「台湾有事」と「日本有事」
―日本が考えるべき問題の本質は何か―
「台湾有事」が迫っている。かつて安倍晋三元首相は「台湾有事は日本有事だ」と発言した。中国が台湾に侵攻することがあるのか。それは日本にとっても一大事となるのか。台湾を巡る様々な全体像を見極めてみよう。
狙われるTSMC
世界最大の半導体製造企業TSMC(台湾積体電路製造)をめぐって、危険な情報が浮上している。半導体を専門に扱っている企業(ファウンドリ市場)は現在、台湾のTSMCが世界最大で、世界のファウンドリ市場の60%以上を握っている。2位はサムスン(韓国)だが、シェアは15%台で、その規模は小さい。TSMCの時価総額は60兆円を越えており、トヨタの倍以上。化け物のように巨大な企業である。
TSMCは現在、ソニーと手を組んで熊本に巨大工場を建設中だ。1兆円をつぎ込む巨大工場には3,000人の従業員が働くという。さらにTSMCは米国アリゾナ州にも巨大な工場を2つ同時に建設中で、その投資額は5兆5,000億円以上。従業員の数は1万人というから、熊本の比ではない。
TSMCが日本や米国に次々と巨大工場を建設するのは、本家の台湾が中国から狙われているからではないかといった噂話は以前からあった。
昨年(2022年)夏以降、そのTSMCの株を、ウォーレン・バフェットが大量に購入した。ウォーレン・バフェットとは、ジョージ・ソロス、ジム・ロジャーズと並んで「世界3大投資家」と呼ばれる92歳の男。
日ごろから「50年以上持っていても資産価値が下がらない株を買うべきだ」「10年程度で売ってしまうような株は買うべきではない」と口にしていた。そんなバフェットが昨年夏以降に41億ドル(5,600億円以上)のTSMC株を購入したのだ。大金持ちの投資家が莫大なカネでTSMC株を買った。よくある話で、誰も驚かなかった。庶民から見れば5,600億円は途方もない金額だが、なにしろ超大金持ちの話だから、誰も注目しなかった。ところが昨年末に、バフェットは購入したTSMC株の9割を売り払ってしまったのだ。これまでのバフェットのやり方とは、明らかに違っている。さらにバフェットは今年に入って、手元に残っていた1割も売却したという。
なぜバフェットはTMSC株を売ってしまったのか。株券が「紙くず」になると考えた可能性が高い。しかし、世界の半導体市場の60%以上を握るTSMC株が紙くずになることなど、あり得るだろうか。
今年5月2日に、米国の下院議員セス・モールトンが「もし中国が台湾に攻め込んだら、TSMCの工場を爆破するというアイデアがあることを分からせる必要がある」というような発言をした。これが大きな話題になったのだ。
モールトン議員の発言は、「中国は、TSMCの工場が欲しくて台湾に攻め込むかもしれないが、工場を中国に渡さないために、爆破してしまう」という意味である。そうしたアイデアが米国の内部にあるのだ。
バフェットは昨年秋にその情報を得て、あわててTSMC株を売ったのかもしれない。ということは、バフェットは「中国軍の台湾侵攻の日は近い」と予測したと考えられる。
中国軍台湾侵攻はあるか
中国軍が台湾に侵攻する可能性は、極めて低い。この話は、本紙が何度も記事にしてきた。その最大の理由は、台湾にある故宮博物院の宝物である。故宮博物院には68万点以上もの宝物がある。いずれも中国の秘宝だ。中国の秘宝というより「人類の至宝」と呼んでもいい特別な宝物である。中国各地に秘匿されていた、遥か古代からの宝物を、清王朝が大金をはたいて買い集めたものだ。清とは、日本の江戸幕府が出来たばかりのころに作られた王朝だ。最盛期には世界最大の国家として威勢をふるった。
その清王朝の末期に、紫禁城に集められていた宝物は117万点もあったという。
その後、日本が満洲国をつくり中国に圧力をかけたため、日本軍の攻撃から逃れるために、宝物は1万数千箱の木箱に入れられて中国の南方に送り出された。第二次大戦が終わって日本軍がいなくなったとき、これらの木箱は再び北京(当時の北平)に集められた。しかし国共内戦が激しくなってきたため、宝物のすべてを蒋介石が自ら点検し、その中の選りすぐりの宝物68万点を5,525箱の木箱に移し、それを3回に分けて台湾に送ったのだ。この5,525箱の木箱は、激烈をきわめた国共内戦の戦闘の最中に運び出されたのだが、木箱の1つにもキズがまったくない。
これは何を意味するのか。
蒋介石が中国の秘宝を台湾に持ち出すことに毛沢東が同意し、国民党軍(蒋介石軍)と毛沢東共産党軍が協力して宝物を台湾に送り届けたということを意味する。共産党にとっても大切な秘宝だから、毛沢東軍もこの宝物にキズがつかないように見守ったことが理解できる。
中国人にとって、故宮博物院の秘宝は、中国人が先祖代々数千年間も守り続けた、何にもかえがたい大切な宝物なのだ。もし中国軍が台湾に侵攻したら、この宝物が破壊されてしまう。そんなことは、中国軍にはできない。台湾には故宮博物院の秘宝以外にも、中国人にとって重要な文物が秘匿されているなど、他にもいくつか理由があるが、中国軍が台湾に侵攻する可能性は低い。たぶん、ゼロだ。中国と台湾の関係を「共産主義と対立する自由主義陣営の争闘」と分析する学者も多いが、大陸と台湾の関係はそんな単純な話でくくれるものではない。
台湾の一部が中国軍によって破壊される!
