福 山 辰 夫

獄 中 記
<福 山 辰 夫>
第 三十 回
皇紀2657年 【平成9年・西暦1997年】
11月1日 (土) 晴れ 自衛隊記念日
今日から「霜月」。朝の寒さに負けて検身後、早速メリヤス上下を着込む。
午前中は「毛利元就(1)」を読了し、引き続き「毛利元就(2)」を心読。
午后は臨池(条幅書き)に勤しみ、夕方はノート整理(思想)。床に就き、夜はテレビ視聴を行う。
11月2日 (日) 快晴
「この世の事はただの勇気や知略だけでは決されない。目に見えぬ大きなもののご加護がいる。そのご加護に価する殿かどうかを、この勝敗に賭けておわすのじゃ…」と、元就の養母である杉の方に山岡荘八は云わせている。(『毛利元就(1)』203頁・講談社)
「生き方に正しい理想を持たぬと、考えは常に途中で変わるものと。いや、変わるのではなくて、やはりこれは始めから萍(うきくさ)なのじゃ、どのように華麗な繁りをみせていても萍はやはり萍」と元就。(『毛利元就(2)』88頁・講談社)
今回の事件を起して早7年。過去から現在、而して将来について勘案すると、其の答えは「正しい志」と「強い信念」を持って生きるである。果たして今日迄、その様に生きて来たであろうか?
―自問自答してみる。
俯瞰的に判断すれば、過去の小生は正に萍の如く無駄な、或いは回り道ばかりをして来た人生であった。只、ひとつだけ云える事は将来、己の人生に於いて難題に直面した時、「正しい志」と「強い信念」を持って生きるか否かによって、大地にしっかりと根を張った人間となるか、将又(はたまた)萍の如くフラフラと一生を終えるかの差が生ずるのである。大志を成就するかは、己の此れからの生き方に掛かっている。毛利元就の理想が「百万一心」であった如く、志も崇高なる理想の下、多くの人々を幸せにする生き方をせねばならぬ。
日中は臨地に勤しみ、テレビ(13時~15時30分)を視聴。夕方はノート整理(思想)を行い、夜のテレビはNHK大河ドラマ「毛利元就」を視聴。
11月3日 (月) 晴れ 文化の日
旧制の明治節。午前中は「毛利元就(2)」を心読し、中国思想を独学する。昼餉後に定期入浴(13時~13時15分:1番)が実施され、入浴後は15時30分迄、臨地に勤しむ。夕方はノート整理(思想)を行い、夜はテレビを視聴する。
※「文化の日」の祝日菜として、昼餉時に“シュークリーム”1個の給与有り。
2日に行われた「日ロ非公式首脳会談」で、西暦2000年までに北方領土問題の解決と平和条約の締結に努力することが決まった。併し、此れは飽く迄もロシア側の国際戦略に沿った形であって、ロシアの国益と合致する事が前提だ。エリツィンは北方領土という人参をぶら下げ、我が国から多大なる経済・開発支援を引き出そうとしているのは明白。
11月4日 (火) 快晴
朝の出役で、何時も7工場の先頭に居る赤石のおじさんの姿が見えず、訝(いぶか)っていたところ、運動時にⅯ田さん(稲川会山川一家内)から「福山さん、ちょっと」と呼ばれ、交談場所の藤棚下でⅯ田さんと語らう。話によると、一昨日の昼餉時におじさんともう一人が連行され、入独になったという。年寄りや若い者に対して面倒見が良いおじさんの事だから、そういった絡みでの入独と推察する。明後日は「書道教室」が実施され、折角、同じ班になったのに残念である。
仮に懲罰を受ければ、通信教育(圖南書道)も一時停止処分となり、今期の「書道教室」にも出席が出来なくなる。今は、おじさんが一日も早く戻って来るのを、只管祈るのみ。
午前10時頃、腰痛で入病していたⅯ君(仙台住人)が休養解除で出役。作業が忙しい中、戦力として大いに助かる。
11月5日 (水) 晴れ のち 曇り
作業の方は材料が溜まり、忙しい一日であったが心穏やかに過す。
