や、市民協働の街づくり、そして、財政強化など)を進めようとも、その実態は改善しない。
5.この区画整理事業の被害者たち
第1の被害者は住民である。350戸の地域住民は、水害が悪化し、そして、地震災害が拡大する軟弱地盤へ強制換地させられる。子孫も、その災いを永久に引き継ぐ。
減歩や、仮住まい、2回の引越しは、特に高齢者世帯には辛い。「この場所、この家で終わりたい」との気持が強く「自殺したい」と呟きも聞く。「高齢者いじめ問題」である。
嘆きは高齢者だけではない。「角地でなくなった」「家の向きが変わり、南向きでなくなった」「余分な付け保留地を買わされる」など、不満が渦巻くが、声なき声のまま終わる。マスコミに取り上げることもなく、公式には「全員、事業に同意」との扱いを受ける。
第2の被害者は、財政悪化の影響を受ける延岡市民である。財源が減り、市民が望む公共事業や福祉などに金が回らなくなる。 当然、その影響は合併前の旧三町にも及ぶ。
頼みの「まちづくり交付金」も、「岡富・古川区画整理」には50億円が充てられるが、交流拠点地域たるべき駅前中心市街は壊死状態のまま放置されている。
第3の被害者は、逆説的に聞こえるが、担当している職員達である。「岡富・古川区画整理はやるべきではない」とのOB幹部の声もある中、「禄を食む身分」であれば、本意でない事業を、住民に対しても本意でないやり方で、遂行せざるを得ない。
6.本事業の見直し責任は、現在の市長および幹部職員にあるのだが・・
この事業が企画された約20年前には、市の人口がここまで落ち込むことや、流域の市街化に伴う都市型水害の問題や、盛土がもたらす深刻な弊害も明らかではなかった。
だが、今では、前提が変わり、「岡富・古川区画整理」が、有害無益な事業であることは明らかになってきている。前提が変わったこの事業を抜本的に見直す責務は、現在の市長と市幹部に課せられている。その責務から逃げることは不作為の罪に相当する。
しかし、市長以下執行部は、監視機関である議会や報道機関の取り込みに腐心しており、無駄事業への真剣な対応を避けているように思われる。
延岡市のHP、5/18の「市長の一日」の中に「18時、市幹部・市議会・報道機関との懇親会(大乃家)」との記述が見られる。三者の懇親は、執行部にとって都合の良い「なれあい」や「しがらみ」へ至る。無駄事業や不作為が追及されず、それらが隠蔽されやすい状況を生むことになる。議会もマスコミも行政都合の説明を信じることになり、結果的には、行政有利の広報に加担することになる。
7.決定された事業、着工された事業でも、止めるべきである
一旦決定された無駄事業が、廃止されることはない。だからこそ、行政が、一般の市民や住民を蚊帳の外において、私的利益を求める一部の人たちと既成事実を積み上げ、事業決定に持ち込む手法が跋扈する。こうして、各地で巨額の無駄事業が行われることになる。
滋賀県栗東市では、新幹線の新駅が、着工後にも係わらず、中止状態になっている。
昨年就任した女性知事の信念と勇気によるものである。
事業の是非は、公共事業評価委員の審議を待つまでもなく、首長や議会の判断によって、止めるべきは止めるべきである。
栗東市の事業は無駄だけだが、延岡市の場合は、無駄に加え、住環境を劣化させる有害事業である。延岡市長には嘉田知事以上の勇気と決断を求めたい。 |