獄中記 第十六回 | 行政調査新聞

獄中記 第十六回

福山 辰夫

 獄  中  記 
<福 山 辰 夫>

第 十六 回

皇紀2655年 【平成7年・西暦1995年】

1月1日 (日) 元旦 

 独居房で初めての新年を迎える。朝餉では、恒例の『正月菜』として「御節の折詰」と「二の折」の給与有り。空下げ(*からさげ=配食扶が食器・残飯等を集める)後は、父より「年賀状」が届く。午前中は、今月末に『平成7年前期・漢字部昇位試験』が実施されることから、集中して「課題作品」(条幅・半切)を揮毫。午後13時から15時迄の『午睡』では、横臥しながら読書。夕餉後の余暇時間は、『論語』を独学。夜は、ラジオ放送を聴きつつ読書を行うも、昨日からの夜更かしで寝不足の為、早寝をする。

1月2日 (月) 

 総集行事にてVTR視聴有り。小生ら夜間独居収容者は、舎房から講堂へと移動してモニターによる大画面で視聴する。VTRは、『ジェラシックパーク』(製作:米国。1993年公開。出演:サム・ニール、ローラ・ダーンほか。監督:スティーヴン・スピルバーグ)。
 マイケル・クライトンの同名小説を映像化し、アカデミー賞の3部門を含む20以上の賞を受賞した作品。SFXの映像が素晴らしく、琥珀の中から恐竜のDNAを抽出してクローン技術によって現代に蘇らせるという物語。
 午後は「臨地」に勤しみ、夕餉後は『論語』を独学。夜は床に就き読書。

1月3日 (火)

 年末年始の連休最終日。午前中は「臨地」に勤しむ。尚、昼前に『総入浴』(15分間)の為、タオルと石鹼を左手で持ち出房。今年初の入浴をする。午後は、夜間独居収容者に対する順転での『正月期間中限定テレビ視聴』該当日との事で、舎房内に14型テレビが入る。日中は13時から15時迄視聴し、夕点検・夕餉・余暇時間を挟み、夜も19時から21時迄視聴する。

1月4日 (水) 

 仕事始め。終日(ひねもす)ダブルミシン作業に従事するも、正月気分が抜けず、今ひとつ集中力に欠ける。

1月5日 (木) 

 工場定期発信日に付き、父宛の便り(便箋7枚)を提出する。

1月6日 (金) 

 作業中に、担当台横の日課机で月末に実施される『平成7年度第一期漢字部昇位試験(第三部)』受験料3,000円を圖南書道會へ支払う為、『受験願』(教育主席・会計課長宛)と『領置金支払願』願箋を記載し、提出する。
 昼餉後の12時20から13時20分迄、『書道教室(1班)』に出席。講師の「鈴木登郁先生」に受講生全員で新年の挨拶を行い、昇位試験課題を各人が個々に添削指導を受ける。『書道教室』の終了間際に「面会」の呼び出しが有り、立会職員と共に面会所へ。
 面会室に入ると、既にクリアガラスの向こうに父が居り、面会(20分間)を行う。事前に便りにて注文していた本3冊と、スポーツ新聞(『日刊スポーツ』)3ヵ月分(*官指定の売店にて購入し、収容者に差し入れる)の差し入れをして頂く。

1月7日 (土) 人日(七草) 

 朝餉後、直ぐに「繰り込み用意」の号令が掛かり、舎房毎に順次講堂へと移動。総集行事として、新春の恒例行事となる『神馬茂・新春芸能ショー』(*10時から11時30分迄)が催される。新春の恒例行事となり、出演歌手らが演歌・歌謡曲・東北地方の民謡を唄い、その唄に合わせて舞踊家が舞を披露するもの。午後は「臨地」に勤しみ、月末に提出する『漢字部昇位試験』作品を揮毫。途中、「刈り」(*理髪=4舎3階・配膳室)の呼び出し有り。
 立会の若い看守に断り、書道道具を広げた儘の許可を得て出房し、「夜間独居」の配食扶をしている11工場の老囚に刈って貰う。