3番入浴(15時45分~)の為、還房後は「毛利元就(2)」を心読。夜は、夜間個室優良室テレビ有り「目撃!ドキュン」「X-ファイルⅢ」を視聴。(19時~20時54分)
11月6日 (木) 快晴
本日の運動(11時~11時30分)は講堂で、先月15日から17日迄開催された「第23回管内矯正施設被収容者書画コンクール」(会場 仙台矯正管区研究所体育館)に出展された作品の鑑賞会を実施。本年も力作が多い中で、小生の作品が“書道の部”で金賞。“硬筆の部”で銀賞を受賞。
況して、“硬筆の部”では3年連続金賞を受賞している為、今年の入賞はないと思っていたので、銀賞は本当にうれしい限り。書の方は、全然書き込みが足りず納得が行かぬも、作品の提出期限日が来た為、揮毫した数点の中から一番好いと思う作品を出品。まさか金賞とは夢にも思っていなかった故、展示作品を見ても錚々たる面子を抑えて、小生の様な下手糞が金賞では申し訳ない次第也。
※今回受賞した自作品は―
〇書道の部…………王陽明詩(楷書)
渓邉坐流水々流心共閑
不知山月上松影落衣斑
(読)渓辺流水に坐し、水流れて心共に閑なり。
知らず山月の上るを。松影衣に落ちて斑なり。
〇硬筆の部…………「楓橋夜泊」唐・張継
月落鳥啼霜滿天 江楓漁火對愁眠
姑蘇城外寒山寺 夜半鐘聲到客船
(読)月落ちて鳥啼いて霜天に滿つ 江楓漁火(ぎょか)愁眠に対す
姑蘇(こそ)城外寒山寺 夜半の鐘声客船(かくせん)到る
“絵画の部”は、無期囚のT田さん(9工)が金賞。昨年、同部門で金賞の小野寺兄弟は銅賞。
“書道の部”は、F島さん(10工)が銀賞で、昨年の同部門で金賞のO田さん(2工)が銅賞。
“硬筆の部”は、無期囚のT正治(12工)が金賞・銅賞のダブル受賞。
「千里の道も一歩から」と云う様に、日頃の積み重ねが今回の結果を招いたといえる。然れども、此れに満足して修養を怠れば、其れ以上の成長はない。更なる飛躍を目標に、今日から来年のコンクールを目指して、新たな気持ちで書に打ち込む可。
昼餉後、書道教室(2班)に出席。(12時20分~13時30分 処遇部門2階 教誨室)
冒頭で「書画コンクール」で金賞を受賞した旨、鈴木登郁先生に御礼を云うと大層喜んで下さり、日頃の指導に対する感謝の辞を述べる。亦、7工場の者に赤石のおじさんの件を聞くと、7工場には戻れないと思います-と云っていた。
11月7日 (金) 快晴
二十四節気の一つ“立冬”。今年は、特に暖冬といわれており、日中は「小春日和」になり、春の様な陽気であった。囚獄(ひとや)の中(うち)では数々の我慢を強いられるが、冬の寒さに耐えるのも其の一つ。陸奥(みちのく)の厳しい寒さに耐えて春を迎える度、人は成長する。
一皮剝けるには、厳冬の囚獄で読書(哲学・思想)に耽るのが一番好い。
11月8日 (土) 快晴
日中は「毛利元就(2)」を心読し、臨池(条幅・臨書等)に勤しむ。夕方以降の余暇は、刑務所機関紙「人」へ投稿する短歌を出品原稿に認める。
夕暮れに染まりぬ空の鰯雲いまの吾が身になぞらへ見つる
梧桐(あをぎり)を愛ずるわが友出所せし冬が来たりて枯葉積もるる
友愛でし梧桐いまは吾れが愛でしばし見つむる秋の黄昏
北朝の飢餓に苦しむ映像に金正日なる虚像を見つる
窓という窓に格子が嵌め込まれ鏡うつりぬ吾が顔も蒼き 他5首―。
11月9日 (日) 曇り のち 晴れ
日中は臨池に勤しみ、読書「毛利元就(2)」を読了する。午后は13時から入浴(10分間:1番)。入浴後は夕点検迄、テレビ視聴とノート整理、所内文芸誌「あをば」へ投稿する短歌の原稿を認める。夕方は相撲テレビ「大相撲九州場所初日」、夜のテレビでは「さんまのスーパーからくりTV」、NHK大河ドラマ「毛利元就」を視聴する。
