朝鮮半島に異常あり! | 行政調査新聞

朝鮮半島に異常あり!

米中との外交戦に勝利する北朝鮮//孤立する韓国は溶融の危機に直面

 核、ミサイル実験を続け、そのいっぽうで飢え、疲弊する北朝鮮。北朝鮮はやがて崩壊するとの観測が流れるなか、隣国の韓国では4月の選挙で与党が大敗、米中からそっぽを向かれ国際社会で孤立し、経済は最悪の状況を迎えている。半島全域が危機的状況に見えるが、厳しいのは韓国だけで、北朝鮮は好調の波に乗った模様。米中政府の公式発言を読みとれば、北朝鮮が天才的外交能力を駆使して米中を操り、数カ月以内に衝撃の結末を迎える状況が浮かび上がってくる。そのとき韓国は、そして日本はどうなるのか……。

「関わりたくないほど無責任な国」北朝鮮

 オバマ米大統領は核、ミサイル実験を繰り返す北朝鮮を「著しく常軌を逸している」「関わりたくないほど無責任な国だ」と厳しく非難した。米CBSテレビで人気キャスターであるチャーリー・ローズの質問に答えたものだ(4月26日)。さらに司会者ローズは言葉巧みにオバマの本心を問い質したが、オバマはこれに正対してこう答えている。
 「北朝鮮のミサイル開発の脅威は高くない」
 「米国は北朝鮮の現政権を確実に倒す兵器を所有しているが、米国の最優先課題は北朝鮮周辺の同盟国を守ることだ」
 オバマの発言はじつにわかりやすいものだが、表面の文字だけ読むと誤解する。周辺の同盟国、すなわち日本や韓国を守るために北朝鮮を倒す兵器を使用することはない――。このオバマ発言の真意は「米国は北朝鮮を攻撃しない」ということだ。世界はそう考えるし、北朝鮮は「攻撃しません」という米国からのメッセージだと捉える。オバマのこの発言は極めて重要な意味を持つ。

明らかにされた米朝秘密会談

 「米朝が秘密協議を行っていた」という衝撃情報が流されたのは2月末のことだった。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に「昨年末に米朝が平和協定締結に向けて秘密協議を行っていた」事実と、これに関し国務省が「北朝鮮とトークを行った」と認めたとの記事が掲載されたのだ(2月21日)。

 北朝鮮は今年1月6日に核実験を行っている。この実験は米朝秘密協議の直後のことだったと推測できる。普通に考えると、米朝秘密協議が決裂し、それを受けて頭に血が上った金正恩が核実験を強行したと想像できる。だがその逆の可能性のほうが高い。米朝の協議は順調とはいえないまでも、方向性が明確に決まり、両者が了解した可能性が高い。

 なぜそう判断できるのか。
 かつて米国務省に勤務し、NSC(国家安全保障会議)日本・朝鮮部長を務め、現ジョージタウン大学教授のビクター・チャが「米国と北朝鮮との間で、平和協定のためのネゴシエーションができている」と発言し、これを大統領府が否定も肯定もしなかったことから、米朝が了解していることが見えてくる。ビクター・チャは大学教授だが、現在も国務省と繋がり、意図的にリーク的な発言をしたと考えていいだろう。
 ちなみに2月の時点で国務省は北朝鮮と「トーク」したという言葉を使い、4月にビクター・チャは「ネゴシエーション」と言っている。この2つは米国で頻繁に使われる言葉で、トーク(talk)は単なる「対話」を意味し、ネゴシエーション(negotiation)は「合意を目的とした議論」という意味で使われる。
 米国と北朝鮮は平和協定合意を目的として議論した。議論しただけでなく、一定の方向性を出したと考えるべきだろう。だがそれは東アジアの枠組みを壊す衝撃情報でもある。

米朝「平和協定締結」ウラ駆け引き

 第二次大戦から5年後となる1950年に朝鮮戦争が始まった。東西陣営の激突である。当初は北朝鮮が圧倒し、やがて米軍中心の国連軍が押し戻し、1951年には戦線は膠着状態に陥った。その後ソ連を仲介にして休戦が模索され、紆余曲折を経て1953年7月に朝鮮戦争休戦協定が結ばれた。これは「休戦」であって「停戦」でも「終戦」でもない。
 休戦協定を結んだ当事者は、国連軍代表としての米軍と、その対戦国だった北朝鮮軍、そして中国人民解放軍(名目上は人民解放軍志願軍)である。韓国は休戦協定に参加していない。韓国の李承晩(りしょうばん)大統領は、国連軍の武力を頼りに北朝鮮軍を倒して朝鮮半島統一を成し遂げようと考え、休戦には反対だったため、韓国は休戦協定に臨んでいない。

