獄中記 第十八回 | 行政調査新聞

獄中記 第十八回

福山 辰夫

獄  中  記

<福 山 辰 夫>

第 十八 回

 皇紀2655年 【平成7年・西暦1995年】 

3月23日 (木) 

 昼餉後の12時20分から13時30分迄、『書道教室』があり出席。
 今回は、講師である鈴木登郁先生の都合により「1班・2班・3班」の合同で実施。狭い教室には受講生(懲役)がぎっしり入り、作品の添削指導を受ける者は各人1点のみ。尚、印刷工場時に運動で一緒だった「在日韓国人組織・国際総業」会長のR・Kさん(懲役20年・中野区東中野)といった懐かしい顔触れも居り、立会職員の峯岸看守部長(教育課・書道担当)の目を盗んで互いの近況を語らう。小生が13工場を「担当抗弁」で上がった直後、Rさんも10工場から上がり軽屛禁罰を受け5工場(革工)に配役となり、現在は革靴の製作作業に従事しているという。

3月24日 (金) 

 今日は12時20分から13時迄、『古城漢字』(1舎3階・教誨室)が実施され、「15級」のテストを受ける。相変わらず13工場の面々は元気である。

3月27日 (月) 

 圖南書道會へ提出する、『3月分・漢字部月例競書』(半紙作品)1点を、工場担当経由で教育課へ提出。工場出役前は、必ず「カンカン踊り」(*舎房側検診場で舎房衣を脱衣し、自分用のハンガーに掛けてパンツ一丁になって、一列に並び順次進み、中央に立つ看守に正対し検身を受ける。先ず、両手の指を開き突き上げ、称呼番号をハッキリと言い、口を大きく開けて中を見せ、片足ずつ交互に足裏を見せる。次にパンツの腰に両手親指を差し込み、前後左右と指で広げて下腹部を見せ、〆は左右に首を振って耳の穴を見せる。そして、看守が「ヨシ」と言ったら、工場側の検身場移動して工場衣を着衣する)を行い、検身場を出たら速やかに所定位置へ。両手を後ろに組み黙想して待機。全員揃ったところで、職員の号令に従い整列・人員確認。担当の「おはよう」に従って、全員で挨拶。
 『安全十訓』と『安全標語』は輪番制で、該当者に続いて唱和し、終了後は担当の号令下、作業班ごと役席へ移動する。
 運動委員が工場の中央前に出て、担当の「体操隊形に開け」の号令で全員が「ヨシ」と声を張り上げ、小走りで移動し両手間隔に開く。
 運動委員:「此れより、ラジオ体操を始めます」
 工場担当:「ヨシ」
 運動委員:「体操始め」
 懲役全員:「イチ・ニ・サン・シ・ゴウ・ロク・シチ・ハチ」

と、節を取りながら『ラジオ体操第一』を行う。
 終了後、運動委員が「体操終わりました」と報告。担当の「服装点検、役席に着け」の号令一下、「ヨシ」と言って役席に戻り「着席・器具配布・始業点検・作業はじめ」の一連動作で始業。但し、今朝は菅野のオヤジより『告知』があり、整列(*休め)の状態で聴く。

 「既に皆も知っての通り、講堂ステージ下の左隅にCDカラオケセットを設置。本日より使用して良いとの指示が下りたけど、誰もが機械操作を行えるとなると必ずや故障の原因になる。従って、教育課の方ではカラオケ機械が故障しても、今後一切修理はしないとの事。多くの者が使用するので大切に取扱う為、此方でカラオケ機械の操作係を指名するので、此れから言う4名が輪番制で以て操作を行い、それ以外の者は勝手に機械をいじらないよう。(*操作係=文化委員:桜きなこ、小生。運動委員:I、T)。尚、カラオケ機械の使用は講堂で実施される運動時間のみとする」
といった旨であった。

 余談乍ら、以前にも『成人病予防』という目的で「腹筋台・エアロバイク・ローイングマシン」といった、フィットネス器具を購入して講堂に設置した。
 皆、大勢が使用するものと分かっているものの、器具を雑に扱うから直ぐに壊れて修理に出す。暫くして修理から戻り、再び設置するとまた直ぐに壊す。その繰り返しで1台故障、2台・3台・4台と故障して捨てるに捨てられず、今では講堂の物置で「粗大ゴミ」となって埃を被っている。
 休憩時の雑談でも大多数の者が、少ない予算を使って娯楽用にと「カラオケ機械」を設置しても、どうせ懲役は直ぐに壊すとの意見で一致。

3月30日 (木) 

 工場定期発信日。父宛に便りを出す。

3月31日 (金) 

 冬期処遇の一部変更告知が有り、今日で『工場ストーブ』の使用が中止。
 夕方は、私本配布日にて自弁購入の週刊誌と『現代書道講座【2】[行書]編』(講談社=編・講談社)の2冊と、領置下付本として『知命と立命・人間学講話』(安岡正篤・プレジデント社)、『靖国神社』(大江志乃夫・岩波新書)、『獄中十八年・右翼武闘派の回想』(野村秋介・二十一世紀書院)の3冊、計5冊が手元に届く。
 明日から新年度となるが、「莫妄想」「日日是平常心」で以て務めるのみ。