大河ドラマ「毛利元就」の題は“男の器”-大毛利の当主である毛利隆元は、父元就や叔父の吉川元春、小早川隆景に対して常にコンプレックスを持っていた。併し、「人望の隆元」と云われる自らの生様を悟り、陰から父だけでなく皆を徹底して支える当主になると誓う。武勇や知略も将の器としては大切だが、人より前に出るばかりが上に立つ者の仕事では無い。隆元の如く、陰から人を支える事も上に立つ者としては大切な要素也。
11月10日 (月) 快晴
工場担当経由で、教育課に「人」及び「あをば」へ投稿する短歌の原稿を提出する。
昼の休憩時、北見のS向さん(稲川会岸本一家星川組)より同門のO田さん(2工)の伝言で、「此の度、書画コンクールでの金賞(書道)、銀賞(硬筆)の受賞誠に御目度御座居ます」と御言葉を頂戴する。昨日の同コンクールでは、O田さんが“書道の部”で金賞を受賞。
過日も記したが、小生の下手糞な楷書が金賞では上段位の方々に申し訳なく思う。
11月11日 (火) 晴れ をりをり 曇り
“オーバーロックミシン”の所に材料が溜まり、終日(ひねもす)ミシンを踏む。還房後は、刑務所機関紙「人 11月号」が舎房に配付され、短歌・宮地伸一選で小生の歌が佳作に入選。
「満期日があるだけまし」と呟きぬ囚の言葉に返事も出来ず
特選の第1席は、福井刑務所の北夙川不可止(ペンネーム)氏の歌。何故、不可止氏かというと7月27日(日)の歌会にて、講師の扇畑忠雄先生より歌誌「アララギ」編集者の間で、最近注目されている歌人が居る。1年程前だったか「アララギ」編集部宛に、京都刑務所拘置支所(当時)より“北夙川不可止(きたなぎがわ・ふかし)”の名で作品が送られてきた。以降、毎月作品を送ってくるが、どの歌も素晴らしく甲乙付け難い。全作品を載せたいけど同人誌の為、掲載枠にも限りがあって編集部でも困っているという。
その話を聞いて先生は興味を抱き、個人的に各方面へ手を尽くし調べた処、不可止氏は同志社大を卒業し、短歌だけではなく、絵画や詩文にも通じているという。何の罪を犯したかは判らないが、現在は福井刑務所に収監されているとの事。小生とは次元が違う故、無断乍ら記させて頂く。
明けやらぬ配所の庭に猫のこゑ窓辺に寄れば歪む月見ゆ
※(評)「罪なくして配所の月を見る」というのが中世の人の理想だった。
それを踏まえて現実の光景を詠じている。見事なる歌に脱帽也。
【(評)は、歌人の宮地伸一先生によるもの】
11月12日 (水) 快晴 極東国際軍事裁判で25人に有罪判決(1948)
10月分の賞与金教示が有り、1等工5割+2割 = 9,646円となる。
夜は、夜間個室優良室テレビにて「目撃!ドキュン」「X‐ファイルⅢ」を視聴。
11月13日 (木) 雨
此処の所、仙台は纏まった雨が降らず、乾燥した空気と大地を潤す「恵みの雨」となる。
昨晩、夜勤の菅野看守部長は不在。代務として瀬戸看守が一日工場に就く。相変わらず3班は多忙であり、作業の合間をみて他囚の小鋏や裁鋏を研ぐ。
連日20時30分迄、「獄中記」の整理に追われ時を費やす。改めて、其の時々の事象や心境を振り返り11年を無駄に過すか、それとも実の在るものにするかは、己れ自身が日々の収容生活を如何に有意義に過ごすかで決まる。
11月14日 (金) 雨
昨晩、教誨(浄土宗)に出席した同囚のH瀬さん(無期囚)が、6工場の相良福一組長(住吉会小林会相良組組長)に小生の事を話したら、「呉々も躰を大事にやって下さい」という伝言を頂戴する。
小生の様な一介の若衆にお気遣いを頂き、誠に有り難い事。
三井不動産会長当時の江戸英雄さんに一度お会いして、眼光を射る印象が強く残る。
昭和経済史の激動を見据えた、その鋭い目をきのう閉じた。享年94歳。
茨城県・筑波山ろくの寒村旧家に生まれた。自称「負けず嫌いの頑張り屋」で、東大卒業後、三井合名に入社した昭和2年。その年の金融恐慌でまさに昭和の波乱の幕開ける。<中略> 若い三井マンへの一言をと注文した。「社会に目を開き、自分の行動がいかに社会にプラスしたかを常に考えること」。腹の底から絞り出したような言葉を思い出す。(『読売新聞』朝刊「編集手帳」から)
