国を信じても、政府は信じるな | 行政調査新聞

国を信じても、政府は信じるな

令和6年、2024年が明けました 新しい年が皆さまにとりまして

すばらしい一年となるよう祈念いたします

行政調査新聞社一同

国を信じても、政府は信じるな
―ナイジェリアから学ぶ「カネ」と「政府」―

 今年7月に、渋沢栄一の一万円札など、新紙幣が登場する。
 新札登場には、さまざまな憶測が流されていた。デノミ(通貨単位切り上げ)や、タンス預金を引き出すためといった話もあった。
 だが7月に発行される新紙幣は、2年かけてゆっくりと上陸、これまでの紙幣も普通に使えるとわかり、奇妙な噂話は吹き飛んだ。しかしこの際、政府が発行する通貨(カネ)について認識を新たにする必要がある。
 特に「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」について注意を払いたい。

デジタル通貨

 「デジタル通貨」という言葉を聞いたことがあるだろう。
 実際に使っている方も多いはずだ。デジタル通貨には以下の3種類がある。

①電子マネー
 Suika(スイカ)、nanaco(ナナコ)、PayPay(ペイペイ)など。
 これらは現金をチャージして使うことができる。
②仮想通貨(暗号資産)
 民間企業が発行するデジタル通貨。ビットコインやイーサリアムなどが知られる。
③中央銀行デジタル通貨(CBDC) 
 国が発行する通貨をデジタル化したもの。

 これら3つのうち、①は広く使われている。関東地方を中心に使われているSuika(スイカ)の発行枚数は約9,000万枚。共通して使われているPASMO(パスモ)4,150万枚と合わせると1億3,000万を越える。西日本のICOCA(イコカ)、名古屋のmanaka(マナカ)など、交通系電子マネーはすべて合算すると2億枚も発行されている。この他、nanaco(ナナコ)やクレジットカード系の電子マネーもたくさん出まわっている。

 ②の仮想通貨(暗号資産)は、銀行を通さずにインターネット上でやりとり(取引)ができるものだ。仮想通貨は国が定める法定通貨ではないため、その価値が大きく変動する。裏付けとなる資産がないことから、不安定だ。価値が上下するから投資の対象にもなる。一方、仮想通貨は詐欺にも使われることがあり注意しなければならない。

 電子マネーや暗号通貨より、遥かに巨大で使いやすいものとして、今③の「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」の話題が世界中で盛り上がっている。
 中央銀行デジタル通貨(CBDC)とは、日銀など政府当局が通貨として保証するもので、数年前から議論が続いている。世界で初めてCBDCが登場したのは2020年7月、北欧のリトアニアだった。これは記念コインのような形で実験的に使われたもので、以来、世界各国で実験がくり返されている。

政府発行の中央銀行デジタル通貨は「信頼できない?」

 中国では2019年末から、実験的に、一部都市でCBDC「デジタル人民元」の実証実験を行いはじめた。2020年には深圳(シンセン)市で1,000万人民元(約1億5,000万円)のCBDCデジタル人民元を発行。この時点で中国は、世界でもっとも中央銀行デジタル通貨が活発化した国だった。中国政府は2022年の北京冬季オリンピックには中国全土でCBDCを発行すると公表。ところが実際には、その後、デジタル人民元は実験以上の規模にはなっていない。中国が深圳市でデジタル人民元を発行するより1カ月前に、カリブ海に浮かぶ島国のバハマでCBDC「バハマダラー(バハマドル)」が発行された。
 バハマは「世界最初のデジタル通貨使用国」になるはずだったが、現実にはほとんど使われず、2023年秋時点でも全体の1%程度しか使われていない。

 バハマがCBDCを導入した直後に、カンボジアも「パコン」という名のCBDCを導入した。カンボジアでは銀行口座を持っている人は2割程度だが、国民のほとんど全員が携帯電話を持っている。そこでカンボジア政府は、携帯電話の電話番号を登録するだけでCBDC通貨を使えるようにした。ところがカンボジアのCBDCは、まったく普及していない。なぜCBDC(中央銀行デジタル通貨)は普及しないのか。庶民大衆が「目に見えず、手に取れないカネ」を信用していないからだと考えられる。

