お酒と人類の長いつきあい | 行政調査新聞

お酒と人類の長いつきあい

お酒と人類の長いつきあい
伊上 武夫

「お酒の製法による分類」

 全世界のイスラム教徒以外の皆様、お待たせしました。皆様の大好きなお酒の話です。みなさんお酒お好きですよね。普段飲んでいるお酒もいろいろあると思います。
 これからの季節はよく冷えたビールが恋しくなりますし、食事に合わせて日本酒やワインを飲むのも楽しいものです。いい雰囲気のバーでウイスキーやブランデー、バーボン、カクテルをあおるのも粋です。

 さて、日頃口にしているお酒ですが、その作り方は、醸造酒、蒸留酒、混成酒と大きく3つに分けられます。まず醸造酒。原材料を酵母により発酵させてアルコールを作ります。原料そのものに糖分が多い場合、酵母さえあればアルコール発酵してくれます。
 ブドウを原料にしたワインがそうですね。ところが米や小麦の場合はそうはいきません。まず澱粉(でんぷん)を糖に変える作業が発生します。ビールの場合、小麦を糖分に変える作業を行い、それからアルコール発酵させるわけです。
 ワインのように一発でアルコール発酵してくれるのを「単発酵酒」、ビールのように一旦糖分に変えてからアルコール発酵となるのを「複発酵酒」といいます。

 では、米から作る日本酒もビールと同じ複発酵酒、かというと少しだけ違います。
 ビールだと小麦を糖分に変えて、次に糖分をアルコールに変えますが、日本酒だとこれが同時進行なのです。糖分をアルコールに変えるのは酵母の働きですが、麹が澱粉を糖化する作業というのが日本酒にはあります。この2つの作業が日本酒では同じ容器の中で同時進行しているのです。ビールのように糖化させてからアルコール化させるやり方を「単行複発酵」、日本酒のように糖化とアルコール化が同時進行させるのは「並行複発酵」と言います。この「並行複発酵」、何がすごいかと言いますと、アルコール度数の高い酒を作れるわけです。アルコール度数の高い酒を作ろうとすると、高い糖分が必要になりますが、糖分が高すぎると今度は酵母が活動できなくなりアルコール化が進まないのです。「並行複発酵」ですと、麹がせっせと糖分を作るそばから酵母がせっせとアルコールに変えて行くので、アルコール化がどんどん進んでいくのです。ビールと違って日本酒のアルコール度数が高いのは、この製法の違いによります。

 次に蒸留酒を説明します。先程の「並行複発酵」で作られるアルコール度数にも限界があります。だいたい20度あたりまでです。ここから上の度数にあげようとすると、今度は酵母自体が高濃度アルコールで死滅してしまいます。つまりアルコール除菌です。そこでアルコールを濃縮するという発想が出てきます。
 ところが簡単にはいかない。濃い飲み物を作る時、普通なら加熱して煮詰めるわけですが、アルコールは水より沸点が低いので、煮詰めると逆に「アルコールが飛んで」薄くなってしまいます。普通ならそこで納得してあきらめるわけですが、酔っぱらいたい人類の欲求はシラフでは理解しがたいレベルにありまして「気化したアルコールの方を集めて酒にする」という製法を開発してしまいます。

 ウイスキーの広告などでガチョウの首のような形をした巨大な銅製の釜の写真を見た事がある人も多いと思いますが、あれがアルコールを蒸留・濃縮するための釜です。
 巨大な釜で加熱された原材料から気化したアルコール分は、釜のフタに付いている細い首の部分を通って冷やされ、再度液化されます。ウイスキーはこれを集めて樽に寝かせて作るわけです。ちなみに釜が銅製なのは、原材料に存在している硫黄などの成分が、気化した際に銅と反応する事で、出来上がったウイスキーから硫黄臭が取り除かれるからだそうです。混成酒は、醸造酒や蒸留酒にハーブや果実などを加えて作られるお酒ですね。梅酒などがこれになります。

「お酒の原材料による分類」

 製法の次は原材料を見てみましょう。基本的にお酒は、生活しているその文化に密接に結びついていますので、その地でよく口にする食物から作られます。日本酒はお米ですし、ビールは小麦です。小麦と産地が被るブドウからはワインやブランデーが作られ、大麦からはウイスキーが、トウモロコシからはウイスキーやバーボンが、サツマイモからは芋焼酎が作られます。
 他にもリンゴから作られるシードル、ヤシの実から作られる椰子酒、サトウキビから作られる黒糖焼酎、サボテンのような植物リュウゼツランから作られるテキーラなど、全てその文化と繋がりが深い、その地域で普遍的に入手できる、その地域の植生に合致した植物が原料です。と、書くと、疑問に思いませんか。植物ではなく、動物由来の原材料から作られる酒はないのかと。実は、あるのです。馬の乳を発酵させて作る馬乳酒というお酒が、モンゴルなどの中央アジア圏に存在します。馬乳に含まれる酵素と乳酸菌がアルコールを生み出すのです。