中国軍が全面戦争をしかけて台湾を併合する可能性は低い。低いどころかありえないだろう。だが小規模な戦闘をしかけて、台湾の機能の一部を破壊する可能性は十分ある。TSMCの本拠地は台湾の新竹市にあるが、ここは台北から自動車で84キロの場所。台北から車で90分ほどだ。東京と小田原ほどの距離だろうか。新竹市は台湾海峡に面し、大陸の福州市の向かい側だ。米国のモールトン下院議員は「中国が台湾に侵攻してきたらTSMCを破壊する」と脅しているが、逆に、中国軍がTSMCを破壊することも考えられないわけではない。だが私たちにとって一番怖いのは、中国軍の台湾侵攻のときに日本に火の粉が降りそそぐことだ。台湾有事は日本有事になるかもしれないのだ。
台湾を訪問中だったトラス英国前首相は5月17日、「台湾は自由と民主主義を求める闘争の最前線にある」と演説。「西側諸国には連帯責任がある。台湾を支援し、中国の行動の責任を追及するために全力を尽くす必要がある」と発言した。このような発言は西側陣営にとっては当然のものだ。
米国の「戦略国際問題研究所」のジョン・ヘイムリ所長は「もし台湾海峡で戦争が勃発すれば、10日以内に500機の米軍機が台湾海峡に飛来するだろう。米軍機は韓国と日本からも離陸する可能性がある」と語っている。
欧米社会の人間は「自由主義陣営の最前線に立つ台湾を守るために、自由主義陣営は一致団結しなければならない」と口にする。その口車に乗ってしまう日本人も多い。だがよく考えてほしい。欧米やロシアの思想戦、外交戦のために、アジア人同士が戦うことは避けるべきではないのか。
米国の戦略国際問題研究所は、台湾有事の際には、日本の米軍基地から戦闘機が台湾に向かうという。当然のことだが、中国軍は台湾侵攻の際に米軍がやってくることを想定している。日本の自衛隊がその支援に回ることは「自由主義陣営に立つ日本の責務だ」と考える日本人も多い。
問題の本質を見間違えてはいけない。
ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアに非がある。「盗人(ぬすっと)にも三分の理」といわれるように、約束を守らずに東方に拡大するNATOが世界平和を乱してきたことも事実だが、今回のロシア軍ウクライナ侵攻はロシアが悪い。そしてこれはNATO対ロシアで決着させるべき問題だ。ウクライナとロシアの戦争、あるいはNATOとロシアの対峙に仲裁役を買って出ることは、覚悟が備わった国がやるべきことだ。
中国と台湾の関係を「自由主義と共産主義の戦い」と分析することは間違っている。間違っているとはいい過ぎかもしれない。その面もある。
だが、中国と台湾はもっと深いところで複雑な関係を持つ。西欧的な史観で「台湾は自由主義陣営」と単純に線引きしてはならない。
蒋介石がつくった「中華民国」台湾
現在の台湾をつくったのは蒋介石だ。
台湾の歴史を眺めると、先住民族の時代や短期間のオランダ統治時代(17世紀)、さらには明の遺臣鄭成功(ていせいこう)が統治した時代、そして清王朝の統治、日本の統治といった長い歴史がある。
そんな長い歴史はさておき、現在の台湾をつくったのは蒋介石である。ここを見間違えてはならない。
蒋介石は孫文(孫中山)と共に清王朝を倒すための革命(辛亥革命)に参加し、紆余曲折の末、中国を一つにまとめあげた政治家だ。だが蒋介石の国民党政府は共産党軍を排除できなかった。共産党軍を殲滅しようと軍隊を進める中の1936年に「西安事件」が起きた。
