獄中記 第二十二回 | 行政調査新聞

獄中記 第二十二回

福 山 辰 夫

獄  中  記

<福 山 辰 夫>

第 二十二 回

皇紀2656年 【平成8年・西暦1996年】

1月1日 (月) 元旦 

 新年を迎え、心新たに一年を過すと己が身に誓う。
 本年の指針は『明鏡止水』とした。まだまだ他者の動向ばかりが気になり落ち着きがない小生にとって、何事にも澄み切った静かな心境で取り組むという意は囹圄に暮らす身には云い得て妙也。
 朝餉時に正月菜として「一の折」(*副食)と、「二の折」(*和菓子の詰合せ)が給与される。川越の実父より「年賀状」が届く。

1月4日 (木) 

 仕事始め。例年の如く「官の都合とやら」で、終業時間が2時間程短縮される。斯様な都合だったら何時でも大歓迎とは同囚の弁である。

1月5日 (金) 

 今月は、通信教育『圖南書道』に於ける「平成8年第一期漢字部昇位試験」を月末に実施。小生も受験する予定にて教育首席と会計課長宛の連名願箋「受験願」と、受験料4,000円を領置金で支払う為、会計課長宛で「領置金支払願」を提出する。

1月8日 (月) 

 本日は宮城刑務所に入獄以来、初めての「遺物混入検査」(*俗にいう=玉入れ検査)が入浴後に実施され、還房前に講堂へ移動して玉入れ検査を受ける。
 中に入ったら二手に分かれて並び、順次椅子に座る警備隊職員の前に立ち自らズボンとパンツを下ろすと、医療用のゴム手袋をした職員がイチモツを握り、竿先~金玉の表裏迄を丹念に調べる。
 入浴直後とはいえ、同性(*それも懲役)のイチモツを細部にわたって検査する。つくづく看守とは因果な職業である。 
 もう10年以上も前の話になるが、小生も特少の久里浜少年院時代に「バネットLION歯刷子」の柄で製作した玉が1個入っている。然し、中には20個・30個と竿に埋め込んでいる猛者も居り、余りの数の多さから職員二人掛かりで数え間違いがないよう、油性ペンで印を付けながら数える様は傍目にも笑える。一方で、入所時の問診で過少申告したか、それとも現在進行形で竿を改造中なのかは分からないが、毎回玉入れ検査を実施すると数人の者が「自傷行為=異物混入罪」で取調べになる。自ら痛い思いをして入れて『軽塀禁罰』(*懲罰)は確実で、懲役と職員の鼬ごっこの終焉はないだろう。

1月9日 (火) 

 岡千之氏(三島由紀夫実弟)が死去。

1月10日 (水) 

起床時から体調が勝れず工場担当に願い出て10時頃、医務分室で特別診察を受ける。症状は、熱が高くて咳が酷い。「風邪」の為、午后より入病となり病舎1階東側個室36房にて休養に入る。

1月16日 (火) 

 休養解除。朝9時過ぎに処遇部門第二主任より「休養解除」の告知を受け、警備隊職員の連行で元工場へ。結局、一週間入病した訳だが、入病翌日の11日に「橋本龍太郎内閣」が発足し、平成5年8月の宮沢喜一以来の自民党総理が誕生。所内では13日より「感冒対策」が実施され、仮就寝が1時間繰り上がって17時30分に。亦、処遇の一部変更にて免業日の午睡が許可される。尚、昨日の「成人の日」の特別菜は「あんまん(2個)」が給与される。此の三連休は、病床で寝て過ごす週末になってしまった。
 夕方、賞与金(12月分)の教示有り、4等工5割増+一割で4,196円也。

1月21日 (日) 大寒 

 上空に寒波が停滞し、厳しい寒さの一日。午前中は『短歌会』に出席。扇畑先生の話に、檜葉(ヒバ)のことをアスナロと呼ぶのは「明日は檜(ヒノキ)になる――」といったゴロ合わせから来たという説もあると。
 毎月この歌会に出席すると、些細な事柄でも何かしら得るものがあっていい。大体、文法も真面に知らぬ小生が、短歌の重鎮で国文学の名誉教授に教えを受けている自体、凄い事なのである
 13時からの午睡は「豊饒の海 第2巻奔馬」(三島由紀夫著・新潮文庫)を心読。夕方は臨地に勤しみ、夜は20時からNHK大河ドラマ「秀吉」を視聴。

1月26日 (金) 

