東アジアに発生した巨大津波 | 行政調査新聞

東アジアに発生した巨大津波

――波瀾を呼ぶ慰安婦問題解決日韓合意――

 年末12月28日、安倍晋三首相の命を受け韓国ソウルに飛んだ岸田文雄外相は、慰安婦問題の最終合意に関して尹炳世(ユンビョンセ)外交部長(外相)と会談を行い、両者がテレビカメラの前で「最終的、不可逆的な解決」を確認した。
日韓の間に立ちはだかっていた巨大な障壁が、ついに取り払われた。最大の難問が消えたからには、日本と韓国は今後固い絆に結ばれて良好な関係を構築していくであろうことを切に期待する。そして東アジアは安定に向かいバラ色の2016年が想定されそうだが、楽観は許されない。地獄の底に突き落とされる可能性も残っているのだ。

北朝鮮の諜報・工作機関トップが事故死

 12月29日に北朝鮮の首都平壌近くで金養建(キムヤンゴン=統一戦線部長73歳)が交通事故で亡くなった。経済状況が好転し活気にあふれているとはいえ、まだまだ交通量は少ない北朝鮮。しかも事故が起きたのは午前6時15分頃という。金養建部長が乗る乗用車と軍の大型トラックが衝突し、金養建部長は「ほぼ即死」だったという。誰もが「事故を装った粛清ではないか」と思いたくなるところだ。国際情勢を理解している者であれば、この事故死の意味は一目瞭然である。慰安婦問題で日韓が合意したことで責任を取らされたのだ。

 南北統一は北朝鮮の悲願である。
 日本人拉致にしても、南朝鮮(韓国)で革命を起こすために、あるいは南進(韓国内への侵略)のために画策されたものだった。2000年6月の金大中・金正日による南北首脳会談以降は平和裏に南北が統一されることが現実味を帯びてきた。朝鮮半島の南北統一のためには、日韓が対立関係にあったほうが都合がいい。また北朝鮮にとっては日朝国交正常化も重大な案件であり、こちらについても日韓関係がギクシャクしていることが望ましい。北朝鮮にとって、日韓関係悪化は楽しく嬉しくバラ色の話であって、日韓対立のために裏からさまざまな仕組みを構築してきた。それを担当してきた部署こそ「統一戦線部」俗称「3号庁舎」である。
 統一戦線部とは諜報と工作を担当する最高機関なのだ。この組織はさまざまな任務を持ち、当然のことだが外部からは理解しにくい。最大の任務は公然活動、非公然活動を通して南朝鮮(韓国)の庶民大衆を「親北朝鮮」「反日」に向かわせることである。その最高責任者が金養建統一戦線部長だった。

日韓合意は「最終的、不可逆的な解決」なのか

 12月28日、あり得ないと考えられてきた「慰安婦問題の解決」が突如として実現化された。日韓両政府が解決に向けて合意した。裏からも表からも「日韓関係対立」を仕組んできた工作部隊のトップが責任を取らされたのは必然のことだ。韓国国家情報院は金養建の死亡に関して「暗殺などあり得ない」との見解を発表しているが、この発表の裏には北朝鮮に対する遠慮、北朝鮮シンパを刺激したくないという思惑が働いている。

 慰安婦問題解決で日韓両政府は明確に合意に達した。全世界に報道され、「両国首脳の努力は称賛に値する」(ニューヨークタイムズ紙)など欧米各紙も大きく取りあげている。「最終的、不可逆的な解決」は世界に報道され、文書化されなかったものの、この合意をひっくり返すことは難しい。
 しかし韓国内ではこの合意を認めない動きが活発化している。12月30日には、元慰安婦支援組織の抗議活動「水曜集会」が行われ、韓国政府を強く批判。韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)は今後も死力を尽くして合意に待ったをかける覚悟だという。韓国政府が立ち上げる基金に日本は10億円を拠出することで合意されたが、その条件の中に日本大使館前の少女像の移転が含まれている。
 朝日新聞12月29日の記事に以下の記述がある。
 「日本政府関係者はこう語る。『韓国がこれからかく汗の量は半端ではない』」
この文章は、日韓関係修復のためにはまだ克服しなければならない問題が巨大であることを物語っている。

