金正男暗殺事件の深奥、アジア激変「開幕のゴング」が打ち鳴らされた! | 行政調査新聞

金正男暗殺事件の深奥、アジア激変「開幕のゴング」が打ち鳴らされた!

- アジア激変「開幕のゴング」が打ち鳴らされた! -

北朝鮮のトップ・金正恩の兄・金正男が暗殺された。新聞テレビは連日この情報でにぎわっているが、隔靴掻痒の感がある。暗殺実行犯の女たちや毒ガスの分析など事件の本質ではない。微細な面にだけ目が向けられ、肝心な問題が意図的に隠されている。だが巨視的な視野で事件を眺めていくと、真実の輪郭が姿を現し始める。この暗殺事件の奥には、複雑な国際情勢が隠されている――。

殺されたのは金正男の「影武者」?

2月13日の金正男暗殺事件に関して、新聞テレビはどこも同じような解説を繰り返している。いっぽうネット上や街の片隅では、あちこちで怪しげな情報が囁かれている。読者諸氏の中にも、怪情報を耳にされた方も多いだろう。たとえば、こんな話がある。

  • 金正男は既に殺害されていた。クアラルンプール(以下KLと略称)空港で殺されたのは影武者だった。
  • 金正男暗殺は中国と米国の合作。マレーシアは両国に脅されて舞台を提供した。
  • ホンモノの金正男は生存している。1、2カ月以内に米韓合同軍が平壌を制覇し、金正男が北朝鮮のトップに立つ。

他にもさまざまな怪情報が流されている。これらの怪情報はデタラメである。世の中が混乱し始めると無責任な創作物語や妄想が真顔で語られるようになり、それが大怪我につながる場合もある。周囲にこのようなデマを流す者がいたら、そんな人間とは距離を置いたほうが良い。まもなく世界は激動激変の時を迎える。そのときに誤情報やでっち上げ創作物語を信用すると命取りになる。――ここまで言っても、なお「殺されたのは影武者だ」など主張する者がいれば、直ちに絶縁すべきだろう。
それでは本題に入ろう。
金正男は2月13日にマレーシアのKL国際空港で殺害された。事件の深奥に触る前に、「マレーシアKL空港」と「金正男」について、見直しておこう。

監視カメラ世界一の空港

米CIA情報によると2000年(平成12年)1月にマレーシアKLでアルカイダの幹部会議が開かれたという。さらに2001年9月の米同時テロの主犯たちはKL空港からニューヨークに飛び立ったとされる。(911同時テロの真相はともかく、CIA情報では「KLからテロリストが米国に向かった」とされる。)
2013年にはマレーシアKLを舞台に、日本人に帰化した元北朝鮮人の吉田誠一という男が米国軍事情報を中国へ流した事件が発覚。さらに2014年3月8日には、KL空港発北京行きのマレーシア航空370便が行方不明になるという怪事件も起きている。マレーシアKLとは、怪事件の宝庫のような場所なのだ。
このような場所のため、KL空港は「世界でいちばん監視カメラが作動している場所」として知られている。今回の金正男暗殺事件の際にも、金正男の行動、実行犯とされる2人の女の行動映像はたくさんの監視カメラに収められており、その一部は公開され、テレビなどで放送された。一般には公表されなかった映像も膨大にある。
2月13日にKL空港に現れたのは正真正銘の金正男だった。
「金正男は全身に入墨を入れている。腹に入墨模様がある写真が新聞にも掲載された。空港医務室の椅子にへたり込んでいる男の腹には入墨がない。だからあれは影武者だ」
そんな情報もあった。公表された画像を拡大すれば、その謎は解ける。シャツとズボンの間からはみ出している腹には、入墨を消した痕が見られるのだ。それだけではない。空港各所のカメラは金正男のあらゆる姿を捉え、掌紋も確認できる。世界一カメラが存在する空港だから、人間が入れ替われる死角もない。最終的に指紋照合も行われ、あの現場で殺された男が金正男だったことは、まったく疑う余地も無い。金正男本人がKL空港のあの現場で襲撃され、殺害された。
間違いなく金正男本人が殺害されたことを誇示するために、殺害現場として、意図的にKL空港が選ばれた。そう判断できる。

