埼 玉 県 と 聖 地 巡 礼 | 行政調査新聞

埼 玉 県 と 聖 地 巡 礼

伊上武夫

『東武鉄道広報誌』

 埼玉県を南北に走る鉄道を二本運営している東武鉄道。利用している人なら無料で配布されている広報誌「マンスリーとーぶ」を改札近くで見たことがあると思います。沿線の店舗などの様々な情報を伝えてくれる広報誌でフリーペーパー。時に組み立てると鉄道になるペーパークラフトも配布したりもする「マンスリーとーぶ」は、令和5年(2023年)4月で886号となっています。

 という事は、あと10年足らずで1000号を迎えるわけです。
 その時には間違いなく1000号記念の特別号を出すはずで、今から企画を立てて頑張っていると思われます。なぜそう断言できるのかと言いますと、今から23年前の平成2年(1990年)、500号記念の特別号が出たからですね。

 「シネマトレイン」と題された500号記念特別号は、電車が登場するあらゆる映画を紹介するという贅沢な冊子でした。現在検索すると、ヤフオクや古本屋での販売が確認されます。30年以上前のフリーペーパーでこれだけ価値を認められているものもそうないでしょう。実は、私も一冊持っております。手放すつもりはありません。

 さて、この冊子、冒頭に鉄道と映画との関係を語る解説が4ページあり、そのあとの前半部が邦画、後半部が洋画の紹介。映画関連のコラムが間に6本、対談記事が1本挿入される構成となっています。
 その邦画紹介の中の「男はつらいよ」に関しての項目は、他とは異なりこの映画特集号を作ることになった編集者の「お気持ち」が冒頭からあらわれます。
 〈この500号記念特集号の企画をたてたとき、果たして東武電車が登場する映画はどれだけあるだろうか――という話になった。そのあとすぐ編集部内で口をついて出た言葉、「京成はいいよなァ、柴又があるもんナ」〉

 なんだかんだで必ず前半に1回、中盤にもう1回柴又に寅さんは戻ってきますし、映画によっては京成の駅ホームでの撮影もあったりします。柴又駅も今や聖地扱いで、あの帝釈天ですら「寅さんにいつも出てくる帝釈天」として日本人は認識しています。
 日本全国津々浦々、しまいにはウィーンやアムステルダムにまで(第四十一作「男はつらいよ 寅次郎心の旅路」)行ってしまった寅さんですが、なぜか埼玉県は最後まで素通りでした。葛飾区のすぐ隣なのに。
 同じく隣の千葉県にだって、矢切りの渡しが流されて行ってるのに。
 まあ、あまりに柴又に近すぎて、旅先でのドラマという形にするのが難しいのはわかります。

『埼玉県が舞台の映画』

 寅さんに埼玉県は出ませんが、埼玉県を舞台とした映画はかなりあります。最近ですと興行収入37億超えの大ヒット「翔んで埼玉」が有名です。草加や所沢など埼玉の地名を出して、これでもかというくらいに埼玉をコケにしてしまう、かなりスレスレの表現満載で非常に面白い映画でした。また行田市の忍城をめぐる、石田三成率いる豊臣勢との攻防戦を描いた「のぼうの城」も有名です。

 史実を基にした水攻めの場面が一番の見せ場なのですが、完成した平成23年(2011年)の3月11日に東日本大震災が起き、津波による甚大な被害が発生したため、公開は1年間延期されました。実際に映画を観ると、水攻めのシーンは良くも悪くも迫力がありまして、こりゃたしかに最低でも一年間の延期は必要だったなあと思いましたね。
 監督は犬童一心と樋口真嗣の二人体制。水攻めは当然シン・ゴジラの樋口真嗣監督の担当でしょう。この映画は第36回日本アカデミー賞で10部門優秀賞を獲得しました。

『埼玉県が舞台のアニメ』

 あと有名なところですと「キューポラのある街」がありますが、今や川口の知名度をあげた「キューポラのある街」よりも、春日部の知名度を世界レベルに押し上げた「クレヨンしんちゃん」の存在を出さないわけにはいきません。既に映画だけで31作、テレビアニメも31年に渡って放送されています。海外でも翻訳されていますので、知名度と映画の本数が寅さんを超えるのも時間の問題です。

 なんせ地元のイトーヨーカドーがコラボして、看板をアニメと同じ「サトーココノカドー」にするほどです。期間限定とはいえあのデカイ看板を丸ごと変更してまた元に戻すのにどれだけの費用がかかるのやら。でもそれをやってしまうほどのメリットがあるわけです。春日部を通る東武鉄道もよくコラボしてますね。

 アニメとのコラボで言えば、秩父に聖地巡礼客を呼び込み、秩父の観光局が本気で取り組み祭りのプログラムまで変えてしまった「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(通称「あの花」)があります。
 幼い頃に一緒に遊んでいた女の子が事故で亡くなり、それを引きずって10年経った少年たちの物語ですが、こうやって内容を思い出すだけで涙ぐんでしまうくらいインパクトのある作品です。テレビ放送後は劇場版も作られ、実写ドラマにも舞台にもなりました。
 秩父には「龍勢」と呼ばれるロケット花火の一種を打ち上げる「秩父吉田の龍勢」という祭りがあるのですが、作中、亡くなった女の子の慰霊のために少年たちが龍勢を打ち上げるエピソードがあるのです。
 このアニメが放送されてから、実際の祭りの中に「あの花龍勢」が発射されるようになりました。当然ですが西武鉄道や秩父鉄道もコラボしています。最後に、久喜市鷲宮の知名度を全国区に押し上げた「らき☆すた」を紹介します。

 ゲーム雑誌の穴埋め四コママンガでスタートした「らき☆すた」は、その後ページ数も増えて人気になり、アニメ化されて大ヒット。女子高生の日常を描くだけなのに英語・中国語・韓国語で翻訳されるほどの人気作品となりました。作品舞台となる鷲宮神社には観光客が大量に訪れ、地元経済団体に東武鉄道、そして市役所までが本気を出して観光客誘致に取り組みました。

アニメの声優さんや作者の公式参拝イベントまで実施したところ、初詣の参拝客が県内2位になる勢いを見せて関係者を驚かせました。
 作品が面白いだけでは、人は舞台になった土地を訪れません。行ったとしても、地元の人がお客さんになめきった態度を取っていたら「ふざけんな馬鹿野郎二度と来るか!」となります。またやはり、その場所に作品以外の魅力がないとリピーターはつかないと思います。

 埼玉県は魅力ある場所と魅力ある人が揃っているから、聖地巡礼のリピーターも増えるし、そして魅力あるコンテンツが生み出されていきます。柴又や亀有と同様の場所が、埼玉の至る所にあるのです。
 次はあなたの住む町の知名度が全国区になるかもしれません。

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