「食中毒について」 | 行政調査新聞

「食中毒について」

「食中毒について」

伊上武夫

当たると怖いモノ

12月です。冬です。鍋が美味しい季節です。牡蠣鍋などお好きな方も多いと思います。しかし、牡蠣は食中毒も引き起こします。今年令和6年(2024年)1月には上野公園で開催された牡蠣をテーマにしたイベントで、出席した30人以上の参加者が下痢や嘔吐の症状を訴えました。また11月末には山中に自生していた「ヒラタケ」を持ち帰って調理し、キノコラーメンとして食べた人たちに下痢や嘔吐の症状が現れました。「ヒラタケ」と思っていたのは毒性の「ツキヨタケ」だったようです。
 今回は、危険な食中毒について書いていきたいと思います。

感染型食中毒

 食中毒と言われるものにもいろいろありますが、サルモネラ菌・カンピロバクター・ノロウイルス、この3つが感染型食中毒患者の8割を占めているとの厚生労働省の発表がありますので、まずはこれらの説明をしていきたいと思います。
 サルモネラ菌は卵や肉経由で感染することが知られていますが、ペットとして飼っているミドリガメやイグアナからの感染例も多くあります。困ったことにこれらの動物は保菌していても症状が出ないので、大丈夫だろうと油断して感染してしまいます。

 サルモネラ菌を取り込んでしまうと、大半は急性胃腸炎となり、数時間で嘔吐、腹痛、下痢が発症して数日続きます。サルモネラ菌は牛、豚、鶏の腸管内に常在菌として保菌されています。ですので肉類は、しっかりと加熱して調理しないと危険ですし、調理に使った道具を別の調理、たとえば生野菜を取り分けるなどで使用すると、サルモネラ菌が肉から移る可能性があり危険です。
 また、日本以外の国で生卵を食べないのもこれが原因です。日本では卵の殻の表面にサルモネラ菌が付着しないよう、パック詰めする以前の段階で徹底的に洗浄されます。また卵の形成過程で、卵黄や卵白といった卵の内側がサルモネラ菌に感染している可能性もあります。

 日本の場合は鶏の飼育の段階からサルモネラ菌に感染させないように注意をはらっているため、内側が感染している確率はかなり低いです。カンピロバクターはサルモネラ菌と同様、家畜の腸内に常在菌として存在します。家畜の流産の原因として古くから知られていましたが、のちに人間にも感染することが確認されます。生ユッケやレバ刺し、生の鶏肉からの感染が代表例です。カンピロバクターは取り込んだ量が比較的少量であっても嘔吐、発熱、下痢といった症状を起こすことになります。また冷蔵庫や冷凍庫に入れてあっても長期間生存しているので注意が必要です。

 寒い時期になるとノロウイルスによる食中毒被害が増えてきます。
 牡蠣などの二枚貝から感染することが多いのですが、本来は、二枚貝はノロウイルスを保有していません。ノロウイルスが繁殖するのはヒトの腸内のみで二枚貝の中では繁殖しません。ではなぜ二枚貝から感染するのかと言うと、ノロウイルスに感染した人間の糞便などが下水処理をかいくぐって海に流れるからです。これは下水処理施設がダメなのではなく、下水処理レベルの塩素濃度ではノロウイルスが死滅しないというのが原因です。海中に流れ出たノロウイルスはプランクトンごと二枚貝に取り込まれ、中腸腺という器官に蓄えられます。

 これが加熱されずに調理されてまたヒトの体内にやってくるという、全部人間の側に原因がある話でございます。牡蠣などの二枚貝は何も悪くないのでご注意下さい。またノロウイルスに感染したヒトから、更に感染が拡がります。具体的には感染したヒトが触ったモノを介したり、吐いたモノの後始末をしたヒト、下痢をしたヒトが利用したトイレを利用したヒト、などのルートで感染が拡がります。
 そして困った事に、ノロウイルスはアルコールによる消毒が効きません。消毒には熱湯での90秒以上の加熱、または濃度200ppmの塩素消毒液に浸すようにしなくてはなりません。またドアノブなど誰もが触るモノも消毒する必要があります。

毒素、そして化学物質

 「感染型」とは別に「毒素型」と呼ばれる食中毒があります。これは生体内、もしくは食品中で増殖した菌が毒素を作り出し、その毒素が原因で発症します。
 黄色ブドウ球菌やボツリヌス菌がこれにあたります。そして菌は加熱で死滅できても、作り出された毒素は無毒化されません。また、人体内に存在する化学物質ヒスタミン、これを身体の許容値以上摂取する事で起きる食中毒もあります。
 今これを書いている最中、まさにそのニュースが流れてきました。
 学校の給食で食中毒が発生し、その原因は冷凍カジキの常温解凍に時間をかけすぎて菌が増殖してヒスタミンが生成されたためであるとの報道です。「常温で雑菌が繁殖」などと、状況をよくわかっていない記事もあります。繰り返しますが、ヒスタミンは人体内に存在している化学物質です。神経伝達物質としての役割があります。ヒトはヒスタミンを食品などで取り込み、また体内でも作り出します。ヒスタミンには胃酸やセロトニン、ノルアドレナリンなどの分泌・放出を促す作用があります。

 ただ今回の事件のように、鮮度の落ちた魚に存在するヒスチジンが、常温で活性化した細菌の活動で分解され、ヒスタミンが大量に生成された場合、顔面紅潮(発赤)・発疹・頭痛・吐き気・嘔吐・下痢・腹痛・また蕁麻疹やアレルギー性疾患を引き起こす事になります。今回の事件では原因となった食品はカジキでしたが、最もよく知られている事例はサバです。