 その後米軍は休戦協定の一部を一方的に廃棄、また北朝鮮側も何度も休戦協定の破棄を宣言しており、今ではどちらかが休戦協定を破って進撃しても、国際法上には何ら問題はないと認識されている。
 いつでも戦争が再開される状況にある。それが朝鮮半島の現状なのだ。
 オバマ大統領が「北朝鮮の現政権を確実に倒す兵器を所有している」と口にしたが、この状況はずっと続いていた。その恐怖があるからこそ、北朝鮮側は「ソウルを火の海にする」兵器を必要とし、核、ミサイル開発もしなければならなかった。

 休戦協定を平和協定に格上げする必要がある。当然のことだが国際社会はそう考えてきた。平和協定さえ結べば突発的な戦争は回避できる。そこで条件として提案されたのが「朝鮮半島の非核化」であり、それを成し遂げるための「6カ国協議(六者協議)」だった。しかし9回にわたって行われた協議は破綻、中断され、核を手放せば反撃力を失うと考えた北朝鮮は非核化を無視、核開発、実験に踏み切った。
 国際社会の批判を無視して核開発、ミサイル実験を繰り返す北朝鮮に対し、米国を中心とする国際社会は「制裁」によって北朝鮮を封じ込めようと巨大な圧力をかけたが、じつは実効性のある制裁はまったく無かった。

制裁を受けても経済状況が好転する北朝鮮

 金正日の時代には北朝鮮はミサイルを売って資金を得ていたことが知られている。ミサイル開発に1億ドル、2億ドルを必要としたが、そのミサイルはイランを初めとする中東諸国に1基8億ドル、9億ドルで売ることができた。さらに北朝鮮は地下資源の宝庫である。電球のフィラメントや対戦車用徹甲弾の材料として知られるタングステン、ミサイルや宇宙船に必要な合金材料ベリリウム、あるいは耐火煉瓦用のマグネシアクリンカーなどは北朝鮮が主産地である。北朝鮮の外交官が中東や北アフリカで地下資源鉱物や金、レアメタルなどを密売し、ときに発覚することがあった。近ごろ話題になった『パナマ文書』の中には英国の銀行家が北朝鮮の武器販売に力を貸していた事実や、米国人が北朝鮮産の金を密輸していた事件が発覚するなど、北朝鮮は密輸大国となっている。国家が首謀して密輸を行っているのだから成功する確率が高く、密輸でかなりの利益をあげているようなのだ。石油は、以前から関係が深かったイランから、さまざまな国を経由して北朝鮮に届けられている。石油輸入国の中国が北朝鮮に石油を輸出していると騒がれることもあるが、中国から北朝鮮に流れる石油はイラン産のもので、中国の業者が(多くは賄賂で誤魔化して)行政の目を盗んで右から左へ横流ししているものである。

 北朝鮮が数年前と比べて裕福になっていることは、北朝鮮に大使館を置いている各国の情報から理解できる。北朝鮮は世界163カ国と国交を結び、30カ国近くが平壌に大使館を持っている。大使館がある国は中国、ロシアを初め英国、ドイツ、スウェーデン、ルーマニア、チェコ、ポーランド、インド、インドネシア、パキスタン等々だが、これら大使館員を通して平壌市民が裕福になりつつある状況が報告されている。わかりやすい例として、2011年に平壌では、タクシーが走っている姿は滅多に見られなかった。見られるとしたら、それは外国人を乗せている車だった。それが今年春には「ときに空車が走り、外国人だけではなく北朝鮮の人間を乗せることもあり、街のあちこちで走っているタクシーを見かける」というのだ。タクシーが街を走るのは当たり前のことだが、その当たり前がやっと北朝鮮にもやってきている。
 日本や米国を初めとする制裁に効果がないことは、じつは世界中がわかっていた。

米中両国が「平和条約締結」に動く理由

 北朝鮮の核、ミサイルに対峙する米国のサード(THAAD終末高高度防衛)ミサイルのレーダー(Xバンドレーダー)設置をめぐって、中国・韓国が激しく対立し、最終的に米中の熾烈な駆け引きが展開されてきた。
 サード・ミサイルとは米国の「ミサイル防衛(MD)計画」の中核をなすものだが、これは米中対立のいちばん敏感な問題でもある。
 北朝鮮を目標としたサード・ミサイル・レーダーが韓国に設置されると、北朝鮮を遥か越えた中国の長春、ハルビンさらには北京、南京、上海までが米軍の目の届く範囲になってしまう。このレーダーを韓国に設置することを容認した朴槿恵に習近平が噛みつき、昨秋から米中が激しく対立する構図となってしまった。

