激震する朝鮮半島 | 行政調査新聞

激震する朝鮮半島

――東アジアに残る難問――

 北朝鮮が1月6日に核実験を実施。対抗措置として韓国は8日に軍事境界線近くで宣伝放送を再開。13日には境界線上空を北朝鮮の無人機が飛行し韓国軍が警告射撃を行うなど、新年早々から半島情勢が緊迫している。年末の日韓による慰安婦問題解決への動きが北朝鮮を刺激したのではないかとか、半島の南北統一が近いから北朝鮮が示威行動を行ったという噂も流れ、破滅直前の北朝鮮が自暴自棄の核実験をやったなどという説まで飛び出しているが、ほんとうのところはどうなのだろうか。

決意を籠めて行った「水爆実験」

 北朝鮮が行った核実験が通常の原爆だったのか、あるいは北朝鮮自身が宣言しているように水爆だったのか。
 核実験で引き起こされた人工的地震M(マグニチュード)5.1という規模から考えて原爆だろう。北朝鮮には水爆を作る能力などない。そもそも水爆――核融合爆弾などというものは作れず、米ソが行った水爆実験も本当の意味での水爆ではなかった……など、議論があちこちで展開されたが、そもそもこの議論自体が珍妙な物語なのだ。

 北朝鮮の金正恩第一書記は頭がおかしいのではないか。核実験をやれば世界中を敵に回し、孤立し、制裁を受ける。住まいも衣服も不足し、飢えをしのぐのがやっとの国民を無視して、莫大な費用をかけて核実験をやるなど大バカだ……。日本のマスコミを見る限り、北朝鮮の核実験の意味などまったく理解できない。
 当たり前だ。日本のマスコミは真実を知らないうえに、強烈な核アレルギーを持っており、さらに「北朝鮮は悪だ」と確信している。北朝鮮の核実験に怒り狂い、金正恩をバカ呼ばわりし、半島や東アジアの情勢判断を間違った方向に導いている。わかったうえで間違った方向に導いている確信犯ではなく、よく理解しないで、日ごろの不満を北朝鮮叩きにぶつけているだけと思われる。北朝鮮の核実験と、それが意味するものを正視する必要がある。

日韓政府の慰安婦問題解決と核実験の関係

 昨年末12月28日に日韓両政府がとりあえず慰安婦問題の解決点に達した。これは米国からの強い要請があって日韓両政府が歩み寄ったものだ。米国は北朝鮮が新年早々に核実験を行うことを察知し、日韓政府に働きかけて強引に慰安婦問題解決に漕ぎつけたという説もある。この解説は本末転倒というか、国際情勢を理解していない説明だ。ただし北の核実験を意識して、米国が年末ギリギリに日韓両政府の尻を叩いた可能性はじゅうぶんある。
 米国は数年前から日韓の不仲を嘆き、日韓関係がうまく行くよう圧力をかけていた。平成26年(2014年)3月には米外交問題評議会(CFR)の機関紙『フォーリン・アフェアーズ』は「衝突する日韓の自画像」という論文を掲載。ここで「未来志向の日韓共同宣言を」と訴えている。その後のオバマ大統領直々の要請、米政府からの圧力もあり、安倍首相は慰安婦問題解決を決意。内閣官房参与の谷内正太郎を密使として、韓国との水面下交渉を開始したのが平成26年(2014年)10月末のことだ。 翌、平成27年には谷内は韓国の懐奥深くに入り込み、安倍=朴会談の下工作を継続して行っていた。このころ漠然とではあるが、北朝鮮が核実験をやるのではないかとの噂は流れていた。

 米国にとってはもちろん、世界中にとって、慰安婦問題解決より核実験のほうがはるかに重大問題だ。北朝鮮の隣に位置する日韓がいがみあっている場合ではない。昨年12月20日の米CFR機関紙『フォーリン・アフェアーズ』には「日韓関係を管理する」というレポートが掲載され、その8日後に岸田外相が訪韓し、慰安婦問題の最終的合意に向けての発表が行われた。
 北朝鮮核実験の9日前だったから、「日韓合意により北朝鮮の核実験を止めようとした」と解説する者もいるようだが、これはまったくナンセンス。日韓の合意が北を刺激して核実験を早めさせたことは あったとしても、日韓合意で北朝鮮が核実験を中止したり先送りさせることなど考えられない。
 今回の核実験にあたり、北朝鮮は中国に30分前に通知しただけとされる。では米国やロシアは北の核実験をまったく予見していなかったのだろうか。そんなことは、あり得ない。金正恩が核実験の命令書にサインしたのは実験3週間前の12月15日のことだが、米国は遅くとも12月25日、恐らくはそれ以前から実験の兆候を把握していたはずだ。

なぜ北朝鮮は核実験にこだわっているのか

 北朝鮮は2006年(平成18年)10月、2009年5月、2013年2月と、過去3回の核実験を行い今回が4回目となる。なぜ北朝鮮は核実験を行うのか。
 核を持つことは、圧倒的な力を手に入れるということだ。北朝鮮の軍隊がどれほど勇猛果敢であろうと、兵員数が圧倒的であろうと、外交的軍事力としての意味は少ない。外交圧力としての武器兵器の中で、核兵器は別格である。
 朝鮮戦争は公式的には終わっていない。休戦協定が交わされただけの話であり、いつでも戦闘を再開できる状況にある。ソ連が崩壊し(1991年)朝鮮戦争休戦協定に微妙な曖昧さが出たとき、北朝鮮が国家防衛の基本を考えて核武装を計画することは必然だった。そしてまた、核実験をやる度に国際的には経済制裁を受けながら、北朝鮮は裏から食糧支援や重油支援を受け、潤った事実がある。

