米英仏軍の攻撃の前に、アフガンのタリバン政権もついに終焉の刻を迎えた。一部ではなお戦闘が続いているが、すでにアフガンは壊滅。今後この国がどのような形になるのか、不安で不透明な状況となっている。米国とパキスタンはパシュトン人(タリバンの主力構成民族)による政権を目論んでいたが、ロシアや欧州の要望が強い北部同盟の一部が圧倒的支配圏を確立させようとしている。だが北部同盟そのものは一本化された組織ではない。北部同盟を掌握している諜報部は、ケシ(ヘロイン)栽培とその販路拡大こそが目的のような組織で、アフガニスタンの未来を担う政治勢力と成りえる可能性は低い。
アフガニスタンが今後、群雄割拠の分裂国家になるのか、それとも米欧グローバリズムの配下に収まるのか、あるいはパキスタンの影響下に置かれるのか、しばらくの間は大国が力関係を誇示する恰好の草刈り場となっていくだろう。
すでに本紙は、米CIAが1年半以上も前からアフガニスタン・タリバン政権崩壊に向けての下工作を行っていた事実を報道している。タリバン壊滅作戦の計画の延長が、米中枢同時テロを可能にしたことは間違いない。それはもちろん、あのテロの背後にCIAが存在したと断定するわけではない。CIAの目論見が、結果
としてテロリストたちの動きを誘発したと考えるのが妥当だろう。
米英諸国を初めわが国の多くが、今回の米中枢テロの真犯人はアフガン・タリバン政権、あるいはアル・カイダだと確信しているが、実際の真犯人は、もっと奥に潜んでいるはずだ。その真犯人像は、あるいはイラクではないかとも言われている。なかにはサウジ王家ではないかとの説もあるし、イスラム過激派だとも言われる。ところがこれらとはまったく別
の説もある。
以下は最近来日したリサーチ&アナリシス(インド諜報機関:Research and Analysis Wing/RAW)の幹部が、わが国の複数の情報関係者に語った衝撃の内容である。重ねてお断りしておくが、これはインド諜報機関が今回の米中枢同時テロを分析したものであり、その内容の一部には本紙も疑問を感じている。
9月11日の米中枢同時テロが起きて間もなく、米国はビン・ラーディン、あるいはアル・カイダを保護するタリバン政府に対する攻撃を開始した。その直前にはパキスタンを通
してタリバン政府にビン・ラーディンの身柄引き渡しを要求したり、あるいは米軍がパキスタンを前線基地として使用する許可を得ようと、さまざまな努力を続けた。
われわれは今回のテロが起きた瞬間、まず非常に不思議な事実を知った。それはパキスタンISI(軍統合情報部)のアーメド局長が9月11日当日に米ニューヨークにいたということである。なぜパキスタン諜報機関のトップがニューヨークにいるのか? 後にこれは、アフガニスタン問題に関してCIA(米中央情報局)と協議を重ねていたと説明された。
そしてさらに驚愕の事実をわれわれは入手した。今回の同時テロの主犯の一人とされるモハメド・アタ容疑者(センタービルに突入したアメリカン航空機に搭乗)に対し、ISI(パキスタン軍統合情報部)から10万ドルが支払われているという事実である。ISIから直接渡されたものではない。間に仲介人が入っている。これはわれわれが入手した確実な証拠によるものだ。
われわれは今回の米同時テロの背後にパキスタン諜報機関が絡んでいると確信した。アーメド局長は、その成果 を見るために当日、米国にいたのではないだろうか。ちなみにアーメドは10月に入って間もなく局長を解任されている。解任理由は、タリバンとの交渉が不調に終わったためとされるが、それは口実でしかない。世界の他の国々の人々には理解しずらいだろうが、パキスタンやアフガニスタンでは、大統領よりも軍諜報機関のトップのほうが上位
なのだ。アーメド局長の解任は、パキスタンの苦渋の選択だったと考えられる。
では、なぜパキスタンが米同時テロを企画、加担する必要があったのか。
それを理解するには、パキスタンの置かれた地政を考える必要がある。
もともとパキスタンは「3A」から成る国家だとされた。3Aとは、「アーミー(軍)」「アッラー(神)」「アメリカ」である。そしてまた、パキスタン最大の敵は、政治的・軍事的には建国以来インドなのだ。また経済的・文化的にはイランが敵だと捉えて良いだろう。
インドにとって対パキスタン、対中国は、ともに非常に難しい問題である。そしてインドは東西冷戦の間、ソ連と緊密な関係を続けてきた。その間、対立するパキスタンは中国と結び、そして米国と結んできた。パキスタンが建国以来、インドとの対立を互角にやってこれたのは米国のお陰だと言って良い。米ソ冷戦がパキスタンの存在を支援してきたのだ。アフガンにソ連軍が侵入するや、米国はパキスタンと共同してソ連軍に戦争を仕掛け、やがてこれを追い出した。アフガニスタンに莫大な援助を行い、パキスタンを親アフガン国家へと変貌させた。
だが、東西冷戦終結と同時に、アフガニスタン、パキスタンに対する米国の援助はなくなった。これが両国のなかに反米感情となって噴出するようになった。
「いったい米国は、何のためにアフガニスタンに資金・兵力を投入したのか?何のためにパキスタンに資金・物資を投入したのか?」――この疑問は、パキスタンのすべての人々の疑問であり恨みだった。その米国は今、インドを取り込もうと必死になっている。日本の森首相がインドを訪問しただけで目鯨を立て、まるで恋焦がれる青年のようにインドに秋波を送っている。
さらに「アジア2025(アーミテージ・レポート)」の中では、2025年(平成37年)には「パキスタンは溶融する国家」だと記している。――パキスタンは国家として存在しなくなる――それが米国の予測なのだ。
事実、インドと国境問題で揺れるカシミールでは、兵力・資金不足のため、最近はインドに押されている。パキスタン国家内部にも、アフガン難民や貧困のために、国家崩壊の危機が迫ってきている。
強大すぎるインドを背後に抱えるパキスタン。その後ろには、北部同盟とタリバンとの絶え間ない内戦で経済的に疲弊した友邦アフガニスタンがいる。このまま歴史が流れればパキスタンは溶融してしまう。
――国家、民族の未来に対する必死の思いが、ムシャラフ政府に過激な綱渡り外交を展開させたのだ。未来永劫、米国の支援を取り付け、中東一帯にパキスタンが永年存在するために考えられる最後の一手だったのかもしれない。
以上がリサーチ&アナリシス(インド諜報機関)幹部の話である。これが真相であるか否かのご判断は読者にお任せするが、この観点を今後の西南アジア情勢を見る上の参考にしていただければ幸いである。