 中国が危惧しているのはXバンドレーダーだけではない。このレーダー設置が最終的にはサード・ミサイル配備に繋がるからだ。米国は「対北朝鮮用」として韓国にサード・ミサイル・システム(レーダーや射撃統制システム、ミサイル基地など)を導入しようとしているが、「対北朝鮮」は口実であって、それが「対中国用」であることは明らかだ。
 中国景気が良好の時代には、中国にべったり擦り寄っていた韓国が、中国景気が悪化するのに同調するかのように、米国に秋波を送るようになっていった。これもまた中国を刺激したようにも思える。中国と韓国の微妙で複雑な関係はともかく、米国が韓国に「サード・ミサイル・システム」の一部(最終的には全部)を置こうとしているのは「対北朝鮮」という錦の御旗があるためだ。朝鮮戦争をめぐる「平和協定」が成立すれば、米国が韓国にサード・ミサイルを設置する必要がなくなる。――中国が朝鮮戦争の「平和協定締結」に動くことは、自国防衛のための必然と考えていいだろう。

 こうした状況にある今年2月に中国の王毅外相が「朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換する協議を進行すべきだ」と発言し、物議を醸した(2月17日)。
 日本の新聞テレビを見る限り、中国の外相が米国に対して「朝鮮戦争の平和協定を提案」したかのように思われるが、現実は中国としては「背に腹は代えられない」気分で、進行中の米朝秘密協議をあと押しし、平和協定を促したと見るべきだろう。その中国は一方で北朝鮮のトップの首のすげ替えも狙っている。

中国が狙う「金正男指導体制」

 北朝鮮では序列第二位とされていた張成沢が国家転覆罪という罪状で2013年12月に処刑された。また金正恩の側近といわれていた玄永哲(ヒョンヨンチョル)大将が昨年(2015年)4月に反逆罪で粛清、処刑された模様である。その後昨年末12月29日には対南(対韓国)政策のトップでありスパイ組織統一戦線部長だった金養建(キムヤンゴン)が交通事故死しているが、これも粛清と考えられる。
 北朝鮮では金正恩体制になってから、処刑の嵐が吹き荒れている。「恐怖政治」であり、「若い指導者が権力を見せつけるために暴走している」と、国際社会一般には受け止められている。だがじつは張成沢の国家転覆罪が示す通り、処刑・粛清された彼らは皆、本気で金正恩暗殺を実行しようとしていたのだ。金正恩を亡き者にして、金正男を北朝鮮のトップに据えるためである。

 亡くなった金正日総書記には3人の男児がいる。長男・金正男、次男・金正哲、三男・金正恩である。儒教国家の北朝鮮では、他のアジア諸国同様、長男が家督を継ぐことが当然だと考えられている。その意味では金正男が北朝鮮のトップの座に就くことは当然である。

 金正男というと、日本では「東京ディズニーランドに遊びに来た男」と思われている。2001年5月に成田で拘束され、事実上の超法規的措置で全日空特別便で北京に送られた事件は、記憶されている方も多いだろう。あのときの「ディズニーランドに遊びに来た」とは入国管理局、外務省、日本政府による出鱈目情報で、偽造パスポート所持も嘘である。(ドミニカ共和国発行のパスポートは本物で、もしドミニカ政府から文句を言われたら日本は反論できなかった。)当時多数の日本人が北朝鮮に入国しており、その生命保全と引き換えに金正男を国外退去させたとの説が濃厚で、たぶんそれが真相だろう。2001年5月に成田に現れた金正男の目的は、イランに売りさばいたミサイル代金を受け取り、北朝鮮本国に送金することだった。また2001年5月に限り、なぜ日本は金正男を拘束したのか。日本が国際社会に内緒で北朝鮮との接触を図り、それが進展していたことから、日朝間にクサビを打ち込まれたと推測される。ちなみに小泉純一郎の電撃的訪朝はこの事件の1年半後、2002年9月だった。

 金正男は日本で拘束されるまで、一年の半分は母国北朝鮮で過ごし、あとは日本だけでなく香港、シンガポールさらには中東などを拠点に動き回っていた。父である金正日も彼を信用し、国際商取引を任せきっていた。持って生まれた親分肌の素質があり、侠気(男気)に富んだ人物で、北朝鮮の軍部では絶対的な信用があり、金正男のためなら生命を捨てるという者がたくさんいた。
 成田で拘束され北京に送られた後、金正男は本国には帰らず、香港、上海などを拠点として生活。やがて中国共産党中枢と密接な関係を築く。とくに親しかったのは習近平を頂点とする中国共産党太子党の面々だった。