何時の世も、苦労をしてトップの座に就く人の言葉には重厚感がある。
11月15日 (土) 快晴 七五三
総集行事(演芸)が催され出席。(10時~11時40分 講堂)
今回の慰問は、信栄プロダクションに依る「小松みどりショー」。出演者は、信栄プロ社長で元歌手の山田太郎、西尾夕紀、小松みどり、なわみょうじ(司会)。
メインの小松みどりショーの後半部で、躰の左右が大きく割れた黒のタイトな衣装に着替えて登場。すると講堂内は懲役の騒めきで埋まり、未だ小松みどりの色気は健在也。終了後は内海所長自ら登壇して、出演者毎に感謝状を贈呈。その際も、ステージを観た感想を一言添えるという粋な計らいに、懲役から大歓声が沸く。頭の固い所長が多い中、内海所長は毎回エンターティナーぶりを見せて呉れる。尚、今日の慰問は7工のHさんの為に、K会のK会長が入れたもの。
午后はガリ(理髪)の為、出房。ガリの後は、先代の月命日故“般若心経”を写経する。
17時15分から18時迄、相撲テレビ「大相撲九州場所7日目」を視聴。19時から20時55分迄、夜のテレビ視聴を行い、21時に本就寝。
11月16日 (日) 晴れ
午前中は、「2級者集会」が実施され出席。(9時30分~11時15分 講堂)
VTR視聴は、マフィアに復讐をする女狙撃者を描いた「地獄の女 スナイパー」(洋画)を観賞する。マフィアときたらドンパチものだが、最後はマフィアの大物を狙う場面で終わってしまい、結末が曖昧であった。官側の録画ミスか、それとも物語上の構成なのか?消化不良気味で舎房へと戻る。飲食物は、缶コーヒーにポテトチップ(小)、ビスケット(チョコレートが巻いてある)を視聴し乍ら喫食。午后は臨池(条幅・半紙)に勤しみ、ノート整理。夕方は、相撲テレビ「大相撲九州場所8日目」。夜のテレビは、NHK大河ドラマ「毛利元就」他を視聴する。
11月17日 (月) 雨
新聞休刊日。
夜はノート整理、刑務所機関紙「人 10月号」及び所内文芸誌「あをば 10月号」を閲覧する。
◇サッカー日本代表が「W杯フランス大会・アジア第3代表決定戦」対イラン戦(マレーシア・ジョホー ルバル)で延長の末、3対2でイランを敗り初のW杯本戦出場を獲得する。歴史的な一日に、日本中がお祭り騒ぎ。
11月18日 (火) 晴れ のち 俄雨
本日の『日刊スポーツ』は、日本初のW杯出場一色。
4年前のW杯アジア最終予選での「ドーハの悲劇」から、念願の出場切符を掴む。併し、今回の最終予選では日本代表を束ねる監督が、加藤周から岡田武史へ急遽交替というドタバタ劇があり、市原のJリーグ撤退。浦和の社長が一連の総会屋事件に絡み逮捕。清水のクラブ運営資金難に拠る存続危機と、日本サッカー界は暗い話題が続出。その様な状況に日本代表チームも覇気が感じられず、とてもW杯出場は無理だと思っていた。
だが、一度は自力出場の望みが消えたのにも拘らず、最終予選B組2位を争っていたUAEが敗れるといった運も味方に付け、個々の力量では劣っても組織力と此処一番での強さを発揮。其れは、古より日本人の根底にある「以レ和水レ貴」の精神が、W杯出場の快挙を導いた要因であろう。
サッカーに限らずスポーツ全般に云えるのは、日頃からの努力と修練を怠る事なく反復する。
其の繰り返しの積み重ねに拠って、夢(目標)は成就されるのであり、物事は一朝一夕にはならずして、人生もまた同じ。
11月19日 (水) 晴れ
9時30分頃、教育課の呼び出しが有り。小生の他に同囚の髙橋水紋、藤島菱風(10工)、富田一心(9工)の各氏と共に処遇部門2階の教誨室へ行く。呼び出しの事由は、先に実施された「第23回管内矯正施設被収容者書画コンクール」の表彰で、教育部長より各部門の賞状及び賞品が授与され、審査員による入賞作品の講評を同部長が代読する。改めて「継続は力なり」と心に期す。