金正男の正体

金正男は2011年末に死んだ金正日の長男である。1970年6月10日生まれ(異説もある)の46歳、母は女優だった成蕙琳(ソンヘリム)だ。
金日成は金正日・成蕙琳の結婚を認めなかった。金正男を正式な孫とは考えなかった。金日成がそう判断した以上、忠実な部下たちもそれに従った。日本とも関係が深く、日本人拉致の中枢を担っていたとされる北朝鮮対外連絡部(後の225室)の姜周一(カンジュイル)も金正男を冷遇した。当然ながら対外連絡部の下部組織だった日本の朝鮮総聯も金正男を「次期後継者」などとは考えなかった。当時の総聯議長、徐萬述(ソマンスル2012年没)、も現在の議長、許宗萬(ホジョンマン)も、金正男には冷たかった。

余談になるが、金正恩の母とされる高英姫は大阪生まれの在日朝鮮人。金正日と結婚した後も、「あゆみ」という日本名で呼ばれていた。金正恩は生まれてスイスに留学する12歳まで、母である高英姫に学び、日本文化に親しんだ生活を送り、料理は藤本健二が作った和食、とくに寿司を好んで食べていた。日本文化漬けだった金正恩に、金日成も満足していた。
祖父である金日成に認めてもらえず、労働党幹部からも冷たい目で見られていた金正男は、しかしカネには不自由しなかった。平壌の最高級ホテル「高麗ホテル」の最上階(45階)にある高級クラブに入り浸り、党幹部の息子たちと豪快に遊んでいた。金正男の気風の良さは若い男たちの憧れだった。じっさい金正男は、いわゆる親分肌で面倒見がよく、不良子弟たちの人気者だった。

東京ディズニーランド見物に来た金正男

2001年(平成13年)5月1日、成田空港に降り立った金正男が入管に拘束された。世間でいう「ディズニーランド見物に来た金正男拘束事件」である。
このとき金正男はドミニカ共和国の偽造パスポートで入国しようとしたとされている。ネット上の百科事典といわれるウキペディアにもそう記され、他のほとんどの情報でも「偽造パスポート所持により拘束」となっている。だがドミニカのパスポートは正真正銘のホンモノだった。金正男であることは間違いないのだが、所持していたパスポートは本物で「中国人・胖熊(パンシォン)」となっていた。本物のパスポートを所持していた人間を意味なく拘束するのは国際法違反。このとき日本は「超法規的措置」として特別機を仕立て、外務審議官が付き添って北京まで金正男たち4人をお送りしている。

どうして、こんな事態になったのか。発端は北朝鮮の武器密売捜査である。当時(じつは現在も)北朝鮮は武器を密売していた。武器の密売先は中東やアフリカ、そのほとんどはイランであり、シリアも多かった。その他は微々たるものと考えられている。
密売の武器の流れ、そしてカネ(売買代金)の流れを追っていたシンガポール情報局は、金正男が密売代金を各国から受け取り、それを本国(北朝鮮)に送金していると考えた。金正男は本国北朝鮮を離れ、北京や香港、マカオで生活することが多く、イランへの武器密売はマカオが拠点だったと見られていた。
その金正男がドミニカのパスポートを手にして日本に向かっている――。情報を手にしたシンガポール情報局は、その情報を交流のある韓国の国情院(国家情報院)に連絡し調査を依頼した。当時の国情院は国家安全企画部から名称や組織を変えたばかりで、じゅうぶんに機能しておらず、交流のある日本の公安調査庁に連絡した。公安調査庁は自身で調べようともせず、即座に入管に電話。入管はどうしていいかわからず法務大臣(当時は高村正彦)に電話。高村法相は外務大臣(田中真紀子)と官房長官(福田康夫)に電話と、たらい回ししたのだ。最終的に福田官房長官は「入国と同時に拘束し強制送還」という決断を下した。