1月8日 (日) 

 午前9時30分から11時30分迄、『夜間独居・優良室テレビ視聴』が講堂にて実施され出席。テレビ放映された洋画ものの録画で、題名も分からない儘の駄作だ…。午後は今日も「臨地」に勤しみ、夕方は『論語』を独学。
 夜は舎房に備付けの報知器を点け、夜勤看守にラジオ放送のスイッチを切って貰い、読書に集中する。

1月12日 (木) 

 朝の出役後、4舎3階の配食をやっていた囚が、仮釈間近にて『黎明寮』(*仮出所準備寮。仮釈前に社会復帰へ向けて、出所教育を受けるところ。期間は、宮城刑務所で約二週間)へ上がった為、オヤジに今日の夕方から配食扶として出て欲しいと頼まれる。懲役というのは、やれおかずが少ないとか、味噌汁が少ない等と愚図る奴が必ず居る。
 況してや、平日の朝は「出役用意」の号令迄に限られた時間内で食べ、3人の配食扶が1週間毎にローテーションで残飯回収(*空下げ)係となり、分刻みの動作で「食器洗い・洗面等」も儘ならず、忙しない。幾ら「配食扶」は時間外労働扱いで、雀の涙ほどの手当てが付くと言われても頑なに断る。
 オヤジには他工場から出る者が居ないか聞いて貰うも、誰一人として配食をやるという者は皆無。結局、小生が押し切られて配食をやる破目になる。

1月13日 (金) 

 12月分の賞与金教示有り。「7等工1割増+1割」=1,506円也。
 本日付で、『感冒対策』として処遇の一部変更有り。18時30分だった仮就寝時間が17時30分になり、免業日の午後は13時から15時迄の間、布団を敷いての「午睡」が許可となる。

1月15日 (日) 成人の日 

 午前中は「臨地」に勤しみ、月末の『漢字部昇位試験』に出品する作品を揮毫。昼餉時に「祝日菜」の配給有り。午後13時から15時迄の「午睡」は、横臥しての読書を行い、夕方の余暇は『論語』を独学する。夜は早目に床に入って読書。

1月16日 (月) 振替休日 

 免業日にて、午前中は「臨地」に勤しみ、午後は読書。
 夕方の余暇は『論語』を独学。夜は床に入って読書を行う。

1月17日 (火) 

 本日、午前5時46分頃に淡路を震源とする『兵庫県南部地震(神戸大地震)』が発生し、兵庫県神戸市を中心に甚大なる被害が出ている。夕方のラジオ放送によれば、神戸と洲本の一部で「震度7」の激震との事だ。それにしても、相変わらず国の災害時における対処は後手に回り、家屋の倒壊によって住み家を失った多くの人々が行き場を求めているのに、各官庁や被災市町村においては、横の連携が儘ならず縄張り意識が横行。
 被災者の中には、倒壊家屋の下敷きとなり救助を待っている方が数多いるのにも関わらず、迅速なる指示系統が取れていない。特に、地震発生時刻が早朝の5時46分と、丁度朝食の支度をしていた家庭が多く、ガスレンジ等による二次災害的な火災が起きた事も、今回の地震による被害を大きくしている要因とも報じていた。神戸からは遠い、みちのくの獄(ひとや)に暮らす小生に出来るのは、これ以上被害が大きくならぬ様に祈るだけ。

1月21日 (土) 