11月20日 (木) 曇天
10時過ぎ、医務課の呼出しが有り。此処3カ月程、肝臓に負担が掛かる薬を服用しており、肝機能検査の採血を行う。夕方迄に検査結果が出て「GOT 19・GPT 36」と正常値も、看護師の深瀬処遇官に前回の検査時(8月)より、GPTが上がっているけど40迄は大丈夫だろうと、薬の投与は継続。診察で連行の際、13工場のH田さん(国粋会東京前川一家)、W浩君と一緒になる。
殊に、H田さんは胸部に水が溜まり、一年以上も入病(獄中では病舎棟に入るので入院とは云わず「入病」と云う)生活を強いられ、久し振りに本人を見たが少し痩せて顔色も青白い。
小生も一審の公判中に、胸部に水が溜り(小生は「結核性胸膜炎」であった)自由無き囚獄の中で、一年もの闘病生活。況してや、隔離病棟の独居では精神的にも荒み、得てして出所迄回復しないのでは―と、悪い方へ考えてしまう。
巷間「病は気から」と云うけれども、真っ先に気力が挫けては始末に負えない。人間何が一番幸せかと云えば、矢張り健康であろう。娑婆ならいざ知らず、囚獄の中で一人寂しくベッドに横たわる日々。その気持ちが分かるだけに、無理をせず務めて欲しいと切に願う。
11月21日 (金) 曇り をりをり 雨
昼頃、11工場で喧嘩が在ったらしく警備隊が大勢走って行ったとS向さんに聞き、二人でT原君ではないかと案ず。(今の処、誰かは不明)亦、先月9日に実施された「漢字能力検定」(公益財団法人 日本漢字能力検定協会)の結果が発表され、12工場から桜きなこ氏(2級)と竹之内武男氏(3級)が受験して見事合格。(5工の小野寺兄弟も合格)夕方は私本配付日に付き、領置金購入で注文した「行動学入門」(三島由紀夫著・文春文庫)が手元に届く。
◇米国ケネディ宇宙センター(米フロリダ州)20日(日本時間同)―日本人初の船外活動に臨む土井 隆雄さん(43)が搭乗したスペースシャトル「コロンビア」の打ち上げが成功。今回の打ち上げは、米国・日本・欧州・ロシア等による「国際宇宙ステーション計画」(2003年頃に完成を目指す)の一環であり、同宇宙ステーションは、最終的に縦110m、横75mにもなる宇宙実験室を組み立てる計画で、4兆円の経費を注ぎ込むというもの。
因みに「宇宙」という語源は、中国の古書である『淮南子』(斉俗訓)に見られる。夫に由れば「宇」は天地四方、「宙」は古往今来の意。つまり「宇」は空間の広がり、「宙」は時間の広がりを云い、無限の空間と悠久の時間を思うこと。
11月22日 (土) 雨
日中は読書、臨池に勤しむ。17時15分から18時迄、相撲テレビ「大相撲九州場所14日目」を視聴。昨日の琴の若戦で敗れて5勝8敗になり、十両陥落寸前の元大関で前頭14枚目の小錦(32=高砂)が引退を発表。小錦とは同年代(小錦が1歳上)で、新入幕の時に「黒船襲来」(1984年9月場所)旋風を巻き起こしていた頃、久里浜少年院の中でラジオ放送を聴き、小錦が負けると大喜びしたものだ。大関陥落(93年11月19日)後、「もう一花咲かす」と直向(ひたむき)に相撲道に打ち込み、何度も膝の故障に泣かされながらも幕内通算83場所(現時点で歴代3位)を務め、其の真摯な姿勢は身も心も日本人。否、日本人以上である。今後は、年寄「佐ノ山」親方として後進の指導に当たるという事で、若い者達に日本人の心と伝統文化を伝えて欲しい。
夜のテレビは「プロボクシング・トリプルマッチ」(大阪城ホール)を視聴。