このとき平壌を日本の経済団体が訪問中で、彼ら40人を初めとして北朝鮮を訪れている日本人旅行客の生命の安全を保てないからという理由と、もし北朝鮮が日本にミサイルでも撃ち込んできたら収拾がつかないという恐怖があったからと説明されている。しかし日本政府がいちばん恐れていたのは、金正男を捕まえた途端に、彼が自殺することだった。1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫(キムヒョンヒ)の例を見てもわかるように、北朝鮮工作員は毒物を隠し持っていることがある。金正男を捕らえ、彼が自決したらどうなるのか――。その恐怖があったという。
このとき金正男を捕らえず、厳重に尾行したらどうだったろう。彼はイランに売りさばいた武器代金をどうやって、どの銀行から引き下ろし、それをどうやって本国に送金するか、日本はその情報を入手できただろう。――千載一遇のチャンスをドブに捨てた日本の情報機関は世界の笑い者となってしまった。
「東京ディズニーランド見物に来た」など、日本当局が苦し紛れに創作した物語が、いまだにまかり通っているところも奇妙といえば奇妙な話だ。日本当局の無能ぶりを庶民大衆がグルになって隠しているようにも感じられる。

「人質」となり、「恐喝のコマ」となった金正男

成田で拘束され、指紋、掌紋、全身素っ裸の写真を撮られた金正男は、その後、「金正日の後継者」の地位から外れ、もっぱら北朝鮮のマネーロンダリングの主となっていった。平壌に戻ることは少なく、北京、香港、マカオときにシンガポールなどで遊び歩いていたようだ。遊び歩くといっても、半端なものではない。豪遊といっていいだろう。北京の屋敷にしても、驚くほどの豪邸である。広大な屋敷は高さ4mの高い塀に囲まれ、その周囲を武装した軍人が周回していた。中国政府にとって金正男は「大切な人質」だったのだ。
金正男を認めなかった金日成が1994年に死に、かつて金正男に可愛がられた軍や党の不良子弟たちは成長してそれなりの役職に就いている。日本で拘束され、全身入墨の裸体写真を撮られた過去があっても、何といっても北朝鮮の最高指導者・金正日の長男なのだ。

中国にとって金正男は、間違いなく「人質」だった。金正日を恫喝する材料だった。
だが2008年の夏に金正日が脳梗塞で倒れてから、少し様子が変わってきた。金正日は自分の長男である金正男に見向きもしなかった。脳梗塞で倒れ、余命いくばくも無いと感じた金正日は、三男の金正恩を後継者にしようとしていた。2009年5月に核実験を成功させた金正日は、核実験の翌日、各国公館に「後継者は金正恩」と通達。翌2010年5月、金正日は金正恩を伴って中国を訪問。このとき金正恩を胡錦濤国家主席と中央政治局常務委員の習近平に引き合わせている(胡錦濤はすでにこの時点で、次期国家主席を習近平と認識していたことがわかる)。さらに1年後の2011年5月にも金正日は金正恩を連れて訪中。またしても胡錦濤、習近平と会談している。このころから金正男の立場が変わった。「人質」ではなく「脅しのコマ」になったのだ。
金正恩が北朝鮮のトップに座ることは、もはや間違いない。その日が近づくにつれ、中国にとって金正男は「金正恩の立場を脅かす材料」となっていった。中国政府と親しい金正男が「北朝鮮にいる金正男派」と呼応すれば、金正恩政権は足元がグラつく。金正恩政権を脅す材料として、中国は金正男を大切にした。中国政府は金正男を丁重に扱い、万一の事態に備えて厳重な警備体制を敷いた。

金正恩の恐怖政治

1996年からスイスに留学していた金正恩は2000年秋に帰国し、一般人に紛れて偽名で金日成総合大学に進学。成績は極めて優秀で、本人の希望により金日成軍事大学へと進学、そのまま陸軍砲兵科に入隊した。偽名を使って一般兵として砲兵科で任務に就く金正恩の活躍に軍上層部が注目し、総参謀長だった李英鎬(リヨンホ)の耳に届く。面会した李英鎬は金正恩をタダモノではないと理解し、後に正体を知ってから、自分の知識をすべて金正恩に授けたという。この物語は本紙が入手したものだが、相当に脚色されていると思われる。しかし李英鎬の下で砲兵(ミサイル)の勉強をしたことは事実だろう。
2011年末に金正日が死去し、金正恩が実権を掌握すると、半年後の2012年夏には張成沢(チャンソンタク)の命令により李英鎬は全任務を解任され、最終的に粛清された。金正恩は、張成沢を使って軍のトップだった李英鎬を抹殺して軍の組織変更を行い、2013年末には叔父である張成沢を処刑して、誰も逆らうことが出来ない完全独裁体制を構築、恐怖政治で北朝鮮に君臨することとなった。
金正恩による恐怖の独裁政治に、日本人は眉を顰める。