 9時30分から11時30分迄、『3級会』が催され出席。事前に工場で、作業賞与金から300円を使用して「缶ジュース」と「お菓子」を購入。講堂に集まり、入口で購入菓子を手に取り席に着く。看守の「喫食開始」号令で菓子を食み、VTRを視聴する。今日は洋画で、『アウト・オブ・ジャスティス』(製作:米国。配給:ワーナー・ブラザース。1991年日本公開。出演:スティーヴン・セガールほか。監督:ジョン・フリン)。
 ニューヨーク・ブルックリンの刑事ジーノ(スティーヴン・セガール)は相棒刑事を幼馴染に白昼堂々射殺され、復讐に燃える。やがて彼はその幼馴染を執念で追い詰めていく。セガールのアクションものにて、暴力的な描写が多く懲役受けはする作品。午後は、悴む手を摩りながら「臨地」に勤しみ、夜は布団に入って読書をする。 

1月24日 (火) 

 圖南書道會へ出品する『平成7年度第一期漢字部昇位試験』(第三部)の条幅半切(楷書)1体と、細字規定(漢字・かな)各1点、硬筆規定(漢字・かな)各1点を、工場担当経由で教育課に提出。また、過日に『特別下付』(会計課長宛)を願い出ていた「メガネ拭き」が、処遇部門で審査の上、許可となり手元に届く。

 1月27日 (金) 

 昼餉後、『古城漢字』(1舎3階・教誨室)が実施され「17級」テストを受ける。前工場(13工)のOさん(水戸市住人)、Aさん(高崎市住人)、Iさん(宇都宮市住人)、M(鹿児島県出身)らと一緒になるも、懲役同士の「無断交談」は一切厳禁の為、互いに目で合図を送る程度也。夕方の還房後は、月末の私本配布日に付き、自弁購入の週刊誌1冊と領置本下付として『人物を創る・人間学講話「大学」「小学」』(安岡正篤・プレジデント社)が手元に届く。

1月28日 (土) 

 午前中は「臨地」に勤しむも、途中で「刈り」(4舎3階・配膳室)の為、出房。今回は、無期囚のYさん(被服工場)に刈って貰う。
 午後13時から15時迄の「午睡」は、横臥しての読書。夕方の余暇は『論語』を独学。夜は本就寝迄、読書を行う。

1月30日 (月) 

 朝の出役後、工場担当の菅野看守部長より訓示有り。内容は、先日の17日に発生した『兵庫県南部地震(神戸大地震)』の被害状況が日に日に伝わってくる中で、複数の懲役より「今回の震災に遭われた方々に対して、我々も何か出来ることはないか?」といった声が各工場で上がり、処遇部門でもそういった声を取り上げ、審議した結果、所内で義援金を集めてユニセフを通じて、被災地へ送ろうという事になった。
 但し、主旨としては決して強制ではなく、飽く迄も希望者のみで、金額の多寡も問わないというものとする。作業開始後、各人に聞いて回るので、希望する者は願い出るようにという事で、小生も些少ではあるが、領置金で「10,000円」を義援金として願い出る。戦後のGHQによる「日本弱体化政策」の一貫として、米国式民主主義・自由主義を与えられた我が民族は、古き良き醇風(じゅんぷう)美俗が失われて久しい。だが、平成5年7月12日に、奥尻島北方沖を震源とした『北海道南西沖地震』といい、此度の『神戸大地震』でも全国規模で行われる復興支援活動を見ると、日本人の血脈として「義」の精神が宿っている証(あかし)といえる。

 昼の休憩中、小野寺の兄弟(稲川会岸本組内星川組・北見抗争)がY口と口論となり、即「非常ベル」で警備隊が駆け付けて連行。其の儘「取調べ」となり入独。原因は、Y口が下らぬ事を言ったが為、兄弟がブチ切れて言い返したところを運悪く担当に現認された次第。小生も隣に座っていながら、兄弟を止められず責任を痛感せり。折角、「罰明け」で下りた12工場で出逢い、心の友として親しくなり、この男だったら「縁」を持っても良いと思って兄弟分になったのに…。今回は事犯的にも懲罰は致し方無いが、罰明け後に再び12工場へ戻ってくることを祈るしかない。夕方の還房後、舎房用として貸与されている官物の「メリヤス(上下)」1組の一斉交換有り。