西安事件とは、中国の中央にある都市西安(旧名・長安)で蒋介石が共産党軍に拉致監禁された事件である。このとき拉致された蒋介石は共産党軍の周恩来などに脅され、共産党軍との戦闘を中止し、共産党軍と一体になって日本軍に対抗する約束を結んだといわれる。
しかし、真相は違う。蒋介石が拉致され、共産党の周恩来に脅され、国共合作(蒋介石国民党軍と共産党軍の合体)に進んだという話は、蒋介石自身がつくりあげた物語だ。蒋介石の国民党軍は強かった。
なにしろ米英蘭仏(米国・英国・オランダ・フランス)などから最新の武器兵器を供与されていたから、強いのが当然だった。そのうえに、日本軍と戦うためにソ連も蒋介石軍に協力した。このまま進めば蒋介石は中国全土を完全掌握するところだった。それなのに蒋介石は、わざと共産党軍につかまり、周恩来の前に引きずりだされ、共産党との和解(国共合作)を約束した。わざと捕まったのだ。
「このまま国民党政府軍が勝てば、国民党政府軍は米英蘭仏の傀儡(かいらい)になる。中国は西欧列強に従属する国になってしまう。西欧の価値観に呑み込まれることは許されない」
そう考えた蒋介石は、わざと共産党軍に捕まったというのだ。
これを「つくり話」と考える人がいるかもしれない。だがこの話には根拠がある。なにより当事者の証言がある。蒋介石を捕まえ、彼の額に銃をつきつけて西安まで連行した若い兵士がいたのだが、その兵士は後に中国共産党軍の将軍になり、晩年のある日、日本を訪れ、「行政調査新聞社」の松本州弘社主にその真相を証言しているのだ。他にもいくつもの証拠がある。
俗に「蒋毛密約(蒋介石と毛沢東の密約)」と呼ばれるが、国民党政府軍と中国共産党軍は、西欧の価値観とは異なる東洋的価値観で結ばれていたのだ。
東アジア文化圏は西欧とは異質な存在
本紙「行政調査新聞社」は、地方軽視の中央主導の政治のあり様を是正しようと、昭和57年(1982年)に月刊紙として創刊され、平成16年(2004年)にはインターネット版も発行するようになった。
社主は松本州弘だった。松本州弘は若いころから東アジアを舞台に活躍を続け、孫文(孫中山)、宮崎滔天といった「大アジア主義」の継承者として知られる。「アジアには、西欧の価値観とは違う、アジア人だけが理解できる価値観がある」日本に亡命していた孫文は「日本が西洋覇道の犬となるか、あるいは東洋王道の牙城となるか、日本国民が考えるべきこと」といった演説を行っている(大正13年11月)。
この演説にもみられる通り、孫文はアジア人として「力(カネや軍事力)による覇道ではなく、文化と、なにより理念の高さで王道を求めるべきだ」と説き、その言葉は日本人に大きな影響を与えた。
詳細な理論は別として、行政調査新聞社の松本州弘社主は、孫文の「大アジア主義」の理念に生きた人だった。「日本と中国が戦争をすることがあるかもしれない。だがそれは、英米や西欧の圧力の下で行われてはならない。ましてロシアの思惑に乗って戦うようなことは、断じて避けなければならない」――
それが松本州弘の思いだった。
本紙は松本州弘の遺志を引き継いで存在する。
本紙は、西欧的価値観の中で大陸中国と台湾が争うことを望まない。中国人同士が戦うことも、東アジアが西欧覇道の争闘に巻き込まれることも拒否する。視線を落とすことなく、ほんの少し先を見て歩こう。
背中を丸めることなく、胸を張って東洋人としての誇りをもって前に進もう――松本州弘社主は、残された私たちに「生きていく姿勢」を教授された。多くの人が当然として受け止めている「日本の対米従属」というあり方を、いまこそ根底から考え直すときに来ている。総選挙が近いかもしれない。日本人が本来の日本を取り戻す機会がまもなくやってくる。■