デジタル通貨を求める世界中枢

 IMF(国際通貨基金)やWEP(世界経済フォーラム・通称ダボス会議)など、国際的な機関は「中央銀行デジタル通貨CBDC」を世界中に広げようと躍起になっている。
 東南アジアでは2021年にインドネシア・ラオス・ベトナムがCBDCを導入しようと検討を開始。2022年にはタイやミャンマーが導入を検討しはじめているが、まだ本格導入に踏み切った国はない。我が国も政府・日銀は導入にかなり本気になっているが、実用化には至っていない。
 この秋には、マイナンバーカード(個人番号カード)が本格導入され、病院や薬局ではこのカードがないと診察を受けられないことになるというが、果たして成功するかどうか、まだわからない。政府が躍起になっているデジタル化は、簡単なものではない。
 すべての通貨が中央銀行デジタル通貨CBDCになると、おカネの流れは政府に完全に把握される。政治家の資金が誰から流されたかなど、ワイロが白日の下にさらされる。 
 麻薬や覚せい剤の購入もバレてしまう。女の子がホストクラブに貢いだカネも、どこの誰がいくら支払ったかがわかってしまう。それはいいことだが、世の中にはすべて透明になることをイヤがる方々もいる。パチンコ屋にいくら使ったか、居酒屋に何円支払ったかは内緒にしておきたい。さらに問題は、インターネットがダウンすると、カネが支払えなくなることだ。現実に今でも時に、携帯電話が使えなくなる事態がたびたび発生している。そうした様々な事情から、CBDCは庶民大衆に求められていない。

強引にCBDCを導入して大失敗した国

 世界各国政府はCBDC導入に前向きだが、中国などの現実を見てもわかる通り、実現は難しそうだ。そうしたなか、国が強引に、通貨をCBDCに切り替えようとした国がある。ナイジェリアである。ナイジェリアと聞いてもピンとこない方も多いだろう。
 アフリカの中央西部にある大西洋に面した国で、人口は2億1,500万人以上。アフリカ諸国の中でいちばん人口が多い国だ。ナイジェリア政府が通貨をCBDCに切り替えることを検討しはじめたとき、IMF(国際通貨基金)もWEF(世界経済フォーラム)も全面支援を約束した。だが、現金の取引をやめて通貨をすべてCBDCにすることには国民の95%が反対だった。それでも政府(与党の進歩変革会議。大統領はM・ブハリ)は現金の発行を極端に減らし「取引も給料も、すべてカードで」を強行したのだ。

 一昨年(2022年)12月2日、ナイジェリアから現金が消えた。…本当に消えたわけではなく、給料の1割程度は現金で支給されたが、街中から現金はほぼ姿を消した。政府は、現金を使用せずにCBDCを使えと命令した。ナイジェリアは裕福な国ではない。
 富裕層、中級層が全体の1割程度。国民の90%が銀行に口座を持っていない。ほとんどの家庭では、タンス預金などの現金はない。そんな国から現金が消えたらどうなるだろうか。町で食糧品を買おうとしても、手元に現金がない。給料・賃金などはCBDCで入る。普通に考えたら、国民は仕方なくCBDCを使うはずだ。ところがナイジェリアの国民は政府がすすめるCBDCの使用を拒否した。
 ナイジェリア政府の公表数字では、1年過ぎた2023年12月の時点で、やや裕福な南部では22%がCBDCを使っている。やや貧しい北部では9%がCBDCに移行したという。これは政府発表の数字で、現実にはCBDCの使用率は遥かに低い。国際情勢に詳しい中東の専門家たちは「国全体で数%程度しか使っていない」と分析する。極端な評論家の中には「国全体の1%にも達していない」という。

政府を信用しない

 ナイジェリア政府発行のCBDCがどれくらい使われているのか、統計がないから推察しかできないが、どう考えても5、6%程度だろう。もともと国民の95%がCBDC導入に反対していたのだから、使った人は5、6%程度と考えるのが妥当だ。
 だが、ちょっと考えていただきたい。
 95%の国民――2億1,500万人の95%は2億425万人。その2億の人々は、現金がない中で、どうやって1年間を生き延びたのだろうか。ここに重大な意味がある。この先、日本でも大震災や大異変などで、現金がなくなることもある。そんなときに、どうしたら生き延びられるのか。ナイジェリアの人々がその答えを見せてくれた。

 現金を失ったナイジェリアの人々は、まず、物々交換をはじめたのだ。衣類や食器と食糧品を交換する。食糧とガソリンを交換するといった具合だ。それだけではない。
 借用証や手形で物品を購入するようになった。なぜ、そんなことが出来たのか。互いを「信頼した」からだ。この「信頼関係」は、今から13年前の日本でもみられた関係だ。

 平成23年(2011年)3月11日。未曾有の大災害を前に、日本人はひとつになった。そこにあったのは、互いを信じるという単純で素直な気持ちだった。政府からカネを奪われたナイジェリアの人々は、互いを信じ、借用証ひとつで食糧を売った。互いを信じたからこそ、2億のナイジェリア国民は無事に生きのびた。
 近い将来、大災害が日本を襲うかもしれない。バカな政府がCBDC導入を行うかもしれない。そんなとき信じられるのは政府ではない。信頼できるのは、顔を知っている仲間たちだ。日本にはまだ、互いを信じる心が残っている。そう信じたい。■

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