「異次元に突入するウクライナ情勢」 | 行政調査新聞

「異次元に突入するウクライナ情勢」

 ウクライナ戦争は、予想通り、終息の気配が見えない状態に陥った。戦争は長期化する。英米NATO側とロシア側は、双方とも長期戦が自分たちに有利だと考えている。
 この戦争は、勝利者のいない戦争になる可能性が高い。人類がこれまで体験したことのない局面に向かっている。

長期化するウクライナ戦争

 ロシア軍がウクライナに侵攻を開始してから、世界は2つに分裂した。
 英米側(自由主義陣営が中心)とロシア側(中国、インドなどと非英米側)の2つだ。英米側はこれまで世界を動かしてきた経済システムを総動員してロシア制裁に動いた。SWIFT(スウィフト=送金システム)からロシアを排除すると同時に、投資禁止や輸出入制限を行い、ロシア経済が苦境に喘ぎ、最終的に国家破綻することを目論んでいる。一方、ロシアや中国は、英米側から締め出されたいくつかの国々と一緒になって、エネルギーや資源・金(金地金)などの現物を前面に打ち出している。これを続けることで、米ドルの基軸通貨体制が崩壊し、石油や資源・食糧などの現物が不足する英米側が沈没していくのを待っている。
 どちらが勝つかは微妙だ。双方とも相手が白旗を掲げて降参すると考え、持久戦に持ち込んでいる。双方が持久戦を望んでいるのだから、戦争は長期化し、その間に世界中が混乱していく。

ヨーロッパに対する「嫉妬(しっと)」

 バイデン米大統領は
「ウクライナが生化学兵器を持っていると言っているが、それはプーチン自身が生化学兵器の使用を検討している明確な兆候だ」と述べた(3月22日)。
 そして4月11日、ウクライナ東南部の激戦地域マリウポリで化学兵器が使用された可能性が報道された。本当に使用されたのか。使用されたのはサリンなのか。もし使用したとしたら、ロシア軍がやったのか…ウクライナ軍か…あるいは別な国の機関による謀略なのか…判断はできない。今回は生化学兵器が使用されなかったとの分析もある。だが長期戦となれば、近い将来、生化学兵器が使用される可能性は高まる。さらに長びけば核爆弾の使用も必然となる。
 ヨーロッパのど真ん中で原爆を使うことなどあり得ないと考えるのは、この戦争の本質を理解できない浅墓な期待だ。プーチンは本気なのだ。
 「プーチンの戦争」と呼ばれる今回のウクライナ戦争(ロシアの特別軍事作戦)の根源的な原因は、NATOの東方拡大阻止にあると分析される。あるいは、これまで世界を仕切ってきた英米勢力と、ロシア・中国・インドなどの新興勢力との激突と分析されることもある。どちらの分析も間違っていない。こうした分析は、国際政治学者に任せておこう。そんな分析には出てこない奥底の理由を理解する必要がある。プーチンを初めとするロシア民族の心の奥底にある「ヨーロッパに対する嫉妬心」を理解しないと、今回の戦争の奥底が見えてこない。

スラブ民族は「奴隷」だった

 「スラブ民族」とは、ロシア人・ウクライナ人・ポーランド人・チェコ人・スロバキア人・ハンガリー人・セルビア人など、主に東ヨーロッパに住んでいる民族の総称だ。古代から中世・近世にかけて、スラブ民族が住む地域は貧しかった。古代ローマでは、ロシア人やウクライナ人の男を奴隷としてさらってきて、格闘士(剣闘士奴隷)に育て、殺し合いをさせて見世物にしていた。
 ペルシアを中心に豊かだったイスラム圏ではスラブから女を買ったり拉致したりして、奴隷にしていた。肌が白く美しい女性は、中東の男にとっては魅力だった。14世紀以降はオスマン・トルコ帝国が世界最大の強国となり、ロシアやウクライナから女を連れ去って下働きをさせた。奴隷のことを英語で「Slave スレイブ」というのは、スラブ民族「Slavスラブ」が語源である。