WBA世界フライタイトルマッチ12回戦“王者ホセ・ボニージャ(ベラズエラ)対山口圭司(グリーンツダ)”。世界前哨戦ライト級10回戦“坂本博之(角海老宝石)対盧正進(ノ・ジョンジン=韓国)”。メインがWBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦“王者シリモンコン・ナコントンパークビュー(タイ)対辰吉丈一郎(大阪帝拳)”を放映。
山口は6回2分20秒TKO負けで、日本人の世界戦16連敗目となる。世界前哨戦の坂本は3―0の大差判定で勝利も試合内容はイマ一つ。メインの辰吉は年齢的に負けると思っていたが、王者シリモンコンを5回に左ボディーとワンツーで初めてのダウンを奪い。7回には左ボディーとアッパーで2度目のダウンを奪うと、すぐさま猛ラッシュを掛けて7回1分54秒TKO勝ち。
3年振り3度目の同王座へと返り咲いた。シリモンコンは20歳、辰吉は27歳。下馬評では圧倒的に王者が勝つと云われていたが、ボクサー・辰吉丈一郎の情熱と飽くなき闘志にエールを送りたい。就寝直前迄、躍動感溢れるファイトを見た所為か、興奮冷めやらずに寝付かれなかった。
11月23日 (日) 曇り をりをり 晴れ 勤労感謝の日
旧新嘗祭。日中は読書、臨池に勤しみ、ノート整理を行う。夕方は「大相撲九州場所千秋楽」を視聴。幕内優勝は大関貴ノ浪(14勝1敗)で、同じ二子山部屋の横綱貴乃花との同部屋決戦の末、賜盃を抱く。(貴ノ浪の優勝は2度目)夜のテレビは、NHK大河ドラマ「毛利元就」を視聴。
「良く生きることが、良く死ぬことに繋がる」…人は良く生き、良く死ぬことが最高の人生であると。(「毛利元就」から) ※昼餉時に、祝日菜として“どら焼き”一個の給与有り。
11月24日 (月) 晴れ をりをり 曇り 振替休日 米軍B29が初空襲(1944)
午前中は“総集行事”にてテレビVTR視聴有り。(9時30分~11時20分)
VTRは邦画「さすらいのトラブルバスター」(出演:鹿賀丈史・村田雄浩・久本雅美・山城新伍ほか)なる娯楽もの。亦、「教科書が教えない歴史2」(藤岡信勝、自由主義史研究会著・扶桑社)を読了する。
午后は臨池(細字・半紙)に勤しみ、中国思想を独学。仮就寝(17時30分)で床に就き、夜はテレビを視聴する。
◇四大証券の一つである山一証券(本社・東京)が、今日の臨時取締役会の協議に於いて「自主廃業」を決定し、事実上の倒産となり負債総額は3兆円と成る。「日本版ビックバン」が頻と叫ばれている昨今、愈々金融業界に於けるサバイバルマッチが本格的に始まった様相を呈する。
11月25日 (火) 晴れ 三島由紀夫が市ヶ谷自衛隊で割腹自殺(1970)
憂国忌。21日に11工場であった喧嘩は、元12工場に居た米Yと新入でT原君は無関係だった。
作業の方は材料が減らず、縫製課程での不手際もあってイライラが募る。他囚にも自分と同じ事が出来るという、先ずその前提を捨てて辛抱強く指導に当たらねばと猛省す。
やってみせ 云って聞かせて させてみせ 誉めてやらねば 人は動かじ 山本五十六
11月26 (水) 雨
朝、圖南書道會へ発送する月例競書・随意作品を教育課に提出するも、硬筆部漢字とかな部作品を舎房に置き忘れる。一昨日(おととい)休日出勤した菅野看守部長は、本日代休にて成田看守が一日代務で就く。昼の休憩時に2名連行される。(無断交談らしい)
夜は、夜間個室優良室テレビが有り「目撃!ドキュン」「X-ファイルⅢ」を視聴。尚、風邪気味にて報知器を点け、夜勤看守に願い出て投薬を受ける。
◇昨日、土井隆雄さん(43)が日本人として初めての船外活動(宇宙遊泳)を行い、放出に失敗した衛星(スパルタン)の回収、クレーンの性能実験と7時間43分の歴史を刻む。
11月27日 (木) 晴れ をりをり 曇り 日米安保改定阻止のデモ隊2万人国会に突入(1959)
毎日工場と独居房を往き還りするだけの生活の中、獄中記を綴っていて感じるのは「日に新たに、日に日に新たに」である。時は寸分たりとも留まることが無い、という事は「我も新たに、また我も新たに」と、過去の自分には戻れないのだ。
