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はじめに
10・12日事件判決は、われわれに多大な衝撃をもたらした。
政治的立場を異にする総括的な意味での在野政治勢力ごとの受け止め方は複雑多様であったが、一連の田中問題に頭初から割り切れないものを感じていたわれわれは、判決を機会に更めて田中政治と人間田中を吟味した。田中政治に対し従来の在野政治勢力が取ってきた立場は総じて批判的だった。
一、日中国交正常化は、日本が共産主義集団と手を組むことを意味し、二、日本列島改造政策は国土の乱開発と狂乱物価を招いた。三、金脈問題は政治を私欲に利用した典型であったし、四、ロッキード事件は一国の総理が外国の企業から政治献金を受取った事件と認識した。
在野政治勢力の大部分が唱える反田中政治の反対理由は以上であった。しかし、在野政治勢力であるわれわれの集団は、一般
に伝わる反対理由に、反田中政治勢力とマスコミの関与を感じとり、額面
通りの受け止めかたはしなかった。いわば試行錯誤の田中認識のうちに十年余りの歳月が過ぎた。
もやもやしたわれわれの田中認識に、一大覚醒をつきつけたのが10・12判決だった。 故にわれわれは立上り田中政治の上面
でなく、眼に見えない部分を研究した。迷いに迷い試行錯誤を続けたわれわれの予見が正しかったことを、この研究は教えた。しかし本稿は、研究のすべてを発表するに足りる紙面
の余裕がなく、ダイジェストであることをお詫びしておかなければならない。
以下は、われわれが最大の努力をはらって解明した、眼には見えなかった田中政治の全容の一部である。
われわれは吟味の成果を土台に、在来の田中認識を一掃し、断固田中支持の立場を確立した。激動する現社会の現状に未来社会は別
としても、いま最も必要なのは、田中政治と田中的政治家である。
筆者はここに田中政治の愛国的、救国的全容を明らかにして、マスコミの害毒に侵されていまだ迷える一部国民の皆さんに覚醒を促す所存である。
昭和五十八年十一月三十日
行政調査新聞 松本州弘

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