しかしスターリンにせよ毛沢東にせよ、共産党独裁政権下では粛清は当然のものなのだ。とくに朝鮮半島では、弾圧と強権独裁政治は必然ともいえる。
朝鮮半島の民は世界でいちばん政治に興味を持つ民族である。多くが政治に対して一家言を持つ。自分の主張を弁舌さわやかにまくしたてる人間が多い。だから民主主義的に意見を求めると、ハチの巣を突いたように大騒ぎになり、まとまりがつかない。トップが圧倒的でないと、国が定まらない。全盛期の李王朝や、朴正熙の強権政治時代には、国家が繫栄し国力が充実した。金正恩は、そうした半島の民族性を熟知している。慕われる実力者であろうが血縁関係者であろうが、冷酷無比に粛清できる胆力こそ、国民をまとめ国家を隆盛に導くことを知っている。大衆が貧困に喘ぎ、国土が荒れ果てている現状を救うには、暴虐無情の恐怖政治を敷くしかない。現代日本とは異なり、民主主義を優先させる余裕などないのだ。

中朝国境の緊張

しかし、周辺国にとっては、これほど面倒な国はない。
とくに中国にとって、核と高性能ミサイルを保有し、190万の軍隊と飢えた人民を持つ北朝鮮は非常にやっかいな存在だ。中国軍は中朝国境の兵力を増強し、北朝鮮の暴発に備える必要がある。この状況を見て「中国と北朝鮮が戦争を起こす」と真面目に考える国際学者もいるほどだ。もちろん現実に中朝が戦争を始めることなど、あり得ない。中国東北地方に展開する瀋陽軍区の軍人、家族たちと北朝鮮の人々とは血族的にも密接で、中国政府が国連決議に従って制裁を強化しようが、両者は固い絆で結ばれている。たとえば仮に朝鮮半島有事で北朝鮮に韓国軍などが攻め込んだら、瀋陽軍区は一丸となって、義勇軍として、生命を投げうって北朝鮮の敵と戦うだろう。瀋陽軍区と北朝鮮は一体なのだ。
それでも中国政府にとって、北朝鮮はやっかい者である。だから金正恩を脅すために「金正日の長男=金正男」は重要なコマだった。
逆に、金正恩にとって、中国が手にしている金正男は、まさに目の上のタンコブ。自分のポストを脅かす最悪の存在である。自分を殺して金正男を北朝鮮のトップに据えようとする動きが起きることを極度に警戒していた。

2010年春、金正日と共に訪中した直後に、北京にいた金正男に北朝鮮の暗殺部隊が襲い掛かろうとした事件があったとの情報がある。公表はされていないがこれが世界中を駆け巡ったところを見ると、信憑性は高い。また張成沢夫人で金正日の妹でもある金慶姫は2012年にシンガポール情報局から、「金正男暗殺計画が発動している。金正男さんに細心の注意を払うよう伝えてください」と言われている。張成沢、金慶姫夫妻は、金正日から金正男の後見人との役割を与えられていたようだ。それが張成沢粛清の原因の一つでもあった。
金正恩が異母兄である金正男の命を狙うのは、当然のことでもある。
だからといって、今回のKL空港での暗殺事件が「金正恩の命令によるもの」と即断するのは早計である。今回の暗殺事件は、もう少し微妙な「国際的な圧力」が働いたと考えるべきだ。