 スラブ民族は長い歴史の中で、ずっと虐(しいた)げられ、劣等感を持ち続けてきた。そうした状況を一変させたのが、ピョートル1世のロシア帝国だ。
 ピョートル1世(1672-1725年)は国内を整備し、周辺各国との戦争に勝利して、ロシアをヨーロッパ列強と並ぶまでの大国に成長させた。スラブ民族を統括し、スラブ民族の代表としてヨーロッパ列強と渡り合うという姿勢は、まさに今日のプーチンの願望につながる。ちなみにプーチンは、尊敬する人間の第一としてピョートル1世(ピョートル大帝)をあげている。
 ロシア帝国を本当にヨーロッパ列強に近づけたのは、8代目皇帝エカテリーナ2世(女帝)だろう。

女帝エカテリーナ2世によるロシアの勢力拡大

 エカテリーナ2世は神聖ローマ帝国に支配される北ドイツの小国の娘だった。
 叔父がロシア皇帝エリザベータ(女帝)と親密な関係だったことから、皇太子の妃候補となり、14歳のときに首都サンクトペテルブルグに移住、ロシア正教に改宗してロシア語を学ぶ。それほど美人ではなかったが、女帝エリザベータに気に入られ、15歳のときに皇太子(後のピョートル3世16歳)と結婚する。
 だが2人はすぐに不仲となり、夫婦生活は破綻。結婚1年後にはベッドを共にすることはなくなったという。その後2人は、それぞれ愛人をつくるが、その愛人はどちらも妻帯者だった。

 この関係は誰もが知っていたが、皇帝の跡継ぎを残すために離婚はしなかった。エカテリーナはその後、2人の男児と3人の女児を生む。実際の父親は5人とも別な男だったが、公式的にはピョートル3世の子とされた。エカテリーナはそれからしばらく、奔放な愛に生きる。孫のニコライ1世は祖母のことを「玉座の娼婦」と呼んだが、まさにそんな女性だった。公式に10人の愛人を抱え、それ以外に数百人の男を愛人にしていた。毎夜、数人の男を裸にしてベッド脇に立たせ、次々と交代させるという愛欲にまみれた日々を過ごしていた。

 エカテリーナ32歳のときに女帝エリザベータが死去し、名目上の夫ピョートル3世が皇帝に即位する。だがピョートル3世は貴族や軍と激しく対立。貴族や軍人たちはエカテリーナを皇帝にしようと動き出す。そしてピョートル3世即位半年後に、軍に押されてエカテリーナが決起。夫のピョートル3世を捕らえ皇位を奪い取り幽閉、直後に暗殺する(公式的には痔が悪化して死亡)。こうして女帝エカテリーナ2世が誕生した。

 エカテリーナ2世が皇帝に即位後、ピョートル3世派の残党やドン・コサック軍(ウクライナ人やタタール人)が反旗を翻したが、すべてを鎮圧。その勢いに乗ってオスマン・トルコ帝国と2度にわたる戦争を起こして2度とも勝利し、ウクライナとクリミアを手に入れる。さらにはポーランドやリトアニアを分割し実質上に支配するなど、ロシア帝国の版図は広がっていった。

 アメリカが英国を相手に独立戦争を起こした時には、アメリカに物資を輸出すると同時に、ヨーロッパ諸国を中立させ、アメリカに恩を売ることになる。その後のフランス革命には、警戒心をあらわにした。こうしたことからロシアはヨーロッパ諸国にとって警戒すべき国家となっていった。またエカテリーナ2世は、文化・教育の振興にも積極的だった。劇場(ボリショイ劇場)や美術館(エルミタージュ美術館)を作り、女学院を創設して貴族の婦女子の能力向上を推進した。