 昼前に父の面会有り。会話の内容は、お互いの近況で、面会終了後「日刊スポーツ」(3ヶ月分)の購買差入れと、便りで注文していた本の差入れして貰う。午后は『古城漢字(2班)』が実施され、5級テストを受ける。夕方の還房後、舎房用の「官物メリヤス上下組」1点が交換物として入る。
 月末の私本配付は、下附を願い出ていた「豊饒の海 第3巻 暁の寺」「豊饒の海 第4巻 天人五衰」(共に、三島由紀夫著・新潮文庫)の2冊が手元に届く。

 1月30(火) 

 本日より現在使用中のコップの他に、お茶飲み専用として各人に湯呑み(硬化プラスチック製)が支給される。昼餉後、菅野看守部長よりその旨、訓示が有り「くれぐれも大切に使用する事」と釘を刺される。何故なら、懲役は直ぐに毀す輩が居るからである。

2月1日 (木) 

 父に便り出す。内容は、先月26日の面会と差入れに対する御礼と、近況を認める。月の初めにて、夜間個室の固型石鹸・スポンジクリーナ―・液体洗剤の交換有り。

2月2日 (金) 

 過般、願箋にて領置金と賞与金の残高調べを会計課に願い出ていた件で、菅野担当より教示され「領置金591,494円・賞与金92,447円」との事。本日、舎房用チョッキの一斉交換有り。

2月6日 (火) 

 「人」紙に短歌を投稿する為、原稿を教育部に提出。

 父からの賀状が届き添え書きに「克己復礼」と吾れを論せり

他9首を投稿。

2月7日 (水) 北方領土の日 

 各社新聞紙上に於いて4島返還の政府広告が掲載されているが、国民総意の運動として定着しているかは疑問?政府・国民共にもう一歩前進した交渉・運動を展開して、早期返還の実現。此れこそが愛國者也。

2月12日 (月) 

 午前中は総集行事にて、テレビVTR「北の国から92巣立ち(前編)」(1992年・製作:フジテレビ・原作:倉本聰・出演:田中邦衛、吉岡秀隆、中嶋朋子、裕木奈江ほか)を視聴。午后の午睡は読書。夕方は自主学習「中国思想」を独学し、夜は床に就いてテレビ視聴。
 独自の歴史解釈から「司馬史観」とまで云われた、作家の“司馬遼太郎”氏が死去したと訃報が届く。司馬史観には賛否両論あるだろうが、愛読者としては若き日の氏の鋭い考察は嫌いではない。合掌

 2月13日 (火) 

 賞与金が教示され、3等工3割増11割3,570円。

2月17日 (土) 

 午前10時から11時30分迄、慰問演芸「第24回ふれあいの箱」が催される。特に、盲目の歌手「佐藤正美さん」の歌唱は素晴らしい。毎年必ず来て下さり、「花と龍」「関東流れ歌」といった任俠歌謡を熱唱。
 懲役で乾いた心を潤わせて呉れる。毎年、正美さんが歌い終わると一番拍手が多いのは、障害者に対する同情では無く歌う側と聴く側の波長が一つになるからである。「佐藤正美さん、今日も素晴らしい歌声と勇気を有難とう」。
 午后は頭刈りを実施。

2月23日 (金) 皇太子徳仁殿下誕生日 

 今日の日に日本人として皇室を尊び、祖先を敬う機会としたい。
 月末の私本配付は、下附本「平成7年版 経済白書」(経済企画庁編)と「世に棲む日日(一)」「世に棲む日日(二)」(共に、司馬遼太郎著・文春文庫)の計3冊が手元に届く。

2月25日 (日) 

 午前10時から11時30分迄『短歌会』に出席。扇畑忠雄先生曰く、「最近は歌の作り手も年齢が高くなってきて、若い人達は歌を詠む機会も無くなっている。特に、作歌に取り組むポイントとしては、歌は主観的に作るものだと思いがちだが、客観的に作ることで良くなる場合もある」と。
 午后は臨地に勤しみ、夜のテレビ視聴はNHK大河ドラマ「秀吉」。

2月26日 (月) 

 教育部に『圖南書道會』へ提出する漢字部月例競書及び、かな等昇位試験作品を提出。亦、会計課長宛で圖南書道の受講料(6ヵ月分)3,600円を領置金で支払う旨、願箋に記して提出。12時20分から、1舎3階の教誨室に於いて『古城漢字(2班)』を実施。今日は4級テストを受ける。
 夜は、ラジオを切り「世に棲む日日(一)」(司馬遼太郎著・文春文庫)を耽読。
 主人公は、全編が吉田松陰。後編が高杉晋作の幕末長編。