朝鮮半島を巡る政略的駆け引き

今年(2017年)元旦のテレビ放送で、金正恩は「米国に届くICBMの試射発射準備が整った」と発言。これに大統領就任直前のトランプが噛みつき、「北朝鮮は米国の一部に到達できる核兵器の開発の最終段階に入っていると発表した。そうはならない!」と断言。米国が「そんなことはさせない」と言い切ったのだ。
金正恩、トランプの言葉遊びはともかく、じつはオバマ政権から今日のトランプ政権まで、米国は一貫して北朝鮮問題を重要視している。昨年11月に大統領選に勝利して以来、トランプは国防省やCIAと長時間の打ち合わせを行っているが、そのほとんどは極東情勢に費やされている。多くの人々はトランプが欧州情勢や対ロシア、あるいは中東情勢を問題視していると推測しているだろうが、じっさいにトランプが使った時間は7割が極東、そのほとんどは北朝鮮問題なのだ。日本人は隣国・北朝鮮に対して、あまりにも無関心だ。
中東問題、欧州問題と異なり、北朝鮮問題は回答を出せない難問として存在している。その難問を、天才トランプは中国にぶつけた。
北朝鮮の核開発に関する合意についての国際会議は「6者協議(6カ国協議、Six-Party Talks)」に委ねられている。この6者協議の議長国は中国である。北朝鮮と直接交渉ができない米トランプ政権は、議長国・中国を脅すことで北朝鮮をコントロールしようとしている。米国は北朝鮮の現状、中朝の環境を熟知したうえで、中国を脅している。脅す材料として「一つの中国見直し」を使うなど、米トランプ政権のやり方はえげつない。
「北朝鮮が国連決議を無視して核実験を行うのは、6者協議の議長国である中国に責任がある」
トランプはそう言い切ったが、これはオバマが言ったことでもある。北朝鮮の核実験は北朝鮮がやったものであり、中国に責任があるわけではない。だが米国は、ずっと中国の責任として糾弾してきた。――それは国際社会での駆け引きでもあった。
そうした最中、北朝鮮の核実験・ミサイル発射実験が頻発していたところで、新たな問題が浮上した。サードミサイルにまつわる「Xバンド・フェイズドアイ・レーダー」問題である。(この問題に関する詳細情報は本紙2月13日「底なし沼〈韓国〉に引きずり込まれるな!」をご覧ください。)
詳細は本紙2月13日情報をご覧いただくとして、要約すれば、いま韓国を巡って米中の綱引き真っ最中。つい先日まで親中国でまとまっていた韓国・朴槿恵政権は北朝鮮の核・ミサイルに怯えて米国のサードミサイル導入を決定。中国は烈火のごとく怒り、韓国は朴槿恵弾劾の結果、国内はガタガタ。中国が最も問題視している「Xバンド・フェイズドアイ・レーダー」をロッテが所有するゴルフ場「星州カントリークラブ」敷地内に敷設するというので、ロッテが中国の攻撃対象となり、厳しい状況に追い込まれるとの噂も強まっている。
この問題は米中の「政治的駆け引き」の一環なのだ。一見すると軍事問題のような政治的駆け引きは、他の局面でも深まっている。とくに問題なのが、3月1日から行われている米韓合同軍事訓練である。

北朝鮮のトップに対する「斬首作戦」

米韓合同軍事演習は韓国軍29万人、米軍1.5万人の兵力を結集させ、3月1日に始まった。毎年行われてきたものだが、これまでは「偶数年は巨大演習、奇数年は小規模演習」という慣例があった。今年は2017年、奇数年なので小規模のはずだが昨年並みの大規模演習になった。しかもその最中、3月中旬に最大の火ダネである「サードミサイル・システム」の運用テストを行うというのだ。また昨年同様、「キイ・リゾルブ」「フォール・イーグル」という作戦名が付けられた「敵のトップの斬首作戦」が継続されている。これは明確に「金正恩のクビを斬る」という作戦。米マティス国防長官は斬首作戦の拡大を示唆している。
斬首作戦の拡大とは何を意味するのか。具体的な解説はない。演習の領域から逸脱して、本当に平壌に侵攻して金正恩の首を叩き落すとも受け取れる。トランプ大統領は「北朝鮮は核を放棄し、体制を変革させる必要がある」と演説したが、体制を変革させるとは金正恩の首を斬るということにつながる。
この動きに中国も敏感に反応した。「米韓が北朝鮮に侵攻しようとするなら、中国は米韓軍の行動を阻止する」と応じたのだ。傍目から見ると子供の喧嘩のようにも見えるが、米中は真剣である。米中が戦争することなど現実にはあり得ない。あり得ないのだが、チキン・レース状況の下、偶発的に小さな衝突が起きても不思議ではない状況が作られている。現在の米朝、米中、中朝関係は複雑だが、簡単に整理すると、以下の通りになる。