 46歳の頃からエカテリーナ2世の奔放な生活も安定し、国民には秘密にポチョムキン公爵と結婚したという。ただしエカテリーナの病的な欲望を理解していたポチョムキンは、美貌の若い男を選りすぐって、毎晩ベッドに送り届けていたとの逸話も残されている。プーチンはエカテリーナ2世を敬愛している。彼女の夜の生活にあこがれているわけではない。戦争に勝ち続け、ウクライナ・ポーランドまでを自国の掌中に収め、ヨーロッパ諸国から警戒され続けた偉大なロシア帝国を復活させたいのだ。

プーチンに残された時間は少ない

 ウクライナ情勢は混とんとしている。日本のマスコミや米英欧の情報からは、圧倒的にロシアの残虐非道ぶりばかりが見えているが、中国やインドでは別な情報が流されている。ゼレンスキーはロシアとの戦闘のために凶悪犯を刑務所から解放して、武器を持たせて前線に向かわせようとしたが、その凶悪犯がウクライナで強盗・強姦・殺人を繰り返しているという情報もある。
 ウクライナのネオナチ・アゾフ大隊がウクライナの民間人を殺戮(さつりく)しているとの情報もある。正直なところ、今回のウクライナ戦争は、英米ウクライナ側とロシア側の非難中傷が「宣伝戦」の様相を呈しており、見極めが難しい。しかし、理由は色々あるだろうが、攻め込んだのがロシア軍であることは確かだ。そして攻め込んだはずのロシア軍が苦戦に陥っていることも事実である。

 今回の戦争は、どちらにも正義がない。そして長期化が必至の状況であることも事実である。長期戦になって、英米側が苦しむのか、ロシアが白旗をあげるのか、見通しは立たない。そんな状況下の今年10月にプーチンは70歳の誕生日を迎える。プーチンに焦りがあるのは確実だ。ロシア軍の侵攻が予定通りに進んでいないことは明らかだ。苦戦していることも間違いない。この状況を突破するには、いくつかの手が考えられる。
 とりあえず短期間の休戦をつくり、その間に態勢を立て直すこともあり得るが、残された時間の少ないプーチンが、休戦を望むかどうか。考えられるのは休戦ではなく、「戦線の拡大」「有無を言わせぬ圧倒的攻撃」の2つだ。

 古来、不利な状況になったら戦線を拡大せよといわれてきた。戦線を拡大し、どこか一カ所でも突破口をつくり、そこから怒涛の攻撃を開始して戦況を好転させようという戦術だ。この論に従って、今回、ロシアが戦線を拡大する可能性はある。たとえば友邦国の中国が、台湾侵攻を目指して尖閣に上陸。同時に北朝鮮が日本海にミサイルを撃ち込み、ロシア軍が北海道に侵攻するなどといった話も考えられないわけではない。現実にロシア軍がウクライナで苦戦に陥っている4月に、ロシアの「公正ロシア党」党首ミロノフは「ロシアは北海道に全ての権利を有している」と発言している。ロシアが戦線を拡大する方向で動く場合、最も考えられるのは極東ではなく中東だろう。

 シリアやイランがイスラエルを攻撃すれば、中東全域が戦火の嵐に巻き込まれる可能性が出てくる。そうなるとNATOの一員でもあるトルコはどう動くだろうか。米英NATO軍はどう対応するだろうか。その対応次第で、ウクライナの守備陣に穴が開く可能性がある。そしてそれより可能性が高いのが、圧倒的破壊力による一発勝負だ。具体的にいえば、ウクライナで核爆弾を破裂させることだ。
 さらに怖いのは、その核爆弾をロシア以外の国が爆発させても、世界は「ロシアがやった」と考えることだ。ロシアを徹底的に悪役に仕立て上げるために、英米(あるいはそれ以外の某国某機関)側が核を使用する可能性がある。
 今回の戦争は勝利者のいない戦争になる可能性が高い。その過程で、世界はボロボロに疲れ果てていく。だが、いつか必ず、その世界が復興への動きを開始するときがある。そのときこそ、我が日本の叡智が輝き始めるだろう。■

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