 日本酒だと「火落ち」を生み、酒そのものがダメになる「火落ち菌」というものが知られていますが、これは乳酸菌の一種です。馬乳酒の場合はアルコールを生み出す側として乳酸菌が働くわけで、微生物の世界というのも広大無辺です。
 さて、この馬乳酒ですが、アルコール度数は高くなく1度から2度くらいにしかなりません。そのせいかモンゴルでは毎日1.5リットル以上も飲むようです。
 また馬乳酒はビタミン補給にも優れていて、これだけで水分、カロリーも賄えてしまうという優れものです。つまり「アルコールが少し入ったヤクルトを毎日1.5リットル飲んで健康を維持している状態」と考えても間違いではないと思います。

 実際、カルピスの元になった乳酸菌飲料というのが、どうやら馬乳酒らしいのです。そんなに健康にいい酒ならガンガン飲んでやろう、そう考える人もいると思うので先に注意いたしますが、日本人には馬乳酒の消化が難しい人も多いようで、飲んだらお腹を壊してしまう人が結構いるみたいです。これは消化酵素の問題みたいですね。我々が普通に食べている海苔も、消化酵素を持っているのは人類で日本人くらいらしいですから。最後に、動物由来のお酒をもう一つ紹介します。
 蜂蜜酒です。蜂蜜に水を加えて放置するだけでアルコール化していきます。ですから世界最古の酒と考えて間違いないでしょう。古代中央ヨーロッパの遺跡からは蜂蜜酒を飲むためのものと思われる土器も発見されています。
 あ、簡単にできるからって勝手に作ると酒税法違反になりますからダメですよ。

「文化と文明としてのお酒」

 お酒は美味しく飲めて楽しく酔えるので、民族文化と密接につながっていますが、水と違って「溜めておいても腐らない」という特徴があります。神様への捧げものとしてのお酒は、この側面も大きいのではないでしょうか。
 また「凍りにくい」という特徴もあります。エタノールの凝固点はマイナス114.5度です。救助犬セントバーナードの首に下げている小型の樽の中に強い酒が入っているのは、雪山での遭難者がその酒を飲んで身体を温める意味がありますが、水を持っていっても凍ってしまって飲めないというのも大きいでしょう。
 人類の歴史よりはるかに以前から微生物は活動していました。新参者の人類は、顕微鏡レベルの微生物が生み出すエタノールに魅了され、様々な文化活動を生み出し、悲喜こもごもの彩りに満ちた人生を、シラフとは言い難い状態で数万年近く続けてきました。ところが、微生物よりさらにミクロな電子顕微鏡レベルの存在、ウイルスにより、我々の生活は大きな影響を被る事になります。

 2020年から続くコロナ禍で、世界経済は大打撃を受けました。とりわけお酒の業界は、世界的に食事会や飲み会が控えられた事で、規模の大小に関わらずかなりの損失に直面しました。その反面、消毒用アルコールの需要が急増しましたが、本来なら一番必要とされるはずの医療現場に消毒用アルコールが供給されないという事態にまでなりました。そのような中、水戸市の明利酒類、高知の菊水酒造、富山の若鶴酒造などの少なからぬ酒造会社が、自社の製造ラインを用いて代用アルコールの製造を開始しました。自分たちの売り上げが落ちているにも関わらず、この決断をしてくれたわけです。消毒用アルコールの方が売れるから切り替えたわけてはありません。

 一度消毒用アルコールへの製造に切り替えた後に再度通常の酒の製造へ戻すには、かなりの設備費用が発生するからです。釜そのものを交換する必要もあるでしょう。しかしこの決断により医療関係にも消毒用アルコールが行き渡る事ができました。
 また、このコロナ禍において、世界でトップレベルの風評被害を被ったのは、間違いなくコロナビールなのですが、製造過程で生成した殺菌用アルコールジェル30万本を寄付するなど、社会貢献に努めてくれています。収入が激減している最中、彼らの義侠心にあふれた行動のおかげで、助かった命は数多くあります。今度一杯飲む時に、少しだけ、これまでの酒造りの歴史に、関わった人たちの活動に、思いを馳せてみてください。酒の味わいが増すかもしれません。

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