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千葉地検による「華信」不起訴処分の詐欺幇助!
去る8月13日、出資法違反容疑で書類送検された株式会社華信について、9月17日、千葉地方検察庁は「嫌疑不十分」として不起訴処分を決定した。家宅捜査から1年以上経過しての書類送検という異例の扱いに加えて、それからわずか1ヶ月での不起訴決定の裏になにがあるのか。華信追及の急先鋒を自任する本紙は、今回の千葉地検の決定に対して鋭く言及する姿勢を表明する。
華信を「起訴しないように動いた」千葉地検特別刑事部の不透明
「マニュアル証拠主義の日本の司法概念からみれば、華信のような案件は煩雑なだけで、実利が薄い(重罪にはもっていけない)。触らないほうが無難なんですよ。千葉地検による華信不起訴決定の背後には、現実の国民の被害よりも、司法各担当者が、しくじったら立場が悪くなるという自己利益優先が窺えるのです」日本の司法に詳しい、ある週刊誌記者が語った言葉である。
そもそも、華信の詐欺の手法は、元本保証、返金の約束を「口頭」で交すことによって証拠書類を残さないという、法の目を掻い潜ることには確信的な点が特徴であった。しかし、口頭契約も実定法上、契約と見なされる場合が多い。明確に返金を求めて被害を訴え出た「被害者」がありながら、「元本保証、返金を約束した預かり金とは認定できなかった」とする千葉地検の決定は、およそ華信の犯罪性を俯瞰して判断したものとは言い難い、「手抜き処分」とすらいえる決定であったと評価するべきものであろう。
果たして警察と千葉地検が、出資法違反ですら華信を起訴できなかった失態を、単に証拠不足とするならば、これまでの警察の捜査、または送検以後、1ヶ月の千葉地検特別刑事部の捜査とは、なにをどう捜査したというのであろうか。なぜならば、華信が元本保証、返金を約束していた証拠は、全国1000万人の国民が目撃しているからだ。
「コンゴの事業」を騙りながら全国から出資を募っていた当初、華信は出資会員を募る説明会をホテルの宴会場などで派手に開催していた。そこでは、喜色満面に正面を陣取る大橋利一郎が、利殖に惹かれた会員たちや新たな出資候補者の眼前に、数億円もの現金を積み上げながら、それを煽る司会役が「●●さん、300万円の御出資で、本日、500万円の配当です」などと茶番劇を披露して、まさしく元本保証、増資の証明を示していた。そして、この様子は、華信が本紙に並んで仇敵としているテレビ朝日「ニュース・ステーション」(現・報道ステーション)の番組内でも、資料映像として放送され、全国の視聴者が目にするところとなったのである。さて、この映像に明らかな華信のやり口の、どこをどう贔屓すれば「元本保証や返金を約束した預かり金とは認定できない」との結論を導き出せるのだろうか。
つまり、千葉地検が不起訴処分決定の根拠は、この映像だけで否定されているはずである。本件の担当部署であった千葉地検特別刑事部は、この映像の存在を知らなかったとでもいうのだろうか。本紙のような市井の情報紙ですら入手できた映像資料を、歳費を使う千葉県警、千葉検察は入手できなかったのであろうか。それとも、これらの華信の業態を記録した映像を入手しながら、「元本保証、返金を約束した預かり金とは認定できない」というならば、千葉地検は到底、出資法をまともに理解しているとはいえない。第一、それならば、被害者はそもそも、なにを根拠に被害を訴え出たというのだろうか。元本保証も返金も約束していない出資を「返せ」と騒いだ出資者たちは、華信の説明を誤認していたとでも千葉地検は主張する気なのだろうか。また、警察による華信幹部の任意の取り調べの段階においてすら、同幹部らが「コンゴの事業は事実上、具体性のない計画であった」ことを認めているのである。
これらの客観的事実からみても、千葉地検は「華信を起訴しないように動いた」としか思えないではないか。
華信不起訴処分が生んだ、パラドックス
しかし、興味深いことに今回の千葉地検の不起訴処分によって、華信の「預かり金の行為」は、大きなパラドックスを生むことになったのである。