3月1日 (金) 

 毎月1日は、当所の「作業安全日」。夜間個室の食器洗い用液体洗剤交換日に付き、出役時に空容器を食器孔に出して出役。
※刑務所内の使用水が地下水汲み上げから、仙台市の上水道に代わる。

3月3日 (日) 上巳(桃の節句) 

 9時より「囲碁・将棋大会」が催される。12工場からは「桜きなこ」が囲碁、「Tさん」(松葉会上萬一家内)が将棋の代表として出場する。現時点の対局結果は不明だが、「桜きなこ」は元慶應大学中退?で一回戦は勝つだろう。
 一方、Tさんも雑居で同房だったが小野寺の兄弟とは囲碁、他囚とは良く将棋を指していた。棋力も中々で12工場の代表として頑張って欲しい。
 午前中は臨地に勤しみ、午后は読書・思想研究を行う。
 夜のテレビ視聴は、NHK大河ドラマ「秀吉」。21時、就寝。

3月4日 (月) 

 昨日の「囲碁・将棋大会」の結果は、桜きなこ・Tさん共に「1勝1敗」で予選敗退。誠に残念であるが、矢張り上には上が居るという事だ。桜きなこは長期2刑(懲役13年+無期刑)を務める身故、来年こそ必ずリベンジして欲しい。刑務所機関紙「人」に投稿する短歌原稿を教育部に提出。
 「点検」と合図を掛ける職員の云い回しにてその人を知る。

指詰めし先の霜焼け撫でながらそこまで来たる春を想えり

他3首。工場用「襟無しシャッツ・袴下ズボン」が一斉交換となる。

3月8 (金) 

本日で丸5年を務める。「少年老い易く学成り難し」(朱熹・偶成)というが、やたらに齢(よわい)ばかりを重ねても、未だに学を究めるには至らず…。
 残刑期6年。先は長い様でも決して長くは無い。今この時、この時間を大切に生くべし。

 3月9 (土) 

 午前中は臨地に勤しみ、午后のテレビ視聴(13時~14時30分)は、先週の続きで「大地の子」(原作:山崎豊子)。先週はこの放送を知らず、見過してしまい後悔をした為、今日の「第2部・流刑」は確と見る。
 「大地の子」といえば、平成5年の夏頃に官本で借り(上・中・下巻)を読破。主人公である陸一心(松本勝男)は、中国残留孤児という事で幼少より蔑まれ、此れでもかという艱難辛苦の人生を歩む。
 テレビ版も、小説を忠実に映像で表現しており、何度も泪を拭うこと頻り。正に「鬼(人殺し)の目にも涙」である。只、途中で頭刈りが有り、視聴出来なかった場面が心残りだ…。 
 官もくだらぬバラエティー番組ばかりを見せず、此れを機に良い番組はVTRに録画して見せる位の手間隙を掛けたらどうか?

  3月10 (日) 

 本日は、講堂で「彼岸会」(9時30分から10時30分迄)が催され出席。
 真宗大谷派の僧侶に依る「仏説阿弥陀経」の読経で、出席者全員が焼香。焼香後、30分程法話を拝聴。

 「彼岸というと墓参りと誰もが思い浮かべるものだが、彼岸会というのは日本独特のものである。東京の彼岸とは、極楽浄土・悟りの世界を意味するもので、我々人間は死んだら誰もが彼岸へ行くのだとお釈迦様は云っている。真宗の中興の祖である『蓮如』(1415~1499)は、『末法無知』を唱えた。末法無知とは?つまり人間というものは、人間そのものを知らずに生きており、己の欲望にのみ生きて、気が付いたらば歳を取り、而して何も知らずに一生を終えて墓場へ行くと云っている。
 更に『親鸞聖人』(1173~1262)は自己を『罪悪生死の凡夫』と云っており、是も人間というものの無知さ、煩悩に因って束縛されていることを意味している。其所で、話しはお釈迦様に戻るが、何故お釈迦様はインドのヒマラヤ南麓の迦毘羅の王子であり、何不自由の無い生活をしていたのに出家をしたのか?それは『生老病苦』の4苦をお救いになり、人間というものを知る為であった。
 我々は個々が全てだと思いがちだが、両親が居て其の両親にも夫々父と母が居る。自分から17代を遡ると実に5万5,552人といった系図が出来上がる。 
 併し、其の中で父か母の一人でも欠けていたならば今の自分は存在しない訳で、我々が今現在受けている生とは、何憶兆もの人間に由って今が有ると識らされる。だから彼岸とは其の様な自らの祖先への恩恵を考える日である」