朝一番の運動(8時40分~)は、K和さん(住吉会西海家早坂会)と語らう。終業直前に日課のW辺さんがオヤジ情報として、明日「罰明け」で赤石のおじさんが配役になり、舎房は2舎2階2室(雑居)との事で、早速同室のK和さんに渡りを付ける。再びおじさんと同じ工場になるとは思いも寄らず、身を案じていたがひと先ずは安堵。其の旨、13工場時代に同室だった桜きなこ氏に話すと、「えっ、赤石さんが…」と云い乍ら目を丸くして驚いていた。
◇昨日、第二地方銀行の「徳陽シティ銀行」(本社・仙台市)が経営破綻。此の1カ月程で起こった一連の金融破綻は、三洋証券(11月3日)・北海道拓殖銀行(11月17日)・山一証券(11月24日)に続く影響から株の方でも金融銘柄118のうちの55銘柄が、年初末の最安値を記録。こうした動きを受けて三塚博蔵相と松下康雄日銀総裁は、同日「国民は冷静な行動を取るよう強く要求する」と連名の談話を発表。一連の金融破綻騒動で、政府は常に後手を踏んでいる為、早急なる対策を講ずるべき。
11月28日 (金) 晴れ のち 曇り
11時頃、「罰明け」で赤石のおじさんが工場に下りてくる。少し窶(やつ)れたけど、昼の休憩時に元気な声を聞き安堵致す。作業はミシン工として3班に配属され、おじさんに作業指導するとは、真に恐縮なる次第也。午后の始業から、新しい平ミシン(JUKI製)をおじさんの役席へ移動して、ミシン操作の説明を行う。「福山、独居は寒いだろう」と気遣って呉れる様は、亡き高島の親父に面影を重ねる。もう直ぐ親父の命日であるが、おじさんとは仲が良かったので、こうした縁も親父が引き寄せたものであろう。
夕方は私本配付日に付き、領置下附を願い出ていた『日本精神通義・日本の「こころ」を活学する』(安岡正篤著・エモーチオ21)が手元に届く。
11月29日 (土) 雨
三島由紀夫のエッセイ集「行動学入門」を心読。
※行動というものは、それ自体の独特の論理を持っている。したがって、行動は一度始まり出すと、その論理が終るまでやむことがない。これはあたかもぜんまいを巻き切ったおもちゃが、そのぜんまいがゆるみきるまで無限に同じ運動を繰り返すのに似ていると云えよう。(「行動とは何か」本文9頁)仁俠や右翼に限らず、男としての爽快な生き方は一瞬であり、一回的であるが故に美しいのだ。それは恰(あたか)も日本刀を抜き放つときの居合のいわゆる「抜きつけ」の瞬間の閃光煌めく時に等しい。仍而(よって)志(目的)の無い行動は行動では無いと…。
午后は臨池に勤しみ、中国思想を独学する。
夜のテレビは「第30回全日本有線放送大賞」を視聴。(19時~20時54分)今年のグランプリはGLAY(グレイ)で、最優秀新人賞はSHAZNA(シヤズナ)。
11月30日 (日) 曇天 秋篠宮殿下お誕生日
3カ月振りに「短歌会」が催され出席。(10時~11時30分 1舎3階 教室)
9月、10月と歌会が中止になり、扇畑忠雄先生が眼(白内障を患っている為)の手術をした―と憶測が飛んでいた。実際の処は、講演等による已を得ない事情での中止であった。
今月の作品は、 入浴しかえる歩廊の軒先に秋雨にゆれる秋桜(コスモス)を見つ
先生曰く、「入浴し」ではなく「入浴して」と字余りになっても「て」を入れる可き。併し、上の句でその全てが分かり、下の句の情景である(秋桜)が浮かんで来る故、良い歌であるとお褒めの言葉を頂く。何事もそうであるが、しっかりと見つめ、独り善がりでは無く、相手にも分かる様な心尽くしこそ、良い結果を生み出すのではないか。
午后は臨池に勤しみ、年賀葉書(父上宛)を認め、「行動学入門」(三島由紀夫著)を心読。
夜のテレビは、NHK大河ドラマ「毛利元就」他を視聴する。