なぜなら、華信が、地検決定の不起訴処分の根拠を肯定すれば、それは即ち華信自身が「出資金の元本保証も返金もしない」と宣言したも同然となり、この不起訴処分の根拠に反して、ほかの出資会員たちに返金の行為をしているならば、華信は相手によって預かり金の性質を任意に変質させていることになるからだ。言うまでもなく、華信が巨額の資金を集めることができたのは、利殖を確約したからにほかならず、またそれゆえに今回の被害届や各地での争議を惹起しているのである。
すると、ほかの華信出資会員に返金の事実がある以上、千葉地検の不起訴処分は、今回、書類送検された被害者たちに対してのみ特例的に「華信の出資法違反ではない」と判断したことになり、当の被害者側に「騙されたおまえたちが悪い」と告げたも同然ということになる。ほかの出資者たちから、同一の組織、同一の架空の事業内容で「預かり金」の業を成して、それら出資金と呼ぶ預かり金の中から配当と呼ぶ返金行為をしている以上、華信の出資法違反は明白な既成事実ではないか。
詐欺罪はともかく、おそらくは、出資法違反だけは免れないと華信(大橋利一郎)自身が覚悟していたに違いない。というのも、本紙取材班が得た証言、入手した内部文書には、上海に潜伏中の大橋利一郎が日本の幹部に対して「もうあとがないんだ!」と焦燥を滲ませた指令を送ったことも明らかだからである。これは、書類送検があった8月13日以降の内部文書である。そこにきて、御親切にも千葉地検は出資法ですら不起訴処分を決定。ここに「手抜き」を越えて、なにやら不透明な背景を感じ取るのは、本紙だけはあるまい。
検察審査会を集会せよ
今回の千葉地検の決定を受けて驚喜したのは、言うまでもなく華信である。ある幹部は「これから、奇蹟が起きる」とまで放言したという。ところが、神は奇蹟にも平等である。一般には、不起訴処分といえば、まるで一事不再理の原則(一度、裁判で判決が下された案件については再審理が成されないという日本の司法制度)のように、二度と覆されることがない決定だと錯覚されがちだが、実は、検察の不起訴処分というものは、その後の審理で覆されることがある。
たとえば、本件の担当である千葉地検では、つい2ヶ月前にも、ある交通事故で加害者の運転手を不起訴処分にした。これは事故に遭った被害者の記憶が戻らなかったことに利した加害者側の証言のみが反映された決定だったのだが、被害者の回復につれて記憶も呼び戻され、その後、同加害者を在宅起訴したという事件である。新聞にも報じられたので、あるいは御記憶の諸兄もいるだろう。
検察が被疑者を不起訴(裁判にかけなかった)とした処分に対して、その決定は不当であると申し立てる制度がある。これは、検察審査会というもので、衆議院議員の選挙権を有する国民の中からクジで選出される11人の検察審査員が、司法ではなく国民の視点から事件を審理する目的で非公開に行われるものである。ある種の検察監視機能ともいえる制度である。通常は、不起訴処分を不服とした原告側からの申し立てによって、検察審査会が招集されるが、場合によっては検察審査会の職権として、原告の申し立てなしに事件を取り上げて審理することが可能である。
今回の千葉地検による華信不起訴の決定は、「口頭」での契約によって「証拠書類」を残さなければ、詐欺もやり放題だというお墨付きを司法が付与したも同じであり、既成事実からいっても不当な処分であるに加えて、国民感情からいっても理解し難い決定である。これが千葉地検のなんらかの特別な背後関係や、手抜き捜査による処分ではないとするならば、正当な審理を千葉検察審査会によって追及すべきであろう。
華信被害者の諸君には、下記、検察審査会に対して華信不起訴処分の決定に抗議することを喚起したい。
千葉検察審査会 電話043-222-0165
また、本紙は今回の不起訴処分を巡る千葉県警、千葉地検と華信の背後関係をも言及する取材を開始すると同時に、現在も集金集会を開催する華信の飽くなき詐欺を糾弾していく方針である。
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