 中国に取り込まれた金正男は父・金正日から見捨てられた。弟・金正恩が金正男暗殺部隊を派遣したことがあり、中国側がそれを排除して以来、金正男はますます中国べったりになったと説明される。一説では金正恩が暗殺部隊を派遣した事実はなく、それは中国側が捏造した物語だともされる。何が真実か不明だが、金正男が中国政府とくに太子党と密接な関係にあることは事実のようだ。

 2000年に金正日が初めて訪中したとき会ったのは江沢民国家主席。その後金正日は4回も訪中し、一度は金正恩を同行させているが、会ったのは江沢民と胡錦濤であり、太子党の面々とは顔を合わせていない。また昨年の北朝鮮労働党創設記念日に北朝鮮を訪れたのは中国共産党序列5位で常務書記の劉雲山だが、劉雲山は胡錦濤と同じ共青団のメンバーで、習近平の太子党とは対立している。中国が金正恩を倒して金正男政権樹立を狙っていることは事実だが、それは現指導部を掌握している太子党の狙いであり、江沢民派や共青団がどう考えているかは不明である。
 北朝鮮のトップが仮に金正男になっても、しかし、状況に変化は起きない。誰がトップになっても、米国は韓国にサード・ミサイル・システムを設置しようとするだろう。これを阻止するためには、米朝間に平和協定が締結されることしかない。
 こうした事情から、中国は本気で朝鮮戦争平和協定締結を推進しようとしているのだ。

切り捨てられる韓国

 米国を中心に国際勢力は「朝鮮半島の非核化」を強く要望してきた。平和協定締結の条件は、まず何といっても非核化だった。ところが現実には非核化は不可能だ。いまさら北朝鮮に核放棄を求めることには無理がある。そこで米国が北朝鮮に出した次の条件は「平和条約締結に韓国を参入させる」ことだった。
 繰り返しになるが、1953年に結ばれた休戦協定は「国連を代表する米国」と「北朝鮮+中国」との間に結ばれたものだ。平和協定を締結する場合、米国としては韓国の安全保障を念頭に、韓国も平和協定の当事者にするのが当然だと考えた。ところが北朝鮮はこれを完全に拒否したのだ。金正恩第一書記にとって、中国を初め諸外国の勢力を借りて朝鮮半島を蹂躙しようとする韓国は決して許されるものではないのだ。父・金正日もまた、半島の統一に中国など外国勢力を介在させることを終生断固として拒否し続けた。
 今回、米国は最終的に北朝鮮の言う通りに、韓国を「平和協定の当事者」から外すしか道はなかった。

朴槿恵の憂鬱、韓国の孤立

 4月13日に行われた韓国の総選挙で、予想に反し朴槿恵率いる与党セヌリ党が過半数を大きく割り込む大惨敗を喫してしまった。朴槿恵大統領の任期は来年末だが、今回の敗北で朴槿恵はすでに「死に体」となったとの評されている。与党セヌリ党は第一党の座は確保。最大野党「ともに民主党」が肉薄し、「国民の党」が少数政党ながら第三極として鍵を握ることになりそうだ。

 朴槿恵は経済、外交、安保、国政などさまざまな問題を抱えてスタートしたが、当初は「垣根を取り払って新しい経済体制を」作る雰囲気に満ち溢れていた。それがことごとく失敗し、経済は悪化の一途をたどり、韓国民自身が自分たちのことを「ヘル・コリア(地獄の韓国)」と呼ぶほどになってしまった。かつて自殺者がいない国と誇りにしていた韓国で、核家族化が進み、取り残された老人の自殺が急増している。若者たちは自分の国を捨てて海外で生活することを夢見て、中国へ、米国へ、そして日本や東南アジア諸国に出ていく。この状況は日本にとっては決して望ましいものではない。