慰安婦問題日韓合意に激震が走った東アジア

 新聞各紙などの情報を整理すると、日韓両政府は1年以上も前から慰安婦問題解決に向かっての地道な話し合いを続けてきたようだ。だがその情報が表に出ることはなかった。世界中が日韓は厳しく対立していると判断していた。慰安婦問題解決に日韓両政府が合意という突然の出来事は、北朝鮮の統一戦線部長が粛清されたくらいでは終わりそうにない。
 日本国内でも賛否両論の意見が戦わされるだろうが、最大の問題は当事国である韓国世論だ。基金に日本政府が10億円を拠出する条件として「少女像の移転」を掲げているが、韓国世論は66.3%が移転に反対、移転賛成は僅か19.3%だった(12月30日)。また日韓合意に関しては50.7%が「誤り」、で正しいと評価する者は43.2%と過半数を割っている。
 こうした状況を理解しながらも、朴槿恵大統領は日韓合意を優先する意思を内外に表明している。
 これまでの反日強硬路線を180度転換したようにも受け取れる。まちがいなく韓国内で強烈な抗議行動が展開されるだろう。最悪の場合、朴槿恵大統領に対する直接行動(襲撃、暗殺)すらあり得る。
 今後の日韓が予定通りに安泰で明るい関係を構築できるか、しばらくは不透明感が漂う。日韓最大の対立問題が解決の方向に向かったことは、半島南北に激震が走っただけでは済まない。東アジアに想像以上の衝撃をもたらした。北朝鮮以上に衝撃を受けたのは中国だろう。

中国は韓国抱き込みに死力を尽くす

 慰安婦問題解決日韓合意を受けて、12月29日(日韓合意の翌日)午前の定例会見で中国外交部は、「日本の軍国主義は中国各地で(女性に)慰安婦となることを強制し、重大な人道に反する罪を犯した。日本が切実に責任を負い、被害者の懸念を尊重することを促す」と述べ、日本側に「適切な解決」を要求している(中国外交部・陸慷報道局長)。これは当然の対応だが、中国にとって今回の「慰安婦問題解決日韓合意」はたいへんな試練となりそうだ。
 日韓が水面下で接触していたことを中国はある程度は把握していたようだ。習近平に近い筋は早くからその動きを察知していたと漏らす。しかしその雰囲気から、今回の事態を予測していたとは思えない。「東アジアに大きな波風が立った」との考えを示す。

 中国が問題視しているのは、歴史認識で共同歩調をとっていた韓国が慰安婦問題で合意し、今後この問題を蒸し返さないとしている点だ。12月28日に朴槿恵大統領と電話で話し合った安倍晋三首相自身、周囲に「韓国は、慰安婦問題に関するユネスコの記憶遺産への申請もしないだろう」と語っているが、韓国の方向転換は中国にとって痛手である。中国としては、韓国が反日姿勢を強め、そんな韓国を中国が応援する形が望ましい。韓国が反日色を弱めてしまうと、日中が正面激突する構図が生まれかねない。これまでの「日本×中国・韓国連合」から「日本・韓国連合×中国」へ東アジアの構図が変わることを安倍政権は狙っている。少なくとも中国はそう捉えている。

 しかし韓国にとって中国は最大の貿易相手国であり、中国依存なしでは韓国は存在できない。では中国は、韓国を経済的に締め上げて、またまた反日路線に転換させようとするだろうか。それはあり得ない。それは自分の首を絞めることにつながる。逆に中国は、今後さらに韓国に接近し、韓国を取り込み呑みこもうとするはずだ。中国が韓国重視政策に傾くことこそ、朴槿恵の狙いでもある。
 日韓基本条約を締結して戦後新たな日韓関係を構築し、漢江の奇跡と呼ばれる経済復興を成し遂げた朴正煕(パクチョンヒ)大統領に倣い、経済的苦境に喘ぐ韓国を復興させ、韓国を東アジアでの重要なポストに置くことに成功すれば、朴槿恵は偉大な大統領としてその名を永遠にのこすことになるだろう。だが一歩まちがえば、父娘2代が暗殺されるかもしれないのだ。

東アジアに起きた巨大津波

 年末の「慰安婦問題解決日韓合意」は、謂わば東アジアに突如起こった巨大津波のようなものかもしれない。津波は韓国を呑み込み、北朝鮮に爪痕を残し、中国を翻弄し、台湾にまで到達している。
 日韓合意が発表された翌12月29日、中国で外交部の陸慷報道局長が記者会見を行ったのとほぼ同時刻に、台湾の馬英九総統は「台湾の慰安婦に対する謝罪と賠償を日本に要求し、女性たちの正義と尊厳を取り戻すという政府の立場は、終始変わっていない」と述べ、日本政府に直ちに交渉に入るよう求めている。さらに大晦日の31日には林永楽外交部長(外相)が「日本政府との協議が1月上旬から開始される予定だ」とも発表している。ただしこれについて日本の外務省は反応を示していない。
(正月休み期間中でもあり、日程等を模索中とも推測できる。)

