福 山 辰 夫
獄 中 記
<福 山 辰 夫>
第 二十五 回
皇紀2656年 【平成8年・西暦1996年】
10月1日 (火)
二年無事故章を交付される。(赤線が三本になる)「作業安全日」にて、運動時は避難訓練を実施。(11時~)夜間独居の液状洗剤、スポンジクリーナ―、固型石鹸の交換・支給日。
10月4日 (金)
私本の期間延長日。夜、舎房回覧の『讀賣新聞』朝刊を閲読。
社会面の訃報欄に目を遣ると、良く見知った人の顔写真が掲載されている。記事を読むと、
日本俳優連合理事で俳優の福山象三「本名 博寿(ひろかず)」氏が2日午前4時13分に胸部大動脈瘤破裂にて死去。享年67歳。氏は「網走番外地」やテレビの「水戸黄門」等に出演……云々。「網走番外地」シリーズで高倉健の脇役を演じた象三おじさんは、父の従兄弟で小生の従叔父にあたる。父とは兄弟同然に育ち、一番仲が良い従兄弟と聞く。勿論、川越の実家に連絡は入っているだろうが、閲覧後は早速父に便りを認める。
長い刑期を務めるという事は、身近な人との別れを覚悟せねばならぬ。それは近親者だけに限らず、渡世上の親分・先輩達が鬼籍に入る。時の流れといえば、それ迄かも知れないが、矢張り身近な人の訃報は悲しくて寂しいもの。屹度、囹圄の中(うち)という閉ざされた社会の現実が、斯様なる気持ちにさせているのだろう。 合掌
10月11日 (金)
所内文芸誌「あをば」へ投稿する、短歌作品を教育部に提出。
雲ひとつない秋空に延びたりし飛行機雲を格子越しに見ゆ
塀際の芝の間に薊咲き日に日に増えて秋深まりぬ 等、計五首。
官本交換該当日。
10月14日 (月)
仙台矯正管区発行の文芸誌「文集みちのく」に投稿する、「読書感想文―『豊穣の海』四部作・三島由紀夫著」及び、短歌作品(10首)原稿を教育部に提出。
風にのり聞こゆる喧噪窓越しに塀の向うの街を思えり
春の日に掃除しつつ窓の隅の蜘蛛の巣作りしばし見つめて
鉄格子両手でにぎり空仰ぎ想い出すのはテレビの場面
梅雨雲る真昼間なれば鉄格子の独房(へや)はひときは暗さを増しぬ 他。
10月15日 (火)
作業中に賞与金の教示有り。2等工3割増12割 5,581円也。
10月17日 (木) 宮中神嘗祭
工場定期発信日に付き、父宛に便りを出す。象三おじさんの訃報を新聞で知った旨、近況報告及び差入れ品等を依頼する。蔵王で、今冬初冠雪を記録―。
10月18日 (金)
私本期間延長日。作業中に処遇部門から呼び出しを受け、警備隊の成田担当が迎えに来る。連行されつつ、何か反則を犯したかな?と考えるも思い当たる節がない。指示の儘、取調室へ入ると処遇部門第二主任が書類を片手に入室する。即、成田担当の号令「気を付け・礼・直れ・称呼番号・氏名」と、一連の動作を行い主任より言い渡しを受ける。その事由は、先日の出役時に舎房(4舎3階4室)前の廊下にて鍵を拾い、看守に申告・拾得物を渡した件で、「統括口頭賞詞」と「賞与」を受ける。(10時30分頃)刑務所とは、当り前が当たり前じゃない世界。良くも悪くもthe懲役。
10月25日 (金)
書道作品を教育部に提出。(圖南書道)
作業中、川越から両親と姉が面会に来る。変わらず元気そうで何よりだが、幼少期より迷惑を掛けてばかりで申し訳なく思う。毎度の如く「日刊スポーツ」(3カ月分)、書道用品及び本の差入れをして頂く。(11時20分~12時)
10月27日 (日)
月例の「短歌会」に出席する。(10時~11時30分)
今月の作品は、
夕焼けのいまだ残れる南天に煌めく明星窓越しに見ゆ
扇畑先生の批評では、「煌めく」は平仮名で「きらめく」とした方が良い。然し、下の句の「窓越しに見ゆ」で作者の位置が判かるので大変に良く、矢張り歌を詠み表現をするには、作者の位置設定をすることが肝心也―。今月の歌会は、珍しく先生より褒詞を頂く。
午后は臨池、読書、思想研究に勤しみ、夜はNHK大河ドラマ「秀吉」を視聴。
11月5日 (火)
所内文芸誌「あをば」に川柳及び短歌作品を投稿。(教育部)
川柳作品は、
わが人生つねに凡打の併殺打
野球見て画面に怒る未熟者
ヒット打つコツで世渡り出来ぬ吾れ 他二句。
短歌作品は、
俳優たるおじの訃報を新聞で知るとき赤き彼岸花咲く
悪役で幾たびとなく殺されしおじもさすがに病で逝きぬ
糸瓜忌に新聞欄のコラムにて野球(のぼる)のいわれしばし目に止む 他二首。
運動時に避難訓練を実施。(14時10分~)