特需を狙って朴槿恵はイランへ飛んだ

 韓国大統領は外遊すると支持率が上がる。外国から評価を受けることが大好きな国民性のためだと説明される。韓国人は世界では嫌われ者で通っている。大統領が外国を訪問し、評価を受けると、韓国が高く評価されたと感じ、大統領人気がたちまち人気が上昇するというわけだ。総選挙で予想外の大敗を喫した朴槿恵が外国に行くことは予想されたことだった。朴槿恵はその外遊先をイランにしたのだ。
 なぜイランだったのか。いくつもの理由が重なるからだ。
 これまで核開発を理由に米国を初めとする国際社会から制裁を受けていたイランは、今年(2016年)1月に制裁が解除された。石油埋蔵量世界第4位の国でありながら輸出量は韓国並みの世界第15位。古代から世界最高の実力を持つといわれた「ペルシア商人」の国は、商売もできずに制裁の中でじっとしていた。そのイランが制裁を解除された。世界が「イラン特需」と口にする状況になった。朴槿恵大統領が大企業幹部など236人を引き連れてイランを訪問した最大の理由は、イラン特需を当て込んだものだ。
 さらに制裁されていたイランと密接な関係にあった北朝鮮を見据えての行動とも受け取れる。イラン=北朝鮮の密接な関係にクサビを打ち込むといったことではなく、イランと親しくすることで北朝鮮とも良好な関係を構築しようとする意図がある。そしてもう1つ、安倍晋三より先にイランを訪問したという実績作りだ。
 だが朴槿恵は外交を得意としていないばかりか、対中、対米、対北朝鮮、対日のいずれも大失敗続き。「ユダヤ人より手強い」ペルシア商人を相手に、朴槿恵がどれほど善戦できたかは、今後の韓国=イラン関係が示してくれるだろう。

北朝鮮労働党36年ぶりの党大会開催の真の意味

 北朝鮮の労働党党大会が5月6日から開かれる。党大会が開かれるのは36年ぶりのことだ。
 最初の党大会は建国直後の1946年に開かれ、1948年の第2回党大会以降、5年に一度開催されることが決められたが、その後は1956年、1961年、1970年そして1980年に開かれ、それを最後に36年間開催されてこなかった。
 1994年7月に金日成が急逝しその後継者となった金正日は一度も党大会を開かなかった。

 金正日は「先軍政治」という言葉に代表される軍国主義路線を採りながらも、英国、イタリア、カナダ等西側諸国と国交を樹立し、韓国との南北首脳会談を進め、日朝国交回復に向けての外交を展開するなど、開放路線を歩み、「共産主義」を否定していた。憲法を改正して共産主義の文言をすべて消し去るなど、徹底したものだった。

 ところが今回の党大会に向けて、北朝鮮の政府機関紙である『労働新聞』は共産主義を復活させているのだ。一人は全体のために。全体は一人のために」という共産主義の有名なスローガンを、最初は3月19日に、そして21日に、4月に入ってからは毎日のように共産主義を登場させている。
 さらに同紙社説では今回の党大会を「勝利者の大会にする」と断言している。
 勝手に断言すればいいじゃないか、何が勝利者だ! 多くの方はこの言葉に何の反応もされないだろう。だがじつはこの「勝利者の大会」とは共産主義者にとっては重要でインパクトのある特別な言葉なのだ。これは1934年1月に催された第17回ソビエト共産党大会でスターリンが語った言葉である。

激変する北朝鮮が狙う新体制

 「勝利者の大会にする」――スターリンのこの言葉は、まさにソ連共産党が旧来の皮を破って新たな社会主義路線を開くときに使用されたものだった。レーニンのボルシェビキ革命後の生産手段国有化と世界不況の中で多くの餓死者を出したソ連が、熾烈な権力闘争を経て、スターリンが実権を掌握し、高らかに新しい時代の到来を宣言したのがこの言葉である。このときの共産党大会で党執行部は一気に若返り(86%が40歳以下)、第二次5カ年経済計画を発表、農業国から工業国家への転身を果たしたのだ。

 トロッキーとの権力闘争を抑えたスターリンは、粛清の嵐を越えてソ連を若返らせ巨大国家に成長させた。金正恩もまた、中国に逃れた金正男一派との権力闘争を乗り切り、党人事を一気に若返らせ、北朝鮮を「豊かな国」にしようと考えているようだ。
 ソ連が崩壊し中国が改革開放路線を歩むなか、金正恩には「北朝鮮こそが民族解放運動の中心地」、「北朝鮮こそが世界共産党の中心地」との自負がある。

 6日から行われる北朝鮮の党大会の会期は不明だが、少なくとも3日間、おそらくは5日間~1週間くらいかけられるだろう。そこでは経済計画が発表され、さらに人事面では一気に若返りが行われるはずだ。だが注目すべきは別なところにある。招待客、来賓としてどのようなメンバーが集められるかである。アジア圏の共産主義国家として、ラオスとベトナムから大臣級が来るだろう。かなりの確率でキューバから来賓が来る可能性がある。そして何より注目は中国である。常務委員級がやって来るか否か、そしてそれは何者なのか。まさに注目の党大会である。

 そして最後に。北朝鮮が朝鮮戦争平和協定を締結すれば、制裁は確実に解除される。制裁解除の「イラン特需」を遥かに越える「北朝鮮特需」が起きる可能性がある。そのとき日本はどうなるのだろうか。

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