自然界の毒素

 ヒトには毒になる成分を元々保有しているものが、植物にも動物にも存在しています。キノコなどはその代表例です。以前読んだ本には、自衛隊のレンジャー部隊は作成行動中に生水飲んで蛇を生のまま食べるよう訓練されていますが、キノコだけは食べることを禁じられているとありました。キノコは種類が多く、どれだけ学習しても必ず例外があり、食べてしまえば毒にやられる可能性が高いからです。
 日常的にキノコに接している人たちまでが間違えてしまい食中毒で搬送されてしまうくらいです。食用のヒラタケだと思って有毒のツキヨタケを調理して食中毒になった事件が、この1カ月で2件発生しています。また、ニラと間違えてスイセンを調理、という事件も多いです。これもつい先日発生しています。見た目だけでは判別できません。食品はとにかく店に並んでいるモノを買いましょう。その方が安全です。
 と、言っているそばから否定する事を書いてしまいますが、日常食べている野菜の中にも有毒なモノがあったりします。その代表例がジャガイモです。ジャガイモの芽や緑色の皮の部分にはソラニンやチャコニンといった天然毒素があります。
 困った事にソラニンやチャコニンは加熱しても分解しません。なので、芽の部分や緑色の皮の部分はよく除去してから調理する必要があります。毒素は動物の中にもあります。知名度も致死率も最高に高いのは「ふぐ」ですね。フグ毒として知られるテトロドトキシンの毒性は青酸カリの約千倍ですから恐ろしい。
 しかし食べたら死ぬ事が分かっていながら、どうすれば食べられるのか試行錯誤を繰り返してきたヒトという種族は更に恐ろしい。これも先日、実際に起きた話ですが、スーパーマーケットで未処理のふぐが誤って販売されてしまう事故が発生しました。

 ふぐ処理師が処理の途中で離席した時に、他のスタッフが処理済みと勘違いして店頭に並べて売ってしまったのだそうです。店は慌てて保健所に連絡し、防災無線で緊急呼びかけなどを行いましたがその日に連絡はありません。しかし翌日、買ったお客さんから店に連絡があり、無事が確認されました。なんとこのお客さん、ふぐ処理師免許を持っていたそうで、適切に処理した上で友人たちと食べたそうです。店の人は一日中死ぬ思いだったでしょう。とにかく無事でよかったです。

生 虫

 島国で魚を生で食べる日本人は、よく寄生虫の被害に遭います。
 比較的知られた寄生虫はアニサキスですが、アニサキスだって好きでヒトに寄生するわけではありません。アニサキスの立場で考えますと、まず卵の状態で海に放出され、孵化してからは海中遊泳生活になり、オキアミ(エビ)などの甲殻類に寄生して成長して、それを食べたイワシやサバ、マグロやカツオなどの魚の腸管で更に成長して、最終的にクジラの腹の中で仲間を見つけて卵を産んで、クジラの糞と一緒にまた海に卵が放出される、という完璧なサイクルがあるわけです。
 ところが、途中の宿主である魚が、魚やアニサキスの意に沿わない死に方をする場合があります。つまり陸からやってきた生き物に海から引き出されて死ぬわけですが、そうなると魚の腸管が働かなくなりアニサキスは環境の激変を察知し、腸管を食い破り筋肉内へと脱出を図ります。さらに陸上生活の生き物の腹の中に取り込まれた場合、アニサキスはそこからも脱出を図り、腸管を食い破りはじめるのです。
 人間の立場に戻りますが、アニサキスが原因となる疾患は「アニサキス症」「アニサキスアレルギー」の2つがあります。アニサキス症はアニサキスが内臓に食い込んで起きる疾患。アニサキスアレルギーはアニサキスの分泌物そのものに対するアレルギー反応です。この分泌物が加熱しても消えないというのが厄介です。
 結局は、養殖の魚が安全という事になるのかなと思います。

ミクロの強敵

 「最近の若い者はなんでも薬に頼る」と言う人がいます。病気やケガを繰り返してタフになった人は多く、その意見はよくわかります。ただ、「あらゆるワクチンは製薬業界の陰謀だ」まで行ってしまうと、ちょっと待てと思います。「エスキモー(今はイヌイットと呼びます)は医者にも行かず狩りをして健康に暮らしている」と主張する人がいますが、彼らの平均寿命は1970年代で40歳前後でした。
 エスキモーとは「生肉を食べる者」という意味で、農耕に適さない地に住む彼らはビタミンを得るために生肉を多く摂っていたわけですが、それは食物由来の病気との隣り合わせになります。ヒトはそれほど強い種ではありません。

 食肉を家畜化することで狩りの危険から身を遠ざけてきましたが、それは飼育された家畜が様々な病気から遠ざける事にも繋がり、結果的に寄生虫のいない肉を食べる事が当たり前の状態にまで進化しました。これは魚の養殖、そして畑の作物も同じ事が言えます。反面、我々は野生動物や野草などの危険性に鈍感になりつつあり、狩った動物の肉をろくに火を通さずに食べて大変な事になったりします。
 冗談抜きで寄生虫は脳にまで達して繁殖します。生肉に対する欲求は、おそらく遺伝子レベルで組み込まれた原始の本能なのでしょう。
 しかし菌やウイルスそして寄生虫も、我々と同じ長さの時間を進化して生き残ってきているのです。甘い考えでいると顕微鏡レベルの敵に倒されることになってしまいます。お互い気をつけましょう。

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