11月7日 (木) 立冬
刑務所機関紙「人」に投稿する短歌作品を教育部に提出―。
作品は、
彼岸花赤々と咲く一隅を行進す因らは脇目も振らず
人あやめ囚獄(ひとや)暮しの因果にも「大地の子」を読み吾れは涙す 他6首。
午前中の医務診察で肝機能検査の為、採血を行う。検査の結果は後日と云われ、他に血圧・体重等は異常無し。第二次橋本龍太郎内閣が発足(自民・社民・さきがけ連立)
11月8日 (金)
昼休憩後に、医務方より検眼の呼び出し有り。7月の面会時に差入れをして貰った、眼鏡フレームに入れるレンズを購入する。(13時~15時40分)
購入レンズは、ニコン製プラスチック圧縮レンズにて、37,080円(税込み)也。
11月12日 (火)
賞与金の教示有り。2等工4割増+2割+1割(*先日の鍵を拾った件での「統括口頭賞詞」に拠る賞与金加算分)で7,616円也。
11月13日 (水) 仙台で初雪
官本交換日。過日の事、教育課の嶺岸看守部長がぽつりと呟くに、所内文芸誌「あをば」の随筆投稿が激減。作品のストックも同誌の発行にも支障を来たしている。福山、右翼思想的なものは駄目だが、何か一つ書いて呉れないかと頼まれ、昨晩『私と短歌』と題す随筆を脱稿。朝一番に、工場担当経由で教育部へと提出する。
11月23日 (土) 勤労感謝の日
元新嘗祭。放浪の俳人種田山頭火の『行乞記』昭和8年1月6日に、こんな言葉が載っている。
「貧しくともすなほに、さみしくともあたたかに。自分に媚びない、だから他人にも媚びない。気取るな、威張るな、角張るな、逆上せるな」。
この境遇に暮す身には、一つ一つの言葉が心に刺さる。
昼餉時に、「勤労感謝の日」の祝日菜として「ドーナツ(小)」(2ヶ)の給与有り。
11月25日 (月) 憂国忌
三島由紀夫烈士の命日。「圖南書道會」へ送付する月例競書作品を教育部に提出。
今日より工場ストーブの使用が許可となる。
11月26日 (火)
先日、8日に購入した眼鏡レンズが、差入れのフレームに取付けられ手元に届く。従来の同じレンズ厚さより40%圧縮という代物も、相変わらず牛乳壜の底。眼鏡屋は奨励していたが、想像していたのとは違う。
11月29日 (金)
夕方は私本配付日にて、下附を願い出ていた「葉隠入門」(三島由紀夫著・新潮文庫)1冊が手元に届く。世の格言に、「今日の後に今日はなし」とあるが、今日という時、現在という一瞬を無駄にせず、充実して生きろという戒め。「歳月人を待たず」も同じ也。
12月1日 (日)
午前中は、宗教教誨「神道」に出席する。(9時30分~10時30分)
教誨師の坂本寿郎先生に依る講話は、9月の教誨でも話して頂いた「楠木正成」の後編。楠木正成という人物は、戦略に富んでおり、天皇に対する忠臣として最初の人と評せられる。現在、東京都千代田区皇居外苑1-1には、高さ4mの楠木正成像(台座を含めると約8m)が立っている。
後半30分は、先生が持参した「国旗・国歌」というビデオを視聴。国旗とは、其の国を象徴するものであり、我が国の「日の丸」は中心の赤が円満を、周囲の白が純潔を表している。一方、フランス・アメリカ・中国等の国歌は革命中に出来た歌詞が多い中、「君が代」は平和を願う歌詞で、黛敏郎もビデオの中では素晴らしい曲調だと評している。
昨今の若い者らは、「日の丸・君が代」はダサイ等と宣巻(のたま)くが、其の成り立ちや意味も解せぬのに勝手な事ばかり云うのには困る。況してや、慣習化されているのにも拘らず「日の丸・君が代」は、現況の盗用憲法に於いて「国旗・国歌」(*当時)として認められていないという矛盾。先の大戦後から今日迄、戦前の日本は悪として否定した「戦後自虐史観」に毒された結果が、国旗も国歌も恥ずかしいものという世論を造りあげてしまった。
午后は臨地・勉学に勤しみ、夜はNHK大河ドラマ「秀吉」を視聴。
12月3日 (火)
刑務所機関紙「人」に投稿する短歌原稿を教育部へ提出。
カゼ流行(はや)り真っ先き引きし吾が体
獄には不向きと友私語(ささ)きぬ 等、作品7首。
亦、父宛に年賀状を発信。
12月5日 (木)
所内文芸誌「あをば」に投稿する短歌作品を教育部に提出。
プレハブの赤錆浮きし屋根の上 桐の葉散りて朽ちて積もる
建て付けの悪い窓より隙間かぜ吹き込む独居もわが憩いの場 等、作品5首。
「圖南書道會」の月例競書・漢字部条幅4段位で第一位となり、賞状及び役員条幅作品(一点)を授与される。