  • 日本を同盟国とする米国は、一時親中国路線に傾いていた韓国を取り込んだ。
  • 米国と中国は戦争をする気などまったくないが、互いのメンツをかけた対立をしている。
  • 北朝鮮は中国の手綱から離れ、国際社会を刺激する核・ミサイル実験を繰り返している。
  • 中国と北朝鮮の関係は、金正恩政権になってから、ずっと冷え込んでいる。
  • 米国は北朝鮮の暴走の責任を中国になすりつけている。

この状況を理解すれば、今回の金正男暗殺事件の背景がわかってくる。

金正恩訪中に向けて

朝鮮半島周辺を巡って米中の政治的駆け引きが激化しているいま、北朝鮮がキャスティング・ボードを握っていることが理解できる。北朝鮮が日本や米国側についたら、中国は極東から締め出される。北朝鮮が中国につけば、これまで通りの米中対峙が続き韓国が綱引きの最前線に出る。外交問題で国内から厳しく突き上げられている習近平としては、北朝鮮を確実に中国側につけておきたい。
2010年、2011年には金正日が金正恩を伴って訪中。中国と北朝鮮が密接な関係にあることを世界に誇示した。その後、金正恩政権が誕生してから、中朝関係は冷え込みっ放しだ。この状況を打破し、世界に対して「中朝蜜月」を示す方法は1つしかない。金正恩が訪中して習近平と固い握手を交わすことだ。
では、どうすれば北朝鮮の金正恩が訪中するか。どうすれば金正恩訪中の必然が生まれるか。それが習近平政府に突きつけられた難問だった。中国政府は北朝鮮外交部との接触を重ね、5月以降今秋までの間に金正恩が訪中することが決定した模様だ。「金正恩訪中」の条件として中朝それぞれが条件を提示し、これが了解されたとの観測が流されている。この情報は間違いないものと考えられる。では中朝両者が「金正恩訪中(習近平と握手)」として互いに付きつけた条件とは何か。正確にはわからないが、以下の2点が推測される。

中国側「核実験を(当面の間)禁止する」
北朝鮮側「金正男(及び北朝鮮亡命政府)を抹殺する」

金正男には北京でも香港でもマカオでも、完璧なボディガード体制がとられていた。金正男が外国に出たときには陰に陽に、中国人と思われる護衛が幾重にも取り囲んでいた。今回のKLでも、金正男がバーに入ったときなど、その店の周囲を護衛が固めていたことが報告されている。だが2月13日のKL空港にだけは護衛が一人もいなかった。――中国側が意図的に護衛を外した以外に説明はできない。

イラン核合意とミサイル実験

実行犯が2人の女であることは、おそらく間違いがないだろう。中国側が護衛を外し、北朝鮮側が殺害を確認していたことも、まず間違いない。実行犯に命令を下したのが誰か、どの国の人間か。そしてまた毒ガスを仕入れたのは何者で、どのような手順が組まれたかは、今後の捜査を待つしかないが、常識的に考えて、国家が関係している犯罪の謎がすらすらと解けるはずもなかろう。
だが、以上の推理で解明終了とはならない。喉元になお謎が引っ掛かる。一つは米国がどのように関係しているか。そしてイランへの武器密売は、金正男の死でどう変化するかだ。
本紙が何度か掲載したとおり、米国は水面下で北朝鮮と交渉をしており、そのことは米国務省も認めている。外交の天才ともいわれる金正恩が、中国との交渉だけで訪中を簡単に了承したとは考えにくい。米国のほうが良い条件を出せば、中国とは仲たがいを続けることも可能だ。米朝間の駆け引きに関しては残念ながら、まったくわからない。わからないが1つヒントは残されている。イラン問題である。
オバマ大統領によるイラン核合意をトランプは「これまでの対外交渉の中で最低の合意」と非難。その破棄または見直しを示唆している。イランの後ろ盾となっているロシアとはうまくやっていきそうなムードを一旦は作ったが、その後はロシアを突き放すなど、微妙な手綱さばきを行っている。大統領補佐官だったフリンを辞任させた理由も、ロシアやイラン問題と関連しているのだろう。それらの解読ともかく、問題はイランである。