2月2日 (木) 

 運動時に、月一度の『避難訓練』を実施。また、3週間程小生なりに4舎3階の「配食扶」をやったのだが、懲役という輩は他人を思い遣る心が欠落している。夜間独居者の全員とは言わないが、やって貰って当たり前。
 ちょっと味噌汁の具が少ないだけで、犬の遠吠えの如く「もっと入れろ」だ、「少ねぇなあ」と愚図愚図うるせぇんだよ。
 昨年の暮れに無理をいって『夜間独居』に転房した身からすれば、「菅野のオヤジ」の顔を立てて配食に出ているのに、もう我慢の限界だ。日頃世話になっているオヤジには申し訳ないけど、人の心を忘れたクズ野郎の面倒見る程、お人好しではないし、暇人でもねぇんだよ。これ以上はもう殴るしかない。そうオヤジに告げると、暫くして夕餉から他工場の者が配食に出ると言われて「お役御免」になる。

2月3日 (金) 節分 

 昼餉時に、副食として『でん六豆』の給与有り。昼休憩終了後は訓示にて、先月30日に発生した『兵庫県南部地震』に対する「義援金」を募ったところ、当所内に於いて「2,869,000円」が集まり、地元の『河北新報』を通じて「ユニセフ協会」宛に寄贈する事になったとの告知。
 因みに、オヤジによると所内の全受刑者(*800人)の内、3分の1以上の者が「義援金」を願い出ており、その最高額は個人で10万円を願い出た者が居たという。昨日の当日記で、「人の心を忘れたクズ野郎の面倒見る程、お人好しではないし、暇人でもねぇんだよ」と記したが、一部のクズを除いて、前言を取り消させて頂く。まだ最終的な「義援金」の集計額は出ていないものの、可成りの金額が集まったという。
 今回の趣旨に賛同し、身銭を切った多くの懲役達の誠意が、被災者の方々に「震災復興支援金」として役立つ事を念じて止まず。

2月4日 (土) 立春 

 午前中は、「夜間個室優良室テレビ視聴」を講堂で実施。今回のVTR視聴は『猿の惑星』(製作:米国。配給:20世紀フォックス。1968年日本公開。主演:チャールトン・ヘストン、ロディ・マクドウォール、キム・ハンター、モーリス・エヴァンスほか。監督:フランクリン・J・シャフナー)。
 古い映画であり、幼少の頃に何度もテレビで見たそのストーリーも、略々覚えている。アメリカの宇宙船が荒れ果てた惑星に不時着する所から始まり、そこでは人間が下等動物として扱われているのであった。特に、ラストシーンでテーラー(チャールトン・ヘストン)が、「禁断地帯」へ向かい海岸線の端に辿り着いて愕然とする。

 何故なら、胸迄砂に埋まった『自由の女神像』が眼前に現れ、猿が支配する惑星に不時着したとばかり思い込んでいた星が、実は地球であったというオチ。愚かな人間は自己利益の為に、常に争いが絶えず、やがて国家間の対立から戦争を起こし、人類は自ら発明した核兵器を使用したことで滅びてしまっていたのだ。本映画が製作された当時は、米ソ冷戦の真っ只中であり、対立する両国が核兵器の発射ボタンを押す直前迄いった危機が幾度かあった。

 その両国が現在配備する核を射ち合えば、「母なる大地」である地球が数十回も破壊出来る程の威力があると言われていた。
 そんな時代背景にあって、人間のくだらない欲望や国家間の対立こそが如何に愚かで、我々人類が自分で自分の首を絞めている状況下にあることを、冷戦当時の国際社会に対して質した映画ではないだろうか?
 暦の上では『立春』だが、みちのく仙台はまだまだ寒さが厳しい。例年なら梅の開花は3月に入ってからであり、春待ち遠しい懲役の我は…。

第十六回 「獄中記」