北朝鮮の「核暴走」を止める「6者協議」

 北朝鮮の核を封じ込めようという意図で作られたのが6者協議(6カ国協議、6者会合ともいう)である。北朝鮮と日・米・中・韓・露の5カ国が参加する会議で、議長国は中国である。なぜ中国が議長国なのか。北朝鮮の暴走を止める責任を中国に押し付けたものだ。しかしこの6者協議は現在ストップしている。
 6者協議再開には「北朝鮮が核開発を放棄すること」が条件となっている。しかし現実には北朝鮮は核兵器を持ち、しかもそれを運ぶミサイルまで手にしている。米国も中国も、そしてその他の国々も北朝鮮が核を所持している現実を認めるしかない。
 前回の核実験のときも、今回の実験後にも、北朝鮮の平壌市民の様子が朝鮮中央テレビ(国営放送)に映し出された。そこでは市民は核実験の成功を祝い、祖国防衛のために核を所有することは当然の権利だと胸を張っていた。
 これは国営放送の映像である。ここで発言する市民は、ただの市民ではない。北朝鮮の国家代表である。テレビ映像を世界中に送ることで、北朝鮮は「核を放棄することなどありません」と宣言しているのだ。そしてこの映像を流している世界中が、北朝鮮の決意を理解している。6者協議の再開条件となっている「北朝鮮が核開発を放棄すること」などあり得ないことを理解している。
 このままでは北朝鮮の暴走を止めることはできない。6者がテーブルに着くための新たな条件提示が必要だろう。北を納得させ、日・米・中・韓・露も了解する新たな条件を作る必要がある。

北朝鮮の暴走を止める「3つのNO」

 じつは新たな条件案が出されていたのだ。北朝鮮が核実験をやった4日後となる1月10日、米国政治メディア『ポリティコ』(紙媒体もありネット上で読むこともできる)にウィリアム・J・ペリーが寄稿した論文だ。ペリーはクリントン大統領(民主党)時代の1992年から1997年まで米国防長官を務めた政治家である。
 ペリーの論文の要旨は、北朝鮮が新たな「3つのNO」を了解したら6者協議を再開するというものだ。その「3つのNO」とは、①これ以上高性能の核兵器開発は行わない。②これ以上核兵器を増量させない。③核兵器を他国に持ち出さない。である。
 『ポリティコ』に発表されたのは1月10日のことだが、論文の内容はとっくに北朝鮮に伝わっていただろう。
 「①これ以上高性能の核兵器開発は行わない」という条件を考えたとき、北朝鮮としては「水爆実験をやった」という「発表」が重大なものとなった。現実に水爆か否かなど問題ではない。水爆実験をやったと発表してしまえば、以降、水爆以上の高性能核開発を行わないと胸を張れるからだ。
 よく考えてみると、米国が北朝鮮の核開発を容認し、核実験をやるよう尻を押したとも考えられる。

北の核実験で苦境に立つ習近平政権

 羅先経済特区開発の名目で北朝鮮はドイツから1兆9000億円という莫大なカネを手に入れることが決まっている。金正恩体制になってから、軍の特別経済(第二経済委員会)の見直しが進み、これまで阿漕な中間マージンを盗っていた軍幹部は粛清され、カネの流れに透明度が増している。その他もろもろの状況から、北朝鮮の経済が好調であることは、平壌などを訪れるヨーロッパの人々の共通した認識である。
 北朝鮮は、たしかに確実な経済発展を遂げている。だがそれは、まだまだ発展途上である。どこかで躓(つまづ)いたら、崩壊する脆さを持ち合わせている。北朝鮮が困窮していちばん困るのは国境を接している中国である。だからこそ中国は北朝鮮の扱いには細心の注意を払い続けてきている。

 4度目となる北朝鮮の核実験で、日米韓はそろって制裁強化を打ち出した。だが言葉は厳しいが、現実には日米韓の制裁強化など、もはや何の効果もないことは世界中が理解している。もう、やるべき制裁は全部やってしまっている。これ以上は何もできない。そのため当然のことだが、米国は中国に対し「北朝鮮への石油を禁輸し、北朝鮮の主力輸出品である無煙炭の輸入をストップしてほしい」と申し入れた。米国のこの要求に対し中国は回答を保留している(1月18日現在)。

 中国の現政権(習近平政権)と北朝鮮・金正恩との関係は決して良好ではない。前の胡錦濤あるいはその一派である共青団とは関係が良好だが、習近平は金正日の長男・金正男や処刑された張成沢と関係が深い。習近平政権は金正恩の扱いに困っているのが現状である。そして米国は、そんな中国の弱味を巧みに突いているのだ。
 中国経済が先行き不透明で世界同時株安が演出されている。現実には中国経済ではなく日米欧のほうがよほど危険なのだが、世界は中国バブルが崩壊し始めたと騒いでいる。そんな厳しい状況下、中国主導のAIIB(アジア投資インフラ銀行)がスタートし、中国には課題が山積している。北朝鮮核実験に対する中国の制裁がどのような形になるのか。日米韓の要求に沿うのか、北朝鮮に甘い顔を見せるのか。どちらを選択しても、東アジアが丸く収まることはなさそうだ。

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