実行犯が2人の女であることは、おそらく間違いがないだろう。中国側が護衛を外し、北朝鮮側が殺害を確認していたことも、まず間違いない。実行犯に命令を下したのが誰か、どの国の人間か。そしてまた毒ガスを仕入れたのは何者で、どのような手順が組まれたかは、今後の捜査を待つしかないが、常識的に考えて、国家が関係している犯罪の謎がすらすらと解けるはずもなかろう。
だが、以上の推理で解明終了とはならない。喉元になお謎が引っ掛かる。一つは米国がどのように関係しているか。そしてイランへの武器密売は、金正男の死でどう変化するかだ。
本紙が何度か掲載したとおり、米国は水面下で北朝鮮と交渉をしており、そのことは米国務省も認めている。外交の天才ともいわれる金正恩が、中国との交渉だけで訪中を簡単に了承したとは考えにくい。米国のほうが良い条件を出せば、中国とは仲たがいを続けることも可能だ。米朝間の駆け引きに関しては残念ながら、まったくわからない。わからないが1つヒントは残されている。イラン問題である。
オバマ大統領によるイラン核合意をトランプは「これまでの対外交渉の中で最低の合意」と非難。その破棄または見直しを示唆している。イランの後ろ盾となっているロシアとはうまくやっていきそうなムードを一旦は作ったが、その後はロシアを突き放すなど、微妙な手綱さばきを行っている。大統領補佐官だったフリンを辞任させた理由も、ロシアやイラン問題と関連しているのだろう。それらの解読ともかく、問題はイランである。

激動のアジア、大混乱の果てに見えるのは?

北朝鮮とイランが武器密売でつながっていることは世界中が知っている。知ってはいるが、その実態は不明だ。ミサイルにしても、一部は現地調達があるだろうが、部品や技術は北朝鮮からイランに流れている。それは陸路なのか、海路なのか、空路なのか。そしてカネはどうやって回収しているのか。
1980年代に発覚した「イラン・コントラ事件」があった。米国が禁輸対象であるイランに武器を売り、その代金をニカラグアの反政府勢力に流用していた事件である。武器密売や暗殺などの汚れた仕事は、欧米やロシアでは諜報機関が行う。映画や小説でお馴染みの「007」に代表されるCIAやMI6が汚れ役の主役だ。明治維新後の日本も最終的には欧米のようになった。だがアジアでは、国家機関が汚れ役を行うことはない。政府とは無縁の組織が汚れ役をやってきた。アジアにはさまざまな組織があり、それが機能していた。世界の諜報機関が把握しているのは、「マカオ=イラン」を結ぶルートだ。ここに金正男が関係していたと見られている。
金正恩が国家の頂点に立ったところで、北朝鮮の武器密売と金正男の関係は消えたと思うのは欧米的、日本的な考え方だ。金正男は長期間にわたって「北朝鮮=マカオ=イラン」の武器売買の主役をやっていた。そこには国家間の関係を越えた「組織の関係」が介在した。北朝鮮のトップが金正恩になったからといって、金正男が動かしてきた組織が金正男を切り捨てることはない。金正恩にとっては、その意味でも金正男が邪魔な存在だった。

マレーシアKL空港での金正男暗殺事件に関して、ほんらい最も注目すべきは「北朝鮮発マカオ=イラン」の武器売買密輸ルート問題である。そこに目をつぶって事件の解明をしようとするところに無理がある。
金正男がKL空港で暗殺された6日後、北朝鮮最高人民会議議長の崔泰福(チェテボク)が急遽イランを訪問している。これが金正男暗殺事件と密接な関係にあるにも関わらず、世界中のマスコミはそれを伝えようともしない。
金正男暗殺事件は、緊張を高める国際情勢の下、必然として起きた事件である。誰がどうやって殺したかは、警察が調べるものであり、真相は闇の中に葬られる。
背後に何が動いたか。それが最重要なのだ。そして、米中の綱引きの結果としてこの暗殺事件が起きたことが理解できれば、これが「序章」というか「第一幕」というか、物語の発端であることも理解できる。
米韓合同軍事演習、その後の金正恩訪中、その先にあるのは何か。
中東と極東を結ぶアジア大混乱は、筋書きを持たないまま、これから第二幕に突入する。その前に日本国内が混乱に陥ることは必然なのかもしれない。現状を正確に把握しない限り、今後の混乱時に右往左往するだろう。いまからでも決して遅くない。日本の立場、自分の立ち位置を明確にしておく必要があるだろう。