4月1日 (土) 

 厚生省が推進する『生活習慣病予防』施策に法務省も準じて、全国の刑務所で一斉に「1等~5等」とした主食の食等区分を廃止し、本日の朝食から新たに「A・B・C食」とする食等区分になる。今迄、作業をしない免業日の食等は1等減とされたが、今後は就業・免業に拘らず食等は変らず。
 只、官の言い分は従前の主食(米・麦)摂取量(カロリー/1日)は、戦後の食糧難時代に定められた基準値であり、今日の飽食時代にはそぐわず予防医学の見地からいっても、主食摂取量を従前の「3分の2」程度に減らして、副食を多く摂るようにすれば『生活習慣病』は十分予防できるといった見解らしい。但し、一気に減らすと体に負担が掛かる為、一定期間を設けて段階的に減量していくものとするというが、懲役にとっては「食う事」と「寝る事」以外、楽しみが無いというのに…。
 午前中は読書。午後は「臨池」に勤しむも、途中「刈り」(*理髪)が有り出房。夕方の余暇は『論語』を独学。夜は床に就き、読書。

4月2日 (日) 

 厳冬期に於ける『感冒対策』が、本日を以て終了。
 午前中は「臨池」に勤しみ、午後は『論語』を独学。夕方の「仮就寝」で床に就き、「本就寝」迄読書を行う。

4月3日 (月) 

 本日付で、処遇の一部変更有り。『冬期処遇』として17時30分とする「仮就寝」を、通常の動作時限である18時30分に戻り、工場就業日の運動時に「グラウンド使用」を認める。早速、12工は「運動該当日」に当たり、約3カ月ぶりとなるグラウンドでの運動ということで軽く走り込む。
 但し、久々に走った所為か、股関節・脹脛が「筋肉痛」になる。

4月5日 (水) 

 還房すると、舎房の中に『14型テレビ』と『TV用室内アンテナ』が置いてある。これは日毎、夜間独居視聴用として3台あるテレビが各房を巡転。
 従って、舎房にテレビが入っていたら視聴日という事。只、夜間独居は100室近く在る為、次回のテレビ視聴は1ヶ月強で回ってくる計算になる。
 18時30分の「仮就寝」で布団を敷き、床に就く。19時から20時55分迄、「テレビ視聴」を行う(*既に、雑居房は全室テレビ完備)

 4月8日 (土) 

 お釈迦様誕生日。午前中は「読書」を行い、昼餉後の余暇は「臨池」に勤しむ。尚、本日は『配電盤工事』の関係で9時30分から14時30分迄、停電。ラジオ放送もない夜間独居は、静寂に包まれ「読書・書道」と集中する事が出来た。

4月9日 (日) 

 9時30分から11時30分迄、講堂で『夜間個室優良室テレビ視聴』が実施される。VTR視聴は『刑事』(出演:藤竜也、財前直見ほか)という録画番組だが、心に残る場面も無くて余りパッとせず。午後は「臨池」に勤しみ、夕方は『論語』を独学。夜は、床に就いて「読書」を行う。

4月11日 (火) 

 春の陽気めいた一日であったが、小生は『花粉症』で目の痒みと鼻水が酷くて参った。夕方のラジオニュースでは、仙台で「桜(ソメイヨシノ)」の開花宣言を仙台管区気象台が発表したと報じる。

4月13日 (木) 

 3月分の作業賞与金教示有り。「6等工2割増+1割」=2,542円也。

4月14日 (金) 

 「転房する」との事で、13時過ぎ頃に警備隊の若い看守が迎えに来る。過般の水道管漏水により一時転房をしていた訳だが、修繕工事を終へて床下も乾いた故、4舎3階27室から元房の4舎3階25室へ荷物を移動する。
 夜は、転房の恩恵を受け『夜間個室巡転テレビ視聴』が有り、19時から20時55分迄、テレビ視聴を行う。

4月16日 (日) 