12月8日 (日) 大東亜戦争開戦記念日
開戦記念日―といわれても、昨今は遥か遠い昔の出来事として風化されつつ有る。そもそも大東亜戦争に至った要因が、全て我が国に因る侵略行為で有るという「東京裁判史観」には納得がいかぬ。当時の欧米列強はアジア・アフリカ各地に進出し、其の利権を奪い合い国益追求の為、植民地政策による弱者からの搾取。18世紀後半に始まった「産業革命」は、初期に於いては石炭によるエネルギー革命であった。
然し、社会構造の変化と共に新たなエネルギーとして石油へと移行した事で、畢竟石油の確保という経済的事由が覇権主義を派生させ、やがて先の大戦へと導いて行ったである。日教組ら反日教師による間違った歴史感を糾し、正しい歴史認識を持つ教職者に拠って我々の子孫を教導せねば、やがてこの国は滅ぶであろう。 夜はNHK大河ドラマ「秀吉」を視聴。
12月13日 (金)
賞与金教示。2等工5割増+2割、6,726円と成る。官本交換有る。(3冊の貸与を受ける)
12月18日 (水)
「忌日読経」に出席する。曹洞宗の僧侶と共に「般若心経」を読経する中、出席の各自が焼香。その後、僧侶に依る30分の法話を謹聴する。
法話の内容は、
「正月に松竹梅を縁起物とするが、何故かといえば、松は一年中葉が青々としている。竹は上下に節が在るので風に揺られてもしっかりと立っていられる。我々人間もそうだが、しっかりとした節が無ければ矢張り駄目だ。最後の梅も、寒気に耐え軈(やが)て花を咲かせ、実を結ぶ。梅は寒さが無ければ立派な花を咲かせないのであり、此れは人の人生にも通ずる。従って、人間は常に真心を持って事に当たらなければならぬ。真心を持って事に当たれば、総てに成就する。他人に対しても真心を込めて接することが大切」と。 合掌
(処遇部2階の教論室にて実施:12時20分~13時20分)
12月22日 (日)
月例の「短歌会」に出席。(10時~11時30分)
這般(しゃはん)、当歌会の講師である“扇畑忠雄先生”が「第19回現代短歌大賞(現代歌人協会)」を受賞。その受賞理由は、昨年秋に出版した『扇畑忠雄著作集』全8巻ならびに過去の全業積に対して。尚、授賞式は10月29日(木)夜、東京・一ツ橋の「学士会館」で行われ、満85歳なるも先生は未だ青春である。
今月の扇畑語録は、
「今の歌は文語が主体となるも、10年後には口語が主流になるであろう。然し、歌は文語体の方が格調あって良い。短歌とは、五・七・五が上の句、七・七が下の句で、歌い方は自由。コツとしては、上の句に云いたい事(重い句)が来たら下の句ではさらり(軽い句)とし、逆に上の句で軽くしたなら、下の句を重くする。だから全て云いたい事を並べると、ひとり善がりで判らない歌になってしまう。現代短歌と万葉集とでは全く歌い方は異なるものの、歌の流れとしては万葉集が一番参考になる」と云う。
午后の余暇は、臨地・読書・思想研究に勤しみ、夜はテレビ視聴を行う。
12月23日 (月) 天皇誕生日
12月生まれの「誕生会」を講堂で実施。(9時30分~11時)
最初に、篤志面接委員・酒井先生に依る講話を拝聴し乍ら、炊場特製の汁粉一杯を喫食。
後半はVTRにて「NHK歌謡コンサート」の録画撮りを視聴し、終了。
天長節の祝日菜として「紅白大福」(1個ずつ)の給与有り。
12月31日 (火) 大晦日
愈々、平成8年も残す所僅か。此の一年を振り返ると無事に過した点では良かったが、勉学では「中国思想」や「国学」の遅れが顕著で、来年はもう少し刻苦勉励をせねばならぬと思う。今日は総入浴(11番)が実施され、15分間の入浴に行く。
夕餉時に、年越そば(カップ麺)及び袋菓子の給与有り。亦、例年通りテレビ視聴は18時30分から「レコード大賞」、20時から「NHK紅白歌合戦」、23時45分から「ゆく年くる年」を布団に横臥し乍ら、お菓子を喫食しつつ視聴。0時、本就寝となる。
久々の夜更かしに興奮して寝付けぬも、喧騒が止んだ暗闇の何処からか「ゴーン」と除夜の鐘の音が聞えてくる。平成8年から9年へと年が移り、娑婆では新年の初詣に出掛ける人も多いであろう。只、囹圄の中で新年を迎え様とも、今この時間を共有している事では同じだ。決して今を無駄にせず、平成9年も日々精進すべし―。
平成8年の〆歌
我を通すところが多き日常を「中庸」に生くと悟り誓いぬ 臣 辰男