 正に「目から鱗」で、久し振りに良い法話を拝聴。改めて生命(いのち)について勘案しつつ一日を過す。午后は臨地、思想研究に勉励。夜はテレビ視聴にて、NHK大河ドラマ「秀吉」他。

  3月11 (月) 

 賞与金が教示される。2月分は、3等工4割増+1割の4,804円。

  3月14 (木) 

 今日の昼餉は「災害時用非常食」として備蓄の棚卸しで、レトルトパックのカレーと白米が膳に上る。工場担当は、通常の麦飯よりカロリー的に高いと言ったが、量的には少なく20代の者には物足りないだろう。だが此処は飽く迄も獄中、心で思えども決して口に出さぬがサムライ・漢(おとこ)也。
 12時20分より13時20分迄、『書道教室(4班)』に出席。

  3月15 (金) 

 正月以来、口腔内(唇の内側)に水疱が出来て一向に治らない為、医務診察を願い出る。医師から感染病等に罹っていないか、シャバの医療機関で検査をするとなり注射器を唇に刺して水疱を抜く。亦、来週の火曜日に「胃カメラ検査」を予約。何か大事になってしまったような感じだ…。

  3月19日 (火) 

 9時頃、医務から呼び出し有り。病舎地区の医務所で「胃カメラ検査」を受けるも、人生初の胃カメラ体験に要領を得ず、管を動かされるとえずいてしまい、検査を終える迄に可成り時間を要した。只、検査の結果は「胃が荒れている程度」ということで安堵。検査後は、3舎1階11室(独居房)に移動して休養。11時50分頃に工場へと戻る。
 午后は、15日に注射器で抜いた水からは特にウイルス等の心配は無いと、検査の結果が伝えられる。 「人生、健康が一番である――」

  3月23日 (土) 

 午前中は臨地に勤しみ、午后はテレビVTR視聴(13時から14時30分迄)「大地の子 第4部・日本」。此のドラマを見る限り戦後の中国共産党とは、嗚呼迄も猜疑心が強いものであったのか? 共産主義とは、全体主義である。

3月26日 (火) 

 12工場は「洋裁工」で、主に幼稚園児の体操着やジャージ・ブルマ等の縫製を行っている。本日、新たに官で購入した工業用ミシン(ダブルミシン、オーバーロックミシン=各一台)が納入される。小生専用としてオーバーロックミシンが割り当てられる事になり、納入業者が設置して取り扱い説明を受け、端切れで試し縫いをする。
 何でもそうであるが新品を最初に使うというのは、誠に気持ちが好い。

  3月29日 (金) 

 昼餉後『古城漢字(2班)』が有り、3級テストを受ける。
 終業直前に3班の班長であるスーさん(塩釜市住人)と、同班でロックミシンに乗っている梅ちゃんが喧嘩して入独。原因は種々有る様だが、本人達にしか分からない理由があるのだろう。喧噪が収まったところで、菅野看守部長より担当台に呼ばれると、「斯様なる事態故、Sに代わり今から福山が班長を務めて呉れ」と言われ即答で断る。菅野のオヤジと押し問答になるが、結局押し切られて渋々承諾。本日で、工場ストーブの使用を中止。
 還房後は、私本配布有り。私費購入の週刊誌1冊、下附本の「世に棲む日々(四)」(司馬遼太郎著・文春文庫)1冊が手元に届く。

3月30日 (土)

 9時30分から10時30分迄、宗教教誨『神道』に出席。
 本日の教誨師は、坂本壽郎先生。講話内容は「国旗と国歌について」。
 日の丸の歴史・君が代の由来等を話してくれる。出席者は小野寺の兄弟、K林さん(元一和会・山一抗争で服役)、W・浩(金丸信副総理・足利市民会館発砲事件で服役)らが居た。午后はテレビVTR視聴「大地の子 前5部・兄弟」。
 頭刈りの為、一時視聴を中断。

 3月31日 (日) 

 10時から11時30分迄、『短歌会』に出席。
 扇畑忠雄先生の話しは、「大伴旅人」「大伴家持」の歌人としての評価。
 特に、大伴一家は歌人として誉れが高いと言われている。
 午后は臨地に勤しみ、夜のテレビ視聴は、NHK大河ドラマ「秀吉」。
 処遇の一部が変更となり「感冒対策」が終了。明日から通常の動作時限へと戻る。

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