 台湾では1月16日(土)に総統選挙と立法委員(国会議員)選挙のダブル選挙が行われる。総統選には国民党・朱立倫、民主進歩党・蔡英文、親民党・宋楚瑜の3候補が立候補しており、争点(論点)はこれまで「中国との関係」「格差是正」にあった。年末の慰安婦問題日韓合意はこの3候補や立法委員選挙に新たなテーマを与えた。総統3候補は「日本に謝罪と賠償を要求する」と口を揃えている。
 1月4日時点では慰安婦問題が選挙にどう影響するか、どの候補にプラスになるかは読み切れていない。しかし台湾総統選は「対中国」、「対日本」の姿勢が大きな争点となってきた。この問題が選挙の行方に影響を与えることは必然だろう。
 この件で張りきっているのが、まもなく任期満了となる馬英九総統だ。政治家として最後の仕事を日本との慰安婦問題解決にあて、有終の美を飾ろうとしているようだ。それが国民党・朱立倫候補にとってプラスに作用するかマイナスに働くか、結果は16日に判明する。

東アジア激震は米国の戦略

 慰安婦問題解決に日韓が合意した。それぞれ不満はあるが、その不満を呑みこんで日韓両国が緊密な関係を構築することは東アジアの未来に非常に重要だ。今回の合意は、前述のように政府と外務省が韓国中枢と1年以上も秘密裏の交渉を続けてきた結果である。だがこれは安倍政権の意思、外務省の思惑だけで進んだものではない。米国が切望した結果なのだ。
 米国にとって、同盟国である日本と韓国が対立しののしりあう状況は好ましいものではない。ことに中国包囲網を構築するためには、何としても日韓が一体化して中国と対峙してほしい。「日本対中国」の構図の中で、韓国が日本を引き落とすことは止めさせたい。

 ここで本論とは多少離れるが、日韓関係をめぐる米国の陰の勢力、そして米中関係の真の構図を考えてみる。日韓が対立することは米国の一部勢力(アジア担当部署)には望ましいことだった。日韓が対立すればするほど、日本も韓国も米国のアジア担当部署に寄り添おうとする。日本や韓国の政治家の中にも、日韓対立があればこそ、その仲裁が意味を持ち、対立する日韓の間に入って美味い汁を吸おうとする連中がいる。日米韓3国の中に積極的に日韓関係悪化を構築する政治家がいるのだから、日韓関係がうまくいく筈がなかった。こうした圧力を撥ねのけて、米国が日韓関係修復を強硬に推し進めた理由は、対中国包囲網という意識が優先されたためだ。だが対中国だけではない。対北朝鮮、あるいはその陰に隠れている対ロシア、対EUへの焦りもあったためだ。
 米国と中国が全面対峙していると考えている方も多いだろう。現実には米国と中国は微妙な関係にある。比喩的に表現すると、怖い顔で向き合い頭をぶつけあう姿を見せながら、見えないところでは両手でがっちりと握手を交わし、それでいて両者は足で蹴飛ばしあっている――そんな関係なのだ。

 昨年10月25日に横須賀を母港とする米イージス艦ラッセンが南シナ海の12海里以内を航行すると発表、27日早朝には哨戒機とともに「航行の自由作戦」を展開し、中国の王毅外相が「軽挙妄動」と烈火のごとく怒ったことがあった。だがじつは、これより6日前の10月21日に米太平洋艦隊幹部の27人が訪中し、中国の空母「遼寧」の甲板上で歓迎式典を行っている。ラッセンの南シナ海入りは米中両国が事前に了解したもので、胸を張った米国の主張も、烈火のごとき怒りも計算づくの芝居に過ぎない。
 米中両国は対立しているようで裏で握手し、じつは仲が良いようで互いを激しく牽制している。そんな状況下で米国が「慰安婦問題解決日韓合意」を強引に設定したのだ。また北朝鮮にドイツが急接近し、羅先経済特区開発などに2兆円近い投資を行ったことも米国を焦らせている。

 北朝鮮は驚くほどの経済復興を成し遂げており、数年後には北朝鮮主導で南北統一を進められる状態になるだろう。落ち目の韓国(米国の同盟国)を救い、もし統一がなされるのであれば韓国主導で、という戦略が米国にある。在韓米軍の問題、さらには在韓米軍の武器弾薬を貯蔵している日本(主に広島に貯蔵)との関係もあり、北朝鮮を睨んでの軍事的意味合いから考えて、日韓関係修復が急務だったのだ。残念ながらまたしても米国のアジア戦略に日本は加担するしかなかった。日韓和解は大歓迎で、これは素直に喜ぼう。そして非常に近い将来、日本が自主独立外交を展開できるよう期待したい。

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