 免業日も9時30分から10時30分迄、宗教教誨『神道』(1舎3階・教誨室)に出席。本日の教誨師は、仙台市・櫻岡大神宮宮司の「坂本寿郎先生」で、講話の内容は支那思想である『五行説』について。
 これは古代中国の戦国時代に騶衍(スウエン)が唱えだした学説で、「五行」とは人間の日常に欠くことのできない「木・火・土・金・水」の五つの元素の事である。この五つの元素はある一定の法則に従って循環交代するものであるという考えから、これを歴代の王朝に配当してその変遷の順序を理論づけた。その方法は身近な事象にみられる五行の原理を歴史の法則に当てはめようとするもので、虞舜(グシュン)は土の徳、夏(カ)は木の徳、殷(イン)は金の徳、周は火の徳をもってそれぞれ王となったと説く。
 すなわち、騶衍は、土は木に勝たず、木は金に勝たず、金は火に勝たずとする循環関係を説くもので、「火・水・土・木・金」の順序で交代する五行相克説。更に漢代になると、『陰陽説』(陰と陽との二つの原理によって人間と自然を解釈する説。天地・男女・夫婦・君臣・上下などをそれぞれ陰と陽とに当てた)と合して『陰陽五行説』が盛んに行われ、万物は五行の力によって生成されるとし、「季節・方角・色彩」などに配当されるようになった。
 一般に五行の循環関係には、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生じるとする「木火土金水」の順序の相生と、これと逆に、水は火に克ち、火は金に克ち、金は木に克ち、木は土に克つとする「水火金木土」の順序の相克とがある。
 十干(ジッカン)の「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」を五行に配すると、「甲・乙」が木、「丙・丁」が火、「戊・己」が土、「庚・辛」が金、「壬・癸」が水となる。更にそれぞれの二つを陰陽に分け、上に置かれたものを陽として兄(え)と呼び、下に置かれたものを陰として弟(と)と呼ぶ。即ち「甲」は「木(き)の兄(え)」、「乙」は「木の弟(と)」となり、「甲」は「火(ひ)の兄」、「丁」は「火の弟」、「戊」は「土(つち)の兄」、「己」は「土の弟」、「庚」は「金(か)の兄」、「辛」は「金の弟」、「壬」は「水(みず)の兄」、「癸」は「水の弟」のように呼ばれる。
 これに十二支の「子・丑・寅・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」を付け加えた場合、「甲子(コウシ)」は「きのえね」。「丙子(ヘイシ)」は「ひのえうま」などと呼ぶ。

(『旺文社 漢和辞典 改訂新版』~157頁【五行説】)
 従って今年は「乙亥(きのとゐ)」となり、これは六十年でひと回りすることになる。亦、昔から『村八分(*むらはちぶ)』という言葉があるが、これなども意味としては「八分は付き合わないが、二分(火事と葬儀)だけは付き合うといった所から来ているという。
*『村八分』①江戸時代以降、村民に規約違反などの行為があった時、全村が申し合わせにより、その家との交際や取引などを断つ私的制裁。②転じて、一般に仲間はずれにすることもいう。(『広辞苑』岩波書店)
 午後の余暇は「臨池」に勤しみ、夕餉後に『論語』を独学。夜は、床に就いて読書を行う。

4月17日 (月) 

 還房後、舎房衣の一斉交換が実施され「上衣・ズボン」が真っ新になる。亦、平日の17時15分頃に放送される『TBCラジオ・スポットニュース』では、仙台市の「桜(ソメイヨシノ)」が、今日で満開になったという仙台管区気象台からの発表を報じる。

4月20日 (木) 

 昼餉後の12時20分から13時20分迄、『書道教室(4班)』が有り出席する。新年度になり「平成七年度・前期受講生」として、新たに組み直した班編成になっての1回目。
 受講する面子も若干名入れ変わり、9工からOさん(懲役17年・殺人/福岡の某抗争)、I.Sさん(懲役9年・銃刀法違反/千葉出身)は初見。13工のS.Yさん(無期刑・強盗殺人/秋田出身)とは今回も一緒になる。

4月21日 (金) 

 昼前、川越から両親が面会に来る。毎度の事乍ら、売店購入・差入れのスポーツ紙『日刊スポーツ』(3ヶ月分)と、事前に便りで依頼した「本3冊・手漉き半紙(500枚)・墨(紅花墨)2丁・眼鏡ケース」を窓口で差入れして頂く。それにしても、親というものは有り難いもので感謝しかない。
 只、本日の面会でクリアガラス越しに見る両親は、顔の皺と髪に白髪が増え、めっきりと老け込んでいた。これ全ては小生の親不孝が原因。
 重い足取りで「面会室」を後にして、工場へと戻る。

4月22日 (土) 

 総集行事。10時から11時30分迄、慰問演芸『西川峰子ショー』が催される。西川峰子といえば、数年前に一大旋風を巻き起こした「ヘアヌード写真集」で、張りのある巨乳にメリハリの利いたボディーラインを惜しげもなく晒した。その度胸は『極道の女たち』での姐御役が板に付くといった印象だが、本当の彼女はとても真面目で可愛く、女らしい人なのだ。個人的には、昭和62年頃に一度だけ彼女と絡む出来事があったが、今回の事件の事もあり詳細は言わずにおく。
 午後は「臨池」に勤しみ、『圖南書道4月号・漢字部半紙規定』の課題作品を揮毫する。尚、途中で「刈り」(*理髪)が有り出房。夕方以降は、読書。

4月25日 (火) 

 出役時、圖南書道會へ出品する『4月分の月例競書作品』(漢字部・半紙規定)1点を工場担当経由で教育課に提出。亦、作業中の15時頃に『分類課』の職員より呼び出しが有り、工場食堂の中で小生の近況をあれこれと質問を受ける。此れは、俗に「下調べ」と呼ばれる定期的に分類の方で調査に来るものである。尚、今日で『冬期処遇』が終了。明日の出役時に「チョッキ、毛布、敷毛布」(各1点ずつ)の引き上げを実施。

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